11 / 15
2章 銀杏黄葉
11
しおりを挟む
コンッと竹のぶつかる音で振り仰ぐ――そこに誰かいるのかと思ったけれど、誰もいなかった。
祖父が亡くなって一年近く経つのに、家の周りには祖父の気配がまだ残っている気がして、つい姿を探してしまう。
「そうやって竹を眺めている姿は、彪助にそっくりだ」
ちょうど同居人の狛犬、現比が看板の明かりを灯し、竹の小径を戻ってきたところだった。
仕出し屋『山路』の開店は、陽が沈んでからと決まっていた。
なぜなら、現比が力を消耗せず、人の姿を維持できるのは夜の時間帯で、昼間はずっと眠っているからだ。
現比はどこからどう見ても人間に見えるけど、実は小径の途中にある小さな祠の狛犬である。
犬の姿を思い出せるのは、黒い瞳で私をじっと見た時くらいで、人の姿をしている間は、人間の男性となんら変わらない。
料理の腕は歴代の山路の店主に匹敵しており、私は彼から山路の料理を学ぶことに決めた。
でも、竹林の途中にある祠の神様は困っているかもしれない。
神様の御使いであるはずの狛犬が、長いこと不在なのだから。
彼は一度も帰らず、この家で暮らしている。
――なんて不良な狛犬。神様は狛犬がいなくてもいいのかしら?
「うん? 俺の顔になんかついてる?」
「目と鼻と口がついてるわ」
「そっか。よかった。つけ忘れてなくて」
などと、現比は狛犬にしか許されない高度な返しをしてくる。
現比の寝起きは……寝起きに限らず、いつもぼんやりした顔をしている。
だから、うっかり顔のパーツをつけ忘れてもおかしくない。
笑うに笑えない冗談だった。
「両親や親戚から、おじいちゃんに似てるって、よく言われたけど、現比のほうがおじいちゃんに似てる気がするわ」
「そうかな? 彪助と一緒にいる時間が長かったからか」
そこは不思議な狛犬だけあって、祖父だけでなく、初代の山路から知っているようだ。
――現比はおじいちゃんが生まれた時から知ってるのよね? おじいちゃんの小さい頃って、想像できないわ。
一瞬、強い風が竹林が吹いて、背の高い竹が風にさらわれ、ザァッと音を立てた。
現比の黒い目が竹を追う。
「そろそろ、竹林に肥料を撒く時期だ」
青々しい竹を眺め、現比は言った。
来年の春、美味しい竹の子を収穫するには、竹林のメンテナンスは絶対に必要だ。
竹林に肥料をまくのは今の季節――秋である。
「私も手伝うわ。山路といえば竹林と筍料理だし、春の竹の子は欠かせないわよね」
「うん。山路の初代から、筍料理は有名だったよ。焼いて塩を振るだけでうまい」
掘ったばかりの竹の子はみずみずしく、えぐみがなく甘い。
下茹でをしてから、焼いて塩を振っただけでじゅうぶんに美味しい。
竹の子の味を思い出し、来年の春が待ち遠しく感じた。
「昔はどこも竹林がたくさんあったけど、ずいぶん減ったな」
「そうなの? どうして竹林がそんなにあったの?」
「竹から生活の道具を作ってたからだよ」
――それ、どれくらい昔ですか?
