7 / 14
七 天狼神様のお屋敷へ
しおりを挟むお祈りの間で天狼神様に抱きかかえられたまま、眩しい光の中を進んだ。
『目を閉じていろ』
まぶたを閉じて、天狼神様に身を任せた。
「お帰りなさいませ。天狼神様」
若い声の男性の声がして、まぶたを開けた。
『うむ。翡翠を連れて帰ったぞ。しかし。毒を使われて、体にまだ残っている状態だ』
天狼神様は若い男性に、毒を使われたことを話してから私の顔を見た。
「何ですって!? 急いで体を休めましょう! 部屋を整えてきますので、翡翠様に薬湯を飲ませて差し上げてくださいませ!」
男性は走って部屋を整えに行ったようだ。
それにしても私のことを【翡翠様】と呼ぶなんて……。生贄にしては様子が変だ。
『翡翠、体は大丈夫か?』
心配そうに天狼神様は私に気遣ってくれている。
こんなに私のことを気遣ってくれる人がいなかったので、慣れない。
「は、はい……。まだ体に痺れは残っていますが……」
『無理をするな。この屋敷で養生するが良い』
私を抱く手に力が入った。
「わかり……、ました」
「天狼神様、お布団を用意できました」
『うむ』
男性の話しかけに天狼神様は頷いて、歩き出した。
『後であの者を紹介する。まずは休め』
私を楽々と抱えて移動した。
「はい」
屋敷は純日本式のお屋敷で……。お屋敷というより、平安時代の寝殿造のような広いお家だった。
「わあ……!」
広いお庭には綺麗な池があって、睡蓮が咲いていたり鯉が泳いでいたりと初めて見るものばかりだった。
『気に入ったか?』
天狼神様が立ち止まって私を抱きあげたまま、お庭を見せてくれた。
「はい……! とてもきれいです」
まだ体が、動かないのが残念だ。色々な珍しい花が咲いている。
『体が良くなったら、散歩をしよう』
天狼神様は、私の顔を見て話しかけてくれた。
「ありがとう御座います!」
楽しみだ。早く体が良くなるといいな。
『部屋へ行くぞ』
「はい」
しばらく天狼神様に抱えられて行くと、障子が開け放たれた新しい畳の良い香りがする部屋へ入った。
そこにはお布団が敷かれてあって、私はその上に優しく下ろされた。
障子の開け放たれた部屋からは、きれいなお庭が良く見えた。
「えっ……? ここの部屋は……」
『翡翠の部屋だが……。気に入らないか?』
片膝をついて、横になった私を見て尋ねた。
「い、いいえ! あまりにも立派なお部屋なので、私などがこの部屋を使っていいものか……」
不要なものを置く部屋を片付けて使っていた、私の部屋とは大違いだった。
『お前の部屋だ。足りないものがあったら、揃えさせるので遠慮なく言え』
私は口をポカンとさせてしまった。生贄にしては待遇が良すぎる。
それに……。
そんな優しい事を言ってくれた人は初めてだったので、戸惑ってしまった。
ポロリと涙が流れた。
「あ、ありがとう御座います……」
腕が動かないので涙が拭けない。あふれる涙を拭けなくて困った。
誰にも涙を見せたことがないのに恥ずかしい。
『翡翠は頑張ってきたのだな』
優しく私に言って、涙を拭ってくれた。大きな手が嬉しくて、泣きながら微笑んでしまった。
「天狼神様、ありがとう御座います……」
『それにしても。あやつらの、お前に対する扱いが酷すぎる。許せん……』
小声で天狼神様が言った。
『とにかく……、今日は休め。あとで食事を運ばせる』
今度は頭を撫でられた。
まさか天狼神様に撫でられるとは、思いもしなかった。
でも全然嫌な感じではなく、とても気持ちがいい。
「……はい」
私は天狼神様の言われた通り、休むことにした。
買い物も、洗濯物をしまって畳んで片づけたり、ご飯の用意もしなくていい夕方なんて……。
私は天狼神様に頭を撫でられているうちに、眠くなってきた。
暖かい……。こんな上等なお布団で眠れるなんて。
ウトウトと眠気がきて、まぶたが重くなった。
『食事が出来たら起こす。それまで眠っていていい』
天狼神様の声が聞こえたけれど、まぶたが重くて返事が出来なかった。
横になったまま、コクンと頷いた。
その時、体が何かに包まれた気がした。
大きな暖かな何かに。
私は海に沈むように眠りに入った。
「天狼神様、翡翠様。お食事が出来上がりました」
声が聞こえて、目が覚めた。
そういえば、ここは……。
まぶたを開けると、ビックリするほど整った顔が目の前にあった。
天狼神様が私の隣で添い寝してくれたようだ。
「あっ! も、申し訳御座いません……! すっかり寝てしまいました……」
離れようとしたけれど、腕が私の体を包んでいて動けなかった。
『そこに置いておけ』
「かしこまりました」
部屋の入り口に置いて、先ほどの男性は行ってしまった。
『まだ毒が抜けきってないだろう。食べさせてやる』
「え……?」
天狼神様はスッと立ち上がって私から離れた。作ってくれたお料理を取りに行ったらしい。
私から離れて、少し寂しい気持ちになった。
起き上がろうとしたが、まだ手足が痺れていた。
毒を使うなんて。蘭……。
『起こしてやるから、そのままでいろ』
布団の側まで、足つきのお膳に乗ったお料理を持ってきてくれた。
私の傍らに座って、わきの下に手を入れて体を起こしてくれた。
『口は開けられるな?』
天狼神様が自ら、私に食べさせてくれると気が付いて驚いた。
1
あなたにおすすめの小説
ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される
