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第2章
24 お互いの気持ち
満開の桜の花が見える料亭で、私と玲我さんは二人きりで会った。
二人だけで会うのは、お見合いの日以来のことだった。
玲我さんはカジュアルスーツで、いつもより雰囲気が柔らかい。
私はおばさんから着物を着ていくべきだと、言われて着物を選んだ。
おばさんは『有近の家に嫁ぐなら、着物を一人で着れたほうがいいわ』と言って、今日まで着付けの特訓が続いた。
――それなりに形になってるわよね?
そこそこうまく着れるようになったとは思うけど、付け焼き刃にすぎず、玲我さんの反応が気になる。
「今日は振り袖じゃないんだな」
「おばさんから着物を借りました」
「うまく着れてる」
そう言いながら、さりげなく後ろに回って帯を直してくれた。
ガラスに映った帯は、さっきよりも形がよくなっている。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
微笑んだ玲我さんを見て、着物でよかったと思えた。
玲我さんの隣に立った時、自分が大人っぽく落ち着いた雰囲気のほうが、見劣りせずに済む。
着物で行きなさいと言ってくれたおばさんに感謝した。
「有近様。いらっしゃいませ。ご予約ありがとうございます」
「おかえりなさいませ。日本へ戻られたとお聞きしました」
料亭の女将と料理長から挨拶があり、接客係の女性の挨拶が続く。
年配の接客係は顔見知りのようで、玲我さんと一言二言、言葉を交わしていた。
「いつもご家族で使われている部屋をとのことでしたので、そちらの部屋をご用意させていただきました」
「ああ」
立派な庭を散策する人もいて、縁側から庭へ出ることができるようだった。
桜の木が塀に沿って並び、花は見頃の満開。白い桜の花びらが縁側に一枚、二枚と風にのって舞い落ちる。
私と玲我さんは個室に通され、接客係の女性がお茶を淹れてくれる。
「お抹茶とお菓子をお楽しみくださいませ」
お茶を淹れ終わると、『失礼します』と言って、部屋には私と玲我さんの二人きりになった。
窓から桜の花が見え、その見事な風景に、料理が出てくるまで退屈を感じさせない。
お抹茶と一緒に出された春らしい落雁は、薄い緑と萌黄色をしていて、かじるとほんのり甘い。
「ここは有近がよく使う」
「そうなんですか? 桜の花がとても綺麗に見える部屋ですね」
市内でも有名な料亭で結婚式や結納など、特別な日に利用する人が多い料亭だ――という話を聞いたことがある。
私には高級すぎて縁がない料亭だった。
――どうしよう。
聞きたいことが山ほどあるのに、なかなか話を切り出せない。
キラキラしていた王子様みたいな玲我さんはどこへ行ったの?
四年前の玲我さんなら――
『夕愛。なにを聞きたいのかな?』
『なんでも聞いていいんだよ?』
――って言ってくれていたはず。
それが今では王子さまというより王様……
「夕愛」
「は、はいっ!」
「四年前の指輪をまだ捨てずに持っていたのか」
「そうです……」
玲我さんと会うのだからと思って、迷いに迷ってつけた指輪。
それなのに、捨てたほうがよかったのだろうかと思うくらい困った顔をしていた。
私が油断していると、玲我さんはさりげなく私の指に触れ、指輪を奪おうとした。
慌てて、その手をサッと避ける。
「おい……」
「どうして奪おうとするんですか?」
「安物だからだ」
「値段は関係ありません。私はすごく嬉しかったんですから、そんなふうに言わないでください」
私が怒ると、玲我さんはしかたないという顔をして、ポケットから四角い箱を取り出した。
その箱を開け、私の前に差し出す。
「改めて夕愛に結婚を申し込む」
断らせる気のない結婚の申し込みに苦笑してしまった。
受け取らないという選択肢はゼロ。
返すなんてできないところまで追い込んで、指輪を渡す周到さ。
そして、四年前とは違う大きなダイヤモンドがついた婚約指輪。
「手を」
不敵な笑みを浮かべ、私に手を差し出すよう命じる。
――王子様じゃなくて王様だわ!
