婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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みんなに報告した日、夕飯はいつもより豪華にしようと思って、ちらし寿司を作った。
ちゃんと錦糸卵は焼いたし、椎茸も甘辛く煮て、上にはイクラや穴子、ピンク色のさくらでんぶを散らす。

「彩りは完璧。私ってば、もしかして天才?困ったなー!料亭からスカウトがきちゃうかも!」

ふふっと笑いながら、自画自賛して一人ピースサインをした。
そして、あさりの潮汁を作ってから、ハッとした。

「ひな祭りじゃないんだから……」

なにしてんの。私。
あっさり天才の称号を心の中で返上した……。
がっくりと肩を落としているとちょうど帰宅してきたらしい斗翔が台所をのぞいていた。

夏永かえは天才だよ」

―――聞かれてた。

斗翔とわ。いつの間に帰ってきたの?」

「ついさっき」

嘘だ。
天才のくだりを考えたら、結構前に台所の前をうろうろしていたに違いない。
恥ずかしい。
こっちとしてはその気遣いも辛いとこよ!?

「そ、そう。それならいいけど」

聞いてなかったことにしてくれた斗翔の優しさに複雑な気持ちになりつつ、ちらし寿司を茶の間に運んだ。

「経理課のみんなからやっと結婚を決めたのかって言われたけど、斗翔は社長になにか言われなかった?大丈夫?」

藍色で描かれた麻の葉模様の取り皿を並べて、木のしゃもじでちらし寿司を取り分けた。
麻の葉模様には魔除けの意味があるんだよと斗翔が教えてくれた。
デザインの勉強をする斗翔は色々なことを知っている。
たまたま選んだ皿の模様にも意味があることを知った。
教えてもらわなかったら、ただ何気なく使っていただろう。
本当に天才なのは斗翔だよと心の中で呟いた。
天才と呼ばれることを斗翔は嫌うから。

「社長には今までどおりに仕事はやるって言ったら、それで納得してもらえた。最近はデザインの依頼が多いから、社長としてはそっちに専念してほしいらしいよ」

「そう」

きっと社長は自分より実力や人望のある斗翔をこれ以上、本社に置きたくなかったに違いない。
クライアントの評判は上々で最近、国際的な建築デザインのデザイン賞を受賞した。
雑誌にも載って森崎建設の建築設計は森崎斗翔に頼みたい、それ以外はちょっとと言われるくらいになっていた。
会社に貢献しているのに社長は斗翔が森崎建設社長の椅子を狙っているんじゃないかって邪推して、斗翔のことを疎ましく思っている。
そんなことを考えてるのは社長だけよ!
周りのみんなだって斗翔がそんな人間じゃないことをよくわかってるんだからね!
斗翔は黙って会社に尽くしてるのに目の上のタンコブ扱いなんて酷い話だ。

「夏永。怖い顔してどうかした?」

「ううん。なんでも。ちょっと酢飯が酸っぱかったかなって」

「ちょうどいいよ。料亭にスカウトされるよ、きっと」

やっぱり聞いてたんだ……。
最大の褒め言葉だと思っている斗翔は『うまく褒めることができたな』なんて満足そうな顔をしているけど、それ立ち聞きしてたのバレバレだからね!?

「おいしいよ、夏永」

優しい斗翔。
いつも穏やかで色のイメージは青。
深海のような――――濃紺のうこんかな。

「でも、よかった。森崎社長が斗翔が本社を離れることを許してくれて」

森崎という苗字でわかるように斗翔は森崎社長の遠縁にあたる。
両親を亡くした後、森崎本家の社長が経済的援助をしてくれたこともあって、大学の建築学科を卒業した斗翔は森崎建設に入社した。
ことあるごとに森崎社長は『親が亡くなった後、お前の親代わりだったのは誰だかわかるな?』と恩を着せて斗翔にどんどん仕事をさせている。
あの社長の顔を思い浮かべるだけで腹が立つ。

「夏永。次の休みに一緒に家を建てる場所を見に行こう。いくつか候補地があるんだ」

「海が見えて、緑の多い所?」

「そうだよ」

私のイライラなんか一瞬で消し飛んでしまった。
人間できてるなぁ……私に比べて。
早く週末になればいいのに―――どんな場所に私達の家を建てるのだろう。
急ぐ必要は少しもないのに早く見たいと思っていた。
私達の家を。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「先輩。顔がにやけてますよ」

隣の席の後輩が横目で私を見ていた。
に、にやけてた?
週末のことを考えたら顔に出ていたのかも。

「そ、そう?」

「幸せ絶頂ですね。いいなあ。私も早く結婚したーい」

コホンッと筒井課長が咳払いをした。
後輩は小さい声で『すみませーん』と言ったけど、反省は一瞬ですぐに『どんな家に住むんですか?』と小声で聞かれた。

「海が見える家よ」

まだ午前の業務中、大きな声で話すのはできない―――

「うわー!いいですねぇ。確かに森崎さんなら、すっごく素敵な家を建てそう!」

「静かに!」

案の定、筒井課長から叱られた。
ほらね……。
うらやましーい!と後輩が溜息を吐いた。

「結婚したら、清本先輩は奥様ですね」

「奥様になんてなれないわよ。新しい仕事を探すつもりよ」

「なればいいのにー!森崎さん、カッコイイ上に高収入、才能まであって将来有望ですもん。文句なしじゃないですか」

奥様なんてガラじゃない。
今までの仕事はできなくなるかもしれないけど、また何か仕事を見つけて―――そう思っていると廊下が騒がしい。

「おいおい、なんだ」

筒井課長が立ち上がり、ドアを開けた。

「大変だ!!今、テレビの会見で―――!」

「森崎社長が主導して建築データの改竄をしていたらしい!」

社内の電話が激しい雨音のように一斉に鳴り響いた。
【森崎建設、不正!】その文字がテレビと週刊誌をしばらくにぎわせることになった。
まさか―――これが私と斗翔の別れにつながるなんて、この時はまだ気づいていなかった。
私が会社から追い出されることも。
夕立のような激しい電話の音は今も耳にこびりついて残ったまま―――
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