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第2章
18 平穏の終わり②
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「玲我。素が出ちゃってるよ」
「誰のせいだ」
――不機嫌。やっぱり二人は仲が悪いの?
ぴりぴりした空気を察知したお客様は買い物を済ませると、店からそそくさと出ていった。
「これ、営業妨害ですよ……」
笑茉ちゃんが迷惑そうな顔で言った。
重苦しい空気が流れる中、厨房スタッフはこっそりこちらを覗いて成り行きを見守っている。
目の前にいるのは、都久山の頂きに住む有近家と鷹沢家。
誰も下手に口を挟めない。
「夕愛ちゃん。こんな怖い玲我と結婚して後悔しない?」
――わ、私!?
嵐が過ぎるのを待つどころか、嵐のど真ん中に放り込まれた。
「暗い顔していたし、玲我が嫌なんじゃないかなって。俺なら玲我から助けてあげられるよ?」
「お前でも無理だ」
「そうかな」
このままだと店は崩壊する!
それどころか、お客様が誰も入ってこれない!
「あのっ! 海寿さん! 私が暗い顔をしていたのは、玲我さんのことがよくわからないからで、結婚したくないとか嫌いだとか、そんなこと思ってません」
海寿さんは私の言葉を聞き、玲我さんの顔をちらりと横目で見て可笑しそうに笑った。
「だってさ。よかったね、玲我」
海寿さんは玲我さんの肩をぽんっと叩いて、チーズケーキの箱を手にする。
「有近のことで悩んだら、いつでも鷹沢に相談するといいよ。夕愛ちゃんのこと、俺は助けてあげたいって思ってるから。じゃあ、またね」
軽い口調で言って、海寿さんは去っていった。
「……玲我さん?」
「最悪だ。あいつ……」
赤い顔をした玲我さんの本心は口にしなくてもわかった。
覗いていた厨房スタッフが、ドアをそっと閉めた。
まだ店が始まったばかりのお客様の少ない時間帯とあって、笑茉ちゃんもそっとバックヤードへ消えた。
――気を遣われてしまった。
でも、今の玲我さんになら、自分の気持ちを話せる。
冷たい空気が消え、四年前の――別れの前の玲我さんだった。
「玲我さん。一度、きちんと話を聞かせてください。なにもわからないまま結婚するのは嫌です」
玲我さんは私になにか言おうとしたのを止め、しばらく考えてからうなずいた。
「……わかった。話せる範囲で話す」
「約束ですよ?」
「ああ」
四年前、有近家は私に別れろと言った。
でも、今は結婚していいと言う。
あの別れの苦しみをなかったことにしていいわけがない。
「私は結婚するなら、私の両親みたいな家族を作りたいんです」
「知ってる」
二人はお互いの悪口を一度も言ったことがなかった。
そんな穏やかな夫婦だった。
玲我さんともそんな夫婦でありたいと思う。
だから、ちゃんと知りたい。
私が知らなかった玲我さんを――
「夕愛さん。お話し中、すみません。支店のほうに光華さんが当分休むって連絡が入ったそうなんですけど、なにか聞いてます?」
「休む? 光華が?」
電話を受けた笑茉ちゃんは眉間にシワをよせ、『まさかサボり?』という顔をしていた。
「遅番なのかと思って、朝は起こさなかったんだけど……」
店を休むなんて聞いてない。
そう思っていると、店の表が騒がしくなった。
叔父夫婦が車から降りてくると、店に駆け込んできた。
「光華はいるか!?」
叔父さんの切羽詰まった声に驚いたスタッフたちが表に顔を出す。
