政略婚~腹黒御曹司は孤独な婚約者を守りたい~

椿蛍

文字の大きさ
8 / 34

8 婚約者【壱都】(2)

しおりを挟む

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


―――おかしい。
俺は婚約したはずだ。
それなのになんだこれは?

『拝啓 陽春の頃、ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
平素はわたくしの祖父が格別のお引き立てを賜り、厚くお礼申し上げます。さて、わたくしの留学の件ですが、滞在期間も短くそちらにお伺いするのは難しく思われます。
末筆ながら一層のご発展をお祈り申し上げます』

仕事のメールと間違えたかな?そう思い何度か確認したが、井垣朱加里と書いてある。
間違いない。
彼女だ。
大学に入学したと聞いたから、お祝いのメールを送ったのだが返ってきたメールがこれ。
イギリスに短期留学することを井垣会長の秘書から連絡を受けて知った。
だから、てっきり俺と会うものだと思っていた。
いや、普通はそうだろう?
周囲には秘密の婚約者。
しかし、海外での俺達は誰も気にすることなく、会えるのだ。
会わないというほうが不自然じゃないか?

『よろしければ、こちらに立ち寄ってはいかがですか?観光でも買い物でもお付き合いしますよ』

―――という俺なりの優しい言葉(メール)をかけたつもりだ。
婚約者だからな。
それもあるが、向こうからあまりに音沙汰がなさすぎて、こうやって存在をアピールしておかないと忘れられそうな気がしたからだ。
一度も彼女からメールも電話も来ない。
こんな扱いは初めてだった。

「壱都さん。なにかありましたか?焦った顔をして。早く朝食を食べないと食べそびれますよ。今日もスケジュールがつまっていますからね」

俺が苦い表情をし、パソコンとにらみあっていると秘書の樫村が現れた。
出張で南フランスの田舎町にきていた。
取引のあるワイナリーに招待されて、ワインの試飲に来ていた。
安価でおいしいワインを手に入れるためで旅行ではない。
仕事だ。
そう―――俺は忙しい。
海外支店で結果を出しつつ、井垣グループの上層部とも海外で接触し、井垣のほうにも俺という人間を知らしめてきた。
今後のためにだ。
俺は彼女との未来のために頑張っている。
その俺にこのメール?
なにが『陽春の頃』だ!!

「樫村!」

「はい」

こほんっと咳ばらいを一つして、何事もなかったかのように振る舞った。

「井垣の娘の留学日程を調べてくれ」

「はぁ。珍しいですね。女性関係でそんなに慌てる壱都さんを見るのは。仕事に影響が出ると困るので、早急に調べますが……」

うるさい。
お前に俺の気持ちがわかってたまるか。
ホテルの朝食を食べにレストランに行くとテラス席に案内された。
白のテーブルクロスの上に朝食の用意がされてある。
焼きたてのパンにイチゴジャム、プラムジャム、ブルーベリージャム、チェリージャムなど、豊富なジャム類の他にチーズ、新鮮な野菜がたっぷり出されたグリーンサラダ、ジャガイモとクレソンのサラダも美味しい。

「野菜が新鮮で美味しいな。いつか彼女もここに―――」

ふっとさっきのメールが頭をよぎり、なぜかクレソンが苦く感じた。
俺を婚約者だとわかっているよな?
まさか、形だけの婚約者だと思われているとか?
フランス語の新聞を読もうと手にしていたが、内容がまったく頭に入ってこなかった。

「壱都さん。日程がわかりましたよ」

朝食が終わるという頃に樫村がやってきて、メモ紙を渡してくれた。

「ありがとう。樫村」

俺は彼女の留学日程を難なく手に入れ、悪い顔をした。
メールの仕返しをしようと思っていた。
突然俺が現れたら、驚くだろうな。
樫村は『またよからぬことを企んでいるのでは……』という目で俺を見ていた。
失礼な。
これは婚約者に会いたいという純粋な気持ちだ。
機嫌のいい俺を見て、樫村は言った。

「おとなげないことをしないでくださいよ」

すでに俺がろくでもないことをすると思っているらしい。
失礼な奴だ。
文句を言ってやろうかと思ったが、留学の日程を手に入れてくれたのだから、今は黙っておこう。
仕事で正直、疲れていたが、楽しみが出来たおかげで体が軽くなった気がした。
ついでにメールも返信しておくか―――『次はもっと気楽な文章でかまいませんよ』と送った。
さすがにあれは他人行儀すぎだろう……

「壱都さん。朝食を終えたら午前は井垣グループの海外支店長と会うことになっています」

「ああ、そうだったな。昨日選んだワインを試飲できるようにしてくれ」

「はい」

ホテル内のレストランには話を通してあり、料理を用意してもらってある。
ワインに合う料理を。
井垣グループの海外支店長を夫妻で招き、俺は昨日選んだワインを出す。
それが今日の仕事だ。
スーツに乱れがないかチェックし、待っていると夫妻はやってきた。

「いやぁ、まさか井垣グループと白河財閥が手を結ぶなんてこと考えてもみなかったですよ」

海外支店長は陽気な男で話しやすい人柄だった。
おかげで扱いやすく、なにを考えているのか、手に取るように理解できた。

「こちらこそ、支店長のおかげで楽しい取引ができました」

ワインを試飲し、満足したのは支店長だけではなかった。

「すばらしいワインですね。ぶどうだけでなく、他のフルーツの香りがするような甘いワインでした」

支店長も自分の妻が気に入ったのならと思ったらしく、契約書にサラサラとサインをした。
井垣グループが弱いのは海外での食品取引だった。
昔から、ワイナリーの主人達と友人のような付き合いをしてきた白河財閥のコネクションは魅力だったらしく、俺が少しワイナリーの話をするとすぐにのってきた。

「こちらの白ワインもいい。辛口だが、爽やかで花のような香りがある」

「気に入っていただけて、よかった」

「いやいや!さすが白河財閥のご子息。舌も目も肥えていらっしゃる。頼んで正解だった。またお願いしますよ!」

「こちらこそ」

固い握手を交わした。
井垣グループ内での俺の評判は上々。
何度か、頼まれごとをしたが、すべてうまくいっている。
そう、仕事は。
メールはまだ返ってきていない。
俺は樫村がくれた朱加里の留学予定をぐしゃりと潰して、微笑みを浮かべたまま言った。

「おい。樫村。今すぐ井垣朱加里の留学に合わせて俺がイギリスに行けるようにスケジュールを調整しろ」

「こんな急にですか」

「なんだ」

「いますぐやらせていただきます」

樫村は俺の怒りを察して、こくこくと何度もうなずいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

社長はお隣の幼馴染を溺愛している【宮ノ入シリーズ④】

椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13 【初出】2020.9.17 倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。 そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。 大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。 その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。 要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。 志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。 けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。 社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され――― ★宮ノ入シリーズ第4弾 【シリーズ① 若き社長は~コミカライズされました】 【規約のため、引き下げました。他サイトのみの掲載となります】

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

再会した御曹司は 最愛の秘書を独占溺愛する

猫とろ
恋愛
あらすじ 青樹紗凪(あおきさな)二十五歳。大手美容院『akai』クリニックの秘書という仕事にやりがいを感じていたが、赤井社長から大人の関係を求められて紗凪は断る。 しかしあらぬ噂を立てられ『akai』を退社。 次の仕事を探すものの、うまく行かず悩む日々。 そんなとき。知り合いのお爺さんから秘書の仕事を紹介され、二つ返事で飛びつく紗凪。 その仕事場なんと大手老舗化粧品会社『キセイ堂』 しかもかつて紗凪の同級生で、罰ゲームで告白してきた黄瀬薫(きせかおる)がいた。 しかも黄瀬薫は若き社長になっており、その黄瀬社長の秘書に紗凪は再就職することになった。 お互いの過去は触れず、ビジネスライクに勤める紗凪だが、黄瀬社長は紗凪を忘れてないようで!?  社長×秘書×お仕事も頑張る✨ 溺愛じれじれ物語りです!

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...