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第一章

1 十六歳になったら

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獣人という新たな種が誕生した。
それは突然変異で生まれ、生まれた子は普通の人間よりも体が強く、頭脳も優秀で異能を持つ者もいる。
人間から獣に変化するという特性を備え、美しい外見と希少さから彼らは高値で取引されてきた。
始めの方こそ奴隷のように扱われていたが、やがて彼らの優秀な能力は奴隷として扱われることを良しとせず、国の重要な地位を占めることとなる。
それと同時に畏怖され、敬われる存在となっていた―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


小学校からの帰り道、冬の空は少しだけ赤く染まっていて、なんの鳥だかわからない鳥が遠くの空を飛んでいる。
揚げ物の匂いがする商店街を過ぎ、神社の前を通りかかったその時、近くでからすがバサッと大きな羽音をたてて飛んで行った。
私達は手を繋いでいたから、手から緊張が伝わって繋いでいた相手の顔を見上げた。
隣を歩いているのは幼馴染の高也たかや
金色の髪に瞳をしているけど、これは獣人が持つ容姿でとても綺麗な顔をしている。
高也は空を仰ぎ、目でからすを目で追って一言だけつぶやいた。

「普通のからすだ」

「そうなの?」

普通じゃない烏は人に変化できる烏。
それを世の中では『獣人』と呼ぶ。(鳥でもね)
私にはその違いがわからない。
そもそも私の周りで獣人というのはほとんど見かけないし、それに高也は獣の姿を私に見せてくれたことがない。
見世物じゃないから、当たり前だけどね。
だから、高也が私と全然変わらないから、高也が獣人だということも忘れていることのほうが多い。
むしろ、私が気になるのは―――

「高也。今日の夕飯はカレーライスだよ。なに味だと思う?」

カレーライスの辛さが気になる。

「甘口かな。佳穂かほちゃんのカレー美味しいよね」

高也は緊張を解いたのがわかって嬉しくなった。
不安な気持ちが手から伝わって来たから、高也は獣人があんまり好きじゃないのかもしれない。
獣人の世界がどんな世界なのか、私にはわからないけど、高也は私と一緒にこのまま大人になるのだと疑っていなかった。

「冷蔵庫のあまりものを隠し味に入れているからね。ジャムとか、練乳とかー。甘くならない程度にちょっぴりだけ入れるのがコツ!」

私がカレーの隠し味について得意げに語るとそれをにこにことした顔で聞いてくれる高也。
そんなにカレーが好きなのかな。
やっぱりカレーは万能選手。
みんな大好きだよね。

「でもね。私は絶対に甘口しか作らないんだから。私はだんぜん甘口派! おばあちゃんが作るカレーはおじいちゃんに合わせて辛口だから、子供に優しくないもん」

辛口だと口の中が痛くなって水ばかり飲む羽目になる。
それなのにおばあちゃんときたら、子供に厳しい辛口だよ。
辛いと言うと『中辛だよ』なんて言われてしまう。
本当に中辛?
あれは辛口じゃないのかなって私はひそかに疑っている。
高也はどの味のカレーでも文句ひとつ言わずに食べているけど……
いつも『おいしい』と言って、何を食べても『まずい』と言ったところを聞いたことがない。
優しくて賢い高也は大人から叱られることもなく、小学校でも優等生でモテモテなんだよね。
それに比べて私ときたら、体育と給食だけはエースっていう悪ガキまっしぐら人生コースだよ。 

「佳穂ちゃん、ジャガイモの皮をむくのを手伝っていい?」

「手伝ってくれるの?」

「もちろん」

ジャガイモの皮むきどころか、高也は私よりなんでもできるってことを知っている。
カレーどころか、他の料理も上手だっておじいちゃんとおばあちゃんが話していたのを聞いたけど、私が作るご飯は高也にとって特別みたいでそれは聞かなかったことにした。
高也はいつも幸せそうに食べてくれるから、その顔を見たくて、こっそり勉強したり、おばあちゃんに教えてもらったりして、高也のおかげで私の料理の腕は小学生にしてはなかなかのものになっていた。

「後ねー。サラダと味噌汁も作るの」

「カレーに味噌汁は嫌だって佳穂ちゃんのおじいちゃんが言ってなかった?」

「私とおばあちゃんは味噌汁派なの。じゃあ、多数決。高也は?」

「佳穂ちゃんと同じでいいよ」

あっさり決まってしまった。
高也は声をたてて笑った。
本当に高也大人はみたい。
おやつも半分にしたら大きい方を私にくれるし、登下校も待っていてくれるし。
面倒見がすごくいいお兄ちゃんってかんじ。
高也はお隣のアパートに住んでいて、私の一個上の十歳なのに年齢よりずっと大人びている。
近所の悪ガキ男子とは大違い。
頭もいいし、運動神経もよくて、すっごくモテるんだよね。
近所の高校生のお姉さんから商店街のおばちゃんまで、高也が通ると手を振るんだから、目立ちすぎて嫌になる。
高也は金の髪に金の瞳をしていて、物語に出てくる王子さまみたいで、確かに綺麗なんだけど……私は普通。
私の方は耳の下で黒髪を切り揃えた髪型のおかっぱ……ショートボブ!
美容院のお姉さんがショートボブって言ってたから間違いない。
おじいちゃんは『おかっぱ』って言うけど、ショートボブのほうが断然カッコイイ。
高也と張り合っているわけじゃないけど、私だってモテるんだから!
たまに肉屋におつかいにいくと、かわいいねー、オマケあげようねーって言われる。
ま、まあ、ちょっと高也のモテモテとは違うけどね……

