身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍

文字の大きさ
17 / 40
第2章

17 平穏の終わり①

しおりを挟む
玲我れいがさんとお見合いをしました。叔父夫婦も賛成してくれていることですし、結婚すると思います」

 まだお見合いだけで日取りは決まってない。
 私の返事が気に入らなかったのか、海寿さんは表情を曇らせた。

「まるで他人事みたいだね。もっと喜んでいると思ったけどな」

 海寿みことさんはうーんと腕を組み、首をかしげた。
 笑茉えまちゃんが横から口を挟んだ。

「それは玉の輿だから、喜ぶという意味ですか?」

 都久山つくやまに嫁げば玉の輿――そう思わない人はいない。
 デリカテッセン『オグラ』の本店では、綺麗な服を着て、運転手付きで現れるマダムや若奥様が訪れる。
 そんな人たちに憧れているだろうという前提で、海寿さんが言ったのかと思った笑茉ちゃんは少しムッとしていた。
 
「都久山はお金持ちばかりですけど、嫁いでからの人間関係が大変ですし、結婚となると悩むと思いますよ」
「お金目当てだと言ったわけじゃない。そう聞こえたなら、ごめん。今のは違う意味で言ったんだ」

 人当たりがよくて、明るい海寿さん。
 こちらを差別したり、馬鹿にしたりしたことは一度もない。
 笑茉ちゃんは海寿さんに好印象を持ったようで、にっこり微笑んだ。

「いえ、私のほうこそ早とちりしてすみませんでした。夕愛さんを馬鹿にしたのかと思って、ちょっとカッとなりました」
「俺の言い方が悪かったみたいだ。そうじゃなくて、結婚するのが嫌なのかなって思っただけで、夕愛ちゃんが嫌じゃないならそれでいいと思うよ」

 きっと、海寿さんは会社でも人気があるに違いない。
 嫌な顔ひとつせず、丁寧に説明して笑茉ちゃんはホッとした顔をしてうなずいた。

「それならよかったです……。あ、いらっしゃいませ!」

 海寿さん以外のお客様が店へ入ってきて、笑茉ちゃんはそちらへ行く。
 入ってきたお客様は海寿さんに気づき、会釈した。
 海寿さんも会釈し、特に言葉はない。
 都久山に住む住人同士の挨拶で、よく見かける光景だ。
 海寿さんは並んでいるメニューを眺める。

「こうしていると、やっと帰ってこれたって気がするな」
「四年間、ずっと帰っていなかったんですね」
「何度か帰国したけど、都久山の家に戻らずにいたんだ」 
「そうですか」
 
 いろいろ事情があるのかもしれないと思い、それ以上聞かなかった。
 玲我さんも大学時代、大学近くにマンションを持っていると話していたし、海寿さんも別の住まいを持っていてもおかしくない。
 都久山に住む人々には、踏み込んではいけないラインがあると思う。
 そこを越えないよう注意深く接客するのが、この本店でうまくやるコツだ。

「海寿さんよ」
「お戻りになられたのね」

 店に入ってきた若い女性は、都久山生まれの姉妹で、土曜日ということもあって嫁ぎ先から実家へ遊びにきたようだ。
 海寿さんより二三個上の彼女たちは、遠慮がちに目で挨拶をした。
 海寿さんは微笑んで挨拶を返すと、二人は頬を赤らめた。
 嬉しそうな表情を浮かべてお互いの手を握る。

 ――玲我さんと海寿さんは全然違う。笑顔で女の人に挨拶するところなんて見たことないかも。

 甘い香水の香りを好むのが海寿さんで、シャープな香りを選ぶのは玲我さん。
 スーツもイタリア製のオーダーメイドスーツが海寿さん、玲我さんはイギリス製のオーダーメイドスーツ。
 仲の悪い両家が共通して利用するブランドや店が多いため、スーツはわざとである可能性が高い。
 日本の老舗テーラーを利用した際も、形はお互い変える暗黙のルールがあるという噂を耳にしたことがある。

「うん。チーズケーキにしよう。玲我はきた?」
「はい。一度だけ」
「ふーん」

 海寿さんから玲我さんの名前が出ると、つい身構えてしまう。

「いくつ買おうかな」

 チーズケーキはスフレタイプのもので、祖父の代から売っている。
 なぜか鷹沢も有近も贅沢に慣れているはずなのに、アプリコットジャムでコーティングされた昔ながらのチーズケーキを好む。
 だから、チーズケーキは本店限定で、昔馴染みの常連様だけのためだけに作られていた。

