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22 さよならを決める【黄金】のスープが終わる時
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私の熱も下がり、産卵を終えた金緑色の魚が小川で泳ぐ姿が見られるようになった森は夏の姿へと変わろうとしていた。
そして、夏の森に繁殖するのは濃い緑をしたヨモギの葉。夏のヨモギは他の季節よりもずっと濃い色に染まってくれる。
染物をするのはもちろんだけど、今は縫い物をしている。
夏用の薄手の生地を使ったもので、風通しのいいおでかけ用のコートとなる予定だった。
急いだつもりだけど、すでに空気は夏模様。夏の気配を感じた森の生き物達は活動的になり、窓を開け放ったままにしておくと白やオレンジ、薄紫色の蝶が家の中へと迷い込み、出口を探して迷子になっていることが増えた。迷子の蝶を誘導し、外へと逃がしてあげると、蝶はひらひらと背の高い草の茂みへと姿を消す。
「一昨日の雨でまた草が伸びたかも」
昨日は気がつかなかったけど、草は日差しを浴びて、より緑が濃くなった。
春の日差しと違い、木々の葉の間からこぼれる光は強く、伸びた草が緑の絨毯となり、土の色を隠した草の上を太陽の光が照らしていた。
そんな夏を感じる季節感たっぷりの庭もラウリにとっては雑草が伸び放題となった迷惑な庭でしかない。暇さえあれば、庭で草むしりをしている姿が見られた。
「どうやって殲滅してやろうか」
なんて、物騒なことを草に語りかけているのを私は耳にした。
きっとラウリなりの冗談だろうけど、迫力がありすぎてあまり笑えなかった……
けれど、最近のラウリが草むしりだけに集中しているわけではなく、森の木を使って家具まで作る。とうとう家具の修繕だけでなく、家具の製作にまで手を出したラウリ。
庭で私が座っている木製のベンチと縫い物を広げたテーブルはラウリ作。広いテーブルは作業をするのにとても助かっている。
このテーブルで森のひんやりとした空気を感じながら、朝食や昼食を食べることもあった。
でも、今は私が縫い物によって占拠中。
縫うことは染めることの次に好きで、生成り色の余り布で作った籠カバーにイチゴの実と葉の刺繍を入れた後、珊瑚色に染めたレースを足したり、お茶が冷めないようにポットカバーや鍋つかみをを縫ったりと、染物の仕事とは別に趣味としてやっている。
自分で染めた布で作るのが楽しく、久々の大作だった夏用のコートがようやく今日完成する――最後の糸をパチンと糸切り鋏で切った。
裾の長い黒のコートに蔦や花の刺繍を施した。蔦は竜を、花は森を表現し、ラウリにとって、ここでの生活がいい思い出となるように願いとお礼を込めた。
本当は夏が始まる前に渡したかったけど、布を染めるところからスタートしたせいで思った以上に時間がかかってしまった。
さっそく着てもらいたくてラウリを探すけれど見当たらない。
「えっと、ラウリはどこに……ラウリ、どこですかー?」
ベンチから立ち上がって、庭にいるはずのラウリを呼ぶ。
ラウリは庭の外、家の周りの草を刈っていたらしく、ガサガサと音をさせ、背の高い草達を手でかき分けながら現れた。
「どうした。こっちは無限に生える草を抹殺するので忙しいんだが」
「ま、抹殺って、そんな物騒な……」
さすがの竜も縦横無尽に生えてくる草をどうにかできないらしく、頭を悩ませているようだった。
「くそっ! いっそ燃やし尽くすか、力を使って根絶やしにするか!」
「ね、根絶やし? 草は染物の材料になるんですから、根絶やしはやめてください」
「そんなことを言っていると、すぐに草が侵食してくるぞ」
「仕方ないですよ。植物も生きているんですよ」
私、いいこと言った!
