いつだって二番目。こんな自分とさよならします!

椿蛍

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第二章

19 兄たちの卑怯な思惑(1)

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「まさか、レジェスの婚約者とは思わなかったな。俺とレジェスは友人だから、馴れ馴れしいとか思わないでくれよ?」
「はい」

 昨晩と違って、今日はアギラカリサの言葉でルオンは話した。
 昨日、あの場に私が現れたのは、ルオンにとって予想外のことで、アギラカリサの言葉を話す余裕がなかったのだろう。
 ルオンが話す言葉はアギラカリサ語で、とても流暢だ。
 それに、触れた手が少しも荒れていない。
 昨晩は気づかなかったけれど、彼が纏う異国の香りは高価な香木のもの。
 複雑な刺繍が施された長いショールは、マーレア諸島の中では身分の高い者である証拠である。
 マーレア諸島では、刺繍が多く複雑であればあるほど、身分が高いとされている。
 宝石の数といい、きらびやかな布といい、普通の商人が身につけるものにしては豪華すぎた。

『ルオン様。昨晩は失礼しました』

 私はクア族の言葉で話す。
 これで、私たちがなにを話しているか、ほとんどの人間はわからない。

『クア族でも身分が高い方とお見受けしました。特別なご用事があって、商人の真似事をなさっているのではないですか?』

 黒い瞳が見開き、彼の戸惑う感情が、触れた手から伝わってくる。

『あそこから奥は巫女がいる場所。会いたい人というのは巫女だったのでは?』
『昨晩も驚かされたが、年の割りに聡い。だが、勘違いはしないで欲しい。俺は巫女を殺そうとして、あの場にいたのではない』

 音楽隊が奏でる二曲目は、私に合わせてくれたのか可愛らしいワルツの曲が流れる。

『俺の妻にするために、巫女を連れだそうと思った』

 それは予想外の告白だった。

『王宮から出られず、生涯を終えるなんて馬鹿馬鹿しい話だろう? 海を見たことがないと言うから、一度くらいは見せてやろうと思った』
『命がけですよ? 巫女とお知り合いなのですか?』
『昔、一度だけ会った』

 たった一度だけ。
 でも、その一度きりがルオンにとっては、大切な出会いだったのだ。
 海を見たいと言った巫女もルオンを待っているような気がした。

『約束をいつか果たしたい。俺が殺されたら、笑っていいぞ』
『笑いません。でも、できれば死なない方法を探して、お二人が幸せになることを私は望みます』

 ルオンは微笑み、うなずいたのを見て、死ぬつもりはないのだとわかった。
 死なずに幸せになる方法を探しているのは、ルオンも私と同じだ。

『お前に礼を言いたくてダンスに誘った。それで、なにか望みはないか? 宝石でも別荘でも、なんでも買ってやろう』
『では、スパイスと紅茶をいただけませんか?』

 私の言葉にルオンは表情をサッと変えた。
 そして、ルオンの視線が私から外れ、三人の王子に向けられていた。
 
 ――これは、なにかある。オルテンシア王国と取引するなと言われているのかもしれないわ。

 計画が失敗しないよう前もって根回しをしてあるのは当然のこと。
 だから、ルオンになにを言っていても驚かないけれど、脅しや強請ゆすりで動じる性格とは思えない。
 ルオンからは、レジェスと同じような空気を感じるからだ。
 
『ルオン様。難しいでしょうか?』

 私が『わかってます』というように、にっこりと微笑むと、ルオンが苦笑した。

『本当に聡い……。俺としてはオルテンシア王国と取引しても構わない。だが、こちらにも色々と問題があってな。……とある連中から、島に家畜を贈られ、ここ数年で家畜が増えた』

 家畜が増えることはいいことだ。
 だけど、増えた家畜を維持するには大量の餌が必要になる。
 マーレア諸島は漁業が盛んで、農業技術のほうはそれほど発達していない。
 現在の生産力を考えたら、多くの家畜を育てる余裕はないはずだった。
 家畜に与える餌を優先すれば、人が飢えて死んでしまうだろう。

 ――マーレア諸島の弱点に気づいて、王子たちはそれを利用したんだわ。

 ルオンが言う『とある連中』が誰なのか、聞かずともわかる。

『家畜の贈り主はアギラカリサの王子たちですね』
『そうだ。島にいなかった珍しい家畜を育て、民の生活は豊かになった。だが、餌が足りない。アギラカリサから餌を大量に買わねばならなくなった』

 ――なんて卑怯なの。オルテンシア王国に仕掛けた罠と同じ方法で、マーレア諸島からもお金を巻き上げようとしてたなんて!

