真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍

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2章 銀杏黄葉

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 コンッと竹のぶつかる音で振り仰ぐ――そこに誰かいるのかと思ったけれど、誰もいなかった。
 祖父が亡くなって一年近く経つのに、家の周りには祖父の気配がまだ残っている気がして、つい姿を探してしまう。
 
「そうやって竹を眺めている姿は、彪助とらすけにそっくりだ」

 ちょうど同居人の狛犬、現比ありひさが看板の明かりを灯し、竹の小径を戻ってきたところだった。
 仕出し屋『山路』の開店は、陽が沈んでからと決まっていた。
 なぜなら、現比が力を消耗せず、人の姿を維持できるのは夜の時間帯で、昼間はずっと眠っているからだ。
 現比はどこからどう見ても人間に見えるけど、実は小径の途中にある小さな祠の狛犬である。
 犬の姿を思い出せるのは、黒い瞳で私をじっと見た時くらいで、人の姿をしている間は、人間の男性となんら変わらない。
 料理の腕は歴代の山路の店主に匹敵しており、私は彼から山路の料理を学ぶことに決めた。
 でも、竹林の途中にある祠の神様は困っているかもしれない。
 神様の御使いであるはずの狛犬が、長いこと不在なのだから。
 彼は一度も帰らず、この家で暮らしている。

 ――なんて不良な狛犬。神様は狛犬がいなくてもいいのかしら?

「うん? 俺の顔になんかついてる?」
「目と鼻と口がついてるわ」
「そっか。よかった。つけ忘れてなくて」

 などと、現比は狛犬にしか許されない高度な返しをしてくる。
 現比の寝起きは……寝起きに限らず、いつもぼんやりした顔をしている。
 だから、うっかり顔のパーツをつけ忘れてもおかしくない。
 笑うに笑えない冗談だった。

「両親や親戚から、おじいちゃんに似てるって、よく言われたけど、現比のほうがおじいちゃんに似てる気がするわ」
「そうかな? 彪助と一緒にいる時間が長かったからか」

 そこは不思議な狛犬だけあって、祖父だけでなく、初代の山路から知っているようだ。

 ――現比はおじいちゃんが生まれた時から知ってるのよね? おじいちゃんの小さい頃って、想像できないわ。

 一瞬、強い風が竹林が吹いて、背の高い竹が風にさらわれ、ザァッと音を立てた。
 現比の黒い目が竹を追う。

「そろそろ、竹林に肥料を撒く時期だ」

 青々しい竹を眺め、現比は言った。
 来年の春、美味しい竹の子を収穫するには、竹林のメンテナンスは絶対に必要だ。
 竹林に肥料をまくのは今の季節――秋である。

「私も手伝うわ。山路といえば竹林とたけのこ料理だし、春の竹の子は欠かせないわよね」
「うん。山路の初代から、筍料理は有名だったよ。焼いて塩を振るだけでうまい」

 掘ったばかりの竹の子はみずみずしく、えぐみがなく甘い。
 下茹でをしてから、焼いて塩を振っただけでじゅうぶんに美味しい。
 竹の子の味を思い出し、来年の春が待ち遠しく感じた。

「昔はどこも竹林がたくさんあったけど、ずいぶん減ったな」
「そうなの? どうして竹林がそんなにあったの?」
「竹から生活の道具を作ってたからだよ」

 ――それ、どれくらい昔ですか?

 そう思ったけど、聞くに聞けなかった。
 現比は空を見上げた。
 私も同じように空を見上げると、トンボが飛んでいた。
 大通りでは、あまり見かけないトンボだけど、通りから奥まった場所の山路の敷地にはたくさん飛んでいる。

「立栞。風が冷たい。風邪をひくから中へ入ろう。夕飯はもうできあがってるよ」
「うん。ありがとう」

 先週から、私と現比の同居生活が始まった、
 同居といっても、上の階と下の階で別々に住んでいるから、ルームシェアをしているような感覚だ。
 現比が毎食の食事を用意してくれるから、私は他の家事を担当する。
 昼間のうちに材料の買い出しと掃除をし、夜になったら私は眠り、現比は店を営業する。
 真逆の生活で、顔を会わせるのは朝と夕方の時間だけ。
 それがいいのか、一緒にいてもストレスを感じなかった。
 それに最近は体調がよく、自分でもびっくりするくらい活動的だ。

 ――食事って大事なのね。

 現比が用意してくれる食事は、私の好きな山路の味がする。

「わあ! 栗ご飯!」

 厨房の片隅に用意された椅子と木のテーブルは、昔から私の定位置で、現比はそこに食事を準備してくれる。
 おじいちゃんが生きていた頃と同じで、それが余計に懐かしく感じるのかもしれない。

「立栞。もう少ししたら、一緒にギンナンを拾いに行こう」
「いいけど、昼間に動いて大丈夫? 人の姿は疲れるんでしょう?」
「犬の姿で行く。山なら犬がいても警察を呼ばれないから」

 ――呼ばれたことあるんだ。

 買い物する犬がいるから、許される気がするけど、狛犬姿の現比は大きな狼みたいで、通報されてもおかしくない。

「俺は猟犬のふりをする!」
「うん……。そんな意気込まなくても、犬に見えるから大丈夫よ」

 本人は狛犬と犬は違うと思っているようだけど、犬以外の何者でもない。

「ギンナンは冬の保存食になるから、たくさん拾おう」
「そうね。昔は近くの山に、おじいちゃんとギンナンを拾いに行ったわ。茶碗蒸し、炊き込みご飯を作ったわね」

 そして、ギンナンはおやつにもなる。
 冬になったら、乾燥させて保存しておいたギンナンをフライパンで炒って、塩をかけて食べる。
 緑色の実が香ばしくて、もっちりしていて美味しいのだ。
 お酒のおつまみにもいい。

「そういえば、栗ご飯に入ってる栗は、どこから手に入れたの?」
「ん? 友達が持ってきてくれた。」

 炊き立ての白いごはんに栗がたっぷり入っていた。
 今日は栗ご飯をメインに売り出すらしく、たくさんのパックが調理台の上に並んでいるのが見えた。
 出来上がった栗ご飯はパックに詰めて蓋を開け、熱をとるために冷ましているところだ。
 業務用の大きなガス釜からは、白い湯気が上がり、二回目の栗ご飯が準備されている。
 それはいいけど……

 ――不思議だわ。こんな大量の栗をいったいどこから?