「チーズケーキを四つ」
「かしこまりました」
「ここのチーズケーキ、父さんの好物で買っていくと機嫌が良くなる」
「そうなんですか? ありがとうございます」

 チーズケーキを箱に詰め、保冷剤をひとつ入れる。

「今度、夕愛ちゃんに鷹沢の家に届けてもらおうかな」
「配達ですか? 配達は担当が決まっておりまして……」
「有近には行くのに?」

 そういえば、私は鷹沢の配達を頼まれたことがない。
 祖父が生きていた頃から、鷹沢家の配達は古くから勤めている料理人が担当していて、それが当たり前だと思っていた。
 その人が辞めたら、次は違う料理人が担当するというように、謎のルールがある。
 でも、これは都久山では珍しいことではない。
 理由のわからないルールが、それぞれの家にあって、誰もそれについて疑問に思ったり追求したりしない。
 
『都久山だから』

 その一言で済んでしまう。

「昔からのきまりです」
「昔からか……」

 海寿さんはやっぱりそうかという顔をした。

「それならしかたないね」

 都久山で生まれ育った海寿さんは無理を通さず、あっさり引く。

「じゃあ、遊びに来て」
「えっ!?」
「配達じゃなかったらいいよね?」

 にこっと笑った海寿さんにつられて笑ったけど、なんて答えたらいいかわからない。
 鷹沢家の本宅へ私が遊びに行くなんて、小学生ならともかく、私の年齢で気軽に行けるわけがない。
 
「冗談ですよね?」
「本気。玲我と結婚してからだと鷹沢へ来るのは無理そうだから、今のうちに誘ったんだけど」

 海寿さんにどう断ろうか頭を悩ませていると、店へ入ってきた人がいた。
 それは――

「妻を口説かないでもらおうか」

 スーツ姿の玲我さんだった。 
 土曜なのに二人がスーツ姿なのは、昨日まで都久山の外にあるマンションにいたのかもしれない。
 真逆だけど似ている二人。 

「ね、ねえ! 今、妻って言った?」
「噂通り『オグラ』の夕愛さんと結婚するの?」

 都久山からやってきたお客様が騒然となっても、玲我さんは微笑んだり手を振ったりすることがなく、軽く視線を送っただけで、淡々としていて落ち着いた様子だ。

 ――やっぱり海寿さんと真逆。

「妻か。気が早いね」
「そうでもない。遅いくらいだ」

 都久山の不仲な両家、有近と鷹沢が顔を合わせた時、『黙って嵐が過ぎるのを待て』と言われている。
 先ほどまでの和やかな雰囲気は消え、店は合戦場のような緊張感に包まれた。
 四年経ち、帰ってきた玲我さんと海寿さん。
 二人が都久山に戻り、静かだった都久山が一気に騒がしくなった気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

私が生きていたことは秘密にしてください

月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。 見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。 「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」

悪女の秘密は彼だけに囁く

月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、私を戯れに誘うのね。

いつか彼女を手に入れる日まで〜after story〜

月山 歩
恋愛
幼い頃から相思相愛の婚約者がいる私は、医師で侯爵の父が、令嬢に毒を盛ったと疑われて、捕らえられたことから、婚約者と結婚できないかもしれない危機に直面する。私はどうなってしまうの? 「いつかあなたを手に入れる日まで」のその後のお話です。単独でもわかる内容になっていますが、できればそちらから読んでいただけると、より理解していただけると思います。

地味な私を捨てた元婚約者にざまぁ返し!私の才能に惚れたハイスペ社長にスカウトされ溺愛されてます

久遠翠
恋愛
「君は、可愛げがない。いつも数字しか見ていないじゃないか」 大手商社に勤める地味なOL・相沢美月は、エリートの婚約者・高遠彰から突然婚約破棄を告げられる。 彼の心変わりと社内での孤立に傷つき、退職を選んだ美月。 しかし、彼らは知らなかった。彼女には、IT業界で“K”という名で知られる伝説的なデータアナリストという、もう一つの顔があったことを。 失意の中、足を運んだ交流会で美月が出会ったのは、急成長中のIT企業「ホライゾン・テクノロジーズ」の若き社長・一条蓮。 彼女が何気なく口にした市場分析の鋭さに衝撃を受けた蓮は、すぐさま彼女を破格の条件でスカウトする。 「君のその目で、俺と未来を見てほしい」──。 蓮の情熱に心を動かされ、新たな一歩を踏み出した美月は、その才能を遺憾なく発揮していく。 地味なOLから、誰もが注目するキャリアウーマンへ。 そして、仕事のパートナーである蓮の、真っ直ぐで誠実な愛情に、凍てついていた心は次第に溶かされていく。 これは、才能というガラスの靴を見出された、一人の女性のシンデレラストーリー。 数字の奥に隠された真実を見抜く彼女が、本当の愛と幸せを掴むまでの、最高にドラマチックな逆転ラブストーリー。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

処理中です...