そう思ったけど、聞くに聞けなかった。
現比は空を見上げた。
私も同じように空を見上げると、トンボが飛んでいた。
大通りでは、あまり見かけないトンボだけど、通りから奥まった場所の山路の敷地にはたくさん飛んでいる。
「立栞。風が冷たい。風邪をひくから中へ入ろう。夕飯はもうできあがってるよ」
「うん。ありがとう」
先週から、私と現比の同居生活が始まった、
同居といっても、上の階と下の階で別々に住んでいるから、ルームシェアをしているような感覚だ。
現比が毎食の食事を用意してくれるから、私は他の家事を担当する。
昼間のうちに材料の買い出しと掃除をし、夜になったら私は眠り、現比は店を営業する。
真逆の生活で、顔を会わせるのは朝と夕方の時間だけ。
それがいいのか、一緒にいてもストレスを感じなかった。
それに最近は体調がよく、自分でもびっくりするくらい活動的だ。
――食事って大事なのね。
現比が用意してくれる食事は、私の好きな山路の味がする。
「わあ! 栗ご飯!」
厨房の片隅に用意された椅子と木のテーブルは、昔から私の定位置で、現比はそこに食事を準備してくれる。
おじいちゃんが生きていた頃と同じで、それが余計に懐かしく感じるのかもしれない。
「立栞。もう少ししたら、一緒にギンナンを拾いに行こう」
「いいけど、昼間に動いて大丈夫? 人の姿は疲れるんでしょう?」
「犬の姿で行く。山なら犬がいても警察を呼ばれないから」
――呼ばれたことあるんだ。
買い物する犬がいるから、許される気がするけど、狛犬姿の現比は大きな狼みたいで、通報されてもおかしくない。
「俺は猟犬のふりをする!」
「うん……。そんな意気込まなくても、犬に見えるから大丈夫よ」
本人は狛犬と犬は違うと思っているようだけど、犬以外の何者でもない。
「ギンナンは冬の保存食になるから、たくさん拾おう」
「そうね。昔は近くの山に、おじいちゃんとギンナンを拾いに行ったわ。茶碗蒸し、炊き込みご飯を作ったわね」
そして、ギンナンはおやつにもなる。
冬になったら、乾燥させて保存しておいたギンナンをフライパンで炒って、塩をかけて食べる。
緑色の実が香ばしくて、もっちりしていて美味しいのだ。
お酒のおつまみにもいい。
「そういえば、栗ご飯に入ってる栗は、どこから手に入れたの?」
「ん? 友達が持ってきてくれた。」
炊き立ての白いごはんに栗がたっぷり入っていた。
今日は栗ご飯をメインに売り出すらしく、たくさんのパックが調理台の上に並んでいるのが見えた。
出来上がった栗ご飯はパックに詰めて蓋を開け、熱をとるために冷ましているところだ。
業務用の大きなガス釜からは、白い湯気が上がり、二回目の栗ご飯が準備されている。
それはいいけど……
――不思議だわ。こんな大量の栗をいったいどこから?
この辺りに栗の木は見当たらない。
山のほうにあるのは知っているけど、山の奥にあり、猪や熊に出会う可能性がある。
おじいちゃんでさえ、山の奥には入らないようにしていた。
出所不明の栗は口の中でほろほろ崩れて、優しい甘さのご飯は心を和ませた。
「ねえ、現比の友達ってどんな人? 栗をこんなたくさん持ってきてくれるなんて、すごいわね」
今日、お店にやってくるお客様も私もラッキーだと思う。
こんな美味しい栗ごはんを食べられるんだから、現比の友達に感謝したい。
「狸だよ」
「え? たぬ……き……?」
「狸。山の祠に住んでるんだ。今日、弁当を買いにくる」
「へ、へえ~。た、狸ねぇ~」
――聞くんじゃなかった。
つまりこの栗は、ごんぎつねではなく、ごんたぬきが持ってきた栗。
仕出し屋『山路』に来るお客様は人間だとは限らない。
夜の闇に姿を隠してしまえば、何者なのか誰にもわからないのだ。
――狸まで来てたとは知らなかったわ。人に化けられるんだから、ただの狸じゃなさそう。
さすが、狛犬の友達だけある。
ごくんと栗ごはんを飲み込んだ。
おかずは鶏肉と野菜の旨煮で、甘辛く炊いた鶏肉に南瓜人参が添えられている。
人参は紅葉の形になっていて秋らしい。
葉脈の切り込みまで入っていて、現比の気遣いが感じられる。
綺麗に飾り切りされた紅葉を箸でつまんだ。
犬が包丁を手に飾り切りする姿を想像して、くすりと笑った。
ほのぼのとしていて可愛らしい。
「表にお弁当を並べてくる」
「うん」
現比は頭にてぬぐいを巻き、甚平を着ている。
祖父そっくりの格好をしていて、うしろ姿だけを見ていると、そこに祖父がいるみたいだ。
――まさか、おじいちゃんが生きていた時も、お客様は人間じゃなかったとか?
