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12 私のタイムリミット
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「彼女は弾ける。俺は彼女をもう一度、ピアノの道に戻すためピアニストになった」
「唯冬……」
「だから、彼女が就職する時、渋木が所有するアパートを不動産屋に紹介させた」
あ、あら?
今のは聴き間違え……よね?
なにか今、不穏な言葉を耳にしたような気がした。
さっきまで、唯冬はとても素敵なことを言っていたような気がする。
気がするんだけど、それが突然、なにか犯罪的なものに変わった?
「唯冬! あなたね! わざとこの店の前を通るように彼女の住む場所を決めたのね? 彼女のことを留学中も監視できるように!」
「人聞きが悪いな。見守っていただけだ」
「なにが見守っていたよ。完全にストーカーよ!」
「そうでもしないと彼女と自然に出会えないだろう?」
「なにが自然に出会えないよ。すでに不自然よ。こんな小さなカフェにスタインウェイのグランドピアノがある時点でね」
唯冬もそれには同感だったらしく、苦笑した。
「上等なピアノの音を聴けば、また彼女はピアノを弾きたくなるかもしれない」
なんて腹黒いの。
我が弟ながら、とんでもない策略家すぎて恐ろしい。
開いた口が塞がらないとはこのことよ。
「姉さん。運命は作るものだよ」
類は友を呼ぶ―――ウインクする知久の顔が頭に浮かんだ。
知久も最近、おとなしいけど、なにか企んでいるってことはないわよね……
「それに姉さんの夢のひとつだっただろう? 音楽家が集まるような店にしたいって、言っていたのを俺は覚えている」
「そうだけど……」
「協力したつもりなんだけどな」
協力ねぇ……
スタインウェイのグランドピアノを店に置いたことが協力?
店内で圧倒的な存在感を放つピアノだったけど、これをこのまま、飾りにするわけにはいかない。
弾き手が必要になる。
私を言い訳にして、買ったんだろうけど、自分の片想いしている相手へのプレゼントじゃないの。
プレゼントなら、まだ可愛い。
これは彼女をおびき寄せるための罠なのだから。
「ピアノが弾けなくなって、傷ついている千愛さんにひどいことしないでね。彼女はうちのカフェの大事なお客様なのよ。わかってるわよね?」
「失礼だな。姉さん」
唯冬は虫も殺さぬ顔をして言ったけど信用ならない。
カフェ『音の葉』―――私と穂風が大学生の頃から計画して開いたカフェだった。
静かで穏やかな時間を好む人が集まるような憩いの場所。
カフェはビルの一階で、それ以外は美容室や会社に貸し出し、上階部分はマンションになっていた。
最上階には私の部屋がある。
私のテリトリーで好きにさせてなるものですか!
じろりと唯冬を睨みつけた。
「俺が彼女に酷いことをするわけがないだろう?」
「アパートだけじゃなく、就職先まで渋木の息がかかった会社にしていないと言うのなら、その言葉を信じるわ」
無言だった。
唯冬が、私から目を逸らしたのを見逃さなかった。
「唯冬! やましいことがないなら、私の目を見なさいよっ!」
「やましい気持ちはない。むしろ彼女を守っているだけだ」
「守っているって……なにから?」
「彼女が生活に困ってないか、苦しんでないか見守っている。大学も学費のみで両親とは連絡をとっていない。そんな彼女を放って置けるわけないだろう?」
「……そう」
千愛さんは天才ピアニストと呼ばれ、昔から期待もすごかった。
ピアニストにしたかった両親の期待を裏切ったせいで、家族とは不仲になっていると噂で聞いていた。
もう、深く聞かないでおこうと決めた。
どうせ、聞いたところで、唯冬のとんでもない本性が見えてくるだけなのだから。
「姉さんは俺の恋に協力したほうがいい。自分のためにも」
「私のためにも?」
「姉さんには幸せになって欲しいと思っているよ」
