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十 盟約と胸の印(枷 かせ)
しおりを挟むふと、いつもよりお布団が暖かいのに気が付いた。
寒くなかったので、ぐっすり眠れた。
ふわふわな、お布団……。いつもと違うような?
もう起きる時間だ。
まだ暗い、夜が明けぬ早朝。
「?」
目の前に弾力のある壁があって、私は手のひらで触って確かめた。
あたたかい……。私は、肌触りの良いそれを撫でた。
『こら。くすぐったいぞ、翡翠』
「ん……?」
低い心地よい声が聞こえた。
「誰……?」
おかしいな。私は一人のはず?
『翡翠』
私の手を取られて、柔らかいものが触れた。
「あっ……」
起き上がろうとしたが、腰に手がまわされていて起き上がれなかった。
「あ、あかつき様!」
やっと、昨日から天狼人様のお屋敷へ来ていたことを思い出した。
「ご、御無礼をいたしました……」
まぶたを開けてみると、あかつき様が私の隣で横になっていた。
『寒くないか?』
隣にいらっしゃる、あかつき様が話しかけてくれた。
「はい。お早うございます」
『まだ夜明け前だ。起きるには早い』
あかつき様はそう言ってお布団をかけてくれた。
「いえ。毎日この時間に起きて、洞窟の泉で身を清めていました」
毎日、ずっと。
『なに? この時間に毎日起きていた、だと?』
「はい」
ん? 何だか冷たい空気が……。
「父から、しきたりだと聞いて……」
『そんなものは、お前の父の代までなかったはずだ』
あかつき様からその話を聞いて驚いた。父の代まで、なかった?
ではなぜ父は、私にしきたりと言ったのだろうか。
『……』
あかつき様は、黙り込んでしまった。
余計なことを言ってしまったのだろうか?何か考えていらっしゃるようだ。
「あの……。何かお気に触ってしまったのでしょうか……?」
おそるおそる、あかつき様に聞いた。
『いいや』
真っ直ぐに否定した。
『翡翠、ここでは朝の禊はやらなくていい』
あかつき様のきれいな瞳が、私を捕らえた。
『敬語はやめろ。普通に話せ』
今までがそうだったから、怒られると思った。
近くにいるだけで怒られて叩かれた。
そんなことを言ってくれる人なんていなかった。
「は、はい……。でも、いいのですか?」
まだお布団の中。あかつき様に抱きしめられたまま、会話をしている不思議だ。
『遠慮はするな、翡翠。あと敬語をやめろ。……そうだな。敬語を使ったら罰を与えよう』
私はビクリ! と体を硬直させた。
罰……?
『ああ。すまない。罰と言っても、体罰ではない』
「そうですか……。でもあかつき様ならば、どんなことでも受け入れます」
『翡翠……。お前は……』
「あかつき様? どうなさいました?」
ピタッと動きがとまったので、あかつき様に話しかけた。
急に視界が、ぐるりと回った。
「あっ!」
あかつき様が私を押し倒して、顔の両脇に手をついた。
上から見下ろしている。
『「どんなことでも受け入れます」その言葉に、二言はないな?』
「あかつき様……?」
先ほどまで穏やかに会話をしていたのに、雰囲気が変わった。
『その言葉は、我の他に言ってはならん。盟うか? 翡翠』
少しずつ夜が明けてきた。
薄暗い部屋の中で、あかつき様の赤いきれいな瞳を近くで見えている。
宝石が一筋の光で輝いているように、あかつき様の瞳が光って見えた。
なんて……きれいなのだろう。
恐ろしさは感じず、私はそのきれいな瞳に魅入っていた。
「はい……盟います」
あかつき様の瞳に、ちょっと緊張した私の顔が映っている。
こんなに近く、あかつき様の体温と良い香りまで感じる距離。
私などが、こんなにお側にいて良いのだろうか?
「あっ!?」
左胸の辺りが熱い!
「う、ぅん!」
顔を両手で包んで唇を塞がれた。柔らかいあかつき様の唇の感触がハッキリと感じた。
昨日は驚いて、求められるまま夢中で応えるのが精いっぱいだった。
でも今は密着していて、あかつき様の体温と良い香りが感じられる。
何も考えられなくなる……。
『もう毒は抜けたようだな。今日から少しずつ互いの【気】を入れていこう』
あかつき様の声が聞こえる。
「は、ぁ……。はい……」
でも体中に自分以外のあかつき様の【気】が入ってきて、小刻みに震えるほど気持ちが良くてうまく返事が出来なかった。
「あ、あ――っ!」
あかつき様は私の胸を噛んだ。
『翡翠。お前はもう逃れられない』
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