でも、こっちも負けてない。
私ははめていた指輪を奪われないようはずして、自分のそばにおく。
玲我さんはまだ諦めてないのか、虎視眈々と指輪を狙っていた。
さりげなく、玲我さんからスッと指輪を遠ざけると、微妙な顔をされた。
「昔から夕愛は頑固なところがあるよな」
「玲我さんは自分が正しいと思ったら、周りを無視して突っ走るところがありますよね」
お互いバチバチ火花を散らす。
玲我さんは四年前の指輪を諦めたのか、ため息をつくと、私の指に新しい指輪をはめた。
新しい指輪は心なしか、ずっしり重く感じた。
これは有近の家に嫁ぐ責任の重さ――本当に私は玲我さんの妻になるの?
実感がなかったけど、お見合いは終わり、指輪を受け取ったからには引き返せない。
「ありがとうございます。大切にします」
玲我さんは私ににっこり微笑んだ。
女性なら、大抵その微笑みに油断すると思う。
――そうはさせない!
玲我さんなら諦めないだろうと思っていたから、指輪があった場所をすばやく手のひらでバンッとおさえた。
「夕愛……。もうその指輪はいらないだろ!?」
「私がもらったものです」
「返せ」
「嫌です」
言い争っていると、料理が運ばれてきて、玲我さんはこほんと咳払いした。
接客係の年配女性はちらりと玲我さんを見て、くすりと笑い、料理の紹介を始めた。
「こちらは前菜のオードブルでございます」
竹の子の木の芽和え、ふきのとう味噌、ジビエのベーコンと季節に合わせた料理が平皿に少しずつのっている。
桜の葉に包まれたゴマ豆腐は春の香りがした。
「見た目もすごく綺麗で、とても美味しいです」
「それはよかった」
涼しい顔で玲我さんは食前酒を飲む。
――桜の時期、ここの料亭は予約でいっぱいのはず。
窓の外には満開の桜が見え、池には桜の花びらが浮いている。
この風景を眺めながらの食事は、とても贅沢だ。
「夕愛をこの店に連れてきたいと、前から思ってた」
「家族で過ごす大切な料亭ですか?」
「……父さんが愛人より、母さんを優先しているってアピールするためにね。ご機嫌取りに使ってる」
私は冗談だと思って笑ったけど、玲我さんは笑わず、料理に視線を落とす。
今のは冗談じゃなく、本当の話だったらしい。
――都久山では珍しいことじゃないから、驚くのも失礼よね。
もちろん、愛妻家の方もいる。
どちらにせよ、都久山でご家庭の事情を知ったとしても、深く踏み込んではいけない――それが都久山の方々とうまくやるコツだった。
玲我さんもそこから先、家庭の話はしない。
だから、私は追及してはいけない気がして、料理を楽しむことにした。
料理はとても美味しいし、なにかお店の新メニューに提案できるかもしれない。
――待って。私は料理を楽しみに来たんじゃないでしょ!
