婚約者の王子に殺された~時を巻き戻した双子の兄妹は死亡ルートを回避したい!~

椿蛍

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11 誰が婚約者に!?

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 クラウディオ様の冷たいまなざしに過去を思い出して足が震えた。
 怯えた私に気づいて、アルドが庇うように前へ出た。

「なんだ。アルド。レティツィアと二人で、なにか後ろめたい話でもしていたか?」
「してない」
「なら、そう警戒する必要はないはずだが?」
「レティツィアが怖がっているから」

 アルドの言葉にクラウディオ様は不快そうに眉をひそめ、私を見る。ガタガタと震える私を見て笑う。

「なにを怖がる必要がある? 内気にもほどがあるぞ」
「申し訳ありません……」
「レティツィア。俺と一緒に来い。今からお茶会に出席しろ」

 クラウディオ様はつかつかと歩み寄り、強い力で私の腕を掴んだ。その瞬間、殺された時のことを思い出し、悲鳴をあげそうになった。

「っ……!」
「兄さん!」

 アルドはいつもなら絶対、クラウディオ様に反抗しようとしないのに止めようとして、クラウディオ様の手を掴んだ。

「アルド。誰に触れている。お前が俺に気安く触れていいと思っているのか?」

 凄まれて、アルドは引くだろうと思った。でも、アルドは同じように鋭い目でにらみ返す。

「レティツィアが嫌がっている」
「だから? 腕を掴まれたくらいで怖がられても困る。何度も顔を合わせているだろう。そろそろ打ち解けろ」

 声が出ず、返事をしなかった私に業を煮やしたのか、クラウディオ様は乱暴に腕を引いた。

「お茶会にヴィルジニアがいるのにお前がいないのはおかしいと言われたから迎えに来た。行くぞ」
「そ、そんな……だ、だれに……」
「母上だ」

 クラウディオ様のお母様。それはすなわち、バルレリア王妃――嫉妬深く、王が愛人を持つことを許さず、愛人たちへの毒殺や事故死を繰り返してきた人物。アルドが動揺したのに気付いたクラウディオ様は笑った。

「アルド。王妃が命じたことには逆らえないだろう。それともなんだ? 王妃に逆らってまで止めるか?」
「まっ、待ってくださいっ! い、行きます……。王妃様をお待たせするわけにはいきませんから……」
「そういうことだ」

 怒りを買えば、アルドの身が危険だ。前回よりもアルドの周りには人がいるとはいえ、王妃からアルドを守れる存在はいない。
 クラウディオ様の後見人は権力を持つ者ばかり。その筆頭がバルレリアの大貴族を実家に持つ母親の王妃。敵うわけないのだ。
 アルドに目で合図し、クラウディオ様と一緒に行くことを告げた。険しい表情で私とクラウディオ様を見ていたけど、私は首を横振り、平気だと訴えアルドを止める。
 王妃がいる場所にアルドはなるべく足を運ばないようにしてるのを私は知っていた。
 ――毒を盛られるかもしれないからだ。
 王位継承者として、クラウディオ様を脅かさないからこそ、アルドは命を保証されている。
 もし、ここでアルドが目立とうものなら、王妃はアルドに嫌がらせをしてくるに違いない。

「急ぎましょう……。クラウディオ様」

 王妃からアルドを隠したい気持ちが私の足を急がせ、慌てて図書室の扉を閉めた。アルドの姿が見えなくなって、ホッとする自分がいる。
 ここはアルドにとって敵ばかり――そして、私にとっても。

「レティツィア。お前はアルドに好意を持っているのか?」

 予想もしなかったクラウディオ様からの問いかけに驚き、どんな表情をしているのか気になって顔を見ようとした。
 けれど、すでに私の腕から手を離していたクラウディオ様は前を歩き、背中しか目に入らなかった。
 質問の意味が理解できず、なんと答えていいかわからなかったけれど、不快に思われないよう無難な答えを探す。