 この辺りに栗の木は見当たらない。
 山のほうにあるのは知っているけど、山の奥にあり、猪や熊に出会う可能性がある。
 おじいちゃんでさえ、山の奥には入らないようにしていた。
 出所不明の栗は口の中でほろほろ崩れて、優しい甘さのご飯は心を和ませた。
 
「ねえ、現比の友達ってどんな人? 栗をこんなたくさん持ってきてくれるなんて、すごいわね」

 今日、お店にやってくるお客様も私もラッキーだと思う。
 こんな美味しい栗ごはんを食べられるんだから、現比の友達に感謝したい。

「狸だよ」
「え? たぬ……き……?」
「狸。山の祠に住んでるんだ。今日、弁当を買いにくる」
「へ、へえ~。た、狸ねぇ~」

 ――聞くんじゃなかった。

 つまりこの栗は、ごんぎつねではなく、ごんたぬきが持ってきた栗。
 仕出し屋『山路』に来るお客様は人間だとは限らない。
 夜の闇に姿を隠してしまえば、何者なのか誰にもわからないのだ。

 ――狸まで来てたとは知らなかったわ。人に化けられるんだから、ただの狸じゃなさそう。

 さすが、狛犬の友達だけある。
 ごくんと栗ごはんを飲み込んだ。
 おかずは鶏肉と野菜の旨煮で、甘辛く炊いた鶏肉に南瓜かぼちゃ人参が添えられている。
 人参は紅葉の形になっていて秋らしい。
 葉脈の切り込みまで入っていて、現比の気遣いが感じられる。
 綺麗に飾り切りされた紅葉を箸でつまんだ。
 犬が包丁を手に飾り切りする姿を想像して、くすりと笑った。
 ほのぼのとしていて可愛らしい。

「表にお弁当を並べてくる」
「うん」

 現比は頭にてぬぐいを巻き、甚平を着ている。
 祖父そっくりの格好をしていて、うしろ姿だけを見ていると、そこに祖父がいるみたいだ。

 ――まさか、おじいちゃんが生きていた時も、お客様は人間じゃなかったとか?

 まさかねと思いながら、焼きたてのサンマを口にする。
 炭火で焼いたサンマは香ばしく、皮に箸をいれると、ぱりっとして中からふんわりした身が顔を出す。

「秋の恵みね」
「栗ご飯のおかわりあるよ」
「本当?」
「明日の朝、食べられるように冷凍しておいたから」
 
 ――なんてデキる犬!
 
 尊敬のまざなしで現比を見つめた。
 二杯目の栗ご飯をおかわりしようと立ち上がった瞬間、テーブルの上に置かれていたスマホに、『新しいメッセージがあります』と入っているのが見えた。

「あれ? お母さんから?」

 父の小言かと思っていたら、母からのメッセージだった。
 父と違って説教はしないけど、やんわり私を諭そうとしてくるのだ。
 ある意味、怒って電話を切る父より手ごわい。

『立栞ちゃん。日曜日、一緒にお食事しない? 蓮華楼れんかろうさんなんだけど、好きでしょう?』
  
 そんなメッセージが送られてきていた。
 母が食事に誘った蓮華楼は、吉浪よりも有名な老舗料亭で、腕がいい料理人を多く揃えている店だ。
 六代目の料理長は、おじいちゃんと懇意にしており、私も何度か料理を食べさせてもらった。

 ――蓮華楼かぁ。今なら、松茸が食べられるかも。

 予約は半年待ちだし、お値段もなかなかで、私が気軽に行ける店ではない。
 母は蓮華楼の常連だ。
 不動産会社の社長令嬢だった母は、幼い頃から蓮華楼へ行っている。
 蝶よ花よと育てられた母を実家はいまだに娘扱いし、お小遣いをあげる始末。
 母の実家からお金をもらうのを父が嫌がるので、『孫と美味しい物を食べてこい』と、口実に使われることが多々ある。
 そんなわけで、母が食事を誘ってくるのは珍しい話ではなかった。
 体調も良かったし、日曜日は店も休みだから、たまにはと思って気楽に返事をした。

『いいよ。蓮華楼に行くの久しぶり。楽しみだね』

 送信完了。

 ――さて。ごはんの続きをいただきましょう!

 現比の作った料理は、私の心を穏やかにさせた。
 平穏な日々――山路で暮らしていると俗世を忘れる。
 この時の私は本当に腑抜けていたと思う。
 なかなか予約が取れない高級料亭『蓮華楼』と日曜日。
 そして、母の呼び出し。
 よく考えればわかったことだ。
 拝金主義者の利益重視な父が、好条件のお見合い話を簡単に終わりにしてくれるわけがなかった。
 私が蓮華楼にお見合いの場がセッティングされていると知ったのは、母に会って着物を手渡された時だった――
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