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21 王子の想い
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なにもかも、アルドより恵まれているクラウディオ様の苦しむ理由がわからない。
けれど、クラウディオ様がなにか悩んでいることだけは伝わってくる。
「クラウディオ様。お疲れでしょう。お部屋にご案内します。少しお休みになられたほうがよろしいですわ」
お兄様や侍女たちの代わりに案内を申し出た。
侍女たちは怖がり、クラウディオ様に近寄らなかった。いつもと違うことが、侍女たちにもわかるのだ。
私もクラウディオ様が怖くて距離をおいていたけれど、今は少し違う。
クラウディオ様からアルドに似た孤独を感じていた。
お兄様とアルドに大丈夫だと目で合図を送る。
「クラウディオ様、こちらへ」
私に案内されるまま、クラウディオ様は黙ってついてきた。
窓の外には雪が降り、私たちの歩く音しかしなかった。
お互い無言で雪の降る音が聞こえてきそうな静寂――ちらりと横を歩くクラウディオ様を盗み見る。
クラウディオ様は私の視線に気づき、ぽつりと呟いた。
「ルヴェロナも雪がたくさん降るんだな」
雪が降る外を眺めた。
その目は雪というより、どこか遠くを見ているような気がした。
「はい。バルレリアの王都より少ないですけど」
「そうだな」
たくさん降るような土地ではないとはいえ、そこそこ積もる土地であることをクラウディオ様も知っているはずだ。
知っているのに雪の中、馬を駆ってきた理由はなんだったのだろう。
「静かだな」
「バルレリア王宮は人が大勢いますもの。いつも賑やかでしょう?」
「ああ。うるさいくらいだ」
「国が繁栄している証拠ですわ。バルレリアの王宮ほど豪華な部屋ではありませんけど、どうぞくつろがれてください」
客室のドアを開けると、侍女たちが少しでも居心地良く過ごせるように気をきかせたのか、ルヴェロナの毛織物で作った敷物やクッション、暖色で統一された家具。田舎らしいぬくもりがあり、懐かしい気持ちになるような部屋になっていた。
「クラウディオ様。ルヴェロナは娯楽もなにもありませんけど、のんびりだけはできますから。今、侍女に温かい紅茶を頼んで持ってきてもらいますね」
クラウディオ様が休めるよう部屋から出ていこうとしたその時、手を掴まれた。
掴んだ手は氷のように冷たい。
私の手に触れて、自分の手の冷たさに気づいたのか、クラウディオ様は慌てて手を離した。
「……悪い。紅茶はいいから、しばらく話し相手になってくれ」
「えっ……! わ、私がですか?」
「そうだ。嫌か」
「私と話しても楽しい話題はありませんけど……」
「構わない。ここにいてくれるだけで」
暖炉前のソファーにクラウディオ様が座る。促されるまま、対面のソファーに座った。
暖かな空気と、静かな雰囲気に心が安らいだたのか、ほっとクラウディオ様が息をついたのがわかった。
「俺がルヴェロナへ来たのはレティツィアの顔が見たかったからだ」
――それは愛の告白ではなかった。
愛の告白なら、もっと緊張感があってロマンチックな空気になるはずだ。
それが一切感じられず、私にただ話を聞いてほしいのだとわかり、黙ってうなずいた。
「以前、乳母の子にレティツィアが似ていると言ったと思う。覚えているか」
「はい。図書室で話した時に少しだけ」
「似ていると言っても姿や声じゃなく、雰囲気がよく似ている。……滞在先で乳母の子が結婚したことを知った」
クラウディオ様は疲れた表情で肘置きにもたれた。ここに来る前から、ずっと思い悩んできたのだろう。
もしかしたら、ヴィルジニアと婚約した時から……
「俺とヴィルジニアの婚約を人づてに聞いたらしい。だから結婚したと手紙を寄越してきた。母には内緒で」
王妃がクラウディオ様にふさわしい結婚相手を探していた理由がわかった。
クラウディオ様はバルレリアの次期国王だ。
立場上、身分の低い正妃を迎えるわけにはいかない。
もし、アルドがクラウディオ様より身分の高い相手と結婚すれば、バルレリア国内でアルドのほうが国王に相応しいのではという声が上がる可能性もある。
だから、王妃はアルドを婚約者探しの間、遠ざけて置きたかったのだ。アルドがクラウディオ様より身分の高い相手を見つけられぬように。
「クラウディオ様はお返事を書いたのですか?」
「彼女の結婚を祝う手紙を書いた」
暖炉の薪が爆ぜた。赤い炎をクラウディオ様が見つめている。
クラウディオ様と乳母の子の間になにがあったのか、前回も今回も私は知らない。知らないけれど、クラウディオ様にとって大切な存在だったのだろう。
