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第4章
8 厄介な男(1) ※ルーカス視点
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――侍従はうまくサーラに伝えただろうか。
ようやく手に入ったヴィフレア王の玉座。
その玉座にゆっくりと座り、ふっと笑った。
「ご機嫌ですこと」
サンダール公爵がそばに控え、僕が出す命令の一つ一つに目を通す。
僕に宰相は必要ないと思ったが、サンダール公爵が宰相の地位を望んだため、今は国王代行補佐官の地位を与えている。
イルド・サンダールは先代から公爵の地位を奪った野心家だ。
性別は男だが、女の格好を好み、女性以上の美貌を持つ。
変わっているが、これでなかなか役に立つ。
昔からサンダール公爵家は優秀な人材を見つけると、身分を問わず養子として育てている。
そして、成長した養子を王宮へ送り込んで潜ませるのだ。
もちろん、それをしているのはサンダール公爵家だけでなく、他の貴族たちも変わらない。
ただ優秀な人材であれば、部署のトップに立つことが多い。
今回、部署ごとのトップが部下の動きを封じたため、僕たちの謀反はスムーズにいった。
そして、謀反後も父上と母上の監視は彼らに任せることができるというわけだ。
つまり、サンダール公爵が僕の味方でいる限り、王宮は僕の思うがままである。
「機嫌がよくて当然だろう? 念願の王の地位だ。リアムではなく、僕がヴィフレア王となるんだからね」
父上が今まで座っていた玉座に座り、肘をついて広間を見下ろす。
ここにいるのは僕とサンダール公爵、セアンと広間を警備する兵士だけで、閑散としている。
いずれ貴族たちを集め、僕はヴィフレア王を名乗るのだ。
この広間でリアムは僕が王になる姿を目にするだろう――笑いがこみ上げてくる。
――リアムが王になれずに終わるとは、残念でしたね、父上。
「正式に国王として認められるまでは油断は禁物ですわ」
「リアムができることはもうなにもない。あるとするなら、僕に反逆して争いを起こすことだけだ」
「もし、それをリアム様が考えているとしたら、どうなさいますの?」
「心配性だな。宮廷魔術師と宮廷魔道具師、騎士たちを敵に回し、生き延びることができたら化け物だ」
宮廷魔術師たちはエリート中のエリートで、普通の魔術師以上の魔力を持つ。
騎士と宮廷魔道具師たちが、宮廷魔術師たちのサポート役として動けば、勝ち目は皆無だ。
「たった一人で勝てると思うか?」
「無理でしょうね。こちらとしては、リアム様が死んでくれたら、それで構いませんわ」
サンダール公爵の目的がなんであるかわからないが、リアムの死を願っていることは、以前より薄々感じていた。
でなければ、僕に協力などしなかっただろう。
天才魔術師と名高いリアムには、友人はいなくとも、最強魔術師と崇める信者が多かった。
サンダール公爵のように、リアムを憎む存在は貴重だ。
「僕はリアムに奪われたものを一つずつ取り戻す。サンダール公爵、手伝ってもらうよ」
「協力は惜しみませんわ」
「え? リアムに奪われた? リアムはなにも奪ってないと思うけど?」
僕とサンダール公爵が結束しているというのに、セアンは空気を読まずに会話に割って入った。
セアンは僕が国王代行になっても、敬う気配がない。
元平民のくせに生意気だ。
しかも、こいつはリアム信者の筆頭だと言っていい。
「セアン。お前はどちらの味方だ?」
「そう言われても、俺はリアムを敵に回したくない。リアムは天才だ。俺は自分に自惚れていたけど、リアムに出会って真の天才がいると知った! あの目でにらまれると、俺を見ているんだと思ってぞくぞくするよ」
