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六 毒
しおりを挟む次の朝。
今日私から蘭へ引継ぎの為、泉のみそぎと朝のお祈りの作法を教えようとしたのに。
蘭は来なかった。
「父が作法などを蘭へ、教えてくれると良いのだけれど……」
お祈りの為、禊を終えて向かっていた。
「う、ぐ……!」
歩いて向かっていたら、後ろから濡れた布で口を塞がれた!
だ、誰? 強盗だろうか!?
塗れた布で口を塞いだ人物を確かめようと、振り向いた。
「眠っていてね?」
ニヤ……と笑った蘭の顔を、気を失う前に見てしまった……。
どこかに運ばれているような……、気がする。
両脇を持たれて、ズルズルと引きずられている。踵が地面に着いて土を削っている感覚がある。
「あれ? もう目が覚めちゃった? 薬、少なかったかな――?」
蘭の声が聞こえる。――薬? 蘭が私を……。
体が動かない。
「やっぱ、体重が軽いね~。運びやすくて助かるよ!」
ハハッ! 笑いながら私をどこかへ運んでいる。一体どこへ……?
「よいしょ」
しばらく引きずられて、次に蘭に片手を取られた。
肩に腕をまわされて持ち上げられた。
「どこへ……」
「覚えがあるでしょ? 懐かしいね――」
ドンッ! と突き飛ばされて私は倒れた。
「うっ……!」
地面……、床に転がされた。
「ここにしばらく、入っていてね? バイバイ――!」
扉を閉めて、ガチャガチャと鍵までかけられた。
ゴロンとあお向けになって周りを見た。
「どうして……」
体が痺れて動けないが、意識はハッキリしてきた。
「お仕置き部屋か……」
見覚えがあるはずだ。
継母に少しでも意見を言うと、この蔵にお仕置きと言って閉じ込められた。
いくら叫んでも泣いてもお腹が空いても、出してもらえなかった。
弱った頃にここから出されて、私は継母に逆らえなくなった。
さすがに大きくなってからは、蔵まで継母は連れてこれなくなったので最近はなくなった。
まさか蘭にやられるとは……。
古くからあった天狼家の蔵。
ほこりを被っている物が多いが、歴史的に珍しいものが多い。
でもほとんどが、ガラクタだ。
私のような子供を閉じ込めるのは、暗くて不気味なこの蔵はちょうど良かったらしい。
大きくなった私には怖くはないが、体が動かなければ脱出もできない。
体のしびれが無くなって動けるようになるまで、ジッとしているしかない。
天狼神様……。ごめんなさい。
私はあなたの元へ、行けないかもしれません……。
あお向けに倒れたまま、蔵の天井を見つめて動けずにいた。
手足の先が冷たくなってきたような……、気がする……。
ドガン!
「えっ……?」
バキッ! バキバキ……!
蔵の出入り口から破壊音が聞こえた。
体が動かないので視線だけ出入り口へ向けた。
『翡翠……。無事か?』
破壊音の後――。
静寂が訪れて、耳に心地よい声が聞こえた。
この声は……。
「天狼神様、なのですか……?」
まさか私を助けに来てくれた?
『そうだ。動くな』
ドスドス……と足音がして、私の側へ腰を下ろした。
「天狼神様……」
震える手を天狼神様へ、一生懸命に伸ばした。
『翡翠』
天狼神様は、私の手を握ってくれた。
『毒にやられているな。体を痺れさせて、徐々に死へ至らせる毒だ』
私を一目見て、体が動かない原因を言った。
「毒……。私は死ぬのですか……?」
天狼神様の手は大きく、温かかった。このまま手を握ってもらいながら、死んでいくならば幸せなのかもしれない……。
自分の指先が毒のせいか、痺れて冷たくなっていく。
『死なせはしない』
凛々しい顔が少し悲しそうになって、徐々に近づいてきた。
「んっ? う……」
冷たくなった唇に温かい柔らかなものが触れた。
始め、感覚が鈍くなってそれがなにかわからなかった。
にゅる……。
「ん……、あぅ……」
口の中に何かが入って来た。それが天狼神様の舌と気づくのにしばらくかかった。
「あっ……! あぁ――っ!」
口の中に甘いものを感じたと思ったら、ビリビリと激痛が走った。
全身が光ったように、一瞬見えた。
『毒を中和した。まだ毒は、体の中に残っているから動けないだろう』
激痛の後、手先の痺れが無くなった。でも全身が痛くて動けなかった。
「わ」
天狼神様は、床に横たわっていた私を抱きあげた。
「て、天狼神様。恐れ多いです……!」
天狼神様のお顔に近い。ドキドキしながら伝えた。
『まだ歩けない。このまま連れて行くぞ』
天狼神様は、私の背中と膝裏に手をまわして歩いた。
実体となった天狼神様は背が高く、しっかりとした体躯の神様だった。
「すみません……」
天狼神様の言う通り、まだ歩けないだろう。甘えてしまっていいのだろうか。
『毒を使った者の罰を与えたいが、後回しだ。翡翠、お前を先に休ませたい』
天狼神様は私を優先してくださっている。……毒を使われたといえ、優先してくださったことが嬉しかった。
蔵を出て、庭を真っ直ぐに歩くと天狼神様がいらしたお祈りの間がある。
「て、天狼神様! いらっしゃっておられたのですか!」
父が偶然、天狼神様と私に対面した。
「お迎えが遅くなりまして……。申し訳ございません! 翡翠がいなくなっていて、探しておりました!」
父はそう言って、地面にひれ伏した。
「腕の中にいるのは翡翠……!? なんて恐れ多いことを! 離れなさい!」
『愚か者!』
地面が揺れて、空に声が振動になって辺りに響いた。
「ひいいい!」
父はひれ伏せたまま頭を抱えた。誘いている。
『翡翠は毒を使われて、蔵へ閉じ込められていた。おぬしは次期当主の翡翠を、このような仕打ちをするのか!』
空が突然黒い雲に覆われて、雷鳴が響いた。
「と、とんでも御座いません! 私はそのようなことをしておりません!」
父は言い訳をするのが精いっぱいだった。私の体を、心配していなかった。
『翡翠に毒を使った者には、相応の罰を与えるから覚悟しているといい』
「も、申し訳ございません!」
父はブルブルと震えて、地面へ頭をこすりつけていた。
『翡翠を手当てする。もらっていくぞ』
天狼神様は私を抱きかかえたまま、ひれ伏す父の横を通りすぎた。
お祈りの間にたどり着いて、私は抱えられて天狼神様の元へ連れていかれた。
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