まさかねと思いながら、焼きたてのサンマを口にする。
炭火で焼いたサンマは香ばしく、皮に箸をいれると、ぱりっとして中からふんわりした身が顔を出す。
「秋の恵みね」
「栗ご飯のおかわりあるよ」
「本当?」
「明日の朝、食べられるように冷凍しておいたから」
――なんてデキる犬!
尊敬のまざなしで現比を見つめた。
二杯目の栗ご飯をおかわりしようと立ち上がった瞬間、テーブルの上に置かれていたスマホに、『新しいメッセージがあります』と入っているのが見えた。
「あれ? お母さんから?」
父の小言かと思っていたら、母からのメッセージだった。
父と違って説教はしないけど、やんわり私を諭そうとしてくるのだ。
ある意味、怒って電話を切る父より手ごわい。
『立栞ちゃん。日曜日、一緒にお食事しない? 蓮華楼さんなんだけど、好きでしょう?』
そんなメッセージが送られてきていた。
母が食事に誘った蓮華楼は、吉浪よりも有名な老舗料亭で、腕がいい料理人を多く揃えている店だ。
六代目の料理長は、おじいちゃんと懇意にしており、私も何度か料理を食べさせてもらった。
――蓮華楼かぁ。今なら、松茸が食べられるかも。
予約は半年待ちだし、お値段もなかなかで、私が気軽に行ける店ではない。
母は蓮華楼の常連だ。
不動産会社の社長令嬢だった母は、幼い頃から蓮華楼へ行っている。
蝶よ花よと育てられた母を実家はいまだに娘扱いし、お小遣いをあげる始末。
母の実家からお金をもらうのを父が嫌がるので、『孫と美味しい物を食べてこい』と、口実に使われることが多々ある。
そんなわけで、母が食事を誘ってくるのは珍しい話ではなかった。
体調も良かったし、日曜日は店も休みだから、たまにはと思って気楽に返事をした。
『いいよ。蓮華楼に行くの久しぶり。楽しみだね』
送信完了。
――さて。ごはんの続きをいただきましょう!
現比の作った料理は、私の心を穏やかにさせた。
平穏な日々――山路で暮らしていると俗世を忘れる。
この時の私は本当に腑抜けていたと思う。
なかなか予約が取れない高級料亭『蓮華楼』と日曜日。
そして、母の呼び出し。
よく考えればわかったことだ。
拝金主義者の利益重視な父が、好条件のお見合い話を簡単に終わりにしてくれるわけがなかった。
私が蓮華楼にお見合いの場がセッティングされていると知ったのは、母に会って着物を手渡された時だった――
祖父が亡くなって一年近く経つのに、家の周りには祖父の気配がまだ残っている気がして、つい姿を探してしまう。
「そうやって竹を眺めている姿は、彪助にそっくりだ」
ちょうど同居人の狛犬、現比が看板の明かりを灯し、竹の小径を戻ってきたところだった。
仕出し屋『山路』の開店は、陽が沈んでからと決まっていた。
なぜなら、現比が力を消耗せず、人の姿を維持できるのは夜の時間帯で、昼間はずっと眠っているからだ。
現比はどこからどう見ても人間に見えるけど、実は小径の途中にある小さな祠の狛犬である。
犬の姿を思い出せるのは、黒い瞳で私をじっと見た時くらいで、人の姿をしている間は、人間の男性となんら変わらない。
料理の腕は歴代の山路の店主に匹敵しており、私は彼から山路の料理を学ぶことに決めた。
でも、竹林の途中にある祠の神様は困っているかもしれない。
神様の御使いであるはずの狛犬が、長いこと不在なのだから。
彼は一度も帰らず、この家で暮らしている。
――なんて不良な狛犬。神様は狛犬がいなくてもいいのかしら?