――こいつ、変態か。
熱弁するセアンを冷たい目で見た。
「サンダール公爵。育て方を間違えたんじゃないのか?」
「セアンの才能は素晴らしいのよ、才能はね」
サンダール公爵でさえ、セアンの変態的なリアムへの敬愛をどうにもできないらしい。
「とにかく、僕はまず、サーラを取り戻す。これは絶対だ」
「ルーカス様はあの【魔力なし】に固執しすぎですわ」
「妃にするなら、もっと美人で賢くて、魔力のある女でいいと思うけど?」
サンダール公爵とセアンは、僕がサーラを妃に迎えることに反対していた。
だが、サンダール公爵家に続き、アールグレーン公爵家が僕に忠誠を誓えば、地位は安泰だ。
ノルデン公爵家、フォルシアン公爵家は領地を減らされ、以前のような勢いはない。
もちろん、警戒するに越したことはないが――今のところ危険ではなかった。
「アールグレーン公爵家からの返事が遅いな。公爵は喜んでサーラを妃に差し出すと思っていたが……」
「腹黒なアールグレーン公爵のことですわ。もったいぶっているのでしょう。たかが【魔力なし】の娘を」
サーラを馬鹿にするサンダール公爵に、なぜかイラっとした。
――いやいや、サーラが平凡で【魔力なし】だと僕が一番わかっているだろう? サンダール公爵の言っていることは事実だ。
「国王代行。アールグレーン公爵家からお客様がいらっしゃいました」
広間の扉前に立っていた兵士が報告する。
噂をすればなんとやら。
サーラの父、アールグレーン公爵が大喜びでやってきたようだ。
――サーラは僕の妃になる。これで、僕はリアムが苦しむ顔を死ぬまで拝めるってわけだ。
「通せ」
僕は勝利を確信した。
しかし、すぐにそれは打ち消された。
僕の前に現れたのは、アールグレーン公爵ではなかったからだ。
亜麻色の髪に青い目をした男――華やかだが派手すぎない金糸の刺繍が入った上着、ブーツにまで細かい装飾が施され、貴族らしいセンスに溢れた服装。
ピアスやネックレス、ブレスレットという魔力を補うための魔道具は、名匠が作ったと思われる細工の素晴らしいアクセサリー類のみを身につけている。
「ルーカス、イルド! 久しぶりだね~! 君たちの友人、心の友。ユディン・アールグレーンが王都へやってきたよ~!」
白い手袋をはめた手をあげ、緊張感のない挨拶をしてきた。
底抜けに明るい声、うっとおしい笑顔。
こちらは友人と思っていないのだが、向こうは友人だと思っているらしい。
お調子者で打算的、アールグレーン公爵家の血をしっかり引き継いだ腹黒男――サーラの兄のユディン・アールグレーンが呼んでもいないのにやってきた。
「今すぐ帰ってもらえ」
サンダール公爵が素の男言葉に戻るほど、関わりたくない相手だ。
ユディンは自分よりも年上のサンダール公爵、国王代行の僕を呼び捨てにし、笑っている。
学生時代とまったく変わらないユディン。
つまり、いい歳して成長がなく、昔のままの非常識な男だということだ。
「ユディン? 僕に対する敬称はどうしたのかな?」
「えー! 敬称? 冷たいなぁ。俺とルーカスは王立魔術学院の先輩と後輩だよ? 俺たち、仲良しだったと思うんだけど違った?」
「昔と違い、今の僕は国王代行だ。ユディン、敬称で呼ぶように」
ユディンは童顔で二十代前半に見えるが、実際は二十九歳である。
僕がひとつ下、サンダール公爵がひとつ上で、昔からの顔見知りだ。
だが、国王代行の僕に敬称なしというわけにはいくまい。
「じゃあ、幼馴染! 仲良し三人組の幼馴染みだよね?」
――こ、こいつ……! 僕の話を聞いてたかな?
