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4章 二つの指輪
44.耳に触れた指が
しおりを挟む湖をアラン様としばらく眺めていた。
鳥の鳴き声や葉の擦れる音、草の香りや野花の可愛さを楽しめて、いい所だなと思った。
鳥が湖上に何羽かいて、くつろぐ姿を見ていた。
「冷えるから中に入ろう」
アラン様に促されて中に入った。
「パンケーキを作ろうと思うが、一緒に作ってみるか?」
パンケーキ? 食べたい。
「はい」
アラン様は何でも作れるな。尊敬している。
コテージにはキッチンがあって、調理ができるみたいだ。アラン様からエプロンを渡されて着けてみた。アラン様のは黒い生地のエプロン。かっこいいな。
僕のエプロンは、白い生地のちょっとフリルがついている。
「ルカ、卵を割ってくれないか?」
アラン様から手渡された卵。卵を割ってボウルにいれる作業。
カンカン! と、ボウルの縁に卵を叩いて殻にヒビをいれる。
「あっ……!」
グシャリと殻を潰してしまい、黄身がつぶれた。
「すみません! どうしよう……」
僕がオロオロしていると「大丈夫だ」と言って手首を軽く掴んで、すぐ横の洗い場で手を洗ってくれた。
「殻を除けば使えるから、気にするな」
ふっ……と微笑んで言ってくれた。
僕は実は料理が苦手……というより、下手だ。焼くだけの目玉焼きも焦がし潰れるし、野菜をナイフで切ると、指まで切ってしまうので千切っていた。
味付けは、『地獄の沼のような味』と孤児院の皆に言われたことがある。どんな例え方だろうと思ったけれど。
「ルカ、ちょっと待て。なぜパンケーキの生地に塩とこしょうを入れようとしてる?」
「あ! いけない」
考えごとして無意識に入れようとしていた。腕を掴まれて既の所でとめられた。良かった。
「焼いてみるか、ルカ」
アラン様が間違いなくパンケーキの生地を作り、声をかけてくれた。
「僕、料理が下手なんですよね……」
料理下手は自覚はしている。でも一緒に作りたいとは思っている。
「大丈夫だ。何事もやってみないと上手くならない」
そう言って僕に、フライ返し(ターナー)を手に渡してくれた。
「生地をフライパンに流すから、ポツポツ穴が開いたらひっくり返す。簡単だからな。まだだぞ? ルカ」
僕の後ろに立ち、腕を取ってひっくり返す瞬間を待っている。
「わかりました。アラン様に委ねます……」
ジリジリとした時間。ひっくり返すのを我慢する。
僕がパンケーキを作ったときは、すぐにひっくり返してしまってグチャグチャになって、さらに焦げでしまった。なるほど。待つのか。
「……」
ハタ、と気がつくと、また後ろにアラン様が密着している。包まれるに慣れてしまっている僕がいた。
「もうちょっとだ」
「はい……」
アラン様の体温が、シャツの腕をまくった肌が出ている場所から直に感じられてゾクゾクしてしまう。
掴まれた腕をアラン様の大きな手が、指が、僕の肌を撫でているようで落ち着かない。
「ほら、ひっくり返してみろ」
「あっ」
腕を上手に動かれて、パンケーキがひっくり返される。
クルリとひっくり返されてポンッ! と崩れもなくきれいにひっくり返された。
「わっ、成功した」
「成功したな」
美味しそうな甘い香り。僕が作ったときは砂糖が無くて、美味しく出来なかったパンケーキ。
このパンケーキは美味しそうだ。
焼き上がり、パンケーキにバターと蜂蜜をかける。ブルーベリーとラズベリーをお皿に乗せて、粉砂糖を上からふるってかければ完成。
窓ごしに見たことのある、お店に出てくるパンケーキみたいだ。
アラン様のお皿は、バターとフルーツのみだった。
「いただきます」
お祈りを捧げてからいただきます。
フワフワ、柔らかく甘い香りと味。バターの塩気もあって、蜂蜜と絡んで美味しい。
ブルーベリーとラズベリーは、甘酸っぱくて美味しい。
「美味しいな」
「美味しいです」
二人で美味しく、楽しくパンケーキを食べた。甘い甘いパンケーキ。
「ルカ、耳が出てるぞ」
アラン様が言おうか悩んでいる感じだったので、何かなと思っていたら……。
「ひゃっ!」
慌てて耳を手で隠した。
「気を緩めると出てしまって……」
シュンとしてしまった。
「いや、むしろその方がいい」
そう言ってアラン様は、僕の隣の場所に座り直した。
「隠さなくてもいい、世の中にしたいと思っている」
僕の頭を撫でてそう言ってくれた。
隠さなくてもいい、世の中。
獣人と仲良く暮らせる世界……。僕みたいに隠して暮らしている獣人が普通に暮らせたら、どんなにいいか。
「そんな日がくれば、いいですね」
本当に。
「気を緩めると、と言ったが俺といて気が休めることができるのか?」
アラン様が僕に触れる。頬に手のひらの体温が温かくて、お互いの顔が近くて。僕はまだ慣れなくて。
「安心します……」
こんなに近くに座っても、少し目線が高くなるアラン様の顔。
怖いと言われている、金色の瞳に僕が映っている。
愛しいものを見るかのように、何かを欲するようにアラン様は僕を見ていた。
「……耳を、触っても?」
あ……。そんなおねだりするような顔で言われたら、僕は許してしまう。
「っ、どうぞ」
ちょっと下を向いて耳を近づける。そっと触れるアラン様の指がくすぐったくて……。
絶対に顔が赤くなっているから、顔を伏せてわからないようにする。
耳の手入れはキチンとしていたから、綺麗なはず。
「ぁ、んん……」
「痛かったか?」
つい、変な声が出てしまったので口を押さえた。
「いぇ……。大丈夫です」
優しく触ってくれているけど。触れるか触れない優しいアラン様の指の感触が、気持ちよくて……。
「ん、……」
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