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20 【白】の光で照らして

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 ヨルン様の声に近衛隊に緊張が走る。さっきまでのなごやかさは消え、甲冑がぶつかる重い音が響く。
 このまま、ラウリがおとなしく去らなかったら、どうしようというのだろうか。

「そっ、そんな……やめてください……」

 おろおろしている私に対して、ラウリは不敵な笑みを浮かべ、私の頭にぽんっと手のひらをのせた。

「このぼんやりがこの国にとって必要な人間だということはわかった。だが、こいつの師匠が三本の指に入ってない理由は?」
「確かに腕はいい。だが、彼は森を包み込むほどの幻影を作り出せるまでの力は持っていない。あれほど広範囲に作り出し、持続させることができるのはアリーチェだけだ」
「あれくらい普通だろう?」
 
 ラウリの言葉をヨルン様は冗談だと受け取ったらしく無視した。それがラウリの冗談でないとわかっているのはきっと私だけ。
 町に伝わる伝説の竜の話が本当なら、湧き水をひとつの土地に与えるくらい強大な力を持っていることになる。
 その竜人族の王にと望まれているラウリの力はきっと伝説の竜より上。そんなラウリにとって、私が作り出す幻影なんて、ちょっとした小細工、子供だましのお遊び程度に違いない。

「まあ、いい。これでだいたいの事情はわかった。こいつが許可なく国から出られないことをいいことにお前はアリーチェの力を利用しているんだな」
「僕がアリーチェを利用している? 人聞きの悪いことを言わないでくれるかな。彼女に見合った仕事を渡しているだけだ」

 私の仕事――今日もヨルン様のそばに控えていた近衛隊の一人は王家の紋章が入った書状を持っているのが見える。
 あの中身は見なくてもわかっている。戦闘用の術ばかりだということくらいは。
 私がやりたい仕事はそんな仕事じゃなくて、私の染めた布を町のみんなの着る服や帽子、アクセサリーにして欲しいだけ。私はただ普通の染物師として必要とされたかった。
 王家からの依頼は報酬はよく、生活に困らないだけのお金はもらえるけど、私が望む仕事を一度たりとも依頼されたことはない。そして、完成した術をなにに使うかまでは教えてくれず、ただ私は染めるだけ。
 私は自分が利用されていないと口に出して否定できなかった。
 
「なんだ。その顔は。俺が代わりに断ってやろうか」

 暗い表情をしている私に気づいてか、ラウリは私の視線の先にあった紙を一瞥すると、不気味な笑みを浮かべ、指をひと振りした。

「うわっ!」

 ラウリが軽く指を動かしただけで、紙が燃え上がり、手にしていた近衛隊の一人は慌てて地面に捨てる。
 紙を焼く香ばしい匂いが立ちこめ、気まずい空気が流れた。パチパチと紙を燃やす音が聞こえなくなるまで全員がその紙を見つめていた。
 王家の紋章入りの書状が地面の上で燻り、黒い物体になったのを見届けると、ようやく近衛隊が騒ぎ出した。

「まさか……こいつは魔術師?」
「炎を操る術を使うのか?」

 ラウリはうるさいなというように顔をしかめた。

「この程度で騒ぐな。お前達がランプを灯すくらいのことにすぎん」

 私が驚いていないことにヨルン様や近衛隊も気づいたようだった。

「そうです。ラウリにとって、こんなのは朝飯前。私の大事なコレクションを不用品呼ばわりして、それを楽々と燃やし尽くす恐ろしい能力を持っているんですよ」
「なにが恐ろしいだ。お前のゴミを集める能力のほうがよっぽど恐ろしいぞ」
「ゴミじゃないです! ラウリにはゴミに見えたかもしれませんが、私の大切な宝物達です!」

 黒き竜、オブシディアンドラゴンによって灰にされた数々の品を私は忘れない。
 『赤い炎に包まれし、我が宝物達よ、安らかに眠れ』と、私は弔いのために庭に墓標まで作ったけれど、その墓標も邪魔だと言われ、ラウリに引っこ抜かれて薪にされた。
 