「うん? 俺の顔になんかついてる?」
「目と鼻と口がついてるわ」
「そっか。よかった。つけ忘れてなくて」
などと、現比は狛犬にしか許されない高度な返しをしてくる。
現比の寝起きは……寝起きに限らず、いつもぼんやりした顔をしている。
だから、うっかり顔のパーツをつけ忘れてもおかしくない。
笑うに笑えない冗談だった。
「両親や親戚から、おじいちゃんに似てるって、よく言われたけど、現比のほうがおじいちゃんに似てる気がするわ」
「そうかな? 彪助と一緒にいる時間が長かったからか」
そこは不思議な狛犬だけあって、祖父だけでなく、初代の山路から知っているようだ。
――現比はおじいちゃんが生まれた時から知ってるのよね? おじいちゃんの小さい頃って、想像できないわ。
一瞬、強い風が竹林が吹いて、背の高い竹が風にさらわれ、ザァッと音を立てた。
現比の黒い目が竹を追う。
「そろそろ、竹林に肥料を撒く時期だ」
青々しい竹を眺め、現比は言った。
来年の春、美味しい竹の子を収穫するには、竹林のメンテナンスは絶対に必要だ。
竹林に肥料をまくのは今の季節――秋である。
「私も手伝うわ。山路といえば竹林と筍料理だし、春の竹の子は欠かせないわよね」
「うん。山路の初代から、筍料理は有名だったよ。焼いて塩を振るだけでうまい」
掘ったばかりの竹の子はみずみずしく、えぐみがなく甘い。
下茹でをしてから、焼いて塩を振っただけでじゅうぶんに美味しい。
竹の子の味を思い出し、来年の春が待ち遠しく感じた。
「昔はどこも竹林がたくさんあったけど、ずいぶん減ったな」
「そうなの? どうして竹林がそんなにあったの?」
「竹から生活の道具を作ってたからだよ」
――それ、どれくらい昔ですか?
そう思ったけど、聞くに聞けなかった。
現比は空を見上げた。
私も同じように空を見上げると、トンボが飛んでいた。
大通りでは、あまり見かけないトンボだけど、通りから奥まった場所の山路の敷地にはたくさん飛んでいる。
「立栞。風が冷たい。風邪をひくから中へ入ろう。夕飯はもうできあがってるよ」
「うん。ありがとう」
先週から、私と現比の同居生活が始まった、
同居といっても、上の階と下の階で別々に住んでいるから、ルームシェアをしているような感覚だ。
現比が毎食の食事を用意してくれるから、私は他の家事を担当する。
昼間のうちに材料の買い出しと掃除をし、夜になったら私は眠り、現比は店を営業する。
真逆の生活で、顔を会わせるのは朝と夕方の時間だけ。
それがいいのか、一緒にいてもストレスを感じなかった。
それに最近は体調がよく、自分でもびっくりするくらい活動的だ。
――食事って大事なのね。
現比が用意してくれる食事は、私の好きな山路の味がする。
「わあ! 栗ご飯!」
厨房の片隅に用意された椅子と木のテーブルは、昔から私の定位置で、現比はそこに食事を準備してくれる。
おじいちゃんが生きていた頃と同じで、それが余計に懐かしく感じるのかもしれない。
「立栞。もう少ししたら、一緒にギンナンを拾いに行こう」
「いいけど、昼間に動いて大丈夫? 人の姿は疲れるんでしょう?」
「犬の姿で行く。山なら犬がいても警察を呼ばれないから」
――呼ばれたことあるんだ。
買い物する犬がいるから、許される気がするけど、狛犬姿の現比は大きな狼みたいで、通報されてもおかしくない。