七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。
ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。
平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。
しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。
エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。
さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。
特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。
鳥籠の中の幸福
岩永みやび
BL
フィリは森の中で静かに暮らしていた。
戦争の最中である。外は危険で死がたくさん溢れている。十八歳になるフィリにそう教えてくれたのは、戦争孤児であったフィリを拾ってここまで育ててくれたジェイクであった。
騎士として戦場に赴くジェイクは、いつ死んでもおかしくはない。
平和とは程遠い世の中において、フィリの暮らす森だけは平穏だった。贅沢はできないが、フィリは日々の暮らしに満足していた。のんびり過ごして、たまに訪れるジェイクとの時間を楽しむ。
しかしそんなある日、ジェイクがフィリの前に両膝をついた。
「私は、この命をもってさえ償いきれないほどの罪を犯してしまった」
ジェイクによるこの告白を機に、フィリの人生は一変する。
※全体的に暗い感じのお話です。無理と思ったら引き返してください。明るいハッピーエンドにはなりません。攻めの受けに対する愛がかなり歪んでいます。
年の差。攻め40歳×受け18歳。
不定期更新
転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています
柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。
酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。
性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。
そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。
離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。
姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。
冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟
今度こそ、本当の恋をしよう。
【完結】異世界はなんでも美味しい!
鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ
異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。
頭は良くない。
完結しました!ありがとうございますーーーーー!
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。
帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか?
国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。
僕と教授の秘密の遊び (終)
325号室の住人
BL
10年前、魔法学園の卒業式でやらかした元第二王子は、父親の魔法で二度と女遊びができない身体にされてしまった。
学生達が校内にいる時間帯には加齢魔法で老人姿の教授に、終業時間から翌朝の始業時間までは本来の容姿で居られるけれど陰茎は短く子種は出せない。
そんな教授の元に通うのは、教授がそんな魔法を掛けられる原因となった《過去のやらかし》である…
婚約破棄→王位継承権剥奪→新しい婚約発表と破局→王立学園(共学)に勤めて生徒の保護者である未亡人と致したのがバレて子種の出せない体にされる→美人局に引っかかって破産→加齢魔法で生徒を相手にしている時間帯のみ老人になり、貴族向けの魔法学院(全寮制男子校)に教授として勤める←今ここ を、全て見てきたと豪語する男爵子息。
卒業後も彼は自分が仕える伯爵家子息に付き添っては教授の元を訪れていた。
そんな彼と教授とのとある午後の話。
好きなだけじゃどうにもならないこともある。(譲れないのだからどうにかする)
かんだ
BL
魔法使いが存在する世界。
皇太子の攻めと学生時代から付き合っていた受けは、皇帝からの許しも得て攻めと結婚した。だが、魔法使いとしても次期皇帝としても天才的な攻めに、後継を望む周囲は多い。
好きなだけではどうにもならないと理解している受けは、攻めに後継を作ることを進言するしかなく…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる