婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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31 仕事って?

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伶弥さんと納多さんの迫力に気圧されて優奈子ゆなこさんは『後悔するわよ』と悪役のようなセリフを残して去って行った。

伶弥りょうやさん。いかがされますか」

「やられたらやりかえすに決まっている」

納多のださんが伶弥りょうやさんに判断を仰いだ。
どういう力関係なのか、納多さんはいつも伶弥さんを優先しているところがある。
不思議に思っていると、伶弥さんは泣く莉叶りかちゃんの頭をなでて言った。

「莉叶を守れなくてごめん」

「パパのせいじゃないよ……」

ぎゅっと莉叶ちゃんは伶弥さんに抱きついた。

「ちゃんと仕返しはするから大丈夫だよ」

仕返し!?
何が大丈夫なの?
驚いているといつもは淡々としている納多さんも力強くうなずいていた。

「もちろんです。莉叶さんを泣かすなんてとんでもない」

「気に入らないな」

イケメンだからか、怒ると迫力がある。

「ふ、二人とも待って!」

慌てたのは私より星名せなちゃんで伶弥さんの腕をつかんだ。

「お願いだから、乱暴なことはしないでね?」

「もちろんだよ。星名。早く莉叶のワンピースを着替えさせないと」

にっこりと微笑んだけど、その笑顔が嘘くさい。
星名ちゃんもそれを察しているのか、心配そうにチラチラと伶弥さんを見ていた。
食堂から星名ちゃんと莉叶ちゃんが出て行くのを見届けると伶弥さんは低い声で言った。

「納多。森崎建設の持ち株比率を調べろ。それから、共和きょうわ銀行の頭取に会うぞ」

「承知しました」

頭取に会う!?
納多さんはさっと分厚い手帳を取り出した。

夏永かえちゃん。斗翔とわ君の連絡先はわかる?」

「は、はあ。新しいスマホの番号ですよね」

「伶弥さん。盗聴されていませんか?」

納多さんが物騒なことを言い出した。

「ありえるな。あのタイプの女ならやりそうだ。もしかすると斗翔君のスマホになにか仕込んだのかもしれない。誰にも道をきかず、迷わずにここまできたことを考えると可能性は高いか……」

「少なくともGPSで場所は把握されているんでしょうね。朝日奈建設との仕事として呼び出しますか」

「そうだな」

「あのっ!何をしようとしているんですか?」

どんどん進む話に不吉な予感を覚えて思わず、口を挟んだ。
星名ちゃんでさえ、止められず二人をおろおろと交互に見ていて、暴走気味であることは否めない。

「ああ……。君のためじゃないよ。俺の妻と娘を傷つけた仕返しをするだけだから気にしないでいい」

「し、仕返しって!?」

トマトを投げつけられた仕返しですよね?
株とか銀行とか―――関係ある!?
二人の会話についていけず、ぼっーとしている間に伶弥さんは星名ちゃんがいる奥に向かって声をかけた。

「星名。ちょっと仕事で出かけてくる。民宿のお客さんの予約が入っている明後日までには戻るよ」

だだだっと奥から星名ちゃんが飛んで出てきた。

「ちょっ、ちょっと!仕事?仕事ってなに?伶弥、よからぬことを考えてない?」

ワンピースを手洗いしていたのか、星名ちゃんの手には石鹸の泡がついたままだった。

「よからぬことって、人聞き悪いな。妻と娘のために働くだけだ」

「民宿が本業でしょ!?」

「もちろん、心の本業は民宿だよ」

心の本業ではない本業ってなにがあるんだろうか。
しかも、精神的な本業であって、物質的な本業でないというところが生々しい。
心なしか生き生きとしてるような気がするのは気のせいだろうか。
止めても無駄だと思ったのか、星名ちゃんはため息をついた。
二人はスーツに着替えると民宿の主人と建築現場の監督のような雰囲気は消え、高そうなオーダーメイドのスーツは島で民宿を営む人間とは思えない品物だった。
どういうこと?と思っていると、星名ちゃんはあきらめたように言った。

「いってらっしゃい。なるべく、平和的な解決でお願いします……」

「星名は優しいからな」

そう言って伶弥さんは星名ちゃんの額にキスをした。
星名ちゃんはだまされないんだからねっ!と怒っていたけど、その語気はさっきよりも弱い。

「あ、あの納多さん、その服装は?」

「スーツです」

それは、見ればわかりますけど……。
私が聞きたいのはそういうことではない。

「伶弥さん。それではまいりましょうか」

「ああ」

私の質問に答えるより早く納多さんと伶弥さんは颯爽と出かけて行った。
スーツを着ていた伶弥さんのイケメンぶりは海外のメンズモデルみたいだったことを付け加えておく(重要)。
あんなイケメンをどこで捕まえたのだろう。
星名ちゃんは。

「怒ってる……。完全にキレてるよー……」

星名ちゃんが額に手をあててうなっていた。

「星名ちゃん、それってどうなるの?」

「わからないけど、穏便にはすまないと思う」

あれだけ怒ってるとね、でもしかたないよね……とブツブツ言いながら星名ちゃんはワンピースを洗うため、戻っていった。
残された私は何が起きたのかよくわからず、呆然と立ち尽くしていた。
まさかこんな場所に朝日奈建設の重要なポジションの人間がいるとは思わなかったし、そうなると星名ちゃんは奥様で莉叶ちゃんはお嬢様ということになる。

「世の中、どうなってるの……」

そうつぶやかずにはいられなかった。

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