「社長、いったいなにがあったんですか?」
「光華さんは本店へ来てませんよ」
おばさんは店に玲我さんがいることに気づき、叔父さんの服の裾を引っ張った。
「あなた……」
「あ、あぁ……騒がしくしてしまい、申し訳ありません」
玲我さんはなにかトラブルが起きたのだと察し、叔父夫婦に尋ねた。
「光華さんにトラブルでもありましたか?」
おばさんは憔悴しきった様子で答えた。
「娘の光華がいなくなりまして……」
おばさんは光華の書き置きを見せた。
『家から出ていきます。 光華』
――私のせいで、光華は家を出ていった。
『私のせい』と叔父夫婦は言わなかったけれど、原因は私にある。
それがわかるだけに、私はその書き置きを見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「まったく光華は……! 頑張ろうという姿勢ならまだしも、店の仕事を休んで家出をするなんてとんでもない」
「あなた。五十住さんのこともあるから、光華の気持ちも少し考えてあげて。片想い相手が店を辞めたのよ」
「五十住さんは店を辞めたんですか?」
叔父さんはいやいやと首を横に振る。
「まだ辞めてないんだよ。少しの間、フランスへ行きたいと言われて、休暇を取っているだけなんだ」
「五十住さんは休暇を終えてから店を辞めるかどうか考えたいって言ってるの」
つまり、フランスへ行ったのは次の働き先を探すためで、辞める可能性のほうが高いということだ。
叔父さんが辞めさせずにフランスへ五十住さんをやったのは、店に残ってほしい思いがあるから。
それだけ、五十住さんを頼りにしている。
「俺から逃げたのかと思った」
「え?」
「いや、なんでもない」
玲我さんはまたあの嘘臭い笑顔を見せた。
「光華さんの行き先を探してはどうでしょう?」
冷静な玲我さんの言葉に、叔父夫婦はわずかに落ち着きを取り戻した。
「そうだ……そうだな。しかし、光華はどこへ行ったのか」
「五十住さんは今日からフランスへ?」
「そう聞いているが、まさか……!」
「このタイミングで、家出すると宣言していなくなったことを考えたら、光華さんは五十住を追いかけていったのでは?」
玲我さんの名推理に叔父さんは頭を抱えた。
「五十住君に迷惑をかけるだけかけるつもりか!」
「あなた、すぐに空港へ向かいましょう!」
「あ、ああ……! それがいいだろう」
叔父夫婦が店を出ようとした時、店の電話が鳴った。
「夕愛さん。五十住さんから電話です」
電話を取ったのは笑茉ちゃんで、私に受話器を差し出す。
「五十住さんから?」
いつも本店にいるのは私だけで、まさか叔父夫婦がいるとは思ってないようだ。
慌てて受話器を受け取った。
「誰のせいだ」
――不機嫌。やっぱり二人は仲が悪いの?
ぴりぴりした空気を察知したお客様は買い物を済ませると、店からそそくさと出ていった。
「これ、営業妨害ですよ……」
笑茉ちゃんが迷惑そうな顔で言った。
重苦しい空気が流れる中、厨房スタッフはこっそりこちらを覗いて成り行きを見守っている。
目の前にいるのは、都久山の頂きに住む有近家と鷹沢家。
誰も下手に口を挟めない。
「夕愛ちゃん。こんな怖い玲我と結婚して後悔しない?」
――わ、私!?
嵐が過ぎるのを待つどころか、嵐のど真ん中に放り込まれた。
「暗い顔していたし、玲我が嫌なんじゃないかなって。俺なら玲我から助けてあげられるよ?」
「お前でも無理だ」
「そうかな」
このままだと店は崩壊する!
それどころか、お客様が誰も入ってこれない!
