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第2章
9 お見合いのご予約は承っておりません
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「雪が降ってきましたね。店の外にマットがあるか確認してきますね」
笑茉ちゃんはそう言うと、店の前の滑り止めのマットを確認しに出ていった。
年配の方も来られるから、雪や雨の日はマットは必須で、特に雪に慣れてないお客様は転倒しやすい。
確認してもらえて助かるけど、私は玲我さんと二人っきりになってしまった。
――気まずい……。この場から逃げ出したいわ。
びくびくしている私に対して、玲我さんは堂々としている。
向こうにしたら、久しぶりに会って挨拶をしただけのこと。
冷静になって、落ち着いて話せばいいだけ――そう思って、接客用の笑顔を作った。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
あくまで店員とお客様。
その関係で接すれば、私だって普通に話せる。
「まるで他人だな」
「他人というか、その……幼馴染みというか……」
玲我さんはくすりと笑って手袋をとる。
身につけているものは、四年前より上等なものばかりで、スーツもシャツも昔とは違っていて、大人の香りが漂っていた。
「なに? 俺をじっと見て」
「見てません!」
玲我さんは余裕たっぷりな態度で、ショーケースへ視線をやる。
長い睫毛、色素の薄い茶色の髪と瞳――身につけるものは変わったけど、変わらないものもある。
――見てないなんて嘘。
ずっと目で追っていた。
優しくて物静かで、知的な王子様というイメージだった玲我さん。
今の玲我さんは王様みたいな威圧感があるけど、四年前の別れ際に見せた顔もこんなふうだった気がする。
――玲我さんの本性って、本当は王子様じゃなくて王様?
そっちのほうがしっくりくる。
「夕愛。さっきから言いたいことがあるみたいけど、なに?」
「なにもないです」
「顔に書いてある。自分が知ってる俺じゃないってね」
「顔に出て……!?」
慌てて両手で顔を覆うと、玲我さんが声をたてて笑った。
「ああ、ごめん。相変わらず素直だね」
「騙したんですか!?」
「いや、違う。本当になにか聞きたそうな顔をしてる」
玲我さんに聞きたいことがあっても、ほとんど聞けないことばかり。
恋人でもないのに踏み込んだことを聞けるわけがない。
「いえ……。なにもないです」
「俺はある」
挑発的な目をした玲我さんが怖かった。
こんな顔、見たことない。
「夕愛がまだ俺を好きかどうか」
カランッと床に乾いた音をたてて、落ちたステンレス製のトング。
私と玲我さんは音のしたほうを同時に見た。
「お邪魔ですよね。すみません……」
赤い顔をした笑茉ちゃんが、焦りながらバックヤードへ逃げようとしていた。
「笑茉ちゃん、待って!」
笑茉ちゃんの腕をつかんだ。
「夕愛さん?」
「このことは誰にも言わないで。終わったことなの。もし、有近の家に知られたら叔父さんや店に迷惑がかかるから……」
「わかりました。他言しません」
笑茉ちゃんは私の必死な様子を見て、バックヤードへ逃げるのを止め、カウンターへ戻った。
「悪い男の人みたいですから、見張っていたほうがうよさそうですね」
「そうだな。悪い男だ」
玲我さんは否定しなかった。
悪い男と聞いた笑茉ちゃんは接客を忘れ、怖い顔をした。
「ご注文は?」
笑茉ちゃんは私の代わりに接客をする。
「焼き菓子の箱詰めを小分けで五つ」
「贈り物ですか?」
「いや、自宅用。簡単な包装で」
「かしこまりました」
自宅用で箱詰めをしてほしいということは、家政婦さんや運転手さんへのねぎらいかもしれない。
有近家には通いの家政婦さんが何人かいる。
笑茉ちゃんと私で箱詰めをしている間、玲我さんに会話する時間を与えてしまった。
「雪が降ってよかったな。客足がよかったら、話す時間がなかった」
トゲトゲしい口調で、笑茉ちゃんは言った。
「それを狙ってきたんじゃないですか?」
「もちろん、そうだ」
悪びれる様子もなく、私と話をしにきたとはっきり言った。
「玲我さん。ここは都久山です。有近家と揉め事は困ります」
「有近か……」
玲我さんは苦笑した。
ようやくここが、海外ではなく、自分が生まれ育った都久山であることに気づいてくれたようだ。
「それに、玲我さんは有近家の一人息子ですから結婚相手だって……」
「そうだな。有近の家から、小椋にお見合いの話がいってる」
――え? 今、お見合いって言った?
玲我さんがなにを言っているのかわからず、頭の中がフリーズして、私の接客用の笑みが消えた。
いつも手際よく箱詰めをする笑茉ちゃんも、ぴたりと手を止め、振り返った。
「誰と誰のお見合いですか?」
「俺と夕愛」
聞き間違えかなと思いながら箱詰めを続けた。
「おい、無視するな」
「冗談はやめてください」
「冗談じゃない。週末、夕愛との見合いを小椋に予約した」
「予約?」
まるで、ご飯を食べに行くレストランを予約したくらいの気軽さで、玲我さんは言った。
固まっている私に気づいた笑茉ちゃんが、代わりに返事をした。
「申し訳ありません。当店ではお見合いのご予約は承っておりません」
「知ってる」
一筋縄ではいかない玲我さんに、笑茉ちゃんは頬をひきつらせた。
「あの~……。今まで、夕愛さんを食事に誘うお客様はいても、お見合いを予約してくるお客様はいませんでしたよ?」
「いてもらっても困る」
なにを言っても無駄だと判断したのか、笑茉ちゃんは黙った。
出来上がったお菓子の箱をひとつの袋にまとめて渡す。
玲我さんはカードで支払い、にっこり微笑んだ。
その微笑みは私がよく知る微笑みだった。
「もらっていくよ。ありがとう」
品のいい王子様。
優しくて穏やかで、誰からも信頼される有近家の一人息子の顔をしていた。
「夕愛さん。あの方は二重人格者ですか?」
笑茉ちゃんが耳打ちする。
「笑茉ちゃん……。接客、接客よ」
「あ、すみません。いろいろ衝撃的すぎて」
笑茉ちゃんの言いたいことはよくわかる。
玲我さんに翻弄されっぱなしで、からかわれているような気分だ。
「じゃあ、また」
「ありがとうございました……」
「お見合いが楽しみだ」
それは予約というより、決定事項。
有近の家から本当にお見合い話がきたら、こちらから断れるわけがないのだから。
車に乗る玲我さんの姿を見送った。
――玲我さんは帰ってきたけれど、私とお見合いなんて、なにを考えてるの?
有近の家は私たちの結婚どころか、付き合うことだって絶対認めない。
デリカテッセン『オグラ』は店を大きくしたけど、都久山に土地を買い、豪邸を建てて住めるほどお金持ちじゃない。
都久山に住める人間は一握りだけ。
本格的に働きだしてから、前より都久山の人たちと関わるようになって、その差をひしひしと感じている。
違いすぎる私たち――幸せになれないとわかっているのに、玲我さんは諦めてなかった。
「私と結婚なんて、有近家が許さないわ……」
お見合いというからには、玲我さんの両親もくるはず。
納得させなければ、お見合いなんてありえない。
四年ぶりに再会したかと思ったら、謎のお見合い予約。
「……いったいなにが起きたの?」
玲我さんの行動も考えていることも、私にはさっぱりわからなかったのだった。
笑茉ちゃんはそう言うと、店の前の滑り止めのマットを確認しに出ていった。
年配の方も来られるから、雪や雨の日はマットは必須で、特に雪に慣れてないお客様は転倒しやすい。
確認してもらえて助かるけど、私は玲我さんと二人っきりになってしまった。
――気まずい……。この場から逃げ出したいわ。
びくびくしている私に対して、玲我さんは堂々としている。
向こうにしたら、久しぶりに会って挨拶をしただけのこと。
冷静になって、落ち着いて話せばいいだけ――そう思って、接客用の笑顔を作った。
「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」
あくまで店員とお客様。
その関係で接すれば、私だって普通に話せる。
「まるで他人だな」
「他人というか、その……幼馴染みというか……」
玲我さんはくすりと笑って手袋をとる。
身につけているものは、四年前より上等なものばかりで、スーツもシャツも昔とは違っていて、大人の香りが漂っていた。
「なに? 俺をじっと見て」
「見てません!」
玲我さんは余裕たっぷりな態度で、ショーケースへ視線をやる。
長い睫毛、色素の薄い茶色の髪と瞳――身につけるものは変わったけど、変わらないものもある。
――見てないなんて嘘。
ずっと目で追っていた。
優しくて物静かで、知的な王子様というイメージだった玲我さん。
今の玲我さんは王様みたいな威圧感があるけど、四年前の別れ際に見せた顔もこんなふうだった気がする。
――玲我さんの本性って、本当は王子様じゃなくて王様?
そっちのほうがしっくりくる。
「夕愛。さっきから言いたいことがあるみたいけど、なに?」
「なにもないです」
「顔に書いてある。自分が知ってる俺じゃないってね」
「顔に出て……!?」
慌てて両手で顔を覆うと、玲我さんが声をたてて笑った。
「ああ、ごめん。相変わらず素直だね」
「騙したんですか!?」
「いや、違う。本当になにか聞きたそうな顔をしてる」
玲我さんに聞きたいことがあっても、ほとんど聞けないことばかり。
恋人でもないのに踏み込んだことを聞けるわけがない。
「いえ……。なにもないです」
「俺はある」
挑発的な目をした玲我さんが怖かった。
こんな顔、見たことない。
「夕愛がまだ俺を好きかどうか」
カランッと床に乾いた音をたてて、落ちたステンレス製のトング。
私と玲我さんは音のしたほうを同時に見た。
「お邪魔ですよね。すみません……」
赤い顔をした笑茉ちゃんが、焦りながらバックヤードへ逃げようとしていた。
「笑茉ちゃん、待って!」
笑茉ちゃんの腕をつかんだ。
「夕愛さん?」
「このことは誰にも言わないで。終わったことなの。もし、有近の家に知られたら叔父さんや店に迷惑がかかるから……」
「わかりました。他言しません」
笑茉ちゃんは私の必死な様子を見て、バックヤードへ逃げるのを止め、カウンターへ戻った。
「悪い男の人みたいですから、見張っていたほうがうよさそうですね」
「そうだな。悪い男だ」
玲我さんは否定しなかった。
悪い男と聞いた笑茉ちゃんは接客を忘れ、怖い顔をした。
「ご注文は?」
笑茉ちゃんは私の代わりに接客をする。
「焼き菓子の箱詰めを小分けで五つ」
「贈り物ですか?」
「いや、自宅用。簡単な包装で」
「かしこまりました」
自宅用で箱詰めをしてほしいということは、家政婦さんや運転手さんへのねぎらいかもしれない。
有近家には通いの家政婦さんが何人かいる。
笑茉ちゃんと私で箱詰めをしている間、玲我さんに会話する時間を与えてしまった。
「雪が降ってよかったな。客足がよかったら、話す時間がなかった」
トゲトゲしい口調で、笑茉ちゃんは言った。
「それを狙ってきたんじゃないですか?」
「もちろん、そうだ」
悪びれる様子もなく、私と話をしにきたとはっきり言った。
「玲我さん。ここは都久山です。有近家と揉め事は困ります」
「有近か……」
玲我さんは苦笑した。
ようやくここが、海外ではなく、自分が生まれ育った都久山であることに気づいてくれたようだ。
「それに、玲我さんは有近家の一人息子ですから結婚相手だって……」
「そうだな。有近の家から、小椋にお見合いの話がいってる」
――え? 今、お見合いって言った?
玲我さんがなにを言っているのかわからず、頭の中がフリーズして、私の接客用の笑みが消えた。
いつも手際よく箱詰めをする笑茉ちゃんも、ぴたりと手を止め、振り返った。
「誰と誰のお見合いですか?」
「俺と夕愛」
聞き間違えかなと思いながら箱詰めを続けた。
「おい、無視するな」
「冗談はやめてください」
「冗談じゃない。週末、夕愛との見合いを小椋に予約した」
「予約?」
まるで、ご飯を食べに行くレストランを予約したくらいの気軽さで、玲我さんは言った。
固まっている私に気づいた笑茉ちゃんが、代わりに返事をした。
「申し訳ありません。当店ではお見合いのご予約は承っておりません」
「知ってる」
一筋縄ではいかない玲我さんに、笑茉ちゃんは頬をひきつらせた。
「あの~……。今まで、夕愛さんを食事に誘うお客様はいても、お見合いを予約してくるお客様はいませんでしたよ?」
「いてもらっても困る」
なにを言っても無駄だと判断したのか、笑茉ちゃんは黙った。
出来上がったお菓子の箱をひとつの袋にまとめて渡す。
玲我さんはカードで支払い、にっこり微笑んだ。
その微笑みは私がよく知る微笑みだった。
「もらっていくよ。ありがとう」
品のいい王子様。
優しくて穏やかで、誰からも信頼される有近家の一人息子の顔をしていた。
「夕愛さん。あの方は二重人格者ですか?」
笑茉ちゃんが耳打ちする。
「笑茉ちゃん……。接客、接客よ」
「あ、すみません。いろいろ衝撃的すぎて」
笑茉ちゃんの言いたいことはよくわかる。
玲我さんに翻弄されっぱなしで、からかわれているような気分だ。
「じゃあ、また」
「ありがとうございました……」
「お見合いが楽しみだ」
それは予約というより、決定事項。
有近の家から本当にお見合い話がきたら、こちらから断れるわけがないのだから。
車に乗る玲我さんの姿を見送った。
――玲我さんは帰ってきたけれど、私とお見合いなんて、なにを考えてるの?
有近の家は私たちの結婚どころか、付き合うことだって絶対認めない。
デリカテッセン『オグラ』は店を大きくしたけど、都久山に土地を買い、豪邸を建てて住めるほどお金持ちじゃない。
都久山に住める人間は一握りだけ。
本格的に働きだしてから、前より都久山の人たちと関わるようになって、その差をひしひしと感じている。
違いすぎる私たち――幸せになれないとわかっているのに、玲我さんは諦めてなかった。
「私と結婚なんて、有近家が許さないわ……」
お見合いというからには、玲我さんの両親もくるはず。
納得させなければ、お見合いなんてありえない。
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玲我さんの行動も考えていることも、私にはさっぱりわからなかったのだった。
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