私はお世話係じゃありません!

椿蛍

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お昼休みが終わり、午前中にとったデータをまとめていると、住吉すみよしさんに呼ばれた。
「島田さん、時任ときとうから電話よ」
「えっ?夏向かなた?」
須山すやまさんって子」
ボールペンを置き、電話をとる。
嫌な予感がする。
「もしもし?」
桜帆さほさん、少しいいですか?』
お弁当のことだと、すぐにわかった。
わざわざ私の職場に電話してこなくてもと思ったけれど、恋をすると周りが見えなくなるのかもしれない。
『今日から、私がお弁当作るって言ったのにどうして副社長にお弁当を持たせたんですか』
「お弁当を食べるかどうか、わからなくて。それに夏向は頑固なところがあって、譲らないから」
『そうなんですか?』
疑われている。
須山さんにすれば、お弁当をわざと持たせて邪魔をした意地悪な従妹だと思っているに違いない。
困ったなぁ。
「夏向は明日もお弁当を持って行くって言うと思うの」
『それじゃあ、副社長の嫌いな食べ物を入れてもらえないですか?』
「えっ!?でも」
『できますよね?今日、私が早起きして作ったお弁当を食べてもらえなかったんですよ。私の気持ち、わかりますか?』
「う、うん。わかった、わかりました」
強い口調で言われ、断れなかった。
電話を切ると住吉さんが呆れていた。
「スマホ、持ってることそろそろ言ったほうがよくない?個人的な電話が多いでしょ」
「すみません」
私もわかっている。
けれど、怖くて言えなかった。
「スマホを持っているとハッキングされるんです」
「は、ハッキング!?」
私は重々しく頷いた。
事件は私が大学生の頃、起きた―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「遅かったね」
帰ったなり、玄関の入り口で寝転がっているデカイ猫じゃない、夏向がいた。
真っ暗で電気もつけずにいたから、驚きすぎて心臓が止まるかと思った。
「た、ただいま」
電気をぱちりとつけた。
気のせいじゃなかったら、夏向が物凄く怒っているような気がするんだけど……。
伝わる空気がピリピリしていた。
絶対に気のせいではないわね…うん。
「遅くなるって連絡したでしょ?サークルのみんなで飲み会があるからって。夏向、ご飯食べた?」
「今、何時?」
「え?0時ちょっと過ぎ」
時計を指差した夏向は不機嫌だった。
「夏向、ご飯は食べたの?」
「食べてない」
「えっ!?どうして?電子レンジは使えるでしょ?」
「使えない」
「どうしてそんな嘘をつくのよ……」
ブーツを脱いで玄関の木製ハンガーポールにベージュのコートをかけて、夏向の顔を見上げると、険しい表情をしていた。
ものすごく怒ってる―――遅く帰ってきたことがよっぽど気に入らないようだった。
まあ……ちょっと遅かったかなって思っているけど……。
「お腹空いてるでしょ?ご飯、温めようか?」
「いい」
「夏向が心配してくれていたのはわかるわよ?でも、私ももう二十歳なんだから、飲み会くらい行くし、友達付き合いもあるんだから」
私の言い訳を無視して夏向は言った。
「お酒飲んだ?」
夏向が顔をしかめた。
「飲んだわよ。 もう大人なんだから、別にいいでしょ?」
「大人?」
夏向は笑い、腕を掴んで体を壁に押しつけた。
「い、痛っ。なにするのよ」
「大人になったなら、わかるよね」
馬鹿にするように夏向は言った。
「な、なにがっ」
―――気づくと、唇が重なっていた。
ぐ、と夏向の両手に力がこもり、逃がさないようにか、壁と夏向の体に挟まれ密着させているせいで動けない。
ずしりとした体の重みは私が知っている夏向の体じゃなかった。
今では簡単に私の体を覆ってしまうことに気づいた。
「や、めてっ」
拒絶の言葉に夏向の力が緩み、手が自由になった瞬間、体を突き飛ばした。
「なにするのよ!」
「桜帆。酒臭い」
「はぁ!?ちょっと待ちなさいよ!人にキスしておいて、その言いぐさはなんなのよ?おかしいでしょ!」
ぷいっと夏向は顔を背けた。
子供かっ!
夏向はいつの間にか私のスマホを手にしていた。
私を油断させて、それを奪うためにキスしたわけ?
信じられない!どういう思考回路してるのよ!
ううっ……もう犬に噛まれたと思うしかない。
私のファーストキスが……。
「桜帆は簡単に騙されるから」
「何に騙されたっていうのよ」
すたすたと夏向はリビングに入っていくと、ノートパソコンの前に座った。
部屋にも大きなパソコンあるくせに何台持ってるの……。
「スマホみて」
はい、とスマホを返してくれた。
「えっ?」
スマホに送られてきた画像は今日、一緒に遊んだ男の子達が持っている画像データと女の子の連絡先だった。
「こ、これ、どうやって?」
ちょっといいな、と思った男の子の電話帳にはずらっと女の子の名前ばかりが並んでいた。
「見た?」
「見たけど………」
広いリビングに夏向の声が響いた。
私のスマホからメールが送られる。
『もう会いません』のメール。
私は触ってないのに。
「私のスマホをどうやって操作したの!?」
「Wi-Fi経由で侵入しただけ。こんなの簡単だよ。誰だってできる」
カップラーメン作るみたいに言わないでほしい。
「できないわよ……」
精いっぱいの強がりで反論したけど、夏向の冷たい目が怖くてそれ以上は言えなかった。
私のスマホを指さした。
「え?」
手元のスマホを確認すると、なにもかもが消えていた。
本当になにもない。
からっぽだった。
夏向は電話帳どころか、スマホの中身のデータを全て消去したのだ。
まるで魔法みたいに―――躊躇ためらいなく。
スマホが手から零れて落ちた。
それで満足したのか、夏向のキーを叩く音が止んだ。
そして、床に座り込んでしまった私に近寄り、見下ろすと夏向は低い声で言った。
「遅くなると危ないから、これからは0時前には帰って」
「う、うん……」
夏向なりの叱り方なんだろうけど、私には強烈すぎた。
言ってることはわかるのに―――やったことは私の理解を超えていて、どうしていいかわからなかった。
私の周りの人間で一番危険なのは夏向かもしれない。
そう思えてならなかった。
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