今日は『どうして結婚の許可が出たか』を聞きたくて来たのだ。
新メニューを研究するためじゃない。
「そ、そのっ! 玲我さんっ……!」
「ああ、飲み物? オリジナルドリンクがおすすめだ」
「あっ……えっと……」
すりおろしたイチゴにイチゴのフローズンシャーベット、自家製のイチゴシロップの炭酸水。
――自家製のイチゴシロップ……。美味しそう。
運ばれてきたオリジナルドリンクは、フローズンの部分とシロップ、すりおろしたイチゴが層になっている。
見た目も綺麗なオリジナルドリンクに、おすすめだと玲我さんが言ったのもわかる気がした。
「味の違いを楽しめますので、混ぜながらお召し上がりください」
料理を運んできたのは、さっきと同じ接客係で、私と玲我さんの顔を交互に見て微笑んでいる。
「あの……?」
「失礼しました。玲我さんが以前のように笑われるようになって嬉しかったものですから」
「そんな怖い顔をしていたか?」
「ええ。なにを召し上がっても無表情でした」
「自分の顔は、鏡がないと見れないからわからないな」
言われるまで玲我さんは気づいていなかったようだ。
それにしても、とても親しそうで常連というより、親戚同士みたいな関係に見える。
「夕愛。俺が子供の頃から働いている接客係で、女将の次に偉い人だ」
たしかに貫禄があって、落ち着いている。
「小椋夕愛と申します。どうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げると、その人は玲我さんを叱った。
「また、そんな冗談をおっしゃって! 昔から有近様の接客を担当をさせていただいております。女将の次に偉いなんてとんでもございません」
この店は玲我さんにとって特別な場所。
家族で過ごす時間が少なかった玲我さんが、大切にしていた時間だったのだと思う。
「お邪魔して申し訳ありませんでした。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
接客係の女性は畳に指をつき、頭を下げると、音もなく去っていった。
ふたたび、二人きりになって我に返った。
――私、さっきから玲我さんにうまくはぐらかされてない!?
気づけば、すっかり玲我さんのペースになっている。
「れ、玲我さん! 誤魔化さないでください!」
「夕愛はしっかりしてそうで抜けてる」
「わかってて、はぐらかすなんてひどいです。私に教える気がないんですね?」
「秘密は秘密のままでいい。暴いたところで、誰も幸せにならない秘密なら、なおさらだ」
――やっぱりなにかある。
私と玲我さんの結婚が許された裏には、なにか理由があるのだ。
でも、玲我さんは秘密のままにしておけと言う。
「夕愛は安心して嫁いでくればいい」
「でも、認めない人もいると思います。だから、結婚を許可された理由を私も知っておきたいんです」
「平気だ。父さんが認めたら、親戚は逆らえない。有近の会社にコネで入社した親戚もいる。妃莉もその一人だ」
悪い顔をしている玲我さんは、昔の王子様だった片鱗が少しも見当たらなかった。
――これが本性?
妃莉さんの名前に、私が表情をこわばらせたことに気づいたのか、玲我さんはくすりと笑った。
「妃莉はただの親戚だ」
「でも、妃莉さんは留学したら、玲我さんと同じ家に一緒に住むって……」
「そんなこと言っていたか? 実際は同じアパートに住んでいただけで、部屋は別だった」
それでも、私よりすごく近い距離にいた。
複雑な気持ちだったけど、玲我さんは嘘をついていないとわかったから、うなずいた。
「玲我さんが隠している秘密を探るのは自由ですよね?」
「そうだな。夕愛の自由だ」
私が探ってもわからないだろうと思っているのか、玲我さんは顔色ひとつ変えなかった。
「結婚を許可された理由は言えない。けれど、俺は夕愛と結婚したいと思ってる。それは真実偽りない気持ちだ」
はぐらかすことなく、まっすぐな目をした玲我さんは本当のことを言ったのだと思う。
「『有近の奥様』はいらない。俺が欲しいのは夕愛だ」
玲我さんのプロポーズは私の心を強くする。
ここまで言われたら、ウジウジ考えていられない。
「わかりました。玲我さんの妻になれるよう努力します」
四年前もらった指輪を指輪の箱へ入れて蓋を閉じた。
「二度と玲我さんと離れたくないんです。私を一人にしないって約束してくれますか?」
――私を置いていってしまった両親のように。
玲我さんの顔が近づき、唇と唇が触れた。
それは、お見合いの日の荒々しいキスと違っていた。
壊れ物を扱うかのような優しい口づけに、あの雪の日を思い出した。
私は別れたつもりだったけれど、玲我さんは違っていたのかもしれない。
「約束する」
玲我さんの明瞭で力強く響く声と真剣な顔を見て、私は覚悟を決めた。
坂の下に住む私にとって、特別で特殊な場所――都久山へ私は嫁ぐ。
二人だけで会うのは、お見合いの日以来のことだった。
玲我さんはカジュアルスーツで、いつもより雰囲気が柔らかい。
私はおばさんから着物を着ていくべきだと、言われて着物を選んだ。
おばさんは『有近の家に嫁ぐなら、着物を一人で着れたほうがいいわ』と言って、今日まで着付けの特訓が続いた。
――それなりに形になってるわよね?