僕の優雅な笑みが、ひきつったものに変わる。
「ユディン。僕はお前と遊んでいられないんだ。だいたい、お前が王宮へ来たのは、公爵からサーラの件を聞いて、その返事を持ってきたからだろう?」
「いや~、びっくりだよね~。また妹を妃にしたいなんてさ。十年前、ルーカスが結婚を申し込んだって聞いた時以来の驚きだったよ~」
間延びした語尾がまた人をイラつかせる。
それは僕だけではなかった。
サンダール公爵も同じで、兵士に命じた。
「なにをしている。こいつを追い出せ」
完全に男の顔である。
「えっ! 待ってよ~。まだ用件も話してないのにひどいなぁ。イルドは怒りんぼだね? 本性が出ちゃってるけど大丈夫?」
命じられた兵士は一人では無理だと思ったのか、応援を呼び、申し訳なさそうな顔でユディンに近づいた。
「ユディン様、失礼します」
「ご命令ですので……」
十人ほどいる兵士が、ユディンをぐるり囲んだ。
兵士がユディンの腕に触れようとした瞬間、顔からさっと笑みが消え、青い目が細められた。
笑みが消えたことで、僕とサンダール公爵は『あること』を思い出し、兵士を止めようとしたが――間に合わなかった。
ユディンのピアスが輝き、一瞬で魔力が増幅された。
アールグレーン公爵家は王家に次ぐ魔力を持つ者が多い魔術師の名門である。
ユディンの本領が発揮される。
「イルド様! 俺の後ろへ!」
セアンが公爵ではなく、名前でサンダール公爵を呼んだ。
それだけの緊急事態だということである。
魔法ではなく魔術と気づいたセアンが、とっさにサンダール公爵の前に立って庇った。
けど、ユディンの攻撃対象は僕でもなく、サンダール公爵でもない。
魔術師である僕とサンダール公爵はそれがわかるため、その場から少しも動かず、僕に至っては肘をつき、ユディンを眺めていた。
「【死の予兆者】」
【死の予兆者】
『それは虚言。死を告げるカラス。たった一つの嘘が愛する人に死をもたらした。永遠に繰り返される悔恨が死を招く』
黒い羽根を身にまとった黒髪の美女が現れ、目蓋を開く――不吉な血色の目が死を予兆する。
同時に無数のカラスが現れ、美女に従う。
あれは死体になった敵を喰らうおぞましいカラスである。
兵士は恐怖で顔が歪み、腰を抜かし、口をパクパク動かした。
美女が黒い翼のような腕を一振りすると、ユディンの近くにいた兵士たちの体が吹き飛び、ガラスを割り、壁を崩し、カーテンが破れた。
他の兵士たちが駆けつけるも、異様な光景を目にし、ユディンに近寄れなかった。
「俺に触れるな」
先ほどまで、ユディンはへらへらしていた。
だが、今はその雰囲気を微塵も感じられず、兵士たちを鋭い目でにらみつけている。
彼らへの蔑みと凄まじい嫌悪感をあらわにさせ、【死の予兆者】を従えていた。
ようやく手に入ったヴィフレア王の玉座。
その玉座にゆっくりと座り、ふっと笑った。
「ご機嫌ですこと」
サンダール公爵がそばに控え、僕が出す命令の一つ一つに目を通す。
僕に宰相は必要ないと思ったが、サンダール公爵が宰相の地位を望んだため、今は国王代行補佐官の地位を与えている。
イルド・サンダールは先代から公爵の地位を奪った野心家だ。
性別は男だが、女の格好を好み、女性以上の美貌を持つ。
変わっているが、これでなかなか役に立つ。
昔からサンダール公爵家は優秀な人材を見つけると、身分を問わず養子として育てている。
そして、成長した養子を王宮へ送り込んで潜ませるのだ。
もちろん、それをしているのはサンダール公爵家だけでなく、他の貴族たちも変わらない。
ただ優秀な人材であれば、部署のトップに立つことが多い。
今回、部署ごとのトップが部下の動きを封じたため、僕たちの謀反はスムーズにいった。
そして、謀反後も父上と母上の監視は彼らに任せることができるというわけだ。
つまり、サンダール公爵が僕の味方でいる限り、王宮は僕の思うがままである。
「機嫌がよくて当然だろう? 念願の王の地位だ。リアムではなく、僕がヴィフレア王となるんだからね」
父上が今まで座っていた玉座に座り、肘をついて広間を見下ろす。
ここにいるのは僕とサンダール公爵、セアンと広間を警備する兵士だけで、閑散としている。
いずれ貴族たちを集め、僕はヴィフレア王を名乗るのだ。
この広間でリアムは僕が王になる姿を目にするだろう――笑いがこみ上げてくる。
――リアムが王になれずに終わるとは、残念でしたね、父上。
「正式に国王として認められるまでは油断は禁物ですわ」
「リアムができることはもうなにもない。あるとするなら、僕に反逆して争いを起こすことだけだ」
「もし、それをリアム様が考えているとしたら、どうなさいますの?」
「心配性だな。宮廷魔術師と宮廷魔道具師、騎士たちを敵に回し、生き延びることができたら化け物だ」
宮廷魔術師たちはエリート中のエリートで、普通の魔術師以上の魔力を持つ。
騎士と宮廷魔道具師たちが、宮廷魔術師たちのサポート役として動けば、勝ち目は皆無だ。
「たった一人で勝てると思うか?」
「無理でしょうね。こちらとしては、リアム様が死んでくれたら、それで構いませんわ」
サンダール公爵の目的がなんであるかわからないが、リアムの死を願っていることは、以前より薄々感じていた。
でなければ、僕に協力などしなかっただろう。
天才魔術師と名高いリアムには、友人はいなくとも、最強魔術師と崇める信者が多かった。
サンダール公爵のように、リアムを憎む存在は貴重だ。
「僕はリアムに奪われたものを一つずつ取り戻す。サンダール公爵、手伝ってもらうよ」
「協力は惜しみませんわ」
「え? リアムに奪われた? リアムはなにも奪ってないと思うけど?」
僕とサンダール公爵が結束しているというのに、セアンは空気を読まずに会話に割って入った。
セアンは僕が国王代行になっても、敬う気配がない。
元平民のくせに生意気だ。
しかも、こいつはリアム信者の筆頭だと言っていい。
「セアン。お前はどちらの味方だ?」
「そう言われても、俺はリアムを敵に回したくない。リアムは天才だ。俺は自分に自惚れていたけど、リアムに出会って真の天才がいると知った! あの目でにらまれると、俺を見ているんだと思ってぞくぞくするよ」
――こいつ、変態か。
熱弁するセアンを冷たい目で見た。
「サンダール公爵。育て方を間違えたんじゃないのか?」
「セアンの才能は素晴らしいのよ、才能はね」
サンダール公爵でさえ、セアンの変態的なリアムへの敬愛をどうにもできないらしい。
「とにかく、僕はまず、サーラを取り戻す。これは絶対だ」
「ルーカス様はあの【魔力なし】に固執しすぎですわ」
「妃にするなら、もっと美人で賢くて、魔力のある女でいいと思うけど?」
サンダール公爵とセアンは、僕がサーラを妃に迎えることに反対していた。
だが、サンダール公爵家に続き、アールグレーン公爵家が僕に忠誠を誓えば、地位は安泰だ。
ノルデン公爵家、フォルシアン公爵家は領地を減らされ、以前のような勢いはない。
もちろん、警戒するに越したことはないが――今のところ危険ではなかった。
「アールグレーン公爵家からの返事が遅いな。公爵は喜んでサーラを妃に差し出すと思っていたが……」
「腹黒なアールグレーン公爵のことですわ。もったいぶっているのでしょう。たかが【魔力なし】の娘を」
サーラを馬鹿にするサンダール公爵に、なぜかイラっとした。
――いやいや、サーラが平凡で【魔力なし】だと僕が一番わかっているだろう? サンダール公爵の言っていることは事実だ。
「国王代行。アールグレーン公爵家からお客様がいらっしゃいました」
広間の扉前に立っていた兵士が報告する。
噂をすればなんとやら。
サーラの父、アールグレーン公爵が大喜びでやってきたようだ。
――サーラは僕の妃になる。これで、僕はリアムが苦しむ顔を死ぬまで拝めるってわけだ。
「通せ」
僕は勝利を確信した。
しかし、すぐにそれは打ち消された。
僕の前に現れたのは、アールグレーン公爵ではなかったからだ。
亜麻色の髪に青い目をした男――華やかだが派手すぎない金糸の刺繍が入った上着、ブーツにまで細かい装飾が施され、貴族らしいセンスに溢れた服装。
ピアスやネックレス、ブレスレットという魔力を補うための魔道具は、名匠が作ったと思われる細工の素晴らしいアクセサリー類のみを身につけている。
「ルーカス、イルド! 久しぶりだね~! 君たちの友人、心の友。ユディン・アールグレーンが王都へやってきたよ~!」
