婚約者を奪われ無職になった私は田舎で暮らすことにします

椿蛍

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37 二度目の嵐

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前の嵐の夜には斗翔とわが来たのを思い出して、窓の外を眺めいた。
今日はきっと来ない。
だから、これを手渡したのだろう。
斗翔が描いた家の絵を広げ、壁にはるとそっと指でなぞった。
玄関、縁側、斗翔が好きなレモンの木。
仰向けに寝転がってその家の絵を眺めていた。
飽きもせず。
なにを伝えたかったのかな。

「わからないよ、斗翔」

座布団に顔をうずめて目を閉じた。
もう斗翔の香りは消えてしまっている。

「斗翔のこと信じたいけど、そばにいないから……」

なにを考えているの?
彼女と婚約パーティーを開いたら、もう後戻りできなくなるんじゃないの?
それが本音。
須麻すまさんに悟られないように強気にしていたけど、私だって弱い気持ちはある。
答えがでないことをずっと考えていてもしかたない。
だから、こういう時は。

「飲もう!」

バッと跳ね起きた。
嵐の夜はぱぁーっと飲むに限るっておばあちゃんが言ってたもんね!
甘辛味のさんまの蒲焼き缶詰を開けて、からになったところへロウソクをおく。
停電に備えてよ、うん。

「おつまみもできて、停電にも対応可能なおばあちゃん直伝の一石二鳥の技よ!」

まあ、かっこよく防災の心得みたいに言ったけど、ただ飲みたかっただけ。
いそいそと皿と箸を持ってきて、ドドンッと保存容器を並べた。
作り置きしておいたトウモロコシとジャガイモの醤油バター炒め、枝豆の塩ゆでとトマトと青じそのサラダ。
いただきもの100%の顔ぶれよ……
ありがとう、民宿『海風』!
手を合わせて食べながら、おばあちゃんの梅酒と冷蔵庫のビールを並べて、ちょっとした宴会になった。

「よーし!今日は飲み明かすわよ!」

ガッツポーズを決め、外の風と雨の音、そして木が揺れるのを眺めながら、一人飲んでいた。
橋が封鎖されましたという放送と停電の恐れがあるというアナウンスが流れて、前よりもひどい嵐になるようだった。

「これは懐中電灯が必要かも」

せっかくいい気分で飲んでいたのにと思いながら、立ち上がった。
懐中電灯を探しに玄関に行った瞬間、ゴオオッと風の音がしてプツッと電気が消えてしまった。
学習とは……

「時すでに遅し」

ってそんなことを言ってる場合じゃないっ!
足元も見えないし、スマホも置いてきてしまった。
暗くてどこに懐中電灯があるかわからず、手探りで暗闇をなでる。

「たしか、下のほうに」

手をパタパタさせながら、懐中電灯があるんじゃないかというあたりをさぐっていると、玄関のドアを叩く音がした。
風ではない、人が叩く音。
まさか―――斗翔?
裸足で玄関に飛び出して、鍵を開けた。

「斗翔っ!」

ガラッと扉を開けるとそこには懐中電灯を手にしてレインコートを着た納多のださんがいた。

「納多さん……」

駆け出してきたと思われる私の姿に納多さんは苦笑した。

「すみません。待ち人ではなくて」

その視線は足元を見ていた。
ハッとして、慌てて家の中に戻った。

「いえっ!納多さん、どうぞ。こんな酷い雨の中、よく来れましたね」

星名せなさんと莉叶りかさんに頼まれまして。停電で一人だと心細いかもしれないから、今日は高吉の家に連れてきたらどうかと」

「大丈夫ですよ。えっと、懐中電灯もあるし、ロウソクもありますから」

「その懐中電灯はどこですか」

「こ、このへん?」

納多さんが呆れた顔をして懐中電灯を探してくれた。

「す、すみません」

「構いません」

懐中電灯を探しだすと渡してくれた。

「ありがとうございます。よかったら、台風が通りすぎるまで一緒に飲みます?こんな雨風が強い中、帰るよりは落ち着いてからのほうが安全ですから」

「はぁ……まあ、いいですけど」

うーんと納多さんは考えてから、曖昧な返事をしたけど、レインコートを脱いで玄関のポールにかけた。

「一人で飲むのも寂しいなって思っていたのでちょうどよかったです」

大きな懐中電灯を手に入れたおかげで部屋の中はかなり明るく感じた。
ロウソクもつけて、ランタンもつけるとなかなかいいかんじだった。

「納多さん、タオルどうぞ」

「どうも」

納多さんの髪はいつもきっちりしているのに今は前髪がぬれて、幼く見える。
もしかして、本当はけっこう若い?

「なんですか」

「いえいえ!」

あ、危ない。
じっーと見てたのがばれるとこだった。

「ビールとチューハイ、どっちがいいですか?おばあちゃんが作った梅酒もありますよ」

「ビールでお願いします」

「はーい」

ドンドンッと缶ビールを五本、ピラミッド型にして置いた。
それを納多さんは見て、私に言った。

「前から思ってましたけど」

「えっ!?なんですか?」

「大雑把ですよね」

「そ、そうね、少しね?」

「かなりですよ」

く、くそっー!やっぱりこの人、はっきり言ってくるわね。
わかってるわよ!
ちょっとばかり大雑把なのは!
言い返したいけど、日頃の行いのせいでなにも言えない……

「足をこちらへ」

「え?」

納多さんがぼっーとしていた私の足をつかむと汚れた足の裏をふいてくれた。

「玄関に裸足で出てきたでしょう?」

「そ、そうでした」

そういえば、飛び出したんだった……
男の人に足をふいてもらうなんて緊張するはずなのに自然でただ静かで穏やかな沈黙だった。

「いつも迷惑かけてしまって、すみません……」

「迷惑なんて思ってませんよ」

そう言ってくれたのは嬉しかったけど、なんとなく私も納多さんも次の言葉が出ずに黙っていた。
私の足に触れる指は優しく丁寧で、それが余計に嵐の音を大きくさせていた―――

       
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