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23 王妃の尋問
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バルレリア王国の長い冬が終わり、ようやく春が訪れ、王都に王族や貴族たちが戻ってきた。
春の訪れを待っていたかのように、王妃から呼び出された私たちはバルレリアへ向かった。
私たちに届けられた王妃からの招待状は、表向きは晩餐会や舞踏会への招待状で、なんの変哲もない楽しいお誘い――に見えるだけの内容で、その出席者リスト連なる名前は王妃派の人間のみ。
私たちに出席者を教えてくるあたり、王妃がなにを言わんとしているか、想像がつく。
バルレリア王都に着くなり、私たちは休む間もなく、すぐに王妃のところへ通された。
そこには王妃派が揃い、罪人を見る目で私たちを見る。すでに彼らの中では有罪決定らしい。
「二人とも。よく来てくれたわね」
王妃はゆったり椅子に座り、侍女に爪の手入れをさせていた。
余裕のないところを見せたくないためか、表向き、王妃は冷静を装っている。
一人なら、怖くて震えていただろうけど、ヴィルジニアの姿をしたお兄様は堂々としていて王妃に負けていない。だから、私もここで負けるわけにはいかないのだ。
「ご招待ありがとうございます」
血のように赤いドレスを着たヴィルジニアが王妃に微笑んだ。妖艶さを増したヴィルジニアの姿に王妃はわずかに怯んだのがわかった。
これはお兄様の覚悟。この招待を受けたお兄様は王妃と戦うつもりでいる。ここで食い止めることができなければ、待っているのは死。
私たちは一度死んでいる。だからこそ、わかる。
お兄様のお礼の言葉と同時に私も王妃に淑女らしいお辞儀をした。
私もドレスを地味な色から、普通の色のドレスへ変え、内気なレティツィアから普通のレティツィアへ戻った。おとなしく死を待つのはもう終わり。その決意を示したのだ。
王妃は私たちの変化を敏感に感じ取ったようだ。
扇子を手の上で落ち着きなく、もてあそぶ。
「この冬……、クラウディオがルヴェロナに突然やってきて驚いたでしょう?」
「いいえ。いつでもいらしてくださって結構です」
すばやく私が答えると、王妃は椅子の肘置きに肘をつき、扇子をパチンと閉じた。
「それは嬉しいこと。クラウディオを迎えに行った者たちから、そこにアルド王子がいたと報告を受けたのだけれど。随分、親しいようね」
王妃一派は厳しい目を私とお兄様に向ける。
まるで、魔女裁判だ。
でも、私たちにやましいところはない。
そう言おうとしたその時――
「王妃。二人は俺とは無関係です」
ドアが開き、現れたのはアルドだった。
アルドが王妃の部屋へ入ってくると、場の緊張感が高まり、王妃の護衛たちが身構えたのがわかった。
「アルド王子。あなたを私の部屋へ呼んだ覚えはなくてよ」
アルドと王妃の間に目に見えない火花が散る。
私もお兄様も驚いていた。
アルドが王妃と話すところを初めて見た。
「わかっています。けど、二人が俺のせいで呼ばれたなら、ここにいるべきなのは俺ではありませんか?」
「……そう」
一度、婚約者に認めたヴィルジニアを尋問するのを他の者に聞かれたくなかったのか、王妃はこの場に最初から自分の考えに近しい者しかそばに置いていなかった。その中にクラウディオ様の姿はない。
つまり、王妃はクラウディオ様に話を聞かれたくなかったということだ。
最初からクラウディオ様は王妃の考えに近かったわけではなかった。
前回も今回も、裏で動いていたのは王妃で間違いない。アルドを苦しめるため、クラウディオ様の王位を確実なものにするため、私たちを殺すよう仕向けたのは王妃だったのだ。
クラウディオ様を操っていたのも――けれど、今回、クラウディオ様の姿がここにないということは王妃に対して、完全に心を許しているわけではないようだ。
「アルド王子が国王陛下に似ていなかったらよかったのに、嫌なくらい似てくるものなのね」
真っ向から対峙した時、王妃が真っ先に思い出したのはバルレリア王だった。
アルドを見て、若かりし頃を思い出したのだろう。
「……似ていないほうがよかったかもしれない」
――殺されずに済んだ。