優しい唯冬。
渋木の家で私をかばってくれていたのは唯冬と柊冴で、母が違うとはいえ、弟達は私に親切で嫌な思いをしたことはなかった。
そんな弟達には私だって、幸せになって欲しいと思っている。
「だから、彼女が来る曜日と時間を教えてくれよ。あと、ここの店員として、俺を彼女に会わせてほしい」
これには私も返事のしようがなかった。
だって、唯冬には婚約者がいる。
私の婚約者が決まる前に決まった唯冬の婚約。
私と唯冬の婚約のどちらが重要かと言えば、長男の唯冬の結婚のほうが大事だった。
「唯冬。あなたには婚約者がいるでしょう? 知久さんの妹さんの結朱さんが……」
だから、私と知久の婚約は絶対にない。
そして、陣川家は私が父の子かどうか、疑っていたこともあって、知久との婚約は考えていなかった。
渋木の跡継ぎだろうと目されていた唯冬が、陣川家の大切なお嬢様と婚約するのは当然のことだった。
「俺は断った。それを親が勝手に婚約者として扱っているだけの話だ」
「唯冬!」
「俺は自分の意志を曲げない。姉さんも生きたいように生きていい。母さんに気を遣う必要はないよ」
もしかして、唯冬は私と知久の関係を知っているのだろうか。
唯冬は多くを語らず、椅子から立ち上がった。
「それじゃ、仕事があるから」
唯冬が店から出ていくと穂風が私のそばにいて、優しく言ってくれた。
「小百里。私に協力して欲しいことがあるならなんでも言ってよ?」
身長が高くてベリーショートの穂風はさわやかに微笑んだ。
学生の頃からの友人で、穂風だけはいろいろな噂を聞いても私と友人でいてくれた。
私の数少ない理解者で友人。
「私は友人として小百里に幸せになって欲しいから」
「穂風……」
「親のことで後ろめたく思う必要はないって、私は昔から小百里に言ってたでしょ? 小百里は小百里なんだからね」
「ありがとう、穂風」
唯冬を見ていると、そんなふうに生きても許されるのかもしれないなんて、思ってしまいそうになる。
私と唯冬では立場が違うとわかっていながら夢を見てしまう。
幸せになれるんじゃないかって―――無意識に首のネックレスに触れていた。
悲しみの涙がいつか喜びの涙に変わる。
そんな日がくるのだろうか。
弟達が留学から帰って来て二年目。
私が結婚を待って欲しいと父に頼んだ三年の最後の一年。
残り一年。
私に残された自由でいられる時間はあとわずかだった―――
「唯冬……」
「だから、彼女が就職する時、渋木が所有するアパートを不動産屋に紹介させた」
あ、あら?
今のは聴き間違え……よね?
なにか今、不穏な言葉を耳にしたような気がした。
さっきまで、唯冬はとても素敵なことを言っていたような気がする。
気がするんだけど、それが突然、なにか犯罪的なものに変わった?
「唯冬! あなたね! わざとこの店の前を通るように彼女の住む場所を決めたのね? 彼女のことを留学中も監視できるように!」
「人聞きが悪いな。見守っていただけだ」
「なにが見守っていたよ。完全にストーカーよ!」
「そうでもしないと彼女と自然に出会えないだろう?」
「なにが自然に出会えないよ。すでに不自然よ。こんな小さなカフェにスタインウェイのグランドピアノがある時点でね」
唯冬もそれには同感だったらしく、苦笑した。
「上等なピアノの音を聴けば、また彼女はピアノを弾きたくなるかもしれない」
なんて腹黒いの。
我が弟ながら、とんでもない策略家すぎて恐ろしい。
開いた口が塞がらないとはこのことよ。
「姉さん。運命は作るものだよ」
類は友を呼ぶ―――ウインクする知久の顔が頭に浮かんだ。
知久も最近、おとなしいけど、なにか企んでいるってことはないわよね……
「それに姉さんの夢のひとつだっただろう? 音楽家が集まるような店にしたいって、言っていたのを俺は覚えている」
「そうだけど……」
「協力したつもりなんだけどな」
協力ねぇ……
スタインウェイのグランドピアノを店に置いたことが協力?
