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21 お見通し?

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私の引っ越しを終えた後、唯冬ゆいとはコンサートの練習と普段の仕事が重なり忙しくなって、ゆっくり話をする時間もなくなった。
これが終われば、少しは落ち着くと言っていたけど……
私のほうはいつもと変わらずない日々を過ごしていた。
会社に通勤し、帰ればピアノを弾くという日々。
調律してあるピアノを弾けることに感謝しながら。
でも―――

雪元ゆきもとさん。どうかしたんですか。そんなカビのはえたパンを食べたみたいな顔をして」

遠慮のカケラもない後輩、桜田さくらださんが私に声をかけてきた。
カビのはえたって……
もう少し言いようがあるわよね?

「ちょっとね」

「もしかして、彼氏とうまくいってないとか?」

「そ、そうじゃないわよ」

唯冬は変わらず優しいし、家事だって家政婦さんが通いできてくれていて、私がピアノを弾ける時間を多くとれるように気をつかってくれている。
そこまで私に尽くしてくれなくてもいいのにってくらい尽くしてくれる。
不満なんか―――

「もしかして結婚問題ですか?」

「えっ!?ち、ちがっ……」

「順調に付き合っていて、いざ結婚となると問題が出てくるパターンもありますからね」

「たとえばどんな?」

「相手がお金持ちで財産目あてじゃないのかって言われたとか、家の格があわないとかで別れたって聞きますよ」

「やっぱり……そういうのあるのね……」

私は自分が唯冬にふさわしくないのではと思っている。
せめて両親と仲が良ければ、まだよかったのかもしれない。
そのうしろめたさが私を気まずくさせていた。

「でも、お互いが好きなら別れる必要ないですよ。そんな大昔じゃあるまいしっ」

「そ、そう?」

「むしろ、相手がお金持ちなら経済的な心配がなくてラッキーくらいの大きな気持ちでどーんっといたほうがいいですよ」

強い、強すぎるって私の相手がどうしてお金持ちだとかわかったんだろう。
じっと桜田さんを見るとにやりと笑った。

「付き合っている彼氏、やっぱりお金持ちなんですね。気づいてないでしょうけど、バッグとか財布とか、ちょっとした小物が少しずつハイブランド品になってますよ」

ハッとして自分の靴やバッグを見た。
引っ越しの時に唯冬がいい機会だからと言って、古いものを処分して新しいものをプレゼントしてくれたものばかりだった。

「そんな高いものだったの!?」

「雪元さん。もう少し世間を勉強しましょうよ」

あきれたように言われ、桜田さんは自分の机の引き出しをあけた。

「はいっ!どうぞ!」

いい笑顔でファッション雑誌を渡された。
これでも読め!そういうことですか?
なんてきついパンチを……後輩なのに容赦がない。
まだ昼休みが残っていたから、雑誌を開くとそこにはコンサートの宣伝のために撮ったと思われる唯冬の姿があって、パンッと閉じた。
あ、あぶなっ……なんなのこのテロ並みの危険度は。

「雪元さん。なにしてるんですか」

「手の運動をしただけ」

「はぁ?」

桜田さんの視線が痛い。
平静を装って、再び雑誌を開いた。
やっぱりいる……当たり前だけど。

「その三人組かっこいいですよねっ!クラシック界の王子様っ!」

「王子……」

「すっごく人気なんですよー。テレビに出演してるし、今度のコンサートのチケットも完売!」

「へ、へぇー。そうなんだ」

「ピアニストの渋木しぶきさんは焼きもちやきの恋人がいて女性奏者の共演はNGらしいですよ。テレビで言ってました」

「焼きもちやき!?」

それって私のことっ?
思わず、雑誌の唯冬を見た。
挑発するみたいな目をしている。
私が焼きもち……もしかして、これって焼きもちだった?
陣川結朱さんは美人だし、お金持ちで世に認められたピアニスト。
私よりずっと唯冬にぴったりだと思っていた―――だから、こんなもやもやしてたのかな。

「でも、焼きもちやきなんて言わないでほしいわ!」

だから、唯冬は嬉しい顔してたわけ?
私がむっとしているのに今日の朝もにこやかだった。

「雪元さんのことじゃないですよ?」

「わかってるわよ」

桜田さんはきょとんとした顔をしていた。

「これは返しておくわね」 

雑誌を返すと桜田さんははーいと軽い返事をして受け取った。
スマホを見て、すぐに文字を打ち込んだ。
『焼きもちなんてやいてませんから』とメッセージを送るとすぐに返ってきた。
 『焼きもちをやく千愛も可愛いよ』
ずさっと書類の中に埋まった。
ぱらぱらと書類が宙を舞って、私の頭の上に紙がのった。

「雪元さんっ!?」

相手が強すぎた。
なにを言っても愛の言葉を囁いてくるんじゃないだろうか。
恐ろしい……

「な、なんでもないの。ちょっとね」

「頭の上に書類がのってますよ」

紙をどかし、散らばった紙を集めた。
ちらりとスマホの画面を見るとコンサートの日の予定が書いてあった。
唯冬でなく、私の予定が。

『服を用意したから、当日それを着て会場にくること。マネージャーの宰田さいだが迎えにきて会場まで送ってくれるからマンションで待機していて』 

コンサートに行きたいって言ったけど、宰田さんに迎えにきてもらうほど厚遇しなくてよかったのに。
むしろ、そっと後ろのほうの席で聴けるだけで十分だった。

「過保護なんだから」

「先輩、彼氏と仲直りですか?顔がにやけてますけど」

静かに机に伏せて顔を隠したことは言うまでもない。
お願い、少しは見てみぬふりをして。
そう思わずにはいられなかった。
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