そこそこうまく着れるようになったとは思うけど、付け焼き刃にすぎず、玲我さんの反応が気になる。
「今日は振り袖じゃないんだな」
「おばさんから着物を借りました」
「うまく着れてる」
そう言いながら、さりげなく後ろに回って帯を直してくれた。
ガラスに映った帯は、さっきよりも形がよくなっている。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
微笑んだ玲我さんを見て、着物でよかったと思えた。
玲我さんの隣に立った時、自分が大人っぽく落ち着いた雰囲気のほうが、見劣りせずに済む。
着物で行きなさいと言ってくれたおばさんに感謝した。
「有近様。いらっしゃいませ。ご予約ありがとうございます」
「おかえりなさいませ。日本へ戻られたとお聞きしました」
料亭の女将と料理長から挨拶があり、接客係の女性の挨拶が続く。
年配の接客係は顔見知りのようで、玲我さんと一言二言、言葉を交わしていた。
「いつもご家族で使われている部屋をとのことでしたので、そちらの部屋をご用意させていただきました」
「ああ」
立派な庭を散策する人もいて、縁側から庭へ出ることができるようだった。
桜の木が塀に沿って並び、花は見頃の満開。白い桜の花びらが縁側に一枚、二枚と風にのって舞い落ちる。
私と玲我さんは個室に通され、接客係の女性がお茶を淹れてくれる。
「お抹茶とお菓子をお楽しみくださいませ」
お茶を淹れ終わると、『失礼します』と言って、部屋には私と玲我さんの二人きりになった。
窓から桜の花が見え、その見事な風景に、料理が出てくるまで退屈を感じさせない。
お抹茶と一緒に出された春らしい落雁は、薄い緑と萌黄色をしていて、かじるとほんのり甘い。
「ここは有近がよく使う」
「そうなんですか? 桜の花がとても綺麗に見える部屋ですね」
市内でも有名な料亭で結婚式や結納など、特別な日に利用する人が多い料亭だ――という話を聞いたことがある。
私には高級すぎて縁がない料亭だった。
――どうしよう。
聞きたいことが山ほどあるのに、なかなか話を切り出せない。
キラキラしていた王子様みたいな玲我さんはどこへ行ったの?
四年前の玲我さんなら――
『夕愛。なにを聞きたいのかな?』
『なんでも聞いていいんだよ?』
――って言ってくれていたはず。
それが今では王子さまというより王様……
「夕愛」
「は、はいっ!」
「四年前の指輪をまだ捨てずに持っていたのか」
「そうです……」
玲我さんと会うのだからと思って、迷いに迷ってつけた指輪。
それなのに、捨てたほうがよかったのだろうかと思うくらい困った顔をしていた。
私が油断していると、玲我さんはさりげなく私の指に触れ、指輪を奪おうとした。
慌てて、その手をサッと避ける。
「おい……」
「どうして奪おうとするんですか?」
「安物だからだ」
「値段は関係ありません。私はすごく嬉しかったんですから、そんなふうに言わないでください」
私が怒ると、玲我さんはしかたないという顔をして、ポケットから四角い箱を取り出した。
その箱を開け、私の前に差し出す。
「改めて夕愛に結婚を申し込む」
断らせる気のない結婚の申し込みに苦笑してしまった。
受け取らないという選択肢はゼロ。
返すなんてできないところまで追い込んで、指輪を渡す周到さ。
そして、四年前とは違う大きなダイヤモンドがついた婚約指輪。
「手を」
不敵な笑みを浮かべ、私に手を差し出すよう命じる。
――王子様じゃなくて王様だわ!
でも、こっちも負けてない。
私ははめていた指輪を奪われないようはずして、自分のそばにおく。
玲我さんはまだ諦めてないのか、虎視眈々と指輪を狙っていた。
さりげなく、玲我さんからスッと指輪を遠ざけると、微妙な顔をされた。
「昔から夕愛は頑固なところがあるよな」
「玲我さんは自分が正しいと思ったら、周りを無視して突っ走るところがありますよね」
お互いバチバチ火花を散らす。
玲我さんは四年前の指輪を諦めたのか、ため息をつくと、私の指に新しい指輪をはめた。
新しい指輪は心なしか、ずっしり重く感じた。
これは有近の家に嫁ぐ責任の重さ――本当に私は玲我さんの妻になるの?
実感がなかったけど、お見合いは終わり、指輪を受け取ったからには引き返せない。
「ありがとうございます。大切にします」
玲我さんは私ににっこり微笑んだ。
女性なら、大抵その微笑みに油断すると思う。
――そうはさせない!
玲我さんなら諦めないだろうと思っていたから、指輪があった場所をすばやく手のひらでバンッとおさえた。
「夕愛……。もうその指輪はいらないだろ!?」
「私がもらったものです」
「返せ」
「嫌です」
言い争っていると、料理が運ばれてきて、玲我さんはこほんと咳払いした。
接客係の年配女性はちらりと玲我さんを見て、くすりと笑い、料理の紹介を始めた。
「こちらは前菜のオードブルでございます」
竹の子の木の芽和え、ふきのとう味噌、ジビエのベーコンと季節に合わせた料理が平皿に少しずつのっている。
桜の葉に包まれたゴマ豆腐は春の香りがした。
「見た目もすごく綺麗で、とても美味しいです」
「それはよかった」
涼しい顔で玲我さんは食前酒を飲む。
――桜の時期、ここの料亭は予約でいっぱいのはず。
窓の外には満開の桜が見え、池には桜の花びらが浮いている。
この風景を眺めながらの食事は、とても贅沢だ。
「夕愛をこの店に連れてきたいと、前から思ってた」
「家族で過ごす大切な料亭ですか?」
「……父さんが愛人より、母さんを優先しているってアピールするためにね。ご機嫌取りに使ってる」
私は冗談だと思って笑ったけど、玲我さんは笑わず、料理に視線を落とす。
今のは冗談じゃなく、本当の話だったらしい。
――都久山では珍しいことじゃないから、驚くのも失礼よね。
もちろん、愛妻家の方もいる。
どちらにせよ、都久山でご家庭の事情を知ったとしても、深く踏み込んではいけない――それが都久山の方々とうまくやるコツだった。
玲我さんもそこから先、家庭の話はしない。
だから、私は追及してはいけない気がして、料理を楽しむことにした。
料理はとても美味しいし、なにかお店の新メニューに提案できるかもしれない。
――待って。私は料理を楽しみに来たんじゃないでしょ!