「俺は猟犬のふりをする!」
「うん……。そんな意気込まなくても、犬に見えるから大丈夫よ」
本人は狛犬と犬は違うと思っているようだけど、犬以外の何者でもない。
「ギンナンは冬の保存食になるから、たくさん拾おう」
「そうね。昔は近くの山に、おじいちゃんとギンナンを拾いに行ったわ。茶碗蒸し、炊き込みご飯を作ったわね」
そして、ギンナンはおやつにもなる。
冬になったら、乾燥させて保存しておいたギンナンをフライパンで炒って、塩をかけて食べる。
緑色の実が香ばしくて、もっちりしていて美味しいのだ。
お酒のおつまみにもいい。
「そういえば、栗ご飯に入ってる栗は、どこから手に入れたの?」
「ん? 友達が持ってきてくれた。」
炊き立ての白いごはんに栗がたっぷり入っていた。
今日は栗ご飯をメインに売り出すらしく、たくさんのパックが調理台の上に並んでいるのが見えた。
出来上がった栗ご飯はパックに詰めて蓋を開け、熱をとるために冷ましているところだ。
業務用の大きなガス釜からは、白い湯気が上がり、二回目の栗ご飯が準備されている。
それはいいけど……
――不思議だわ。こんな大量の栗をいったいどこから?
この辺りに栗の木は見当たらない。
山のほうにあるのは知っているけど、山の奥にあり、猪や熊に出会う可能性がある。
おじいちゃんでさえ、山の奥には入らないようにしていた。
出所不明の栗は口の中でほろほろ崩れて、優しい甘さのご飯は心を和ませた。
「ねえ、現比の友達ってどんな人? 栗をこんなたくさん持ってきてくれるなんて、すごいわね」
今日、お店にやってくるお客様も私もラッキーだと思う。
こんな美味しい栗ごはんを食べられるんだから、現比の友達に感謝したい。
「狸だよ」
「え? たぬ……き……?」
「狸。山の祠に住んでるんだ。今日、弁当を買いにくる」
「へ、へえ~。た、狸ねぇ~」
――聞くんじゃなかった。
つまりこの栗は、ごんぎつねではなく、ごんたぬきが持ってきた栗。
仕出し屋『山路』に来るお客様は人間だとは限らない。
夜の闇に姿を隠してしまえば、何者なのか誰にもわからないのだ。
――狸まで来てたとは知らなかったわ。人に化けられるんだから、ただの狸じゃなさそう。
さすが、狛犬の友達だけある。
ごくんと栗ごはんを飲み込んだ。
おかずは鶏肉と野菜の旨煮で、甘辛く炊いた鶏肉に南瓜人参が添えられている。
人参は紅葉の形になっていて秋らしい。
葉脈の切り込みまで入っていて、現比の気遣いが感じられる。
綺麗に飾り切りされた紅葉を箸でつまんだ。
犬が包丁を手に飾り切りする姿を想像して、くすりと笑った。
ほのぼのとしていて可愛らしい。
「表にお弁当を並べてくる」
「うん」
現比は頭にてぬぐいを巻き、甚平を着ている。
祖父そっくりの格好をしていて、うしろ姿だけを見ていると、そこに祖父がいるみたいだ。
――まさか、おじいちゃんが生きていた時も、お客様は人間じゃなかったとか?
まさかねと思いながら、焼きたてのサンマを口にする。
炭火で焼いたサンマは香ばしく、皮に箸をいれると、ぱりっとして中からふんわりした身が顔を出す。
「秋の恵みね」
「栗ご飯のおかわりあるよ」
「本当?」
「明日の朝、食べられるように冷凍しておいたから」
――なんてデキる犬!
