私はお世話係じゃありません!【時任シリーズ②】

椿蛍

文字の大きさ
15 / 43

15 攻防戦 【姫凪 視点】

しおりを挟む
名前を覚えてくれると約束したのに副社長はまったく覚えてくれなかった。
そして、お弁当の時間になると、社長室に逃げ込んでしまう。
そうなると、誰も手を出せない。
「あのかんじ、懐かしいですね」
「本当だよな。高校の時はあんなんだったな」
「社長が寮で三年間同じ部屋だったから、よかったものの、他の人だと大変だったでしょうね」
「ああ見えて社長は面倒見いいからな」
「捨て猫や捨て犬に弱いですからね」
社長が出張の日は部屋に鍵がかかっていて、社長室には逃げることはできないと踏んでいたけれど、社長は鍵を開けてあった。
そういうこともあろうと思って、秘書室のスペアキーで社長室の鍵を前もって閉めておいた。
今日こそは絶対に食べてもらう。
案の定、社長室に入れなかった副社長は渋々、自分の机に座ると他の人達が目に見えてホッとしていた。
さあ、渡すわよ!と思っていると、副社長に真辺まなべ専務が声をかけた。
「そのお弁当、本当に食べるんですか?倉永くらなが先輩には絶対に無理ですよ!倒れますって!」
「ピーマンしかないが、大丈夫か?おい、さすがにそれは食べれないだろう?」
ピーマンのピラフ、ピーマンのきんぴら、肉詰めピーマン、ピーマンとしらすのおひたし。
オールピーマンだった。
「あ、あのさ。ピーマン食べれるから、食べようか?」
気遣う真辺専務の言葉にぶんぶんっと副社長は首を横に振った。
「誰にも桜帆さほのお弁当はあげない」
ぐっとこらえながら、ピーマンを咀嚼そしゃくし、飲み込んでいった。
震えながら、お弁当をすべて食べ終わると、手作りのプリンが入っていた。
桜帆さほ
にこ、と副社長が笑う。
嬉しそうに甘いプリンを口にしていた。
「……これが愛か」
「いやぁ…やればできるんだな。人って」
「もう土下座して桜帆ちゃんに結婚してもらうしかないな」
「本当だな」
「土下座したら、桜帆は結婚してくれる?」
真剣な顔をして副社長は真辺専務と倉本常務に聞いた。
「まさか、土下座する気か?」
「人としてのプライドを忘れないでください」
「してみようかな」
プリンを食べながら、大真面目な顔をして言った。
「どうだろうな。俺ならお断りだ」
「どうしたらいい?」
「お前、休みの日はどうしている?」
「寝てる」
「帰ったら、手伝いとかは?」
「しない」
「はい、解散!お前に結婚は無理!諦めろ!」
倉本常務はきっぱりと言いきった。
「そんなー」
「桜帆ちゃん、ごめん。自由にはしてあげれなかったよ」
「俺達の力不足だな」
やれやれと全員、副社長をどうにかすることを諦めて、自分の席に散らばった。
諦める?
そんな、私の気持ちはどうなるの?
 親しい者同士の入っていけない雰囲気に負けて秘書室へと戻ると、他の秘書室の先輩達が私の手にある鍵を見て苦笑した。
「あのね、須山すやまさん。社長室の鍵は勝手に持ち出してはいけないわ」
「ここにはあるけれど、私達が勝手に使用してはいけないの。信頼関係に関わる問題になるということはわかるわね?」
麻友子まゆこを見ると、すでに注意を受けた後らしく、項垂うなだれて、肩を落としていた。
秘書に選ばれた人達は私よりずっと年上で家庭も持っている先輩もいる。
私が副社長に関わるのを面白く思っていないのかもしれない。
「副社長に好意を持つのはかまいません。でも、立場を利用して住所まで調べて、呼ばれてもいないのにお宅にまで伺うのはよくないわ」
「人事部長に報告させてもらったから」
「そんな!ひどいです!」
「副社長は我が社にとってなくてはならない存在なの。調子を乱すようなことはさせないよう社長から、きつく言われているのよ」
「あなた一人のせいで秘書室が重役の方々に色目を使っている、とも他の社員は噂しているわ」
はあ、と先輩はため息をついた。
「須山さん、すぐに辞令はでないでしょう。せめて、残りの期間はきちんと働いてください」
残りの時間?
手が震えた。
やっとそばにいれるようになったのに―――どうして?
頑張ったら、好きになってもらえると思っていたのに。
「どこに行くの?須山さん!」
「仕事は―――!」
先輩達の声が聞こえたけど、聞こえないふりをした。
今は秘書室にいたくない。
そう思いながら、廊下を歩いていると華やかな集団がエレベーターを降りて、こっちに向かってくるのが見えた。
「あれ?確か君、秘書室の子?」
「は、はい」
「うわあ。さすが、時任ときとうグループの秘書は可愛いですね」
「おい」
「はやく挨拶に行きましょうよ」
桜帆さん達と飲んでいた会社の人?
確か『諏訪部すわべネットセキュリティサービス』の社長だったはず。
何があるっていうの?
後ろからついていくと、重役フロアがただならぬ雰囲気に包まれていた。
「やあ、挨拶にきたよ」
明るい声で華やかな空気を振り撒いているのは諏訪部すわべさんだった。
今日も素敵なスーツを着ていて、とても似合っていた。
「わざわざお越しになられなくても、下まで出向きましたよ」
真辺専務が立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
その奥では副社長が興味がないのか、パソコンの画面を見たまま、ちらりとも視線を寄越さなかった。
「なんの用でしょう?」
時任ときとうのセキュリティ部門を諏訪部に委託して頂けないかと思いまして」
「お断りします」
真辺専務は一蹴した。
「そうですか。残念だ」
「最近、うちの契約先を低価格で釣って契約先を奪うような真似をしていたのはその話を持ってくるつもりだったからですか」
「さすが、真辺専務は察しがいい。そのうち、すべての契約を頂きますよ」
「ケルベロスを飼い殺しにしなきゃいいですね」
「俺達なら、もっとうまく使うのにな」
「お帰りはあちらです」
にこりと真辺専務がエレベーターを指差した。
はいはい、と諏訪部社長と他の人達は笑いながら、立ち去ったのを見て、その後を追いかけた。
「あ、あの!副社長って、そんなにすごい人なんですか?」
諏訪部社長がにやりと笑った。
「番人にして破壊者。時任を守る怪物だ」
「時任がここまで大きくなったのも、絶対的な安心と信頼が顧客の中にあるからだ」
「ケルベロスが欲しいなあ。可愛い秘書さん。今度、飲みに行こうね?」
そう言ってくれた名刺には『連絡してね』と手書きで書いてあった。
エレベーターに乗って扉が閉まるまで、諏訪部の人達はひらひらと手を振って笑っていた。
やっぱり、副社長はすごい人なんだ。
桜帆さんじゃ、似合わない。
絶対に―――!

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

処理中です...