優秀な姉よりどんくさい私の方が好きだなんてありえません!

椿蛍

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番外編【今園】

私達は魔女なのか?【後編】28話前

「よーし!お姉さんがおごっちゃうー!生中、追加でー!」

まだ飲むつもりだろうか。
すでにできあがっている野々宮さんはまだまだいけるっとノリノリだった。
残念ながら、いけそうにはないのですが。
その希望的観測はどこからくるのだろうか。

「野々宮さん、もうやめた方が」

「今園も飲みなさーい!」

ドンドンッと生ビールのジョッキが並べられた。

「せっかくだし、飲もう?」

CMに出演している笑顔だった。
野々宮さんは顔を伏せて眠ってしまった。

「あーあ……史乃さん、また寝てしまったか」

店長ががっくりと肩を落とした。

「もっと強く止めるべきでした。申し訳ございません」

「今園さんのせいじゃないよ……」

店長は慣れた様子で畳の部屋がある休憩室に寝かせていた。

「起きたら送るしかないねー。店長っ!」

「そのようだ。渚生。お前、わかってて煽ってないだろうな?」

「なんのこと?」

天使みたいな笑顔を浮かべて、渚生さんは店長の言葉をかわした。
店長はやれやれとため息をついて、だし巻き卵を焼いていた。
まだお客さんはそこそこ入ってきていて、ゆっくり話している余裕はない。

「今園さんだよね。壱哉から聞いてるよ、優秀な秘書さんってね」

「はい」

「結婚が無縁ってどうして?」

「家庭を持とうとは考えていないという意味です」

「それは安島のせい?」

タコとキュウリの酢の物をつまんでいた箸の手をとめた。
壱哉さんから聞いているのだろうか。
じろりと見つめても動じる様子はない。

「あなたには関係のないことです」

「そうだね。興味本位だったよ」

「私の生い立ちをご存知なら、興味本位で聞くことがどんなに失礼なことか、わかりませんか?」

「生い立ちはともかく、無縁って言ったから気になってさ」

「無縁です」

「そこまで悲観しなくても」

軽い口調で言われたことに腹が立った。
安島の父との間に生まれた私は認知はしてもらえたけれど、父と呼ぶことは許さず、正妻にいじめれていてもい知らん顔で新しい愛人の所へと出かけて行った。
その異母兄は私を蔑み、自分の残飯を渡しに食べろと言ってきた。
まるで、汚い野良猫でも拾った程度の感覚だった。
彼らは。

「君は結婚っていうんじゃなくてさ。人を信用してないんじゃないかな」

「あなたに何がわかるっていうんですか!」

「わからないけど、人は変わることもあるって言いたかっただけだよ。俺がそうだったから」

「気分が悪いので失礼します」

席を立ち、お金を置いた。
野々宮さんの分も支払っておいた。

「待って。送るよ」

「結構です。週刊誌に写真でも撮られたらどうするんです?」

「平気だって。その時は壱哉にもみ消してもらおうかなー」

「尾鷹専務に迷惑をかけないでください!」

「はーい。じゃ、行こうか」

店長にお金を渡し、お釣りは寄付するよと言っていた。
なんて軽い男。
外に出ると涼しくて夜の気配が心地よい。
隣にこんな男がいなければ、いい気分でマンションまで帰れたというのに。

「今園さんは会社にいい人とか、好きになれそうな人もいないんだ?」

「そうですね。たとえいたとしても、私は魔女らしいので誰も寄り付きませんよ」

しつこい。
きっと人から嫌われるということを知らない。
だから、こんなあけすけに物を言えるのだ。

「君が魔女だっていうなら、俺を誘惑してみてよ」

「は―――?」

「それくらいできるでしょ?魔女ならさ」

私は魔力を持たない魔女だ。
なんの力もない。
本当に魔女ならよかった。
泣きたい気持ちでうつむいた。

「その顔は悪くないね。いつもはすましていて、悲しい顔をする。やっぱり君は魔女かな。君はきっと魔女になる呪いをかけられたんだよ。悪い魔法使いにね」
呪いを?
それなら、いつかこの呪いが解けるというのだろうか。
ずっと私を苦しめ続ける安島家での記憶が消える?
まさか、そんなこと絶対にない――――そう思って、顔をあげると間近に綺麗な顔があった。
近寄ってきた顔を避けることができず、唇が重なった。

「王子のキスで呪いは解けるらしいよ?君が結婚できますように。じゃ、おやすみー」

なに―――?
今のは?
ポカンとして、その場に立っていた。
何が起きたのか、さっぱりわからずに。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おはようございます」

朝、受付にいくと野々宮さん背筋を伸ばし、いつもと同じ笑顔を振りまいていた。
あれほど飲んだのに通常営業。
やはり彼女は魔女かもしれない。

「今園室長、おはようございます」

受付前に行くと、昨晩とは同じ人間とは思えないくらい作った顔になんとも言えない気持ちになる。

「おはようございます。野々宮さん。昨晩は帰宅できましたか?」

一瞬、野々宮さんの顔が崩れそうになり、笑みを浮かべたような気がした。
受付用の作り笑いではなく。本物の笑み。

「え、ええ。店長に送って頂きました。ご心配おかけしてもうしわけありません」

これは―――珍しい。

「今園室長こそ、帰宅できました?」

「えっ……!」

昨晩のキスを思い出し、わずかに動揺してしまった。
あら、と野々宮さんが小さく声をもらした。

「ご心配には及びません。帰ることができました」

「そうですか。それはよかった―――」

お互い静かに笑みをかわした。
私達は魔女。
それ以上は踏み込まないし、立ち入らない。
私は秘書室、彼女は受付でトップにいるのだから、変な噂なんてもってのほか。
呪いを解くには王子様のキスがまだ足りないようだ。
―――出直してくることね。
姿勢をただし、真っすぐに秘書室へと歩きだした。
いつものように。

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