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23 不意の訪れ
しおりを挟む納多さんはそっと私から体を離すと黙って帰って行った。
憎まれ口の一つでも叩くのかと思ったのにそれもなく―――
「また迷惑かけちゃったな……」
申し訳ないにもほどがある。
今度、なにか納多さんにおわびの品を考えておこう。
反省していると運送会社の人が汗だくでやってきて、作品を運んでくれた。
作品を送ってしまうと、私はもうやることがない。
「おわびの品はなににしようかな」
おばあちゃんの工房に入った。
子供の頃からよくここで遊んでいたのを思い出す。
おばあちゃんは私に好きな草や花を持ってきてごらんと言って、私に持ってこさせると好きな布を選ばせて染めさせてくれた。
だから、いつの間にかどの植物がどの布でどんな色になるのか身についていた。
「おばあちゃんが私に遺してくれた遺産なのかも」
そうだよとおばあちゃんが言ったような気がして振り返ると私の目線と同じ高さに蓋つきの棚があり、そこの棚には何が入っているか、まだ開けていなかったと思いながら蓋を開けた。
「ノート?」
それも大量のノートだった。
古いものもある。
それを一冊手に取ると走り書きや丁寧な字、おばあちゃんが書いたらしいメモ書きだった。
「おばあちゃんの染物の記録……」
同じヨモギでも細かく刻んだり、ミキサーにかけたりすると色が違ってくるとか。
細かいグラムまで書かれている。
時期や場所まで―――ほんの少しの違いで微妙な色の変化が出ることを知っている。
それをすべて記録していたのだ。
おばあちゃんは。
「こんなことしてたんだ」
木の椅子に座り、そのノートを暗くなるまでひたすら読み続けた。
ただ無心で。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やってしまった……」
チュンチュンと鳥の鳴き声が窓の外から聞こえた。
徹夜、徹夜ですよ?
しかも、夢中になって我を忘れておばあちゃんのノートを見ながら、染物までしてしまった。
朝早くからその布を干すはめになるという……。
染められた綿や麻の大きな布が風で揺れていた。
ぐっーとお腹が鳴って、昨日もらったお弁当を縁側に座り、もぐもぐと食べた。
なにしてるんですかね……。
「お風呂入って寝よ……」
無職最高って思うのはこういう時よ?
好きな時間にお風呂に入れるし、自由気ままに好きなことできちゃうしね?
ただ収入はない。
「それが問題なのよねー」
庭でミントの青い葉を摘み、紐で束ねてお風呂に浮かべた。
ミントのすっきりした香りが浴室に漂って、夏のお風呂にはぴったりだった。
のんびりとミントの香りに包まれた浴室でたっぷりのお湯の中につかる。
ちゃぷちゃぷとお湯の中でミントの葉をかき回しながら、天井を仰ぎ見た。
「はー、いいお湯」
窓からはセミの元気な鳴き声が入ってくる。
さすがに長く入っていることはできず、お風呂から出ると氷をたっぷりいれた麦茶を飲んだ。
縁側からは涼しい風が入り、外にはひらひらと布が風になびいている。
「さすがに眠く……」
茶の間に座っただけで、うとうととし始めた瞬間―――
「やあ!夏永ちゃん!約束どおり遊びにきたよ!」
明るい声でじゃーんっと現れたのは須麻さんだった。
い、今ですかー!
「須麻さん……」
「驚いた?驚いたよな?でもさ、驚かせようと思ってきたのに俺の方がびっくりさせられたよ」
そう言って須麻さんは揺れる布を眩しそうに眺めていた、
「唄代先生が生きていた頃みたいだ。先生がいるのかと思った」
「祖母のノートを見ていたら、染めてみたくなって。徹夜で染めてしまって」
「徹夜!?それじゃあ、来て悪かったな」
須麻さんは手に持っていた色のサンプルが入った分厚いカタログのようになったものをどさりと置いた。
「いろいろと語りたかったんだけどな」
「すみません。すこしだけ仮眠してもいいですか?」
「ご飯は食べた?」
「はい。すこし」
「すこしか。そう思って手当たり次第に食料を買ってきたから、好きなのを食べていいよ」
須麻さんは保冷バッグを差し出した。
保冷バッグの中にはデパ地下のお総菜が入っている。
やきとり、豚カツ、唐揚げ、ビーンズサラダにおにぎり、パンーーー
「こんなに食べれません」
「冷凍しておけばいいよ。またご飯食べるの忘れるだろう?」
否定できない。
なぜ、わかるのだろうか。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
にこにこと須麻さんは笑っていた。
そして、いそいそと縁側に座った。
「起きるまで待っていてもいいかな?」
「えっ!?忙しくないですか?」
「大丈夫!有能な秘書の宮光がなんとかしてくれる!」
「そうですか?でも、退屈じゃありませんか?」
「ここで見ていたい」
風にはためく布を?
変わった人だなぁと思いながら、徹夜の疲労感でそれ以上、なにも言えず、そうですかと答えてひいた。
じゃあ、すみませんけどもと思いつつ、座布団とタオルケットを持ってくると茶の間にごろんと横になり、眠った。
須麻さんは私に背中を向けたまま、ずっと庭を眺めていた。
おばあちゃんが生きていた頃はよくきていたのかもしれない。
スーツの上着を脱ぎ、シャツをまくって、くつろぐ彼からはこの家に慣れ親しんだ空気をかんじた。
ここにいても須麻さんはまったく違和感はない。
―――おばあちゃんは彼を気に入っていたんだろうな。
その大きな背中を見ながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
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