いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍

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第二章

16 いつか言えたら

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「そうだろうな」
 
 ――えっ!? 私が巫女に会いたがってるってわかってた?
 
 動揺する私を見て、レジェスはため息をついた。
 手を伸ばし、私の体を抱き上げると、私とレジェスは同じ目線の高さになった。
 すべてを見通すかのような紫色の瞳にまっすぐ見つめられる。
 胸がドキドキして、冷や汗が吹き出した。 

「ルナリアは好奇心旺盛だ。巫女の話を知っていて、会いに行こうとするだろうと思っていた」

 レジェスの中の私の印象は、とてもお転婆でヤンチャらしい。
 最初から部屋を抜け出すかもしれないと警戒していたようで、まさにドンピシャだったわけだけど、なんだか不満だ。

「ご、ごめんなさい……」
「俺が来なかったらどうするつもりだったんだ? この先の警備を任されてるのは、父上直属の腕利きの者ばかりだ」

 レジェスが来なかったらどうなっていたかわからない。
 ルオンがどれだけ強いかわからないけど、彼も捕まっていただろう。
 でも、ほっとするのはまだ早い。
 レジェスの表情は険しかった。

「俺はお前が好奇心だけで、巫女に会いに行くような子供ではないと思っている」
「レジェス様……」
「理由があるはずだ。理由を言ってみろ」
「それは……」

 闇の力に目覚めるから、なんて言えない。

「ルナリア。俺に理由を話せ」

 レジェスに話す――話したら楽になれる?
 この世界は、小説『二番目の姫』という物語の世界。
 これから、私は闇の力に目覚めて死ぬから、巫女に力を封じてもらいたい。

 ――なんて言える?

 嘘を言ったと思われ、軽蔑されるのがオチだ。
 レジェスから冷たい目で見られたくない。

「……言えないです」

 嘘は言いたくないし、本当のことも言えない。
 このままだと、レジェスの信頼を裏切ってしまう気がして、泣きそうになった。

「ルナリア、泣くな。泣かそうと思って言ったわけじゃない。お前が幼い頃から、なにか悩んでいると気づいていた。だが、それがなんなのかわからない」

 レジェスの紫色の瞳はとても優しく、私を見つめている。

「五歳のお前が必死に学ぶのを見て、その姿に自分を重ねていた。俺自身も生き延びるのに必死だったからだ」
「レジェス様……」
「いつか、言えるようになったら言え。俺が力になってやる」

 三人の兄たちに囲まれ、十二歳で領地を与えられたレジェス。
 レジェスもまた生き延びるために必死だったのだ。
 私以上に厳しい境遇にいながら、欠かさず手紙が届き、オルテンシア王国へ訪ねてきてくれた。

 ――あれは全部、私が悩んでいると気づいたレジェスが、私のためにしてくれていたことだったんだわ。

 ぎゅっとレジェスに抱きついた。
 レジェスは私の背中を優しく叩く。

「ルナリア。大丈夫だ。お前は死なない。俺が保証する」

 私に言いながら、きっとレジェスは自分自身に言い聞かせている。
 一緒に生き延びようと。

「ありがとうございま……」

 顔を上げ、お礼を言いかけた時、レジェスの背後を狙う矢が見えた。
 それもひとつではない。
 複数の人間がいる。

「レジェス様! 誰かがレジェス様を狙ってます!」

 向こうに灯りはなくとも、こちらには庭を照らす灯りがたくさんある。
 廊下には燭台の火が煌々としているのが見えた。

 ――庭から廊下へ逃げても矢の的になるわ!

 私たちの姿は向こうから、はっきり見える。
 森の時と違って、レジェスの武器は剣だけで護衛もいない。

 ――私が勝手に部屋を出たせいで!

「ルナリア。俺の体の下に隠れろ。絶対に動くな」

 レジェスは私に覆い被さり、そばの木を盾にする。
 雨のように矢が降り注ぎ、地面と木に突き刺さった。
 廊下から庭園に向かって走ってきたのは暗殺者たち。
 このままだと、じきに囲まれてしまう。

 ――もしかして、私が運命を変えてしまった? 