今日は『どうして結婚の許可が出たか』を聞きたくて来たのだ。
新メニューを研究するためじゃない。
「そ、そのっ! 玲我さんっ……!」
「ああ、飲み物? オリジナルドリンクがおすすめだ」
「あっ……えっと……」
すりおろしたイチゴにイチゴのフローズンシャーベット、自家製のイチゴシロップの炭酸水。
――自家製のイチゴシロップ……。美味しそう。
運ばれてきたオリジナルドリンクは、フローズンの部分とシロップ、すりおろしたイチゴが層になっている。
見た目も綺麗なオリジナルドリンクに、おすすめだと玲我さんが言ったのもわかる気がした。
「味の違いを楽しめますので、混ぜながらお召し上がりください」
料理を運んできたのは、さっきと同じ接客係で、私と玲我さんの顔を交互に見て微笑んでいる。
「あの……?」
「失礼しました。玲我さんが以前のように笑われるようになって嬉しかったものですから」
「そんな怖い顔をしていたか?」
「ええ。なにを召し上がっても無表情でした」
「自分の顔は、鏡がないと見れないからわからないな」
言われるまで玲我さんは気づいていなかったようだ。
それにしても、とても親しそうで常連というより、親戚同士みたいな関係に見える。
「夕愛。俺が子供の頃から働いている接客係で、女将の次に偉い人だ」
たしかに貫禄があって、落ち着いている。
「小椋夕愛と申します。どうぞよろしくお願いします」
深々と頭を下げると、その人は玲我さんを叱った。
「また、そんな冗談をおっしゃって! 昔から有近様の接客を担当をさせていただいております。女将の次に偉いなんてとんでもございません」
この店は玲我さんにとって特別な場所。
家族で過ごす時間が少なかった玲我さんが、大切にしていた時間だったのだと思う。
「お邪魔して申し訳ありませんでした。ごゆっくりお過ごしくださいませ」
接客係の女性は畳に指をつき、頭を下げると、音もなく去っていった。
ふたたび、二人きりになって我に返った。
――私、さっきから玲我さんにうまくはぐらかされてない!?
気づけば、すっかり玲我さんのペースになっている。
「れ、玲我さん! 誤魔化さないでください!」
「夕愛はしっかりしてそうで抜けてる」
「わかってて、はぐらかすなんてひどいです。私に教える気がないんですね?」
「秘密は秘密のままでいい。暴いたところで、誰も幸せにならない秘密なら、なおさらだ」
――やっぱりなにかある。
私と玲我さんの結婚が許された裏には、なにか理由があるのだ。
でも、玲我さんは秘密のままにしておけと言う。
「夕愛は安心して嫁いでくればいい」
「でも、認めない人もいると思います。だから、結婚を許可された理由を私も知っておきたいんです」
「平気だ。父さんが認めたら、親戚は逆らえない。有近の会社にコネで入社した親戚もいる。妃莉もその一人だ」
悪い顔をしている玲我さんは、昔の王子様だった片鱗が少しも見当たらなかった。
――これが本性?
妃莉さんの名前に、私が表情をこわばらせたことに気づいたのか、玲我さんはくすりと笑った。
「妃莉はただの親戚だ」
「でも、妃莉さんは留学したら、玲我さんと同じ家に一緒に住むって……」
「そんなこと言っていたか? 実際は同じアパートに住んでいただけで、部屋は別だった」
それでも、私よりすごく近い距離にいた。
複雑な気持ちだったけど、玲我さんは嘘をついていないとわかったから、うなずいた。
「玲我さんが隠している秘密を探るのは自由ですよね?」
「そうだな。夕愛の自由だ」
私が探ってもわからないだろうと思っているのか、玲我さんは顔色ひとつ変えなかった。
「結婚を許可された理由は言えない。けれど、俺は夕愛と結婚したいと思ってる。それは真実偽りない気持ちだ」
はぐらかすことなく、まっすぐな目をした玲我さんは本当のことを言ったのだと思う。
「『有近の奥様』はいらない。俺が欲しいのは夕愛だ」
玲我さんのプロポーズは私の心を強くする。
ここまで言われたら、ウジウジ考えていられない。
「わかりました。玲我さんの妻になれるよう努力します」
四年前もらった指輪を指輪の箱へ入れて蓋を閉じた。
「二度と玲我さんと離れたくないんです。私を一人にしないって約束してくれますか?」
――私を置いていってしまった両親のように。
玲我さんの顔が近づき、唇と唇が触れた。
それは、お見合いの日の荒々しいキスと違っていた。
壊れ物を扱うかのような優しい口づけに、あの雪の日を思い出した。
私は別れたつもりだったけれど、玲我さんは違っていたのかもしれない。
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