婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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4 田舎の家

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夕暮れ色、茜色、オレンジ色―――サンセットカラーの海に日が沈んでいくのが山の上から見えた。
少しずつ山の方から薄紫色が広がり、グラデーションになるのを綺麗だなと思って眺めているとワンッと犬の鳴き声が響いて私を現実に引き戻した。

「早く帰らないとパパに叱られるっ!」

気づくと結構長い間、おしゃべりをしてしまっていた。
スポーツ競技場を建てていることやおすすめの温泉施設、スーパーの特売日なんかを詳しく教えてくれた。
まだ小さいのに莉叶りかちゃんは利発で頭の回転が速く、まるで大人と話しているみたいだった。

「それじゃあ、そろそろ帰るねー!またね!」

「ありがとう。莉叶ちゃん」

莉叶ちゃんは私に手を振り、私も手を振り返した。
ゴールデンレトリバーが頼もしく莉叶ちゃんの周りをぐるぐると回りながら、尻尾を振り、先導していった。
頼もしい犬ね……ってジュディさんでしたね……。
あまりの賢さについ『さん』付けしてしまうわよ。
お弁当箱のおにぎりはまだ温かい。

「そういえば、最近、ほとんど何も食べれなかったからなぁ……」

お腹が空かなかったからな……。
ゼリーみたいなものなら、なんとか食べれていたけど。
自分なりに必死でしがみついていたんだと思う。
けれど、状況は変わらず、結局私は逃げてきた。
斗翔を置いて―――ううん、斗翔が私を手放した。
倒れる前に私だけを逃がしたの?
でもそれは別れでしかなくて。

「……斗翔」

温かいお弁当を抱えたまま、一人泣いた。
もう涙なんて枯れたはずなのに。
私のために作ってくれたお弁当のぬくもりが嬉しかったのもある。
向こうでは誰も私のことを考えてくれる人はいなかったから。
だから余計に涙がこぼれたのだ。
きっと―――


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


泣きすぎて頭痛い。
ズキズキする。
―――泣くんじゃなかった。
朝になって後悔した。
目蓋が腫れて重い。
なにこれ、ひどい顔。
古い鏡に映った自分の顔だけど、ホラーすぎる。

「ま、まあ、誰にも会わないからセーフよ!セーフ!!」

あー、田舎に来てよかったと強がりにもほどがあることを口に出して言って、昨日の残りのお弁当を食べた。
民宿『海風』の人達には感謝よ、感謝。
久しぶりにご飯が美味しいって思えた。
それに―――

「掃除しなきゃ、ホコリじゃ死なないなんてセリフもきついレベルだわ……」

昨日は縁側でぼけっーとして、座布団を枕にし、毛布にくるまって眠った。
冬じゃなくて、本当によかった。
今の季節だから許されるのよ?
これ、冬なら確実凍死案件だったわね……
灯油もなかったし、ストーブもどこにあるんだろう。

「……まずは生活できるレベルにしよう」

仕事を探す前にそれよね。
朝ごはんを食べて、お弁当箱を洗った。
これは食料を買うついでに返しに行けばいいか。
引っ越しの挨拶もまだだったし、落ち込んでいるとはいえ、社会人としてあるまじき姿だったわね。

「えーと、バケツと雑巾は」

ごそごそと納屋の中や階段下の道具置き場を探したけどない。

「えー?」

きょろきょろと探していると棚の高い所に銀色に光るバケツっぽいものが見えた。

「あれかな」

よいしょっと背伸びしてとろうとした瞬間、銀色のタライが頭の上にグワーンッと落ちてきた。

「い、痛っーーー!!」

うぅっー!
頭にタライが落ちてくるとか、コント!?コントなわけ!?

「ひどすぎるよー……」

頭をさすりながら、落ちたタライを手にした。
『バケツのかわりにこれでいいか』とは思えなかった。
これは掃除用具ではない。
祖母が草木染めで使っていたタライだった。

「……おばあちゃんが私にツッコミいれたってことでいい?」

かなり手荒だったけどね。
元気を出せってことかな。
なるべく、他の方法で頼みたいところだったわ……
結局、掃除用バケツは土間に置いてあるのを発見し、それを使った。
家の中の拭き掃除が終わったら、布団と座布団を干して、食料も買いに行かないと。
仕事はたくさんある。
祖母が亡くなってから、誰も家の手入れをしてなかったせいで庭は雑草だらけだし。
庭に降りて、草を見ているとヨモギが大量に繁殖していた。
それを手に取る。

「ヨモギは春と夏じゃ色が違うのよね」

祖母と一緒に染めたことがあるのを思い出していた。
春のヨモギは黄緑色、夏のヨモギは緑色に染まる。
草木染めは不思議でその時、その時で色が変わる。
すべて自然任せだよと祖母は笑っていたのを思い出す。

「タライ……」

それはちょっとした出来心だった。
天気は上々、空は快晴。
初夏の空気は私を少しだけ前向きにして、ヨモギを無心で摘み始めた。
昔見た祖母の姿を思い出して。
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