 私がいなかったら、レジェスはここへやってこなかった。
 自分の心臓の音がうるさい。
 このままでは、私のせいでレジェスが死んでしまう!

「ルナリア。俺が合図したら、お前だけ逃げろ。そして、部屋に戻りフリアンに守ってもらえ」
「レジェス様はどうするんですか!?」
「心配するな。弓矢は厄介だが、暗闇に暗殺者たちを誘いだして倒す」
「暗闇に?」

 レジェスの紫色の瞳を見た。
 こんな時なのに、レジェスは笑っている。

「ルナリアに俺の秘密を教えてやろう」

 窮地であっても、不敵な笑みを浮かべるレジェスは王様のように見えた。

「俺の目は暗闇でも見える」
「えっ!?」
「俺には夜の女神の加護がある」

 レジェスが追手を暗い森に誘き寄せた理由がわかった。
 あの時のレジェスは暗殺者たちを的確に射貫き、少しの迷いもなかったのを思い出す。
 それに、レジェスの従者たちは慌てていなかった。
 絶対に負けないとわかるから、誰も手を出さなかったのだ。

 ――レジェス

 レジェスこそが、本物の王だ。
 
「秘密だぞ。これは俺が信頼できる者しか知らない俺の切り札だ」
「はい」

 レジェスにとって、私は信頼できる人間だと言われたのと同じ。
 力強くうなずくと、レジェスは笑った。

「ルナリア。わかったなら、安心してフリアンの元へ行け!」

 レジェスが剣を抜き、飛び出した。
 敵が弓を構えた。

 ――わかったけど、私はレジェスを助けたい!

 私の剣の腕は、普通の子供程度で役に立たないけど、知恵だけは大人と変わらない。

 ――私にできることを!

 地面に落ちていた石を手にすると、その石でランプを破壊する。

「ルナリア!? 逃げろと……」

 大きな音をたて、ランプのガラスが割れて中の火が消える。
 敵はレジェスの剣に押されていて、いつでも殺せる私は後回しでいいと判断したのか、無視された。
 ターゲットはあくまでレジェス。
 私はその隙に小さな体を生かして、すばしっこく木々と草の隙間に滑り込み、ランプを破壊していく。
 気づけば、庭は暗闇となり。闇はレジェスの姿を隠した。  

「ルナリア、よくやった!」
 
 闇の中でも視力を失わないレジェス。
 剣が閃き、暗殺者たちが次々と倒され。あっという間に形勢は逆転した。

 ――強い。レジェスは夜の女神だけじゃなく、戦いの神にも愛されていると思う。

 絶対的な強さと圧倒的な力の差で、敵をものともしない。

「レジェス様! 増援が!」
「どうやら、兄上たちは本気で俺を殺すつもりらしいな」

 敵の数は増えるいっぽうで減る様子がない。
 レジェスの三人の兄たちは焦っている。
 王になるのがレジェスだと思っている証拠だ。
 私になにかできたらいいのに、逃げて隠れるしかない自分がもどかしい。

 ――そうだわ。フリアンを呼べばなんとかなる!

 レジェスと同等の剣の腕を持つフリアンなら、レジェスを助けられる。
 そう思って、草の茂みから顔を出すと、そこには人がいた。

「ルナリア。悪い子だね」 
「フリアン様!」
「僕たちが眠るのを待って抜け出すなんてよくないよ」
 
 フリアンは戦いになると予想していたのか、手には剣があった。
 レジェスの剣とは違う細いタイプの剣を抜く。
 鋭く早い剣がフリアンの持ち味で、レジェスより軽い剣を使っている。
 レジェスだけだと油断していた暗殺者たちは、フリアンを見て動揺するのがわかった。

