獣人は花嫁を選ぶ~百獣の王と少女の恋~【獣人シリーズ①】

椿蛍

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第一章

16 王を守る騎士

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この人は私の敵?
それとも味方?
そんな緊張感と警戒心を吹き飛ばす一言、それは―――

「はいっ! おまちどうっ。うどんとカツ丼大盛りねー」

私と狼谷かみやさんが黙りこみ、対峙して緊張感を漂わせていたのを一瞬で粉砕してくる学食のおばちゃんの声。
なんという空気クラッシャー。
この学園で最強なのは学食おばちゃんかもしれない。
そう思いながら、ほわほわした白い湯気がたちのぼるうどんとトンカツ二枚を卵にとじたガッツリカツ丼を受け取った。

「ほらっ! うどんにちくわの磯辺揚げとかき揚げ、おまけしといたよ。元気だしな!」

「ありがとうございます」

心配してもらってなんだけど、元気もあるし食欲もあるよ。
でも、天ぷらは好きだからありがたく受け取っておいた。

「元気ないの?」

ラーメンを手にした狼谷さんが私をちらりと見た。

「いえ、そうでもないです」

「高也は元気なかったよ」

「えっ!?」

イライラしていたではなく?
狼谷さんを見上げた。
そのぼんやりした目からはなにも読み取れなかった。

「ほらほら、なにやってんだい。若い二人で立ち話もなんだろ。座りなよ!」

厨房側のカウンターから出てきて、テーブルをバンバンっと叩いた。
おばちゃん、強すぎ。
私と狼谷さんを見て目をキラキラさせている。
『私はなにも聞かなかったことにしてあげるよ』
なんて、顔で。

「麺がのびるから、食べながら話そう」

狼谷さんは抑揚のない声で言った。
この人からは敵意も好意も感じられない。
なんだか変わった人だなぁ。
しかも、高也の名前を呼び捨てにする人に初めて会ったかもしれない。
そう呼ぶことを高也が許しているってことは仲がいいのだろうか。

「俺は昔から高也の護衛を任されている。高也に護衛はいらないから、話し相手みたいなものだったけど」

私の疑問が顔に出ていたのか、狼谷さんはラーメンを食べながら教えてくれた。

「そうなんですか」

私が高也と一緒にいなかった七年間の話を聞くのはこれが初めてだった。
話してくれる人は貴重だ。
真剣な顔でうなずいた。

「高也から写真を見せてもらったけど、実物は思ったより小さいね」

「そういう感想はいいです。小さい言わないで下さい!」

「高也のこと、変わったと思わなかった?」

「思いましたけど、そのままなとこもありますよ。って、ラーメンのびますよ」

譲ってあげたのに!
せっせとうどんとカツ丼の山を崩しながら食べていると、狼谷さんはこっちをじっと見ていた。

「本当は君に会ったら忠告するつもりだったんだ。どう見ても普通の子だし、獅央家に関わるのは可哀想だと思ったから」

可哀想って、どんな厳しい家だよ!
いや、きっと厳しいよね。
わかってる、わかってるけど。
『おてやわらかに』なんて私が言ったところで手加減してくれる相手じゃない。
きっと。

「けど、高也が君を失った方が堪えるだろうから、やめた」

「私より高也ですか」

「そうだよ。俺はキングを守るナイトだからね。学園だけじゃなく、外でも」

「あ、そうなんですか」

「軽いね」

「いや、だから」

麺、のびるし。
特製チャーシューも厚切りでおいしいのに麺がのびたら、だいなしだよ。

「高也のことは好き?」

「好きじゃなかったら、こんな面倒くさい学校にわざわざ来ませんよ」

「それもそうか」

狼谷さんはふっと笑った。

「高也がいない間、君がどう過ごしていたかは知らない。けれど、高也は君が思うより苦しい日々だったよ」

うどんを食べる手を止めた。
七年前、私が高也を最後に見たのは綺麗な服を着て、黒塗りの車で去っていく姿だった。
『苦しい日々』というのは金銭的にという意味じゃない―――

「獅央家に来たばかりの高也は辛かったと思う。毎日、訓練と称して戦わされてね。いつもボロボロで怪我ばかりだった」

「高也のお母さんは?」

「母親は人質だよ。逃げたら、母親を殺すって言われてね。高也は必死で強くなった。そういうことを平気でやるよ。獅央家は。どう?怖い? 逃げたくなった?」

薄暗く、しんっとした学食に狼谷さんの声は不気味に響いた。

「おかしいなって思っていたんです」

私も本当のところ、なんだか変だな思っていた。
手紙の内容はいつも当たり障りのない報告だけで、一度も自分の詳しい生活内容を書いて来なかった。
高也のお母さんのことも。
そして、高也はいつも手紙だけで私に写真を一枚も送ってくれなかった。

「高也は自分の怪我をしている姿を私に見られたくなくて、写真を送らなかったんですね」

「写真、くれなかったのか」

「この七年間、一枚もですよ」

心配されるのが、嫌だったに違いない。
零れ落ちそうになった涙を手の甲でぬぐった。

「私は逃げませんよ」

グサッとちくわを箸で刺した。

「私はこう見えても強いんです」

小さいけど、弱くないってところを見せてやる。
私だって、ただ七年間生きていたわけじゃない。

「それならよかった」

狼谷さんは私が逃げないとわかって、安心したようだった。
高也が写真を見せるくらいだから、信頼はしているんじゃないだろうか。
もしや―――ここに来てくれたのは私を心配して?

「もしかして、私と話すために晩餐会をやめたんですか?」

「いや、ああいう賑やかな場所が嫌いなだけ」

きっぱりと淀みなく、狼谷さんは言い切った。
―――あ、そうですか。
私の返事を聞いて、ようやく狼谷さんはラーメンを口にしたのだった。   
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