「宝物なんかあったか?」
「ありました! キャンディの包み紙とかっ、チョコレートの包み紙とか可愛い紙をとっておいたのにっ!」
「完全にゴミだ」

 容赦ないラウリの言葉。でも、ヨルン様達にもラウリのすごさが伝わっただろうから、私を利用しているという誤解は解けたと思う。

「ヨルン様。ご覧になった通り、ラウリが私を利用する理由はないんです。彼はじゅうぶんすごい力を持っています」
「そうだね、アリーチェ。けれど、君のそばに身元が確かではない男を置くわけにはいかない」
「だから、私がラウリの保証人になります。えっと、その、ラウリは記憶喪失なんですっ! 森に転がっていたのを私が介抱しましたっ」

 嘘をつかないと私のことをヨルン様は言ってくれたけど、これで私は嘘つき決定。

「おいおい、さすがにその言い訳は苦しいだろう? 記憶喪失とか、そんなもの誰が信じるんだ」

 私の下手な嘘にラウリがケチをつけてきた。
 でも、これ以上のうまい嘘を考えられない。
 当然、私のみえみえの嘘なんて誰も信じないだろうと思われた。けれど、そんなことはなく、唯一信じてくれた人がいた――!

「アリーチェ……。やっぱり君は優しいね。見も知らぬ人間を介抱してあげるなんて」

 天使のような笑顔を浮かべ、ヨルン様は私を褒めてくれた。
 でも、その私を信じ切った笑顔にズキッと胸が痛んだ、
 近衛隊はざわざわとし、今のは絶対嘘だったよなとか、純情ハートのせいでステータス異常『盲目』が発動しているなどと、なにか難しい術でも私が使ったかのような驚きを見せている。

「けどね、アリーチェ。君の寝室に入るような悪い男を許しておけないんだ」

 ヨルン様は微笑みを絶やさず、スッと手をあげて近衛隊に合図する。

「この男を捕まえ、我が国から追い出せ。記憶を失っていても傷は癒えただろう。いつまでも居座られては困る」
「ヨルン様っ!」

 近衛隊が剣を抜き、銀色の刃がラウリを映す。
 刃が映したラウリは凶悪な笑みを浮かべ、地面に伸びた黒い影へと目をやった。影を自分の元へと呼び、応じた影は足元から伸びて、冥府へ引きずりこもうとしているかのように見えた。
 その不吉で禍々しい黒い闇の色は漆黒。オブシディアンドラゴンの色をしていた。

「足が動かない?」
「なんの術だ……?」

 戦い慣れている近衛隊だけど、まさか影が生き物のように動き、足を縛っていると思わないのだろう。
 ラウリが竜だと知っているからこそ、私はラウリが持つ力に気づける。その力は人間の理解が及ぶ範囲のものじゃない規模だということも竜の伝説が証明していた。
 近衛隊がラウリの本当の力に気が付く前になんとかしないといけない。
 足が動かないのは気のせいだと思わせないと、ラウリが人じゃないとバレて人間の敵にされてしまう!
 討伐隊、殺された竜、町の湧き水――それらが頭をよぎり、身に付けていた畑仕事用のエプロンの紐をほどき、それを広げた。
 色は白で効力は一瞬。

「染色術、光の【白】!」

 簡単な染色術だったけれど、目くらまし用の術で、森で野犬や狼、熊などに出会ったら使おうと思っていたものだから、たいした術ではない。
 けれど、ラウリの影に光は有効だったようで、影は白い光によって焼かれ、黒から灰へと色を変えた。
 エプロンは消え、全員がラウリではなく、術を使った私を見る。こちらを見ていても視力がまだ回復しないせいで、何度もまばたきを繰り返すしかない。
 
「アリーチェ、どうして……!」

 ヨルン様の声に申し訳ない気持ちになったけど、これは攻撃じゃなくて、ヨルン様達を守るために使った術だった。

「なるほど。影を術で焼いたか」
 
 ラウリに操られていた影は一瞬だったけど、無効化されて元の影へと戻っていた。
 こほんと私は咳払いし、真剣な顔で言った。

「今のはラウリの気迫で足が動けなかっただけです」
「おいおい……」

 ラウリが違うだろと言いかけたけれど、私の顔を見た瞬間、その言葉を呑み込んだ。
 なにか衝撃的なことが起きたのか、ラウリの顔は今までで一番動揺し、狼狽えていた。
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