アルドの悲しい声が聞こえてくるようだった。
王宮を追われた方が母親と二人、穏やかな暮らしを手に入れられたことは確かだ。
王妃は何度か瞬きを繰り返し、気持ちを落ち着けるように息を吐いた。
「ちょうどよろしいわ。アルド王子。あなたにも聞きたいことがあったのよ。剣の稽古と言って、頻繁に王都から抜け出してるらしいわね。本当に剣の稽古なのかしら?」
「辺境の砦に剣の先生がいるからです。それ以上の理由はありません」
「辺境の地からわたくしに謀反を起こそうとしていたのではなくて?」
「まさか」
アルドは心から驚いていた。けれど、王妃はアルドの反応を演技だと判断した。
「私の目の届かぬ地で仲間を増やし、ルヴェロナ王国経由で武器を集め、謀反の準備を進めていたのでしょう。父である国王陛下が病で起き上がれないというのに見舞いもせず、なんて恐ろしい!」
バシッと扇子が床に叩きつけられ、周りにいた者たちは顔の表情を強張らせた。王妃の言葉を肯定すうため、懸命に首を縦に振る。王妃の不興を買えば、どうなるかわからないからだ。
「俺は何度も国王陛下の見舞いへ出向きました。それなのに、面会謝絶と言われて部屋にも入れてもらえず、近寄らせてもらえなかったのはなぜですか」
「タイミングが悪いのでしょう。本当に会いたいのであれば、一晩でも二晩でも部屋の前で待っていたらよろしいのではなくて?」
「そんな馬鹿な……」
アルドは困惑し、王妃派の面々を見る。事実を知っているはずの彼らは一様にアルドから目を逸らす。
言われなくても、アルドは待っていたのだろう。けれど、会えなかった。
病で気が弱くなった国王に王妃一派の不利になるようなことをアルドに言われては困るからだ。
現在の地位が揺らぐことを王妃は恐れている。
「王妃様。先ほど、ルヴェロナが武器を集めているとおっしゃられたのですが、それは私も初めて知りました。どこからそんな情報が?」
お兄様が落ち着けと言うように、アルドの肩を手で押して前に出た。
私はアルドがおかしな気を起こさないよう手を握る。
アルドは自分の言葉が王妃に届かないとわかり、うつむき悔しそうに唇を噛んだ。
怒りをこらえるように拳を固く握りしめて。その拳がアルドの心中を物語っていた。
「バルレリアが他国の重要な取引を監視させているのはご存じよね? この春、ルヴェロナが大量の銃弾を補充したのを知っているのよ」
バルレリアは他国の武器取引を監視している。
逆らう国やおかしな行動をしている国をいち早く見つけ、他国からの侵略を未然に防ぐためだ。
だから、王妃は自分の目から逃げられない、騙せないぞと言いたいのだろうか。
お兄様は床に叩きつけられた扇子を拾い、王妃に差し出す。
「王妃様。それは誤解ですわ。春になるとルヴェロナでは狩りのために猟銃の手入れをします。それは猟銃の銃弾ではありませんか?」
「猟銃?」
「そうよね。レティツィア?」
「はい。冬の間、獣たちは冬眠していますが、春になれば動き出します。次の冬がやってくるまで、食料を確保するため狩りは続きます。そのための補充です。疑われるのであれば、去年の取引と比べていただけたら、おわかりになられるかと。同量しか補充は行われていないはずです」
王族や貴族が遊びでやる狩猟とは違う。ルヴェロナのような小国にとって、狩猟で得られる毛皮や肉は大事な収入源なのだ。
「そう。おとなしいレティツィアが必死にそう言うのなら、少し考えてさしあげましょう」
「ありがとうございます」
前回よりも国のことを勉強してきたから、国の事情がよくわかる。
それにお兄様がルヴェロナ国王になるだろうと思っていたこともあって、私はそこまで真剣に学んでいなかった。
けど、今回は違う。
ヴィルジニアとなったお兄様が即位する可能性はなくなり、私がルヴェロナ王国を背負うことになった。
王妃はヴィルジニアから差し出された扇子を受けとり、周囲の人間に告げた。
「ルヴェロナ王国へ調査のための使者を送りなさい。それから、ヴィルジニアとレティツィア。疑いが晴れるまで、どちらかバルレリアに残りなさい」
それは人質になれと命じられたことと同じ。
王妃がいる前で相談できるはずもなく、私とお兄様ができたのは視線をわずかに交わしただけ。
「婚約者のヴィルジニアを残したほうがいいかしら? クラウディオの話し相手にもなるでしょうし」