尊敬のまざなしで現比を見つめた。
二杯目の栗ご飯をおかわりしようと立ち上がった瞬間、テーブルの上に置かれていたスマホに、『新しいメッセージがあります』と入っているのが見えた。
「あれ? お母さんから?」
父の小言かと思っていたら、母からのメッセージだった。
父と違って説教はしないけど、やんわり私を諭そうとしてくるのだ。
ある意味、怒って電話を切る父より手ごわい。
『立栞ちゃん。日曜日、一緒にお食事しない? 蓮華楼さんなんだけど、好きでしょう?』
そんなメッセージが送られてきていた。
母が食事に誘った蓮華楼は、吉浪よりも有名な老舗料亭で、腕がいい料理人を多く揃えている店だ。
六代目の料理長は、おじいちゃんと懇意にしており、私も何度か料理を食べさせてもらった。
――蓮華楼かぁ。今なら、松茸が食べられるかも。
予約は半年待ちだし、お値段もなかなかで、私が気軽に行ける店ではない。
母は蓮華楼の常連だ。
不動産会社の社長令嬢だった母は、幼い頃から蓮華楼へ行っている。
蝶よ花よと育てられた母を実家はいまだに娘扱いし、お小遣いをあげる始末。
母の実家からお金をもらうのを父が嫌がるので、『孫と美味しい物を食べてこい』と、口実に使われることが多々ある。
そんなわけで、母が食事を誘ってくるのは珍しい話ではなかった。
体調も良かったし、日曜日は店も休みだから、たまにはと思って気楽に返事をした。
『いいよ。蓮華楼に行くの久しぶり。楽しみだね』
送信完了。
――さて。ごはんの続きをいただきましょう!
現比の作った料理は、私の心を穏やかにさせた。
平穏な日々――山路で暮らしていると俗世を忘れる。
この時の私は本当に腑抜けていたと思う。
なかなか予約が取れない高級料亭『蓮華楼』と日曜日。
そして、母の呼び出し。
よく考えればわかったことだ。
拝金主義者の利益重視な父が、好条件のお見合い話を簡単に終わりにしてくれるわけがなかった。
私が蓮華楼にお見合いの場がセッティングされていると知ったのは、母に会って着物を手渡された時だった――
83
あなたにおすすめの小説
義務ですもの。
あんど もあ
ファンタジー
貴族令嬢の義務として親の決めた相手に嫁いだが、夫には愛する人がいた。夫にないがしろにされても、妻として母として嫁としての義務を果たして誠実に生きたヒロインの掴んだ、ちょっと歪んだ幸せとは。
救世の結界師マールちゃん~無能だと廃棄されましたが、敵国で傭兵のおっさん達に餌付けされてるので、今さら必要と言われても戻りません~
ぽんぽこ@3/28新作発売!!
ファンタジー
「ウチの子、可愛いうえに最強すぎるんだが――!?」
魔の森の隣、辺境伯家。 そこで八歳のメイド・マールは、食事も与えられず“要らない人間”として扱われていた。
――そしてある日ついに、毒と魔獣の禁忌領域《魔の森》へ捨てられてしまう。
「ここ……どこ?」
現れた魔獣に襲われかけたその瞬間。
救いに現れたのは――敵国の”イケオジ”傭兵隊だった。
「ほら、食え」
「……いいの?」
焚き火のそばで差し出された“温かいお粥”は、マールに初めての「安心」と「ごはん」を教えてくれた。
行き場を失った幼女は、強面のおじさん傭兵たちに餌付けされ、守られ、少しずつ笑えるようになる―― そんなシナリオだったはずなのに。
旅の途中、マールは無意識に結界を張り、猛毒の果実を「安全な食べ物」に変えてしまう。
「これもおいしいよ、おじさん!食べて食べて!」
「ウチの子は天才か!?」
ただ食べたいだけ。 だけどその力は、国境も常識もくつがえす。
これは、捨てられた欠食幼女が、敵国でお腹いっぱい幸せになりながら、秘められた力で世界を巻き込んでいく物語。
※若干の百合風味を含みます。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる