政略婚~腹黒御曹司は孤独な婚約者を守りたい~

椿蛍

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33 約束を【壱都】

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出張から帰ってきた俺が朱加里あかりから聞いたのはとんでもない話だった。

「白河家に行ってきた?一人で?」

「そうですよ」

最悪だと思った瞬間、すぐに頭の中で両親と兄達のスケジュールを思い浮かべる。
よし、いない。
だが、一人、一番問題な人間がいた。
―――祖父だ。

「嫌なことは言われなかったか?」

「いいえ。次は壱都さんと一緒にきますねって約束してきました」

「そうか……」

正直行きたくない。
そもそも、祖父に用事もなく、会いに行くという発想がまったくなかった。
呼ばれて渋々顔を出すのが関の山で、祖父と話したところで面白いことなどなに一つない。

「また会いに行ってもいいですか?」

正直、物好きなと朱加里に言いたかったが、祖父のことを『新しい家族』と思っている目を見たら、俺は口に出せなかった。

「行くのはかまわないけど、祖父になにを言われても気にする必要はないからな?蛇にまれたと思って、忘れた方がいい」

「白河家が犬のイメージじゃないことは自覚しているんですね」

朱加里は出張土産のお菓子を眺めながら、のんきにそんなことを言った。
蛇は蛇でも毒蛇だ。
あいつらは。

「何も言われませんでしたよ? 」

なにもないわけがない。
俺のことでよけいなことを言ってないだろうな。
庭の池に落ちて肺炎になったとか、兄が飼っていた大型犬に踏みつぶされたとか―――聞かされてないよな。

「なにも聞いてないならいい」

「壱都さんより、長生きするように言われました」

「俺より……」

「そうです」

「そうか。俺のことを年寄り二人は心配してくれていたんだな」

やっとそれが俺にもわかった―――


◇    ◇    ◇    ◇    ◇


実の祖父より、井垣会長に対しての方が俺は自分の気持ちにまだ素直になれた。
海外支店に異動が決まった時、しばらく会えないとわかって挨拶に行くつもりだった。
それが、井垣会長から珍しく井垣の家まで来れないかと連絡がきた。
もちろん、俺はなにかあると察して、すぐに伺いますと返事をしたのはいうまでもない。
しかしまさか―――

「どうだ」

孫娘とのお見合いだったとは思っていなかった。
それも正妻の娘ではなく、引き取った方の孫娘のほうと。

「そういうことですか」

よくあるお見合いの場というやつだった。
白河家の末っ子で比較的兄達よりは自由に振舞える。
だが、自分の結婚相手が自由になるとは思っていなかった。
そのうち、両親が決めた相手と結婚するのだろうという程度の考えだった。

「悪くはないと思います」

外見も可愛いし、なにより一番気に入ったのは普通という点だ。
白河家ほど普通に遠い場所はない。
絶対君主である祖父は出来が悪ければ、孫であろうが、息子であろうが、お構いなしに捨てる。
その考えを俺達は共感できる。
それが白河家だ。

「そうだろう」

孫娘を褒められて嬉しいのか、井垣会長は笑った。
珍しい―――この方が優しい顔をすることもあるのかと驚いた。

「白河の婚約者を奪ってしまったからな。罪滅ぼしもあったが、それだけじゃない」

「奪われた時の祖父の顔を見たかったなぁ」

どんな顔をしていたのだろう。

「言っておくが、お前が一番、孫の中で白河と似ているぞ」

「あんな人間とですか?まったく似ていませんよ」

「どこがだ。この間、他社の受注を奪っただろう」

「ばれてましたか。でも、あれは俺が悪くないですよ?談合していたのをたまたま俺が知って、それが偶然にもマスコミに流れてしまった、それだけです」

ふう、と井垣会長は溜息を吐いた。

「まあいい。そんなお前だから、朱加里を任せたい。この井垣のすべてをあの孫娘に継がせるつもりだ」

さすがの俺も驚いた。

「あの普通の子が跡を継ぐんですか。耐えられますか」

「莫大な財産を手にするわけだ。どうしていいかきっとわからないだろう」

「そうでしょうね。台所仕事をしているだけのようですし」

エプロンをし、飾り気のない短い爪をしていた。
いつも水仕事をしている手はこの家のもう一人の孫娘である紗耶香さんとはまったく違っていた。

「失礼しまーす」

紗耶香さんがコーヒーとマフィンを持ってきて、テーブルに置いた。

「このお菓子、私が壱都さんのために用意したんです。後で感想を聞かせてくださいね」

「わかったよ」

井垣会長は冷ややかに紗耶香さんを見ていた。

「さっさと出て行け」

「はぁい」

甘ったるい声で返事をし、紗耶香さんは俺に手を振りながら、部屋から出て行った。

「もう一人の孫はあの調子だ」

「残念ですね」

「井垣家の財産を手にできないと知ったら、朱加里になにをするかわからん」

そうだろうなと思った。
息子の社長は器の小さい大したことのない男だ。
経営センスもない。
井垣会長の不安もわかる。

「頼む。あの子を守ってくれるなら、井垣の社長の椅子も財産もすべてやる―――」

「やめてください。会長!」

頭を下げた井垣会長に動揺してしまった。
そんなことをしないでほしい。
俺は白河の三男で会長にすれば、とるにたらない存在だというのに。

「あの子を守ってやってくれ」

「頭を下げないでください。俺はまだ頭を下げられるだけの男にはなっていない」

会長は頭をあげない。
頭を下げられなくても、俺の答えはすでに決まっている。

「わかりました。社長になり、朱加里さんと結婚し、井垣会長の跡を継ぎます」

そう答えることに何の迷いもなかった。
不思議とそうしたかったのだ。
もしかしたら、この時、すでに予感していたのかもしれない。
朱加里と結婚することを。
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