「あのっ! 海寿さん! 私が暗い顔をしていたのは、玲我さんのことがよくわからないからで、結婚したくないとか嫌いだとか、そんなこと思ってません」
海寿さんは私の言葉を聞き、玲我さんの顔をちらりと横目で見て可笑しそうに笑った。
「だってさ。よかったね、玲我」
海寿さんは玲我さんの肩をぽんっと叩いて、チーズケーキの箱を手にする。
「有近のことで悩んだら、いつでも鷹沢に相談するといいよ。夕愛ちゃんのこと、俺は助けてあげたいって思ってるから。じゃあ、またね」
軽い口調で言って、海寿さんは去っていった。
「……玲我さん?」
「最悪だ。あいつ……」
赤い顔をした玲我さんの本心は口にしなくてもわかった。
覗いていた厨房スタッフが、ドアをそっと閉めた。
まだ店が始まったばかりのお客様の少ない時間帯とあって、笑茉ちゃんもそっとバックヤードへ消えた。
――気を遣われてしまった。
でも、今の玲我さんになら、自分の気持ちを話せる。
冷たい空気が消え、四年前の――別れの前の玲我さんだった。
「玲我さん。一度、きちんと話を聞かせてください。なにもわからないまま結婚するのは嫌です」
玲我さんは私になにか言おうとしたのを止め、しばらく考えてからうなずいた。
「……わかった。話せる範囲で話す」
「約束ですよ?」
「ああ」
四年前、有近家は私に別れろと言った。
でも、今は結婚していいと言う。
あの別れの苦しみをなかったことにしていいわけがない。
「私は結婚するなら、私の両親みたいな家族を作りたいんです」
「知ってる」
二人はお互いの悪口を一度も言ったことがなかった。
そんな穏やかな夫婦だった。
玲我さんともそんな夫婦でありたいと思う。
だから、ちゃんと知りたい。
私が知らなかった玲我さんを――
「夕愛さん。お話し中、すみません。支店のほうに光華さんが当分休むって連絡が入ったそうなんですけど、なにか聞いてます?」
「休む? 光華が?」
電話を受けた笑茉ちゃんは眉間にシワをよせ、『まさかサボり?』という顔をしていた。
「遅番なのかと思って、朝は起こさなかったんだけど……」
店を休むなんて聞いてない。
そう思っていると、店の表が騒がしくなった。
叔父夫婦が車から降りてくると、店に駆け込んできた。
「光華はいるか!?」
叔父さんの切羽詰まった声に驚いたスタッフたちが表に顔を出す。
「社長、いったいなにがあったんですか?」
「光華さんは本店へ来てませんよ」
おばさんは店に玲我さんがいることに気づき、叔父さんの服の裾を引っ張った。
「あなた……」
「あ、あぁ……騒がしくしてしまい、申し訳ありません」
玲我さんはなにかトラブルが起きたのだと察し、叔父夫婦に尋ねた。
「光華さんにトラブルでもありましたか?」
おばさんは憔悴しきった様子で答えた。
「娘の光華がいなくなりまして……」
おばさんは光華の書き置きを見せた。
『家から出ていきます。 光華』
――私のせいで、光華は家を出ていった。
『私のせい』と叔父夫婦は言わなかったけれど、原因は私にある。
それがわかるだけに、私はその書き置きを見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「まったく光華は……! 頑張ろうという姿勢ならまだしも、店の仕事を休んで家出をするなんてとんでもない」
「あなた。五十住さんのこともあるから、光華の気持ちも少し考えてあげて。片想い相手が店を辞めたのよ」
「五十住さんは店を辞めたんですか?」
叔父さんはいやいやと首を横に振る。
「まだ辞めてないんだよ。少しの間、フランスへ行きたいと言われて、休暇を取っているだけなんだ」
「五十住さんは休暇を終えてから店を辞めるかどうか考えたいって言ってるの」
つまり、フランスへ行ったのは次の働き先を探すためで、辞める可能性のほうが高いということだ。
叔父さんが辞めさせずにフランスへ五十住さんをやったのは、店に残ってほしい思いがあるから。
それだけ、五十住さんを頼りにしている。
「俺から逃げたのかと思った」
「え?」
「いや、なんでもない」
玲我さんはまたあの嘘臭い笑顔を見せた。
「光華さんの行き先を探してはどうでしょう?」
冷静な玲我さんの言葉に、叔父夫婦はわずかに落ち着きを取り戻した。
「そうだ……そうだな。しかし、光華はどこへ行ったのか」
「五十住さんは今日からフランスへ?」
「そう聞いているが、まさか……!」
「このタイミングで、家出すると宣言していなくなったことを考えたら、光華さんは五十住を追いかけていったのでは?」
玲我さんの名推理に叔父さんは頭を抱えた。
「五十住君に迷惑をかけるだけかけるつもりか!」
「あなた、すぐに空港へ向かいましょう!」
「あ、ああ……! それがいいだろう」
叔父夫婦が店を出ようとした時、店の電話が鳴った。
「夕愛さん。五十住さんから電話です」
電話を取ったのは笑茉ちゃんで、私に受話器を差し出す。
「五十住さんから?」
いつも本店にいるのは私だけで、まさか叔父夫婦がいるとは思ってないようだ。
慌てて受話器を受け取った。
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