「妃にはなれないと断られて別れたのに、未練がましく手紙を送っていた」
クラウディオ様の苦しげな声は殺されたあの日の夜を思い出させた。
誰も助けてくれないと思っていたのは私だけだったのだろうか。
「クラウディオ様は寂しかったのですね。でも、クラウディオ様には支えてくれる方が大勢いらっしゃいます」
「支えてくれる存在か」
「少なくとも王妃様はクラウディオ様を大切に思ってます」
「わかっている」
王妃の夢はクラウディオ様がバルレリアの国王になることだ。
アルドではなく、自分の子であるクラウディオ様が王位についた時こそ、王妃の復讐が終わるのかもしれない。
「王になると幼い頃から決めていた」
幼い頃だけじゃない。今だって、同じ年頃の王子で、クラウディオ様ほどの教養や知識を持っている王子はいない。
「クラウディオ様はきっと立派なバルレリア国王になられますわ」
「お前も同じことを言う」
誰と同じなのか、クラウディオ様は言わなかった。けれど――
「本当はヴィルジニアではなく、レティツィアを婚約者に選ぶつもりだった」
部屋は暖かいはずなのに寒く感じた。
冬の風が窓を叩き、ガタガタと音を鳴らす。
逃げようとしても逃げられない運命の流れ。定められた運命が私とお兄様を殺そうと待ち構えている。
「そ、そんなこと……。ヴィルジニアお姉様を嫌いになられたのですか?」
「いや。ヴィルジニアは一緒にいて楽しいし、話も会う。俺の妃にふさわしいと思う」
「そうですか……」
ホッと胸を撫で下ろす。それと同時に前回のクラウディオ様を思い出した。
前回、クラウディオ様が私を婚約者に選んだのは私を通して乳母の子を見ていただけ。
私のことを好きではなかったのだ。
それなら、あの冷たい態度も裏切られたと思った時の絶望感もわかる。
乳母の子に似た私を選んだけど、アルドばかり気にかける私やお兄様に孤独を埋めるどころか、深まるばかりだったに違いない。
そして、今もまた同じ状況で――
「アルドと仲がいいんだな」
暖炉の赤い火を見つめながら、クラウディオ様は言った。その目はもう私を見ていない。
また同じ運命を辿ろうとしている。
「あいつは俺から父を奪い、母上を苦しめた。会いたい人間に会える時間もある。アルドさえいなかったら、俺はもっと自由だったかもしれない」
クラウディオ様の声が雪のように冷たく感じた――
けれど、クラウディオ様がなにか悩んでいることだけは伝わってくる。
「クラウディオ様。お疲れでしょう。お部屋にご案内します。少しお休みになられたほうがよろしいですわ」
お兄様や侍女たちの代わりに案内を申し出た。
侍女たちは怖がり、クラウディオ様に近寄らなかった。いつもと違うことが、侍女たちにもわかるのだ。
私もクラウディオ様が怖くて距離をおいていたけれど、今は少し違う。
クラウディオ様からアルドに似た孤独を感じていた。
お兄様とアルドに大丈夫だと目で合図を送る。
「クラウディオ様、こちらへ」
私に案内されるまま、クラウディオ様は黙ってついてきた。
窓の外には雪が降り、私たちの歩く音しかしなかった。
お互い無言で雪の降る音が聞こえてきそうな静寂――ちらりと横を歩くクラウディオ様を盗み見る。
クラウディオ様は私の視線に気づき、ぽつりと呟いた。
「ルヴェロナも雪がたくさん降るんだな」
雪が降る外を眺めた。
その目は雪というより、どこか遠くを見ているような気がした。
「はい。バルレリアの王都より少ないですけど」
「そうだな」
たくさん降るような土地ではないとはいえ、そこそこ積もる土地であることをクラウディオ様も知っているはずだ。
知っているのに雪の中、馬を駆ってきた理由はなんだったのだろう。
「静かだな」
「バルレリア王宮は人が大勢いますもの。いつも賑やかでしょう?」
「ああ。うるさいくらいだ」
「国が繁栄している証拠ですわ。バルレリアの王宮ほど豪華な部屋ではありませんけど、どうぞくつろがれてください」
客室のドアを開けると、侍女たちが少しでも居心地良く過ごせるように気をきかせたのか、ルヴェロナの毛織物で作った敷物やクッション、暖色で統一された家具。田舎らしいぬくもりがあり、懐かしい気持ちになるような部屋になっていた。
「クラウディオ様。ルヴェロナは娯楽もなにもありませんけど、のんびりだけはできますから。今、侍女に温かい紅茶を頼んで持ってきてもらいますね」
クラウディオ様が休めるよう部屋から出ていこうとしたその時、手を掴まれた。
掴んだ手は氷のように冷たい。
私の手に触れて、自分の手の冷たさに気づいたのか、クラウディオ様は慌てて手を離した。
「……悪い。紅茶はいいから、しばらく話し相手になってくれ」
「えっ……! わ、私がですか?」
「そうだ。嫌か」
「私と話しても楽しい話題はありませんけど……」
「構わない。ここにいてくれるだけで」
暖炉前のソファーにクラウディオ様が座る。促されるまま、対面のソファーに座った。
暖かな空気と、静かな雰囲気に心が安らいだたのか、ほっとクラウディオ様が息をついたのがわかった。
「俺がルヴェロナへ来たのはレティツィアの顔が見たかったからだ」
――それは愛の告白ではなかった。
愛の告白なら、もっと緊張感があってロマンチックな空気になるはずだ。
それが一切感じられず、私にただ話を聞いてほしいのだとわかり、黙ってうなずいた。
「以前、乳母の子にレティツィアが似ていると言ったと思う。覚えているか」
「はい。図書室で話した時に少しだけ」
「似ていると言っても姿や声じゃなく、雰囲気がよく似ている。……滞在先で乳母の子が結婚したことを知った」
クラウディオ様は疲れた表情で肘置きにもたれた。ここに来る前から、ずっと思い悩んできたのだろう。
もしかしたら、ヴィルジニアと婚約した時から……
「俺とヴィルジニアの婚約を人づてに聞いたらしい。だから結婚したと手紙を寄越してきた。母には内緒で」
王妃がクラウディオ様にふさわしい結婚相手を探していた理由がわかった。
クラウディオ様はバルレリアの次期国王だ。
立場上、身分の低い正妃を迎えるわけにはいかない。
もし、アルドがクラウディオ様より身分の高い相手と結婚すれば、バルレリア国内でアルドのほうが国王に相応しいのではという声が上がる可能性もある。
だから、王妃はアルドを婚約者探しの間、遠ざけて置きたかったのだ。アルドがクラウディオ様より身分の高い相手を見つけられぬように。
「クラウディオ様はお返事を書いたのですか?」
「彼女の結婚を祝う手紙を書いた」
暖炉の薪が爆ぜた。赤い炎をクラウディオ様が見つめている。
クラウディオ様と乳母の子の間になにがあったのか、前回も今回も私は知らない。知らないけれど、クラウディオ様にとって大切な存在だったのだろう。
「妃にはなれないと断られて別れたのに、未練がましく手紙を送っていた」
クラウディオ様の苦しげな声は殺されたあの日の夜を思い出させた。
誰も助けてくれないと思っていたのは私だけだったのだろうか。
「クラウディオ様は寂しかったのですね。でも、クラウディオ様には支えてくれる方が大勢いらっしゃいます」
「支えてくれる存在か」
「少なくとも王妃様はクラウディオ様を大切に思ってます」
「わかっている」
王妃の夢はクラウディオ様がバルレリアの国王になることだ。
アルドではなく、自分の子であるクラウディオ様が王位についた時こそ、王妃の復讐が終わるのかもしれない。
「王になると幼い頃から決めていた」
幼い頃だけじゃない。今だって、同じ年頃の王子で、クラウディオ様ほどの教養や知識を持っている王子はいない。
「クラウディオ様はきっと立派なバルレリア国王になられますわ」
「お前も同じことを言う」
誰と同じなのか、クラウディオ様は言わなかった。けれど――
「本当はヴィルジニアではなく、レティツィアを婚約者に選ぶつもりだった」
部屋は暖かいはずなのに寒く感じた。
冬の風が窓を叩き、ガタガタと音を鳴らす。
逃げようとしても逃げられない運命の流れ。定められた運命が私とお兄様を殺そうと待ち構えている。
「そ、そんなこと……。ヴィルジニアお姉様を嫌いになられたのですか?」
「いや。ヴィルジニアは一緒にいて楽しいし、話も会う。俺の妃にふさわしいと思う」
「そうですか……」
ホッと胸を撫で下ろす。それと同時に前回のクラウディオ様を思い出した。
前回、クラウディオ様が私を婚約者に選んだのは私を通して乳母の子を見ていただけ。
私のことを好きではなかったのだ。
それなら、あの冷たい態度も裏切られたと思った時の絶望感もわかる。
乳母の子に似た私を選んだけど、アルドばかり気にかける私やお兄様に孤独を埋めるどころか、深まるばかりだったに違いない。
そして、今もまた同じ状況で――
「アルドと仲がいいんだな」
暖炉の赤い火を見つめながら、クラウディオ様は言った。その目はもう私を見ていない。
また同じ運命を辿ろうとしている。
「あいつは俺から父を奪い、母上を苦しめた。会いたい人間に会える時間もある。アルドさえいなかったら、俺はもっと自由だったかもしれない」
クラウディオ様の声が雪のように冷たく感じた――
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