 三人が手を組んだに違いない。

『家畜の餌を他国から手に入れるという方法もあるが……』

 ルオンは私を見た。
 一時的にオルテンシア王国から餌を仕入れても、家畜の数は増え続け、根本的な解決にはならない。
 マーレア諸島の問題は民が口にする食料と直結しているぶん、オルテンシア王国より深刻だ。
 スパイスとお茶は買えなくても不満で終わるだろうけど、家畜を優先した場合、飢え死にする人間が出る。
 家畜に与える餌は、冬を越すために必要な食料であるなら、今年の冬のマーレア諸島は――考えただけで恐ろしい。

『ルオン様。マーレア諸島は多くの無人島を保有しております。私なら、人の住んでいない場所を開墾し、餌のための土地に変えます』
『今から、餌を作るというのか?』
『いいえ。今年は開墾に力を入れ、それによって手に入れた木材を売って冬をしのぎます』

 地図を頭に思い浮かべた。
 小さな島々が点在するマーレア諸島。
 それぞれの島は近く、小舟で行ける近さである。
 そして、海が綺麗なことで有名で、お金持ちの貴族がわざわざ船を出して海を眺めに行くほどの景勝地だ。

『開墾した後は畑だけでなく、島に別荘を建て、商人たちに売るといいでしょう。そうすることで、自然に船が行き来するようになって、餌の運搬にも困りませんわ』
『富裕層向けの別荘地にするというのか』
『お金のあるところに商人は集まります。自分専用の島と屋敷は、彼らののステイタスになるでしょうね』

 畑を作るということは、土地も整備され、材木を運ぶ道もできる。
 手入れされた島なら、別荘に最適だ。
 マーレア諸島の海はエメラルドグリーンで砂浜は白。
 そんなところで、のんびりできたら最高だと思う。
 ただ開墾から畑を作るまでにも時間がかかるため、本当に利益が出るのはずっと先のことになる。
 ルオンがどう判断するか――

『子供の発想とは思えんな』

 ――悪い反応ではなさそう?