「レジェスが見てくると言ったから任せたけど、戻ってくるのが遅いから、なにをしているのかと思ったよ……」

 フリアンはため息をついた。

「君の周りはいつも騒がしいね」

 こんな時でもフリアンは優雅だった。

「人を集めると言ってくれ」
「集めなくていい人間を集めてどうするんだよ」
「おい、フリアン。俺は遊んでいるわけじゃないぞ。加勢しろ!」
「わかってる」

 レジェスと対等な剣の腕を持つと言われていたフリアン。
 そして、私の剣の先生でもある。
 だから、その強さを私は知っている。
 フリアンが剣を抜けば、レジェスの優勢は確実だ。
 地面に次々と敵が倒れていく。

「おい、お前ら。全滅したくないのであれば逃げろ。ただし、逃げても兄上のところには戻るな。殺されるぞ」

 忠告を受け、逃げていった者をレジェスは追わず、黙って逃がす。
 それを見た暗殺者たちは一気に数を減らし、姿を消した。

 ――すごい。剣術だけじゃなくて、駆け引きもうまいわ。

 それに戦い慣れている。
 暗闇の中でも見える宝石みたいな紫色の瞳。
 その瞳が今は不思議に思えた。
 敵がいなくなると、フリアンは血をはらい、剣を鞘に戻す。
 その仕草はとても優雅だった。
 でも、私に向けた顔は怖かった。

「ルナリア」
「は、はいっ!」
「君にしては、らしくないことをしたね。どれだけ心配したかわかるかい?」

 いつも優しいフリアンだけど、今回ばかりは違った。

「心配かけてごめんなさい」
「ここはアギラカリサ王宮なんだ。自由に動いていい場所じゃない。わかってるだろう?」
「はい……」
「レジェスだけならともかく、ルナリアまで無茶をしたら、僕の心臓がもたないよ」

 フリアンは私に怪我がないか確認し、ホッと安堵の息を吐く。

「本当にごめんなさい……」
「いいよ。けど、次はちゃんと僕を起こしてから行くこと。ほら、部屋に戻ろう?」

 フリアンは微笑み、私の頭をなでて手を繋ぐ。
 レジェスも一緒に部屋に戻るのだろうと思ったら、私たちを眺めてなにも言わず、黙って剣を鞘に戻した。

「あの……。レジェス様も一緒に部屋へ戻りましょう?」

 私が声をかけると、レジェスは少しだけ微笑んだ。
 
「俺は血を落としてから戻る。さすがにこの格好で明るい場所には戻れない」
  
 返り血に濡れた顔と手、服は暗闇ではわかりづらいけれど、明るいところで見ると、凄まじい姿だと思う。

「お前が血で汚れる。フリアンと先に戻っていろ」

 フリアンに手を引かれ、その場を後にした。
 部屋までの道は、すごく遠く感じた。
 フリアンがずっと無言で、怒っているのがわかったからだ。

「フリアン様……。私にすごく怒ってますか?」
「ルナリアじゃなくて僕自身に怒ってる。レジェスが迎えに行くのを止めずに、一人で行かせたことを後悔してた」

 責任感が強くてまじめなフリアンは不安なのか、私の手を強く握った。
 なにかあれば、責められるのはフリアンだ。

「私、もっと強くなって心配かけないようにします」
「どれだけ強くなっても心配だよ。ルナリアは僕の大事な……」

 そこから先、フリアンがなんと言ったか聞こえなかった。
 部屋の前で待っていたティアの声によって、打ち消されたからだ。

「ルナリア様っ! どちらにいたのですか!? ティアがどれだけ心配したかっ!」
「ティア……あの、その……」
「言い訳は聞きません! まあっ! こんな泥だらけになって! 頭に葉っぱをつけてるじゃありませんかっ!」
 
 ――一番怖いのはティアかもしれない。

 夜中だったにも関わらず、ティアはお湯を調達し、私の手足や顔を洗って、寝間着を着替えさせた。
 もちろん、その間中、お説教が続いていたけれど、疲れた私はうとうとしながら聞いていた。
 私がベッドに放り込まれた後もレジェスは部屋に戻らず、どこへ行ったのかなと思いながら、睡魔に負けて眠ってしまったのだった。
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