「は、はい。その……弟のような存在です」
「弟か。それは近しいな」
「も、もうしわけありません! 私のような者が馴れ馴れしくしてしまって……」

 なにがクラウディオ様の不興を買うかわからない。早く二人きりの時間が終わってほしいと願っていた。
 気まずく、ただ重い雰囲気を感じながら、お茶会が開かれている庭園までたどり着いた。
 私とクラウディオ様を一番最初に出迎えたのはヴィルジニアの姿をしたお兄様だった。

「レティツィア!」

 お兄様が急いで駆け寄って来た。私に近寄るなり、顔を覗き込む。
 それくらい私の顔色は芳しくなく、心配されるくらい酷い顔色をしていたに違いない。

「なんなのかしら。レティツィア様ったら、さっきは断ったのにまたやってきて」
「王妃様がお誘いすると来るのね」
「クラウディオ様の手を煩わせてまで……」

 ひそひそと悪意に満ちた声が聞こえてくる。
 お兄様が自分の隣に席を用意し、座らせてくれたけど、私への反感は止まなかった。

「もしかして、クラウディオ様の気を引こうとしたんじゃない?」
「腹黒い人ね。なにを考えているかわからないわ」

 クラウディオ様と一緒に現れたのが気に入らないのはわかる。でも、見るからに私とクラウディオ様が仲の良さそうな雰囲気でもないのに、そんなふうに言わないで欲しい。
 令嬢たちの悪意ある声を打ち消したのは王妃だった。

「ヴィルジニアと並んで座ると、本当にそっくりだこと。こうして二人を並ばせたくて呼んだのよ。わたくしが決めたことに不満があって?」

 それは令嬢たちへ遠回しの注意だった。令嬢たちは自分たちの印象を気にしてか、王妃になにか言い訳しようと考えている。
 けれど、それすら王妃は封じる。

「わたくしのお茶会でくだらない話は聞きたくないわ。なにか面白い話はないのかしら」

 王妃の一言で静まり、その権力の大きさを感じた。静まり返った場で唯一話せたのは――

「王妃様がお気に召すかわからないのですけど、王妃様に飲んでいただきたくて、特別な葡萄畑で作らせたワインを持って参りましたの」

 ヴィルジニアだけで、クラウディオ様は知らん顔でお茶を飲んでいる。
 
「特別な葡萄畑とは?」
「数年かけて土を改良した畑ですの。まだ多くは作れない貴重なワインですわ」
「ルヴェロナのワインは質がよろしくて、陛下もお好きなのよ。毎回、気に入るものをよく思い付くこと」

 私たちはバルレリア王妃がなにを好むのか、前回の記憶でそれを知っていた。だから、王妃の気に入るものを用意することは容易い。
 
「ヴィルジニアは気が利く。一緒にいて気が楽だ」

 クラウディオ様の言葉に他の令嬢たちが息を呑む。
 それは私とお兄様も同じだった。
 もしや、これはお兄様がクラウディオ様の婚約者という流れになってしまうのでは……
 
「ちょっとやりすぎたかな」

 隣に座るお兄様がぼそっと呟いた。
 ちょっとどころじゃないと思う。
 もちろん、私たちはヴィルジニアが婚約者に選ばれる可能性についても考えていたけど、他の令嬢が婚約者に選ばれてほしいと思っていたのも事実。

「さじ加減がうまくいかないわね」

 紅茶に一匙、砂糖を入れて私は溶かす。砂糖を入れすぎると綺麗に溶けてくれない。
 お兄様は砂糖を入れすぎてしまったのだ。
 とはいえ、クラウディオ様の心を掴まないと殺される可能性が高まる。
 なんて、難しいのだろう。

「ルヴェロナの王女たちは帰らずにしばらくこの王宮に滞在しなさい。クラウディオが気に入るなんて珍しいわ」
「えっ……ええ、ありがとうございます。王妃様」

 さすがのお兄様も動揺していた。だって、お兄様は外見は完璧な美少女でも、中身は男。
 今すぐルヴェロナへ帰りたいと思っているのは私だけじゃない。なんとかお兄様は笑みを作り、私も精一杯の笑顔でうなずいた。
 顔がひきつっていたけど、それは私の内気設定で誤魔化した。
 クラウディオ様の意思に関係なく、王妃がヴィルジニアを婚約者に選ぶのでは?――この場にいた誰もがそう思ったのだった。
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