お兄様をこのバルレリアに残すわけにはいかない。
ルヴェロナから連れてきた侍女たちではなく、バルレリアの侍女がお兄様の身の回りを世話すれば、男だということがバレてしまう。
「お待ちください、王妃様」
「レティツィア?」
「ヴィルジニアお姉様ではなく、私が残ります。ルヴェロナ王国の次期女王として教育を受けたのは私です。嫁ぐ予定だったヴィルジニアお姉様より、私のほうが国と国の人質に相応しいのではないでしょうか」
「ふぅん……。それもそうね」
お兄様は険しい表情で、私のほうを見たけど、これしか方法がないことくらいお兄様だってわかってる。
「どうしようかしら。どちらが残っても構わないと思ったけれど……。そうね。レティツィアのほうがいいかしら」
お兄様を残すわけにはいかないとはいえ、王妃が命じれば逆らえない。
王妃の決断を待っている間、緊張で手が冷たくなっていた。
私の手の冷たさに気づいたアルドが王妃に申し出た。
「レティツィアが残るというのなら、その間、俺はどこにも行かず、部屋から一歩も出ないと約束します」
「アルド……」
アルドの言葉に、王妃は心を大きく動かされたようで、はらりと扇子を広げた。
王妃にとって邪魔なのは結局、アルドなのだ。
「わかったわ。それではレティツィアが残りなさい。ヴィルジニアはバルレリアからの使者を迎え、潔白を証明すること。それでよろしいわね」
「はい、もちろんです」
王妃の言葉に私はホッとした。
とりあえず、ヴィルジニアが男だとバレる危機は脱した。
ヴィルジニアと王妃が見つめ合う。
「ヴィルジニア。私はあなたを気に入っているのよ。がっかりさせないでちょうだい」
王妃の言葉にヴィルジニアは深くお辞儀をして微笑んだ。
「王妃様。ルヴェロナはバルレリアに逆っていないことを証明してみせますわ」
焦りを感じず、動じる様子のないヴィルジニアに王妃の信頼をわずかに取り戻せたようで、王妃の声音も落ち着いたものに変わった。
「いい知らせを聞けるのをここで待っているわ。ヴィルジニア」
人質が決定し、私はバルレリアに、お兄様はルヴェロナへ――私たちは今までずっと一緒だったけど、初めて離れて行動することになった。
なんの相談もできないまま――
春の訪れを待っていたかのように、王妃から呼び出された私たちはバルレリアへ向かった。
私たちに届けられた王妃からの招待状は、表向きは晩餐会や舞踏会への招待状で、なんの変哲もない楽しいお誘い――に見えるだけの内容で、その出席者リスト連なる名前は王妃派の人間のみ。
私たちに出席者を教えてくるあたり、王妃がなにを言わんとしているか、想像がつく。
バルレリア王都に着くなり、私たちは休む間もなく、すぐに王妃のところへ通された。
そこには王妃派が揃い、罪人を見る目で私たちを見る。すでに彼らの中では有罪決定らしい。
「二人とも。よく来てくれたわね」
王妃はゆったり椅子に座り、侍女に爪の手入れをさせていた。
余裕のないところを見せたくないためか、表向き、王妃は冷静を装っている。
一人なら、怖くて震えていただろうけど、ヴィルジニアの姿をしたお兄様は堂々としていて王妃に負けていない。だから、私もここで負けるわけにはいかないのだ。
「ご招待ありがとうございます」
血のように赤いドレスを着たヴィルジニアが王妃に微笑んだ。妖艶さを増したヴィルジニアの姿に王妃はわずかに怯んだのがわかった。
これはお兄様の覚悟。この招待を受けたお兄様は王妃と戦うつもりでいる。ここで食い止めることができなければ、待っているのは死。
私たちは一度死んでいる。だからこそ、わかる。
お兄様のお礼の言葉と同時に私も王妃に淑女らしいお辞儀をした。
私もドレスを地味な色から、普通の色のドレスへ変え、内気なレティツィアから普通のレティツィアへ戻った。おとなしく死を待つのはもう終わり。その決意を示したのだ。
王妃は私たちの変化を敏感に感じ取ったようだ。
扇子を手の上で落ち着きなく、もてあそぶ。
「この冬……、クラウディオがルヴェロナに突然やってきて驚いたでしょう?」
「いいえ。いつでもいらしてくださって結構です」
すばやく私が答えると、王妃は椅子の肘置きに肘をつき、扇子をパチンと閉じた。