店内で圧倒的な存在感を放つピアノだったけど、これをこのまま、飾りにするわけにはいかない。
弾き手が必要になる。
私を言い訳にして、買ったんだろうけど、自分の片想いしている相手へのプレゼントじゃないの。
プレゼントなら、まだ可愛い。
これは彼女をおびき寄せるための罠なのだから。
「ピアノが弾けなくなって、傷ついている千愛さんにひどいことしないでね。彼女はうちのカフェの大事なお客様なのよ。わかってるわよね?」
「失礼だな。姉さん」
唯冬は虫も殺さぬ顔をして言ったけど信用ならない。
カフェ『音の葉』―――私と穂風が大学生の頃から計画して開いたカフェだった。
静かで穏やかな時間を好む人が集まるような憩いの場所。
カフェはビルの一階で、それ以外は美容室や会社に貸し出し、上階部分はマンションになっていた。
最上階には私の部屋がある。
私のテリトリーで好きにさせてなるものですか!
じろりと唯冬を睨みつけた。
「俺が彼女に酷いことをするわけがないだろう?」
「アパートだけじゃなく、就職先まで渋木の息がかかった会社にしていないと言うのなら、その言葉を信じるわ」
無言だった。
唯冬が、私から目を逸らしたのを見逃さなかった。
「唯冬! やましいことがないなら、私の目を見なさいよっ!」
「やましい気持ちはない。むしろ彼女を守っているだけだ」
「守っているって……なにから?」
「彼女が生活に困ってないか、苦しんでないか見守っている。大学も学費のみで両親とは連絡をとっていない。そんな彼女を放って置けるわけないだろう?」
「……そう」
千愛さんは天才ピアニストと呼ばれ、昔から期待もすごかった。
ピアニストにしたかった両親の期待を裏切ったせいで、家族とは不仲になっていると噂で聞いていた。
もう、深く聞かないでおこうと決めた。
どうせ、聞いたところで、唯冬のとんでもない本性が見えてくるだけなのだから。
「姉さんは俺の恋に協力したほうがいい。自分のためにも」
「私のためにも?」
「姉さんには幸せになって欲しいと思っているよ」
優しい唯冬。
渋木の家で私をかばってくれていたのは唯冬と柊冴で、母が違うとはいえ、弟達は私に親切で嫌な思いをしたことはなかった。
そんな弟達には私だって、幸せになって欲しいと思っている。
「だから、彼女が来る曜日と時間を教えてくれよ。あと、ここの店員として、俺を彼女に会わせてほしい」
これには私も返事のしようがなかった。
だって、唯冬には婚約者がいる。
私の婚約者が決まる前に決まった唯冬の婚約。
私と唯冬の婚約のどちらが重要かと言えば、長男の唯冬の結婚のほうが大事だった。
「唯冬。あなたには婚約者がいるでしょう? 知久さんの妹さんの結朱さんが……」
だから、私と知久の婚約は絶対にない。
そして、陣川家は私が父の子かどうか、疑っていたこともあって、知久との婚約は考えていなかった。
渋木の跡継ぎだろうと目されていた唯冬が、陣川家の大切なお嬢様と婚約するのは当然のことだった。
「俺は断った。それを親が勝手に婚約者として扱っているだけの話だ」
「唯冬!」
「俺は自分の意志を曲げない。姉さんも生きたいように生きていい。母さんに気を遣う必要はないよ」
もしかして、唯冬は私と知久の関係を知っているのだろうか。
唯冬は多くを語らず、椅子から立ち上がった。
「それじゃ、仕事があるから」
唯冬が店から出ていくと穂風が私のそばにいて、優しく言ってくれた。
「小百里。私に協力して欲しいことがあるならなんでも言ってよ?」
身長が高くてベリーショートの穂風はさわやかに微笑んだ。
学生の頃からの友人で、穂風だけはいろいろな噂を聞いても私と友人でいてくれた。
私の数少ない理解者で友人。
「私は友人として小百里に幸せになって欲しいから」
「穂風……」
「親のことで後ろめたく思う必要はないって、私は昔から小百里に言ってたでしょ? 小百里は小百里なんだからね」
「ありがとう、穂風」
唯冬を見ていると、そんなふうに生きても許されるのかもしれないなんて、思ってしまいそうになる。
私と唯冬では立場が違うとわかっていながら夢を見てしまう。
幸せになれるんじゃないかって―――無意識に首のネックレスに触れていた。
悲しみの涙がいつか喜びの涙に変わる。
そんな日がくるのだろうか。
弟達が留学から帰って来て二年目。
私が結婚を待って欲しいと父に頼んだ三年の最後の一年。
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