婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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24 疑惑

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なにか声がする。
言い争っているわけじゃないけど―――ギスギスしているというか。
夢かな。
だって、斗翔とわの声がするから。
きっとこれは夢よね。
今頃、婚約者と一緒にマンションで暮しているだろうし……

「誰って聞いてるんだけど?」

「それはこっちのセリフだよ。静かにしてもらえるかな?夏永かえちゃんが起きるじゃないか」

おでこから前髪をゆっくり撫でられ、その手の大きさから、お父さんかな?と思っていた。
いや?
私、今いくつよ!?
だんだん頭がはっきりしてきて、声もよく聴こえるようになってきた。

「夏永に触るな!俺は夏永の―――」

「まさか、恋人?泣かせておいて?」

ハッと目を開けた。
えっ!?なにこれ。
須麻すまさんは自分の膝の上に私の頭をのせ、私の額を撫でていた。

「あ、あの」

「ほら、騒ぐから起きちゃったじゃないか。おはよう、夏永ちゃん」

自分の置かれた状況を瞬時に理解するとがばっと起き上がった。
ひ、膝枕ー!?
ずさぁっと須麻さんから距離をとった。

「なっ、なに!?どうして、こんなことになってるんですか?」

「夏永ちゃんが泣いていたからだよ」

タオルが横に置いてあった。

「悲しい夢でも見てるのかなって思って近寄ったら抱きつかれたから膝を貸してあげただけ」

抱きついた!?
わ、私が?
混乱していると庭先から冷ややかな目で私と須麻さんを眺める斗翔がいた。
これは夢?

「浮気?」

「う、浮気じゃないっ!え……?本物の斗翔?」

「当たり前だよ」

むうっとした表情で斗翔は私を見た。

「よくない彼氏だね」

「は?眠って無防備になっている女に触る男に言われたくないね」

険悪すぎる、この二人。
そもそもなぜ、こんなことになってるの?

「夏永ちゃんを幸せにできる男じゃないと彼氏として認められないな」

「認めてもらおうなんて思ってないけど?」

これは危険だ。
正反対のタイプと言ってもいい。

「え、えーと」

困っていると須麻さんが頭をぽんぽんと叩いた。

「唄代先生の色を一緒にみようと思っていたけど、今日は帰るよ」

残念そうに須麻さんは言った。

「夏永ちゃんが困ってるからね」

「すみません……」

いいよと須麻さんは笑い、顔を近づけるとそっと耳元でささやいた。

「この悪い彼氏と別れたほうがいい。俺なら泣かせない」

驚いて須麻さんを見上げると、またねと太陽のように笑った。 
縁側から外に出て斗翔のそばに行くとぼそりと何か耳打ちしていた。
何を言ったのだろう。
斗翔がギュッと拳を握り、山道を降りて行く須麻さんの背中を睨みつけていた。

「……望んでこんなことになったわけじゃない」

染めた布が強い風で音をたて、斗翔のその小さなつぶやきを消した。
私達は何も言えず、しばらく見つめ合っていた。
明るい庭と暗い部屋の中から、お互いの気持ちを探るように。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


不機嫌な顔で斗翔は茶の間の座布団を抱えて転がっていた。
座布団に顔を埋めたまま、動かない。
なにこの拗ねモードは。

「あのね、斗翔」

話をしようと声をかけると―――

「……浮気者」

なぜか私が責められた。

「私!?だいたい浮気って斗翔……婚約者と暮らしてるって聞いて……い、家もなくなっていて。だから、私、もう……」

自分で言って、ズキッと胸が痛んだ。
口にだって本当はだすのが辛いことなのに。

「家は壊されたんだよ」

ようやく斗翔は座布団を置いて起き上がった。

「こ、壊された!?」

そんな突拍子もないことを言われて誰が信じるっていうの!?
あの優奈子さんってどれだけヤバい人よ?
監禁して破壊とか……

「それでマンションに連れてかれて、軟禁状態。この間、逃亡したのが許せなかったらしくて、その仕返しだね」

よく見ると斗翔はスーツの上着もなく、持っていたのはスマホと財布だけ。
シャツの袖をまくったままで、どこから逃げてきたのか、着の身着のままと言ってもおかしくない。

「でも、婚約をしたんでしょう?」

「まだしてない。迫られてはいる」

会社を立て直すために優奈子ゆなこさんとの結婚は絶対に必要なことだから―――当然の事なんだろうけど。

「あのね、斗翔。私と別れることを選んだのよね?」

きっと優奈子さんは斗翔が私に未練を残すことが許せなかったのだろう。
別れたくせにと向こうは思っているに違いない。

「俺のことはもういい?新しい恋人がいるから。俺はもう邪魔?」

「新しい恋人じゃないわよ!」

斗翔は私の髪を撫でた。
須麻さんが触れていた髪を―――自分で上書きするように。
手のひらが髪から目蓋に降りて、私の視界を覆った。

「夏永が俺を忘れるかもって思って、必死に会いにきたら見知らぬ男の膝で眠ってる姿を見せられて冷静でいられると思う?」

声が震えていた。
斗翔、泣いてるの?
覆った手のひらが斗翔の姿を隠したまま、見ることができなかった。

「斗翔……私、忘れてない。ずっと会いたかった」

「……俺もだよ」

斗翔は覆っていた手をどかし、私の顔を見た。
私の顎をつかむと唇を重ねた。
重ねた唇からは涙の味がした。
これは私の涙じゃない。
斗翔の涙だった。
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