白い手袋をはめた手をあげ、緊張感のない挨拶をしてきた。
底抜けに明るい声、うっとおしい笑顔。
こちらは友人と思っていないのだが、向こうは友人だと思っているらしい。
お調子者で打算的、アールグレーン公爵家の血をしっかり引き継いだ腹黒男――サーラの兄のユディン・アールグレーンが呼んでもいないのにやってきた。
「今すぐ帰ってもらえ」
サンダール公爵が素の男言葉に戻るほど、関わりたくない相手だ。
ユディンは自分よりも年上のサンダール公爵、国王代行の僕を呼び捨てにし、笑っている。
学生時代とまったく変わらないユディン。
つまり、いい歳して成長がなく、昔のままの非常識な男だということだ。
「ユディン? 僕に対する敬称はどうしたのかな?」
「えー! 敬称? 冷たいなぁ。俺とルーカスは王立魔術学院の先輩と後輩だよ? 俺たち、仲良しだったと思うんだけど違った?」
「昔と違い、今の僕は国王代行だ。ユディン、敬称で呼ぶように」
ユディンは童顔で二十代前半に見えるが、実際は二十九歳である。
僕がひとつ下、サンダール公爵がひとつ上で、昔からの顔見知りだ。
だが、国王代行の僕に敬称なしというわけにはいくまい。
「じゃあ、幼馴染! 仲良し三人組の幼馴染みだよね?」
――こ、こいつ……! 僕の話を聞いてたかな?
僕の優雅な笑みが、ひきつったものに変わる。
「ユディン。僕はお前と遊んでいられないんだ。だいたい、お前が王宮へ来たのは、公爵からサーラの件を聞いて、その返事を持ってきたからだろう?」
「いや~、びっくりだよね~。また妹を妃にしたいなんてさ。十年前、ルーカスが結婚を申し込んだって聞いた時以来の驚きだったよ~」
間延びした語尾がまた人をイラつかせる。
それは僕だけではなかった。
サンダール公爵も同じで、兵士に命じた。
「なにをしている。こいつを追い出せ」
完全に男の顔である。
「えっ! 待ってよ~。まだ用件も話してないのにひどいなぁ。イルドは怒りんぼだね? 本性が出ちゃってるけど大丈夫?」
命じられた兵士は一人では無理だと思ったのか、応援を呼び、申し訳なさそうな顔でユディンに近づいた。
「ユディン様、失礼します」
「ご命令ですので……」
十人ほどいる兵士が、ユディンをぐるり囲んだ。
兵士がユディンの腕に触れようとした瞬間、顔からさっと笑みが消え、青い目が細められた。
笑みが消えたことで、僕とサンダール公爵は『あること』を思い出し、兵士を止めようとしたが――間に合わなかった。
ユディンのピアスが輝き、一瞬で魔力が増幅された。
アールグレーン公爵家は王家に次ぐ魔力を持つ者が多い魔術師の名門である。
ユディンの本領が発揮される。
「イルド様! 俺の後ろへ!」
セアンが公爵ではなく、名前でサンダール公爵を呼んだ。
それだけの緊急事態だということである。
魔法ではなく魔術と気づいたセアンが、とっさにサンダール公爵の前に立って庇った。
けど、ユディンの攻撃対象は僕でもなく、サンダール公爵でもない。
魔術師である僕とサンダール公爵はそれがわかるため、その場から少しも動かず、僕に至っては肘をつき、ユディンを眺めていた。
「【死の予兆者】」
【死の予兆者】
『それは虚言。死を告げるカラス。たった一つの嘘が愛する人に死をもたらした。永遠に繰り返される悔恨が死を招く』
黒い羽根を身にまとった黒髪の美女が現れ、目蓋を開く――不吉な血色の目が死を予兆する。
同時に無数のカラスが現れ、美女に従う。
あれは死体になった敵を喰らうおぞましいカラスである。
兵士は恐怖で顔が歪み、腰を抜かし、口をパクパク動かした。
美女が黒い翼のような腕を一振りすると、ユディンの近くにいた兵士たちの体が吹き飛び、ガラスを割り、壁を崩し、カーテンが破れた。
他の兵士たちが駆けつけるも、異様な光景を目にし、ユディンに近寄れなかった。
「俺に触れるな」
先ほどまで、ユディンはへらへらしていた。
だが、今はその雰囲気を微塵も感じられず、兵士たちを鋭い目でにらみつけている。
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