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九 身を清める
しおりを挟む『傷が無数にある……』
天狼神様の指が、背中の傷跡を撫でている。
何かの力をお使いになっているのか、背中が熱くなってきて動いてしまう。
「くっ……」
長い指が私の背中を撫でる。
天狼神様が私のために力を使ってくれているのだから、耐えなければ。
でもだんだん天狼神様のお力が、私の体に沁み込んで行くような感覚があって……。
「……天狼神様」
私はまぶたを開けて、助けを求めた。
「体が……、変です」
多分、私の顔は赤くなっているだろう。体が熱くて怖くなった。
天狼神様に震えながら手を伸ばした。
『……急に我の【気】を入れるのは、弱っている体に良くなかった。このくらいにして、体を清めよう』
スッ……と天狼神様の指が離れた。
「は、……っ」
何かが抜けていくような感覚がして、熱い息をついた。
『こちらを向けるか?』
「は、はい」
まだお湯は温かく、布で私の体を清め始めてくれた。
まず顔を器用に拭いてくれた。
閉じ込められたときに、汚れてしまったはず。
それから布をお湯で浸して絞り、首筋に当ててくれた。
「温かいです……」
気持ちがいい……。血の流れが良くなりそうだ。
首から胸へ。
貧弱な体が、恥ずかしい。
『手で隠すな』
「あっ」
天狼神様に手首を掴まれた。
「天狼神様……」
上から貧弱な上半身を見られて泣きそうになった。
『真の名は【暁】と言う。そう呼べ』
グイと手首を引かれて、顔を近づけられた。鼻と鼻がぶつかりそうな距離だ。
赤色の瞳に金が混ざっていて、とてもきれいな瞳だ……。
『翡翠。名を呼べ』
真っ直ぐに見て、強い視線を外さず私に言った。
「そんな! 恐れ多い……『呼べ』」
私は戸惑ったけれど、真の名を教えてくれた。答えないと……。
「あ、暁さま……」
きっと私は真っ赤だろう。素敵な名前を呼ばせていただいた。
恥ずかしくて視線を反らそうとした。
『翡翠……』
「……?」
頭の後ろに大きな手がまわって動けない。
えっ……!?
唇を塞がれたと気が付いたのは、息が苦しくなってから。
私よりも大きな口。
まるで食べられているようで驚いた。
「ん! んん!」
苦しい。息が出来ない。
『鼻で息をするのだ。翡翠』
口を離してくれたので呼吸が出来た。は――っ、と深呼吸をした。
「は、鼻で呼吸ですか……」
口が塞がれたのだから、鼻で呼吸をする……。
あれ? これって……キス?
『翡翠が毎日祈ってくれた時も感じていたが……。まっさらで欲のない、きれいな【気】だ』
私の髪の毛を耳にかけて、頬を撫でる。
『そのままの翡翠で良かった……』
目元からあふれる色気に私は震えた。
「あかつき様……。んっ……」
今度は唇を食むようにキスされている。
私より弾力のあるあかつき様の唇が優しく、そしてだんだん激しく私の唇を奪っていった。
「ん! あっ……、んんっ!」
あかつき様の厚い舌が、唇をこじ開けて口の中へ入った。
熱い……。
グイッと頭を掴んでいた手に力を入れて、より密着させた。
「あぅ……」
舌が絡められて、こんなキスがあるのかと戸惑った。
「んっ……!」
あかつき様の片手が、私の鎖骨を撫でている。
うまく鼻で息が出来ない。
涙目であかつき様に訴えた。
『体が冷えてしまうな』
やっと唇を離してくれた。息が苦しい。
「あっ!?」
手のひらで私の体を撫で始めた。
『いや。体は熱いな』
そう言い、鎖骨から肩をするりと撫でた。
「……っ」
ぞくぞくするのを知られなくて、唇を噛んだ。
『ほんのりと桃色に染まっている……』
「あ……」
鎖骨から下に胸を人差し指で掠めてみせた。
「ん……!」
胸の突起に指先が触れたので、声が出てしまった。
『反応は良さそうだな』
クスリ……とあかつき様は笑った。
わ……。初めてあかつき様が笑ったのを見た……。男らしい精悍なお顔が、笑うと可愛いらしくなるなんて!
「あかつき様……」
私は、初めてあかつき様が微笑んでくれて嬉しくなった。
緊張していたが、あかつき様のおかげで笑顔になれた。
『体が冷えてしまう前に清めよう』
コホン! と咳払いをして、あかつき様は私の体を綺麗にしてくれた。
『翡翠の体調を見ながら、徐々に互いの【気】を入れていく』
「はい」
良かった……。あかつき様が優しい方で。
『明日には風呂に入れるだろう。今日はこのまま眠るが良い』
そう言ってあかつき様は、私をお布団へ寝かせてくれた。
「ありがとう御座います……」
こんなに優しくされたのは、いつぐらい前だろう? 嬉しくて泣きたくなった。
『ゆっくり休め』
あかつき様は私の頬を撫でてから、立ち上がろうとした。
「あ! あかつき様!」
行ってしまうと思って、ついあかつき様の着物の端を掴んでしまった。
あかつき様は、私が着物を摘まんだ指を見ている。
「あっ! 申し訳ございません……!」
急いで指を離した。
失礼なことをしてしまった。
私はブルブルと震えた。
調子になって気軽に触れて、良い方ではない。
『翡翠の体調が気になる。一緒にいてやろう』
「え」
あかつき様は、私の隣へゴロンと横になった。
『眠れ』
「……はい」
毎日お祈りしていた天狼神様が、私を気遣って隣にいてくれている。
良いのだろうか?
『ほら』
「えっ……。良いのですか……!」
たくましいあかつき様の腕が、私の頭の下にある。
これは……、腕枕というもの!
「恐れ多いです……!」
嬉しいけれど、どうしよう!
『その「恐れ多いです」の口癖を直せ。翡翠』
整った眉を寄せてあかつき様は言った。
「わかりました……」
今日は眠れそうもない……。
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