「それは嬉しいこと。クラウディオを迎えに行った者たちから、そこにアルド王子がいたと報告を受けたのだけれど。随分、親しいようね」
王妃一派は厳しい目を私とお兄様に向ける。
まるで、魔女裁判だ。
でも、私たちにやましいところはない。
そう言おうとしたその時――
「王妃。二人は俺とは無関係です」
ドアが開き、現れたのはアルドだった。
アルドが王妃の部屋へ入ってくると、場の緊張感が高まり、王妃の護衛たちが身構えたのがわかった。
「アルド王子。あなたを私の部屋へ呼んだ覚えはなくてよ」
アルドと王妃の間に目に見えない火花が散る。
私もお兄様も驚いていた。
アルドが王妃と話すところを初めて見た。
「わかっています。けど、二人が俺のせいで呼ばれたなら、ここにいるべきなのは俺ではありませんか?」
「……そう」
一度、婚約者に認めたヴィルジニアを尋問するのを他の者に聞かれたくなかったのか、王妃はこの場に最初から自分の考えに近しい者しかそばに置いていなかった。その中にクラウディオ様の姿はない。
つまり、王妃はクラウディオ様に話を聞かれたくなかったということだ。
最初からクラウディオ様は王妃の考えに近かったわけではなかった。
前回も今回も、裏で動いていたのは王妃で間違いない。アルドを苦しめるため、クラウディオ様の王位を確実なものにするため、私たちを殺すよう仕向けたのは王妃だったのだ。
クラウディオ様を操っていたのも――けれど、今回、クラウディオ様の姿がここにないということは王妃に対して、完全に心を許しているわけではないようだ。
「アルド王子が国王陛下に似ていなかったらよかったのに、嫌なくらい似てくるものなのね」
真っ向から対峙した時、王妃が真っ先に思い出したのはバルレリア王だった。
アルドを見て、若かりし頃を思い出したのだろう。
「……似ていないほうがよかったかもしれない」
――殺されずに済んだ。
アルドの悲しい声が聞こえてくるようだった。
王宮を追われた方が母親と二人、穏やかな暮らしを手に入れられたことは確かだ。
王妃は何度か瞬きを繰り返し、気持ちを落ち着けるように息を吐いた。
「ちょうどよろしいわ。アルド王子。あなたにも聞きたいことがあったのよ。剣の稽古と言って、頻繁に王都から抜け出してるらしいわね。本当に剣の稽古なのかしら?」
「辺境の砦に剣の先生がいるからです。それ以上の理由はありません」
「辺境の地からわたくしに謀反を起こそうとしていたのではなくて?」
「まさか」
アルドは心から驚いていた。けれど、王妃はアルドの反応を演技だと判断した。
「私の目の届かぬ地で仲間を増やし、ルヴェロナ王国経由で武器を集め、謀反の準備を進めていたのでしょう。父である国王陛下が病で起き上がれないというのに見舞いもせず、なんて恐ろしい!」
バシッと扇子が床に叩きつけられ、周りにいた者たちは顔の表情を強張らせた。王妃の言葉を肯定すうため、懸命に首を縦に振る。王妃の不興を買えば、どうなるかわからないからだ。
「俺は何度も国王陛下の見舞いへ出向きました。それなのに、面会謝絶と言われて部屋にも入れてもらえず、近寄らせてもらえなかったのはなぜですか」
「タイミングが悪いのでしょう。本当に会いたいのであれば、一晩でも二晩でも部屋の前で待っていたらよろしいのではなくて?」
「そんな馬鹿な……」
アルドは困惑し、王妃派の面々を見る。事実を知っているはずの彼らは一様にアルドから目を逸らす。
言われなくても、アルドは待っていたのだろう。けれど、会えなかった。
病で気が弱くなった国王に王妃一派の不利になるようなことをアルドに言われては困るからだ。
現在の地位が揺らぐことを王妃は恐れている。
「王妃様。先ほど、ルヴェロナが武器を集めているとおっしゃられたのですが、それは私も初めて知りました。どこからそんな情報が?」
お兄様が落ち着けと言うように、アルドの肩を手で押して前に出た。
私はアルドがおかしな気を起こさないよう手を握る。
アルドは自分の言葉が王妃に届かないとわかり、うつむき悔しそうに唇を噛んだ。
怒りをこらえるように拳を固く握りしめて。その拳がアルドの心中を物語っていた。
「バルレリアが他国の重要な取引を監視させているのはご存じよね? この春、ルヴェロナが大量の銃弾を補充したのを知っているのよ」