 私の提案にルオンはにやりと笑う。
 その顔はレジェスにどこか似ていた。
 私を子供ではなく、対等な立場で接してくれる時のレジェスに。

『私は王女です。今の私はオルテンシア王国の代表としてここにいます』
『たしかにそうだ。失礼した。オルテンシアの国王がルナリア王女をここへやったのもわかる』

 ――自分から行くと言ったんですけどね。

 そんなことを言えるわけもなく、笑って誤魔化した。

『オルテンシア王国にスパイスと紅茶を融通しよう』
『ありがとうございます!』
『そろそろ会話を止めないと、レジェスが怖い顔をしている』
『え?』

 気づけば、ダンスを二曲続けて踊っていた。
 二曲目が終った時、背中がとんっとぶつかって、体が大きな手によって受け止められる。

『踊るのは一曲だけだぞ』
『レジェス。俺がお前の婚約者をくどくとでも?』
『違ったか?』

 ルオンの想い人をレジェスは知らないようだった。
 私に『秘密だ』というように、ルオンはウィンクすると、クア族の言葉からアギラカリサの言葉に切り替えた。
 
「ルナリア王女。レジェスに飽きたら、いつでも俺のところへ来い。お前ひとりの面倒くらいは見てやれる」

 大広間にいる全員に、ルオンが私の味方だと理解させるために、わざとアギラカリサの言葉を使ったのだとわかった。

「今後、ルナリア王女が困った時は、いつでも力を貸そう」

 ルオンの言葉は絶大な影響力を持っていた。
 全員の私を見る目が、十二歳の子供ではなく、『オルテンシア王国のルナリア王女』として見ているのがわかった。

「ルオン。ダンスは終わりだ。その手を離せ」

 レジェスに言われ、ルオンはパッと私から手を離した。

「おっと。レジェスが怒ると面倒だ。俺はオルテンシア王国の文官と詳しい話をする」
「今、ご紹介します!」
「ルナリア様。控えておりましたよ」

 シモン先生が予想していたのか、すでにそばに立っていた。
 そして、ルオンに一礼する。

「文官のシモンと申します」
「私の家庭教師を務めていただいております」

 ルオンにシモン先生を紹介する。

「男か? 美しすぎる男だ。アギラカリサの女たちが放っておくまい」

 シモン先生のあまりの美しさに、ルオンは目を何度も瞬かせた。
 長い銀髪を結び、銀糸の刺繍が見事な上着を身に付けたシモン先生は立派で、アギラカリサ王宮でも目を引く。

「ルオン様。シモン先生は綺麗なだけじゃないんです。とても優秀なんですよ」
「そうだろうな。優秀でなければ、賢いルナリアを教えられない。ああ、ルナリアと呼んでもよかったか?」
「はい。構いません」

 私がそう答えたけど、レジェスは怖い顔でルオンを見ていた。
 
「では、ルオン様。場所を変えて話をしてもよろしいでしょうか?」
「ああ」

 シモン先生とルオンは大広間から出ていった。
 オルテンシア王国とマーレア諸島への罠が失敗したと気づいたレジェスの兄たちは、険しい顔をし、こちらを見ていた。
 まさか私が交渉にきたとは思わず、油断していたのだろう。
 
 ――そうよね。十二歳だし、難しい話をするわけないって普通は思うわよ。

 でも、一人だけ違った。

「うまくいってよかったな」
「はい。レジェス様」

 レジェスだけは、最初から私ならできると信じていてくれた。
 
「ルオンには気を付けろ。菓子をやると言ってもついていくなよ?」

 ――それって、子供を誘拐する手口なんですけど。

 心配してくれるのは嬉しい。
 でも、完全に子供扱いである。
 それに、レジェスとルオンは友達だと聞いている。

「レジェス様とルオン様は友達ですよね?」
「まあ、そうだな」
「私が誘拐されるようなことはないと思います」
「もっと警戒心を持て!」

 そうレジェスが言った瞬間――

「僕もそう思うよ。アギラカリサ王国は危険だ。レジェスも含めてね」

 フリアンがそばにいた。
 そして、いつもより緊張感があり、周囲を警戒してピリピリしている。

「俺も仲間に入るのか?」
「ルナリアとダンスを踊ったからね。僕がオルテンシア王から、ルナリアとの婚約を打診されていると知っているくせに、君は本当に自由だな」
「フリアン。俺たちは自由だぞ」

 レジェスの言葉にフリアンは同意できないと首を横に振った。

「僕は次期公爵で、レジェスは王になる。自由なんかどこにもないんだよ」

 責任感が強く、真面目なフリアンと奔放で行動力があるレジェスは真逆で、考え方も正反対だ。

「ルナリア。明日の朝、明るくなったらすぐに立とう。仕返しされる前にアギラカリサ王国を出た方がいい」

 ――たしかにそうだわ。三人の王子が数年かけた罠を駄目にしたんだから、私に仕返ししてもおかしくない。このまま、アギラカリサ王国にいるのは危険だわ。

 自分の置かれた立場に気づき、フリアンにうなずいた。
 マーレア諸島との取引ができるようになり、こちらは目的を果たした。
 けれど、レジェスの兄たちはオルテンシア王国からの利益だけでなく、マーレア諸島からの利益も手に入らなくなった。

「オルテンシア王国領まで、責任もって俺が護衛しよう」 
「レジェスが来るほうが危険な気がするけど、向こうの手口を知っているからね」
「おい、俺をあいつらの同類みたいに言うな」
「ルナリア。大丈夫だよ。君は僕が守るから」

 フリアンはそう言ってくれたけど、このまま無事に私は帰れるだろうか。
 
 ――物語の強制力が働いて、なにか悪いことが起きなければいいけど。  

 うまくいって嬉しいはずなのに、嫌な予感がして心から喜べなかった。
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