神社の無能次期後継者「翡翠(ひすい)」は、天狼神様にその身を捧げる

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七 天狼神様のお屋敷へ

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  お祈りの間で天狼神様に抱きかかえられたまま、眩しい光の中を進んだ。
 『目を閉じていろ』
 まぶたを閉じて、天狼神様に身を任せた。



 「お帰りなさいませ。天狼神様」
 若い声の男性の声がして、まぶたを開けた。
  『うむ。翡翠を連れて帰ったぞ。しかし。毒を使われて、体にまだ残っている状態だ』
 天狼神様は若い男性に、毒を使われたことを話してから私の顔を見た。

 「何ですって!? 急いで体を休めましょう! 部屋を整えてきますので、翡翠様に薬湯を飲ませて差し上げてくださいませ!」
 男性は走って部屋を整えに行ったようだ。
 それにしても私のことを【翡翠様】と呼ぶなんて……。生贄にしては様子が変だ。

 『翡翠、体は大丈夫か?』
 心配そうに天狼神様は私に気遣ってくれている。
 こんなに私のことを気遣ってくれる人がいなかったので、慣れない。
 「は、はい……。まだ体に痺れは残っていますが……」

 『無理をするな。この屋敷で養生するが良い』
 私を抱く手に力が入った。
 「わかり……、ました」

 「天狼神様、お布団を用意できました」
 『うむ』
 男性の話しかけに天狼神様は頷いて、歩き出した。

 『後であの者を紹介する。まずは休め』
 私を楽々と抱えて移動した。
 「はい」
 屋敷は純日本式のお屋敷で……。お屋敷というより、平安時代の寝殿造しんでんつくりのような広いお家だった。

 「わあ……!」
 広いお庭には綺麗な池があって、睡蓮が咲いていたり鯉が泳いでいたりと初めて見るものばかりだった。
『気に入ったか?』
 天狼神様が立ち止まって私を抱きあげたまま、お庭を見せてくれた。

 「はい……! とてもきれいです」
 まだ体が、動かないのが残念だ。色々な珍しい花が咲いている。
『体が良くなったら、散歩をしよう』
 天狼神様は、私の顔を見て話しかけてくれた。
 「ありがとう御座います!」
 楽しみだ。早く体が良くなるといいな。

『部屋へ行くぞ』
 「はい」
 
 しばらく天狼神様に抱えられて行くと、障子が開け放たれた新しい畳の良い香りがする部屋へ入った。
 そこにはお布団が敷かれてあって、私はその上に優しく下ろされた。
 
 障子の開け放たれた部屋からは、きれいなお庭が良く見えた。
 「えっ……? ここの部屋は……」

『翡翠の部屋だが……。気に入らないか?』
 片膝をついて、横になった私を見て尋ねた。
 「い、いいえ! あまりにも立派なお部屋なので、私などがこの部屋を使っていいものか……」
 不要なものを置く部屋を片付けて使っていた、私の部屋とは大違いだった。

『お前の部屋だ。足りないものがあったら、揃えさせるので遠慮なく言え』
 私は口をポカンとさせてしまった。生贄にしては待遇が良すぎる。
 それに……。
 そんな優しい事を言ってくれた人は初めてだったので、戸惑ってしまった。

 ポロリと涙が流れた。
 「あ、ありがとう御座います……」
 腕が動かないので涙が拭けない。あふれる涙を拭けなくて困った。
 誰にも涙を見せたことがないのに恥ずかしい。

『翡翠は頑張ってきたのだな』
 優しく私に言って、涙を拭ってくれた。大きな手が嬉しくて、泣きながら微笑んでしまった。
 「天狼神様、ありがとう御座います……」

 『それにしても。あやつらの、お前に対する扱いが酷すぎる。許せん……』
 小声で天狼神様が言った。
 
『とにかく……、今日は休め。あとで食事を運ばせる』
 今度は頭を撫でられた。
 まさか天狼神様に撫でられるとは、思いもしなかった。
 でも全然嫌な感じではなく、とても気持ちがいい。
 「……はい」

 私は天狼神様の言われた通り、休むことにした。
 買い物も、洗濯物をしまって畳んで片づけたり、ご飯の用意もしなくていい夕方なんて……。
 私は天狼神様に頭を撫でられているうちに、眠くなってきた。

 暖かい……。こんな上等なお布団で眠れるなんて。
 ウトウトと眠気がきて、まぶたが重くなった。

『食事が出来たら起こす。それまで眠っていていい』
 天狼神様の声が聞こえたけれど、まぶたが重くて返事が出来なかった。
 横になったまま、コクンと頷いた。

 その時、体が何かに包まれた気がした。
 大きな暖かな何かに。
 私は海に沈むように眠りに入った。


 「天狼神様、翡翠様。お食事が出来上がりました」
 声が聞こえて、目が覚めた。
 そういえば、ここは……。
 まぶたを開けると、ビックリするほど整った顔が目の前にあった。

 天狼神様が私の隣で添い寝してくれたようだ。
 「あっ! も、申し訳御座いません……! すっかり寝てしまいました……」
 離れようとしたけれど、腕が私の体を包んでいて動けなかった。

 『そこに置いておけ』
 「かしこまりました」
 部屋の入り口に置いて、先ほどの男性は行ってしまった。

『まだ毒が抜けきってないだろう。食べさせてやる』
 「え……?」
 天狼神様はスッと立ち上がって私から離れた。作ってくれたお料理を取りに行ったらしい。
 私から離れて、少し寂しい気持ちになった。

 起き上がろうとしたが、まだ手足が痺れていた。
 毒を使うなんて。蘭……。

 『起こしてやるから、そのままでいろ』
 布団の側まで、足つきのお膳に乗ったお料理を持ってきてくれた。
 私の傍らに座って、わきの下に手を入れて体を起こしてくれた。

 『口は開けられるな?』
 天狼神様が自ら、私に食べさせてくれると気が付いて驚いた。


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