バルレリアは他国の武器取引を監視している。
逆らう国やおかしな行動をしている国をいち早く見つけ、他国からの侵略を未然に防ぐためだ。
だから、王妃は自分の目から逃げられない、騙せないぞと言いたいのだろうか。
お兄様は床に叩きつけられた扇子を拾い、王妃に差し出す。
「王妃様。それは誤解ですわ。春になるとルヴェロナでは狩りのために猟銃の手入れをします。それは猟銃の銃弾ではありませんか?」
「猟銃?」
「そうよね。レティツィア?」
「はい。冬の間、獣たちは冬眠していますが、春になれば動き出します。次の冬がやってくるまで、食料を確保するため狩りは続きます。そのための補充です。疑われるのであれば、去年の取引と比べていただけたら、おわかりになられるかと。同量しか補充は行われていないはずです」
王族や貴族が遊びでやる狩猟とは違う。ルヴェロナのような小国にとって、狩猟で得られる毛皮や肉は大事な収入源なのだ。
「そう。おとなしいレティツィアが必死にそう言うのなら、少し考えてさしあげましょう」
「ありがとうございます」
前回よりも国のことを勉強してきたから、国の事情がよくわかる。
それにお兄様がルヴェロナ国王になるだろうと思っていたこともあって、私はそこまで真剣に学んでいなかった。
けど、今回は違う。
ヴィルジニアとなったお兄様が即位する可能性はなくなり、私がルヴェロナ王国を背負うことになった。
王妃はヴィルジニアから差し出された扇子を受けとり、周囲の人間に告げた。
「ルヴェロナ王国へ調査のための使者を送りなさい。それから、ヴィルジニアとレティツィア。疑いが晴れるまで、どちらかバルレリアに残りなさい」
それは人質になれと命じられたことと同じ。
王妃がいる前で相談できるはずもなく、私とお兄様ができたのは視線をわずかに交わしただけ。
「婚約者のヴィルジニアを残したほうがいいかしら? クラウディオの話し相手にもなるでしょうし」
お兄様をこのバルレリアに残すわけにはいかない。
ルヴェロナから連れてきた侍女たちではなく、バルレリアの侍女がお兄様の身の回りを世話すれば、男だということがバレてしまう。
「お待ちください、王妃様」
「レティツィア?」
「ヴィルジニアお姉様ではなく、私が残ります。ルヴェロナ王国の次期女王として教育を受けたのは私です。嫁ぐ予定だったヴィルジニアお姉様より、私のほうが国と国の人質に相応しいのではないでしょうか」
「ふぅん……。それもそうね」
お兄様は険しい表情で、私のほうを見たけど、これしか方法がないことくらいお兄様だってわかってる。
「どうしようかしら。どちらが残っても構わないと思ったけれど……。そうね。レティツィアのほうがいいかしら」
お兄様を残すわけにはいかないとはいえ、王妃が命じれば逆らえない。
王妃の決断を待っている間、緊張で手が冷たくなっていた。
私の手の冷たさに気づいたアルドが王妃に申し出た。
「レティツィアが残るというのなら、その間、俺はどこにも行かず、部屋から一歩も出ないと約束します」
「アルド……」
アルドの言葉に、王妃は心を大きく動かされたようで、はらりと扇子を広げた。
王妃にとって邪魔なのは結局、アルドなのだ。
「わかったわ。それではレティツィアが残りなさい。ヴィルジニアはバルレリアからの使者を迎え、潔白を証明すること。それでよろしいわね」
「はい、もちろんです」
王妃の言葉に私はホッとした。
とりあえず、ヴィルジニアが男だとバレる危機は脱した。
ヴィルジニアと王妃が見つめ合う。
「ヴィルジニア。私はあなたを気に入っているのよ。がっかりさせないでちょうだい」
王妃の言葉にヴィルジニアは深くお辞儀をして微笑んだ。
「王妃様。ルヴェロナはバルレリアに逆っていないことを証明してみせますわ」
焦りを感じず、動じる様子のないヴィルジニアに王妃の信頼をわずかに取り戻せたようで、王妃の声音も落ち着いたものに変わった。
「いい知らせを聞けるのをここで待っているわ。ヴィルジニア」
人質が決定し、私はバルレリアに、お兄様はルヴェロナへ――私たちは今までずっと一緒だったけど、初めて離れて行動することになった。
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