「高也のお母さんの分もカレーを小さい鍋にいれるから、帰りに持っていってね」

「うん、ありがとう」

高也は働き者のお母さんと二人暮らし。
お母さんの帰りを待つ間は私の家にいる。
高也がしっかりしているとはいえ、そこは十歳。
そんなの、うちのおじいちゃんが許さない。

「高也。今日はなにをして遊ぶ? 駄菓子屋に行く?」

「いいよ。宿題をしてからね」

「うん」

「わからないところがあったら教えるよ」

高也がそう言って微笑んだかと思うと、さっと顔色を変えた。
その険しい表情に驚いて、私は足を止めた。
視線は私の背後に向けられている。
そんな顔をする高也は珍しい。
なにを見ているのだろうと振り返り、その視線の先を追った。
私の家のお隣のアパートを見ている。
いつもと違うのはそのアパートに似合わないごつい黒の車がとまっていた。

「あれ? アパートの前に黒い車と黒い服を着た人達がいる」

ドラマとか映画で見るみたいな高級そうなぴかぴかした黒い車だけど、ああいうのに誘拐されちゃったりするんだよね。
怪しすぎるねーって笑って言おうとした瞬間、高也は身を翻して逃げた。

「高也!?」

突然逃げだした高也。
わけがわからなかったけど、高也の背中を追いかけようとして、転んでしまい、ランドセルの中身が散らばった。
私の体を黒い服の人達が掴む。
ええっ?―――私が誘拐されるのっー!?
でも、私がおとなしく誘拐されると思ったら大間違いなんだからねっ。
車に乗せられそうになって、思いっきり手を噛んでやった。

「このガキ!」

「やめろ!」

足を止め、振り返った高也が見えた。

「高也! 逃げて!」

そう言ったのに高也は逃げなかった。
こっちに来ちゃだめなのに―――私が殴られそうになるのを見た高也は戻ってきてしまった。
私のせいで逃げられたはずの高也は黒い服の人達にあっさり捕まった。
高也が大人しく捕まるともう用はないとばかりに私は解放された。
と、いうよりポイ捨てされた。
ゴミみたいに扱わないで欲しい。
尻餅をついて車の横に私が転がったのを見て、高也の金色の目が黒服の人達を睨み付けた。
やっぱり目的は私じゃなくて高也だったんだ―――!

「佳穂ちゃんに乱暴な真似をしたら、許さないからな!」

「高也様が暴れなければ、なにもしません」

高也は諦めたように力を抜く。
ガチャリと車のドアがまるで牢の鍵を開けるような音をたてて開いた。

「どうぞ。高也様」

高也は黙って車に乗った。

「待ったああああっ! この誘拐犯っ! 警察に通報するわよ!」

黒服のオッサン達め!
私を粗大ゴミのようにゴロゴロと転がしてくれちゃって!
私だってやるときはやるんだから。
バッと子供携帯を取り出して見せつけた。

「誘拐ではありません。高也様の身内です」

「え? 身内?」

暴れて車をガンガンッと蹴飛ばす私を困ったように黒服の人達が見て言った。

「高也。そうなの?」 

思わず、蹴っていた足を止めた。
高也は目を伏せたままこちらを見なかった。
なんで私を見ないのだろう。

「佳穂ちゃん、怪我の手当てできなくてごめん」 

高也はそれだけ言うと車の窓は閉められて車が動きだし、走り去ってしまった。
その日、高也もお母さんもアパートに帰ってこなかった。
カレーはたくさん余ってしまった。
おかわり分も作ったのに―――転んですりむいた膝に絆創膏をおばあちゃんが貼ってくれたけど、私の膝はいつまでもズキズキと痛んで仕方なかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


夜、高也が帰ってこなかったけれど、次の日の朝早くに高也は真新しい綺麗な服を着て、家の前に現れた。
下を向いたまま、黙って立っていた。

「高也。昨日あれから大丈夫だった? ひどいことされなかった?」

「……大丈夫だよ。佳穂ちゃん」

本当に?
見るからに元気がない―――だから、私はわかってしまった。

「もしかして、高也。どこかに行っちゃうの?」

「うん」

後ろには昨日の黒い服を着た人達がいる。
まるで高也を監視するかのように。
警戒している私に気づいた高也は黒い服を着た人達をにらんで遠くへやった。

「ごめんね、高也」

「なんで謝るの? 佳穂ちゃんは悪くないよ」

「だって、私が転ばなかったら、高也は逃げられたのにっ」

泣きたくないと思っていたのに涙がこぼれた。 
私の失敗のせいで高也がどこかに行ってしまう。
悔しいのと申し訳ないのと、別れの悲しさが混ざって、涙が溢れて止まらなかった。

「いいんだ。遅かれ早かれ、こうなっていたから」

泣き止まない私の頭を撫でて、高也は言った。

「佳穂ちゃんが十六歳になったら迎えに行く。だから、待っていて」

「十六歳?」

どうして十六歳になったらなのかわからなかったけれど、頷いた。

「これを僕だと思って、いつもつけていてくれる?」

「ネックレス?」

高也が差し出したのは血の色のように赤い石のネックレスだった。

「絶対に外さないで。どんな時もだよ」

「うん」  

「約束だよ」

「約束ね」

高也と指切りをして別れた。
私は車が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
涙でぼやけてよく見えなかったけれど―――高也はきっと最後まで見ていただろうから。
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