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3章 二人の過去と今と未来へ
33.頬に触れたのは
しおりを挟むアラン様が二人を見送って帰ってきた。メイドさんが新しく紅茶を淹れてくれたので、僕はナッツ入りのクッキーを食べていた。
「待たせた。仕事はニールに任せたから、今日はこのまま屋敷にいる」
「お疲れ様です。アラン様」
朝早くからお仕事に出かけられたため、挨拶できなかったので『お疲れ様です』と伝えてみた。
アラン様はジッと、僕を見て「ルカに労いの言葉を言われると嬉しい」と言った。
何だかとろけるような瞳で、僕をみつめるので落ち着かなかった。アラン様はまた僕の隣に座った。
「あ、アラン様。ちょっとお願いがあるのですが……」
「何でも聞こう」
え……。まだ何も言ってないのに。
「あの。明日か明後日に、家の様子を見に帰りたいのですが「駄目だ」」
アラン様は即答した。
「……何でも聞こう、と言いましたよね? アラン様?」
ちょっとむくれて僕はアラン様に言った。確かに昨日今日で、家に帰るのは危険かもしれない。
でも僕にも生活がある。いつまでもアラン様のお屋敷にお世話になれないし……。
「……分かった。俺も一緒に行く。それなら明後日、休みだから大丈夫だ」
明後日。お休みなら……。
「すみません。仕事の注文が来てないか確認したいので……。お願いします」
アラン様と一緒に行くことを約束して、家に帰れることになった。
それまで僕は、ただ何もしないでお世話になるのが心苦しくて、お掃除や庭の手入れを手伝ったりしたけれど、僕がアラン様の客だと分かると手伝わせてくれなくなってしまった。楽しかったのに、残念。
アラン様はさらに僕に対して過保護になった。
朝や眠る前の髪の毛の手入れを、なぜかアラン様の仕事になってしまった。
「そんな! アラン様に僕の髪の毛の手入れをさせるなんて駄目です!」
「毛先だけ、少しの時間だ。ルカの髪の毛は触っていて気持ちが良い。……駄目か?」
大きな肉食獣がシュンとして、悲しそうな表情で僕をみつめるよう。なので僕からアラン様にお願いした。
「毛先、だけなら。お願いします」
一房ずつ手に取り、丁寧にいい香りのするオイルを塗っていく。
ネネさんにやってもらったときより、髪の毛に意識がいってしまう。
アラン様の僕より太くて長い指が、首筋をかすめるたびにくすぐったくてピクンと動いてしまう。
「細い首だ……。跡が早く消えればいいな」
後ろに椅子を持ってきて、大きな体で僕を包むように座って髪の毛の手入れをしてくれている。
アラン様が話しかけてくれると、頭の少し上から低く落ち着いた声が、後ろから聞こえてくすぐったい。
「いい香りになった。髪も艶が出てきたな」
アラン様は手に取った一房の髪の毛を見て言った。
斜めに見えたアラン様の顔が近くて、心臓の音が跳ね上がった。
包むようなアラン様の優しさに、僕は甘えてしまっている。こんな時間がずっと続けば良いのに、と思った。
アラン様に助けられて憧れて、何とか人の助けを借りて頑張って来れた。そして、その憧れていたアラン様のこんな近くにいることができるなんて。
「さあ、もう眠るといい。お休み、ルカ」
頬にそっと優しく、何かが触れて離れた。
「お休み……、なさい」
アラン様は僕の頭を撫でて、部屋から出て行った。
頬に触れて離れたのは、アラン様の唇だった。
次の日とか、僕はポーッとアラン様の顔を見ては顔を赤くして、挙動不審になってネネさんやメイドさんに温かい目で見られていた。
眠れなかったので早朝、アラン様がお仕事に行くときに「行ってらっしゃいませ」が言えた。
とても感激してくれて、皆の前で痛いくらいに抱擁されてしまった。
「仕事になんか行きたくないが、仕方がない。早く帰ってくる!」
アラン様は名残惜しそうに、馬車に乗り込んで仕事に行った。
「あらあら。あんな気合の入ったお顔で行って、怖がられないかしら?」
ネネさんがつぶやくと、メイドさん達が一斉に頷きあった。
「あんな、落ち着かないアラン様を見るのは初めてだな」
セバスチャンさんが、ため息をつきながら言った。玄関ホールに並んでいる男性達が、ウンウンとつぶやいた。
――アラン様、大丈夫かな?
その日は夕方より早い時間に、屋敷に帰ってきたアラン様。
「ただいま、ルカ」
「お帰りなさい、アラン様」
僕もお出迎えして挨拶すると、一瞬動きがとまる。
「アラン様?」
首を傾げるとジッと僕を見る。こちらのお屋敷にお世話になって、よく目が合う。嬉しいけれど、アラン様が何か言いたそうな感じで不安になる。
何か粗相してしまったのか、嫌われたのかと考えてしまう。
「いや。明日はルカの家に行く日だったな」
上着を脱いでセバスチャンに渡した。
「はい」
アラン様は歩きだして部屋へ向かった。
「あとで食事を一緒に。それまでは自室で、資料をまとめなければならない。すまん」
お仕事かな? 僕の為に早く帰ってきてくれて、申し訳ない。
「はい。お食事の時間まで待ってます」
僕は大人しく部屋で食事の時間まで待った。
アラン様は食事の時間になって部屋から出て来られたけれど表情がすぐれず、心配になった。
夜の髪の毛の手入れは丁寧にしてくれたけれど、何か考えごとをしているようで心あらずだった。
「アラン様、お疲れでしょうか? 大丈夫ですか?」
心配して話しかけると、アラン様は後ろから僕を抱きしめた。
フワリと大きな体に包まれて驚いたけれど、アラン様の体温が感じられて嬉しかった。
「俺は、君を守るから」
「え? アラン様……」
振り返ろうとしたらアラン様は僕から離れた。
「お休み。ルカ」
ドアを閉める前にこちらを振り返って言った。
「お休みなさい」
パタンと閉められたドアをしばらく眺めていた。
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