得意顔でラウリに語った私。そんな私をラウリは冷ややかな目で見下ろした。
「どうやら、そうらしいな。よし、滅ぼそう」
「どうしてー!」
このままだと、新たな伝説が生まれてしまう。
草むしりに飽きた黒き竜によって、雑草達は根っこから燃やし尽くされ、二度と生えてこないようにされた。そして、森は荒廃し、動物達は住処を追われ、石や土だけが残る死の森となったのだった――【完】
「終わってしまった……」
「は? なにが終わっただ。まだまだ草むしりは終わらんぞ。それより、さっき俺を呼んでいなかったか? なんの用だ?」
「あっ! そうでした。ラウリの服が完成したんですよ」
「俺の服?」
ラウリの前に服を広げた。
ロク先生の服をラウリは気に入っていたから、着物風の裾の長いコートにし、色は漆黒。イメージしたのはラウリの色である黒曜石の色。
やっぱりラウリは黒が一番合っている。
コートを見たラウリはへぇと感嘆の声をあげた。
「夏用のコートです。おでかけする時、普段着の上からすぐに羽織れて便利だと思って」
ラウリに気に入ってもらえるには実用性も大事だと、捨てられた私のコレクションの数々から学んだ。
私が捨てられるのを待つだけの女じゃないってことがこれで証明できたと思う。
「ああ。気に入った」
私をセンスの悪い黒マント女だと思っていたようだけど、これで汚名返上、名誉挽回。
それにこの黒曜石色の服にはラウリの鱗の粉末を少しだけ加えてある。
術としても扱える特別な布をコートにするという贅沢な使い方をしてしまった。鱗は微々たる量しか加えていないとはいえ、試してないからわからない。ヨルン様から依頼があった目くらまし用の術と同じ効果を持つ簡単な術にしたのは安全性のため。
ラウリの鱗がどう作用するか、どんな付加効果を与えるのか、そこは未知数。目くらまし程度でも危険が差し迫った時、時間稼ぎにはなるだろうから、ちょっとしたお守りがわりのつもりだった。
「ピコピコ竜たんにも同じ布で上着と首にリボンをつけてあげたんですよ」
黒い上着とリボンを身に付けたピコピコ竜たんは誇らしげで、心なしかいつもより顔立ちが凛々しく見えた。
「ぬいぐるみと同じなのは複雑だが、着心地も悪くない。サイズもぴったりだ」
「気に入ってもらえてよかったです」
「そうだな。家じゅうが布と糸くずだらけにならなかったら、もっとよかったんだがな」
ちらりとラウリは居間や廊下の床に視線を送る。その視線の先を追うと、家の中には細かい糸や布が点々と散らばっているのが見え、私が歩いた経路を辿れそうなくらい落ちていた。
「ま、まあ、ほら、多少の犠牲はありますよ」
「多少か? 仕方ない。掃除するか」
糸くず被害にあっているのは床だけでなく、ソファーやクッションにも細かい糸がたくさんついている。
これでは私が昨日、ゴロゴロとソファーに転がり、クッキーをつまみながら雑誌を読んでいたのがバレてしまう!
ラウリが私に『寝ながら物を食うな!』とか『雑誌は元の場所に戻せ』と小言を山ほど言ってくると思ったけど、違っていた。
「……ありがとうな、アリーチェ」
私を子供扱いをする時の頭をぽんっと叩くこともせず、ラウリは私にただ微笑んだ。
まさか、ここで微笑みが来るとは思っていなかったから、驚き手に力が入り、抱きしめていたピコピコ竜たんがピッコンと間抜けな音を鳴らした。
「昼は外で食べるか」
「そ、そ、それがいいと思いま、ま、ます」
動揺する自分を隠しきれていない。
なぜ動揺していると追及されたら私はなんて答える?
心臓がバクバクとうるさく音をたてたけれど、その心配は必要なかった。
昼食の準備で忙しくなったラウリは私の動揺に気づくことなく、足早に台所へと向かって行った。
「ラウリの笑顔は危険ですね。心理攻撃かなにかかも……」
あの笑顔を見ると、心が揺さぶられ、落ち着いていられなくなる。
森の空気を吸い込んで、冷静さを取り戻さねば――スウッと森の新鮮な空気を吸い込むのと同時にラウリが現れ、ゲホッとむせてしまった。
「なにしてるんだ?」
「新鮮な森の空気を食べていました」
「腹が減ってるのはわかるが、どれだけ吸っても空気で腹は満たされないぞ」
「そうみたいです」
ケホケホと咳き込みながら、うなずく私を怪訝そうな顔でラウリは見ていた。私がおかしなことを考えて、森の空気を吸い込んでいたと思ったに違いない。
「早く裁縫箱を仕舞わないと昼食の準備ができないぞ。腹ペコヒロイン」
「可愛くない呼び方はやめてくださいっ! モテ度が下がるじゃないですか」
そう言った私をラウリは見る。目は口ほどに物を言うとは本当で、『なにがモテモテヒロインだ。呆れた図々しさだな』と語っていた。
口に出されなかった分、なんだかゴミヒロインと呼ばれた時より堪えたような気がしたけど、気のせいだろうか。
裁縫箱を片付けて戻ってきた頃には昼食の準備が出来上がっていた。
木製のテーブルにはオフホワイトのテーブルクロスがかけられ、レモン水と染物で余ったハーブを乾燥させて作ったハーブティー、ほんのり甘い焼きたてのビスケットがバスケットの中に山盛りになり、とろりとして艶のあるジャムの小瓶が並んでいる。
それから、玉ねぎ料理。布を染めるため、玉ねぎの外側の皮を大量に使ったから、皮のないむいた白い玉ねぎが大量にあるのだ。
だから、最近のスープは玉ねぎのスープばかりだった。
飽きるんじゃと思うかもしれないけど、意外と種類が豊富で飽きない。
玉ねぎスープにはキノコが入っていたり、炒めた薫製肉が入っていたり、ミルクで煮てほんのりと甘いスープになって出てくることもある。
今日のお昼のスープはまるごと玉ねぎスープでブラックペッパーが上に散らされ、炒めてカリカリになった薫製肉入り。スープの上には飾りとして、緑のパセリの葉がちょこんと飾られていた。玉ねぎはスープの色と同じ透き通った黄金色まで煮込まれている。
「うわぁ、今日のスープもおいしい」
透き通るまで煮詰められた玉ねぎはスプーンをいれると、すっと崩れるくらい柔らかく、スープにまで玉ねぎの甘さが広がっている。
温かいスープは幸せな味がした。
玉ねぎスープを食べ終わった私の隣にはピコピコ竜たんがいる。
そして、目の前にはラウリがいて、その顔は真剣そのもの。真剣な顔の理由はビスケットにつけるジャムの出来映えを研究者のように眺めているから。
家政夫として完璧を目指すラウリだけど、本当は竜人族の王子でヨルン様と同じ立場だということを忘れてはいけない。
彼をずっと私の家政夫のままにしておくことはできないのだ。
「あの、ラウリ……」
「ん? なんだ。ジャムが?」
ジャムの瓶を私に手渡してくれた。
ラウリが来てから、台所の食料棚はいつもいっぱいでジャムも豊富だけど、干し肉や干した野菜やフルーツの砂糖漬け、果実酒と保存食が増えた。
きっとあれは自分がいついなくなっても私が飢えずに済むようにとラウリなりに考えて、作ってくれたのだと思う。
ジャムの瓶を眺め、膝の上にピコピコ竜たんを置き、私は心を決めた。
「今までありがとうございました」
そして、夏の森に繁殖するのは濃い緑をしたヨモギの葉。夏のヨモギは他の季節よりもずっと濃い色に染まってくれる。
染物をするのはもちろんだけど、今は縫い物をしている。
夏用の薄手の生地を使ったもので、風通しのいいおでかけ用のコートとなる予定だった。
急いだつもりだけど、すでに空気は夏模様。夏の気配を感じた森の生き物達は活動的になり、窓を開け放ったままにしておくと白やオレンジ、薄紫色の蝶が家の中へと迷い込み、出口を探して迷子になっていることが増えた。迷子の蝶を誘導し、外へと逃がしてあげると、蝶はひらひらと背の高い草の茂みへと姿を消す。
「一昨日の雨でまた草が伸びたかも」
昨日は気がつかなかったけど、草は日差しを浴びて、より緑が濃くなった。
春の日差しと違い、木々の葉の間からこぼれる光は強く、伸びた草が緑の絨毯となり、土の色を隠した草の上を太陽の光が照らしていた。
そんな夏を感じる季節感たっぷりの庭もラウリにとっては雑草が伸び放題となった迷惑な庭でしかない。暇さえあれば、庭で草むしりをしている姿が見られた。
「どうやって殲滅してやろうか」
なんて、物騒なことを草に語りかけているのを私は耳にした。
きっとラウリなりの冗談だろうけど、迫力がありすぎてあまり笑えなかった……
けれど、最近のラウリが草むしりだけに集中しているわけではなく、森の木を使って家具まで作る。とうとう家具の修繕だけでなく、家具の製作にまで手を出したラウリ。
庭で私が座っている木製のベンチと縫い物を広げたテーブルはラウリ作。広いテーブルは作業をするのにとても助かっている。
このテーブルで森のひんやりとした空気を感じながら、朝食や昼食を食べることもあった。
でも、今は私が縫い物によって占拠中。
縫うことは染めることの次に好きで、生成り色の余り布で作った籠カバーにイチゴの実と葉の刺繍を入れた後、珊瑚色に染めたレースを足したり、お茶が冷めないようにポットカバーや鍋つかみをを縫ったりと、染物の仕事とは別に趣味としてやっている。
自分で染めた布で作るのが楽しく、久々の大作だった夏用のコートがようやく今日完成する――最後の糸をパチンと糸切り鋏で切った。
裾の長い黒のコートに蔦や花の刺繍を施した。蔦は竜を、花は森を表現し、ラウリにとって、ここでの生活がいい思い出となるように願いとお礼を込めた。
本当は夏が始まる前に渡したかったけど、布を染めるところからスタートしたせいで思った以上に時間がかかってしまった。
さっそく着てもらいたくてラウリを探すけれど見当たらない。
「えっと、ラウリはどこに……ラウリ、どこですかー?」
ベンチから立ち上がって、庭にいるはずのラウリを呼ぶ。
ラウリは庭の外、家の周りの草を刈っていたらしく、ガサガサと音をさせ、背の高い草達を手でかき分けながら現れた。
「どうした。こっちは無限に生える草を抹殺するので忙しいんだが」
「ま、抹殺って、そんな物騒な……」
さすがの竜も縦横無尽に生えてくる草をどうにかできないらしく、頭を悩ませているようだった。
「くそっ! いっそ燃やし尽くすか、力を使って根絶やしにするか!」
「ね、根絶やし? 草は染物の材料になるんですから、根絶やしはやめてください」
「そんなことを言っていると、すぐに草が侵食してくるぞ」
「仕方ないですよ。植物も生きているんですよ」
私、いいこと言った!
得意顔でラウリに語った私。そんな私をラウリは冷ややかな目で見下ろした。
「どうやら、そうらしいな。よし、滅ぼそう」
「どうしてー!」
このままだと、新たな伝説が生まれてしまう。
草むしりに飽きた黒き竜によって、雑草達は根っこから燃やし尽くされ、二度と生えてこないようにされた。そして、森は荒廃し、動物達は住処を追われ、石や土だけが残る死の森となったのだった――【完】
「終わってしまった……」
「は? なにが終わっただ。まだまだ草むしりは終わらんぞ。それより、さっき俺を呼んでいなかったか? なんの用だ?」
「あっ! そうでした。ラウリの服が完成したんですよ」
「俺の服?」
ラウリの前に服を広げた。
ロク先生の服をラウリは気に入っていたから、着物風の裾の長いコートにし、色は漆黒。イメージしたのはラウリの色である黒曜石の色。
やっぱりラウリは黒が一番合っている。
コートを見たラウリはへぇと感嘆の声をあげた。
「夏用のコートです。おでかけする時、普段着の上からすぐに羽織れて便利だと思って」
ラウリに気に入ってもらえるには実用性も大事だと、捨てられた私のコレクションの数々から学んだ。
私が捨てられるのを待つだけの女じゃないってことがこれで証明できたと思う。
「ああ。気に入った」
私をセンスの悪い黒マント女だと思っていたようだけど、これで汚名返上、名誉挽回。
それにこの黒曜石色の服にはラウリの鱗の粉末を少しだけ加えてある。
術としても扱える特別な布をコートにするという贅沢な使い方をしてしまった。鱗は微々たる量しか加えていないとはいえ、試してないからわからない。ヨルン様から依頼があった目くらまし用の術と同じ効果を持つ簡単な術にしたのは安全性のため。
ラウリの鱗がどう作用するか、どんな付加効果を与えるのか、そこは未知数。目くらまし程度でも危険が差し迫った時、時間稼ぎにはなるだろうから、ちょっとしたお守りがわりのつもりだった。
「ピコピコ竜たんにも同じ布で上着と首にリボンをつけてあげたんですよ」
黒い上着とリボンを身に付けたピコピコ竜たんは誇らしげで、心なしかいつもより顔立ちが凛々しく見えた。
「ぬいぐるみと同じなのは複雑だが、着心地も悪くない。サイズもぴったりだ」
「気に入ってもらえてよかったです」
「そうだな。家じゅうが布と糸くずだらけにならなかったら、もっとよかったんだがな」
ちらりとラウリは居間や廊下の床に視線を送る。その視線の先を追うと、家の中には細かい糸や布が点々と散らばっているのが見え、私が歩いた経路を辿れそうなくらい落ちていた。
「ま、まあ、ほら、多少の犠牲はありますよ」
「多少か? 仕方ない。掃除するか」
糸くず被害にあっているのは床だけでなく、ソファーやクッションにも細かい糸がたくさんついている。
これでは私が昨日、ゴロゴロとソファーに転がり、クッキーをつまみながら雑誌を読んでいたのがバレてしまう!
ラウリが私に『寝ながら物を食うな!』とか『雑誌は元の場所に戻せ』と小言を山ほど言ってくると思ったけど、違っていた。
「……ありがとうな、アリーチェ」
私を子供扱いをする時の頭をぽんっと叩くこともせず、ラウリは私にただ微笑んだ。
まさか、ここで微笑みが来るとは思っていなかったから、驚き手に力が入り、抱きしめていたピコピコ竜たんがピッコンと間抜けな音を鳴らした。
「昼は外で食べるか」
「そ、そ、それがいいと思いま、ま、ます」
動揺する自分を隠しきれていない。
なぜ動揺していると追及されたら私はなんて答える?
心臓がバクバクとうるさく音をたてたけれど、その心配は必要なかった。
昼食の準備で忙しくなったラウリは私の動揺に気づくことなく、足早に台所へと向かって行った。
「ラウリの笑顔は危険ですね。心理攻撃かなにかかも……」
あの笑顔を見ると、心が揺さぶられ、落ち着いていられなくなる。
森の空気を吸い込んで、冷静さを取り戻さねば――スウッと森の新鮮な空気を吸い込むのと同時にラウリが現れ、ゲホッとむせてしまった。
「なにしてるんだ?」
「新鮮な森の空気を食べていました」
「腹が減ってるのはわかるが、どれだけ吸っても空気で腹は満たされないぞ」
「そうみたいです」
ケホケホと咳き込みながら、うなずく私を怪訝そうな顔でラウリは見ていた。私がおかしなことを考えて、森の空気を吸い込んでいたと思ったに違いない。
「早く裁縫箱を仕舞わないと昼食の準備ができないぞ。腹ペコヒロイン」
「可愛くない呼び方はやめてくださいっ! モテ度が下がるじゃないですか」
そう言った私をラウリは見る。目は口ほどに物を言うとは本当で、『なにがモテモテヒロインだ。呆れた図々しさだな』と語っていた。
口に出されなかった分、なんだかゴミヒロインと呼ばれた時より堪えたような気がしたけど、気のせいだろうか。
裁縫箱を片付けて戻ってきた頃には昼食の準備が出来上がっていた。
木製のテーブルにはオフホワイトのテーブルクロスがかけられ、レモン水と染物で余ったハーブを乾燥させて作ったハーブティー、ほんのり甘い焼きたてのビスケットがバスケットの中に山盛りになり、とろりとして艶のあるジャムの小瓶が並んでいる。
それから、玉ねぎ料理。布を染めるため、玉ねぎの外側の皮を大量に使ったから、皮のないむいた白い玉ねぎが大量にあるのだ。
だから、最近のスープは玉ねぎのスープばかりだった。
飽きるんじゃと思うかもしれないけど、意外と種類が豊富で飽きない。
玉ねぎスープにはキノコが入っていたり、炒めた薫製肉が入っていたり、ミルクで煮てほんのりと甘いスープになって出てくることもある。
今日のお昼のスープはまるごと玉ねぎスープでブラックペッパーが上に散らされ、炒めてカリカリになった薫製肉入り。スープの上には飾りとして、緑のパセリの葉がちょこんと飾られていた。玉ねぎはスープの色と同じ透き通った黄金色まで煮込まれている。
「うわぁ、今日のスープもおいしい」
透き通るまで煮詰められた玉ねぎはスプーンをいれると、すっと崩れるくらい柔らかく、スープにまで玉ねぎの甘さが広がっている。
温かいスープは幸せな味がした。
玉ねぎスープを食べ終わった私の隣にはピコピコ竜たんがいる。
そして、目の前にはラウリがいて、その顔は真剣そのもの。真剣な顔の理由はビスケットにつけるジャムの出来映えを研究者のように眺めているから。
家政夫として完璧を目指すラウリだけど、本当は竜人族の王子でヨルン様と同じ立場だということを忘れてはいけない。
彼をずっと私の家政夫のままにしておくことはできないのだ。
「あの、ラウリ……」
「ん? なんだ。ジャムが?」
ジャムの瓶を私に手渡してくれた。
ラウリが来てから、台所の食料棚はいつもいっぱいでジャムも豊富だけど、干し肉や干した野菜やフルーツの砂糖漬け、果実酒と保存食が増えた。
きっとあれは自分がいついなくなっても私が飢えずに済むようにとラウリなりに考えて、作ってくれたのだと思う。
ジャムの瓶を眺め、膝の上にピコピコ竜たんを置き、私は心を決めた。
「今までありがとうございました」
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