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八 食事
しおりを挟む「そんな! 恐れ多いです!」
天狼神様に食べさせていただくなんて罰が当たってしまう。
『なぜだ?』
私がなぜそのような事を言うのか、不思議でしかたがないような顔をしていた。
『翡翠は我と「一心一体の儀」をするのだぞ? ちゃんと体を治さねばならぬ』
天狼神様は私に諭すように言った。
「……はい」
まず湯飲みに入った薬湯を、飲ませてくれた。
飲んだことのない味だった。体に染みわたるような不思議な感じがした。
次に、一人用の土鍋に入ったお粥のようなものをスプーンですくって、私の口元までを持ってきた。
『薬草粥だ。少し癖があるが、アキの作った粥は栄養があるぞ』
促されて開けた私の口の中へ、スプーンを差し込んだ。
口の中へ入って来たお粥は、ちょうど良い熱さと量だった。
薬草の苦さが広がったが、覚えのある栄養豊富な薬草がたくさん入っていた。
「これは……。たくさんの薬草が入ってますね。美味しいです」
食べるものがない時に野草を取ってきて食べていたが、このお粥に入っている物はきっとなかなか手に入らない高級な薬草。
惜しげもなく私のために作ってくれた。
「私のために……。ありがとう御座います」
『口に合ったみたいだな。たくさん食べると良い』
「はい」
そのあとも、天狼神様に食べさせてもらってしまった。
『もうよいのか?』
半分位いただいて、お腹がいっぱいになってしまった。
普段は自分の分の食事がない時もあるので、食べられるだけ嬉しい。
「はい。もったいないですので、残りは明日の朝にでもいただきます」
『……、……。……そうか』
だいぶ間が空いた、天狼神様の返事だった。
「あの……何か変なことを言ってしまいましたか?」
気になって天狼神様へ聞いた。
『いや。それより……』
天狼神様の指が唇へ。
『薬草の細かい葉がついている』
親指が私の唇の触れて、離れた。
拭う時に、ジッと見つめられて目が合った。きれいな赤い瞳。
見惚れてしまった。
『今日は毒により、風呂に入れない。それで我が、翡翠の体を拭こう』
「えっ?」
まさか、そこまでは……。
『少しずつ触れ合うことによって、お互いの【気】を交わせていかなければならん』
天狼神様は、お皿とスプーンを足つきのお膳へ乗せた。
庭の方へ顔を向けたと思ったら、先ほど食事を作って運んでくれた男性が現れた。
『翡翠の体を清める。準備を』
「かしこまりました」
しばらくして、男性がタライにお湯を入れて部屋へ戻ってきた。
天狼神様の側に静かにタライを置いた。
『この屋敷の管理をしている「アキ」という者だ。家のことで、不便なことがあったらアキに聞け』
天狼神様から犬太さんを紹介された。
「アキ……と申します。どうか、よろしくお願いいたします」
正座をし、深々と頭を下げて私に挨拶をしてくれた。
「体が動かないので、このままで失礼いたします……」
顔だけアキさんへ向けた。
「翡翠と申します。何もわからぬ若輩者で御座いますが、よろしくお願いいたします」
私もアキさんへ挨拶をした。
「私ような者に、ご丁寧な挨拶を……。ありがとう御座います」
先ほどよりも低くお辞儀をされた。
「なるほど……。天狼神様が自らお世話をするはずですね」
ふむふむ……と、アキさんは頷いて言った。
「?」
どういうことなのか、わからなかった。
『湯が冷める。下がれ』
天狼神様が、アキさんから手拭いを受け取って言った。
「ハイハイ。お邪魔みたいですから、すぐに行きますよ。使ったら廊下へ置いて下さいね」
それじゃ、失礼します! と言って行ってしまった。
『あやつは一言多い。気にするな』
「は、い……」
天狼神様が手拭いを桶に入れて絞った。
『体を拭いてやろう』
「えっ」
天狼神様が私の着物を脱がそうとした。
「あっ! 自分でやりま……『出来ぬだろう』」
するり……と、何も抵抗できなくて脱がされた。肩の辺りを支えてもらって座れた。
『……翡翠、この傷跡はなんだ?』
天狼神様が険しい顔をして私に言った。……できれば隠していたかった。
「あ……」
背中の無数の傷。義理母にやられたと言ったらどうなるか……。
『……言いたくなければ、言わなくてもよい。何となく、わかった』
「み、醜くて。申し訳ございません」
下を向いて謝った。本当ならば、傷を残してはいけない体なのに。
『お前が謝ることではない』
「んっ……」
背中を指でなぞられて、変な声を出してしまった。
『傷を治してやるが……いきなり全部は体に良くない。少しずつ治してやる』
治す? 醜く残った傷を、治せるというのだろうか?
「あっ……!?」
背中の一部に痺れるような刺激を感じた。
『……少し、痺れるかもしれん。耐えられるか?』
優しく、天狼神様が私に聞いてくれた。きっと私が「耐えられない」と言ったらやめてくれるのだろう。
でも。
「耐えます」
治してくれるとおっしゃってくれた。もとに治るのならば耐えてみせる。
『よく言った』
天狼神様のお力なのだろうか? ピリピリと皮膚に刺激が走った。
「んんっ……!」
背中に感じる天狼神様の指が、つっ……と私の傷跡に滑らせた。
「……っ」
私は耐えるために、まぶたをギュッと閉じた。
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