11 / 14
十一 懸想 ~蘭視点~
しおりを挟む「まさかあの子が、あんなに大事にされるなんて……!」
母が、ちっ! と舌打ちして文句を言っているのが聞こえた。
それもそうだ。
僕がせっかく閉じ込めたっていうのに、天狼人様が自ら義理兄を助け出して連れて行ってしまった。
しかも恐ろしい獣の姿をした神と聞いていたのに、あんなに美しい神様とは知らなかった。
雄々しいお声とお姿に、僕はひと目で好きになってしまった。
あんな能力なしの翡翠なんかより、僕の方がふさわしい。
血筋より能力のあった者が優遇されるのは当然だ。出来損ないの能力なしはそのうちに飽きられるだろう。
「僕が天狼人様の隣に立つのが、ふさわしい」
本宅の庭を眺めながら、僕は呟いた。
「そうよ! 蘭、あなたの方がふさわしいわ!」
母に聞こえたようで、僕の言葉を肯定してくれた。
そうだ。僕の方が天狼人様にふさわしい。
「蘭! お祈りの時間が過ぎているぞ! 早く行かないと……」
義理父がドタドタと廊下を歩いてきた。……うるさい。
「無用です。魔のモノは僕が倒します」
「は?」
義理父は「どういうことだ?」とまぬけ面して聞いてきた。
僕より能力が低いくせに。ふっ……と笑ってみせた。
「魔を直接、倒します」
そう言って、長虫 家に代々伝わる秘宝【蛇剣】を鞘から抜いた。
「ひっ!? そ、それは!?」
ドサッ!
義理父はギラギラと輝く蛇剣を見て、腰を抜かして床へ尻もちをついた。
能力が低いけれど、この剣を凄さがわかるらしい。
「倒してきますよ。この僕が、ね」
「蘭。やってしまいなさい」
母は、ニィ……と笑った。
僕の能力を知っているので、止めはしない。
「行ってきます」
僕も母に笑い返した。
義理父は、不安気に蛇剣を見ていた。
まぬけに床へ座り込んでいる義理父を僕は嗤った。
町の繁華街に足を伸ばすと、人に紛れて魔のモノが見える。
気持ちが悪いほど邪悪で、その場が暗く見えた。
「知らないって、幸せかもね」
呑気に、幸せそうに笑っている人々を見ると反吐が出る。
「クソが……」
蛇剣を高く空へ掲げた。
「え……? なにあの人。剣を持っているけど?」
「ヤバいやつじゃない?」
うるさい。
この僕が魔のモノを消してやるっていうのに。
「……長虫家 直系 蘭が命ずる」
ザワリ……と魔物が動いた。
圧倒的な能力の【氣】に逃げ惑う魔のモノ。
「ほぅら……。逃げろ、逃げろ」
逃げ惑う魔のモノがおかしくて哀れで、クス……と笑った。
「滅!」
蛇剣に手を添えて【氣】を放出すると、地面が揺れた。
ギャアアアアアアアア――――!
バラバラにちぎれて消えていく魔のモノ。
「あっは! あっけない! 小物が!」
あっは! はははははは――っ!
この力を解放する、快感! ちぎれてバラバラになる魔のモノ!
「楽しいねぇ!」
見ると巻き込まれて街の人々が転がっていた。ケガをしているらしい。
「……僕が魔のモノを退治してやった。感謝しなよ」
シュッ! と蛇剣を鞘に納めた。
カタカタと蛇剣が動いている。
「殺すと楽しいねぇ……。蛇剣も喜んでいる」
ふふっ……。
僕は機嫌よく、家へ帰った。
「蘭。よくやったわ」
母が僕を機嫌よく迎えてくれた。
魔のモノが減ったのを母は気が付いたようだ。
「そんな難しいことじゃ、ないですよ」
僕は義理父と母に向かって微笑んだ。
母と義理父は、並んで玄関で出迎えてくれていた。
母は笑顔で。
義理父は困惑顔で出迎えた。
「……けが人が多数、出ていると連絡が入った」
ちっ。姿を見られたからか。
これからは姿を見せないように殺ろう。
「その……。町の人に注意して退治してくれないか?」
遠慮がちに言っているけれど、お前は魔のモノを退治できるのかと言いたい。
面倒だ。
「まあ! 蘭があなたと翡翠に代わって、退治して来たのに酷い言葉をかけるのね!」
母がヒステリー気味に義理父へ言った。
義理父はオロオロとして「そうなつもりでは……」と返事をした。
能力低い者は黙っていろよ。
「気をつけますね」
僕は義理父にニッコリと笑って言った。
「そ、そうしてもらえると助かる。蘭、お前は優秀だ」
ヘラリと笑って僕を褒めた。――当然だ。
「では僕は、朝のお祈りがありますのでこれで……」
母と義理父の脇を通り抜けて祈りの間へ向かった。
能力の低い義理父。
無能力の嫡男 義理兄の翡翠。
そして……。
密かに企む、恐ろしい母。――笑える。
翡翠が天狼人様のところにいるのは、気に入らない。
能力のある、僕こそが美しい天狼人様の隣にいるのがふさわしい。
母は母で、……やりたいことをやるがいい。
僕は僕でやりたいことを、相手がどう思うと関係なくやり遂げてみせる。
天狼人様。
あんなに、素敵な神様だとは思わなかった。
ひと目見て。もう僕の心をいっぱいにしてしまった。
翡翠を気に入るなんて、何かの間違いだ。
あんな能無しの役立たず。
魔のモノを一掃してきたから、天狼人様は褒めて下さるかな?
「よくやった……とか、おっしゃって下さるかな?」
ふふ……!
「天狼人様。今、蘭がそちらへ向かいますね……!」
僕は自分の力を使って、天狼人様の元へ向かった。
1
あなたにおすすめの小説
鳥籠の中の幸福
岩永みやび
BL
フィリは森の中で静かに暮らしていた。
戦争の最中である。外は危険で死がたくさん溢れている。十八歳になるフィリにそう教えてくれたのは、戦争孤児であったフィリを拾ってここまで育ててくれたジェイクであった。
騎士として戦場に赴くジェイクは、いつ死んでもおかしくはない。
平和とは程遠い世の中において、フィリの暮らす森だけは平穏だった。贅沢はできないが、フィリは日々の暮らしに満足していた。のんびり過ごして、たまに訪れるジェイクとの時間を楽しむ。
しかしそんなある日、ジェイクがフィリの前に両膝をついた。
「私は、この命をもってさえ償いきれないほどの罪を犯してしまった」
ジェイクによるこの告白を機に、フィリの人生は一変する。
※全体的に暗い感じのお話です。無理と思ったら引き返してください。明るいハッピーエンドにはなりません。攻めの受けに対する愛がかなり歪んでいます。
年の差。攻め40歳×受け18歳。
不定期更新
ヒールオメガは敵騎士の腕の中~平民上がりの癒し手は、王の器に密かに溺愛される
七角@書籍化進行中!
BL
君とどうにかなるつもりはない。わたしはソコロフ家の、君はアナトリエ家の近衛騎士なのだから。
ここは二大貴族が百年にわたり王位争いを繰り広げる国。
平民のオメガにして近衛騎士に登用されたスフェンは、敬愛するアルファの公子レクスに忠誠を誓っている。
しかしレクスから賜った密令により、敵方の騎士でアルファのエリセイと行動を共にする破目になってしまう。
エリセイは腹が立つほど呑気でのらくら。だが密令を果たすため仕方なく一緒に過ごすうち、彼への印象が変わっていく。
さらに、蔑まれるオメガが実は、この百年の戦いに終止符を打てる存在だと判明するも――やはり、剣を向け合う運命だった。
特別な「ヒールオメガ」が鍵を握る、ロミジュリオメガバース。
転生悪役弟、元恋人の冷然騎士に激重執着されています
柚吉猫
BL
生前の記憶は彼にとって悪夢のようだった。
酷い別れ方を引きずったまま転生した先は悪役令嬢がヒロインの乙女ゲームの世界だった。
性悪聖ヒロインの弟に生まれ変わって、過去の呪縛から逃れようと必死に生きてきた。
そんな彼の前に現れた竜王の化身である騎士団長。
離れたいのに、皆に愛されている騎士様は離してくれない。
姿形が違っても、魂でお互いは繋がっている。
冷然竜王騎士団長×過去の呪縛を背負う悪役弟
今度こそ、本当の恋をしよう。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。
帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか?
国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。
【完結】異世界はなんでも美味しい!
鏑木 うりこ
BL
作者疲れてるのよシリーズ
異世界転生したリクトさんがなにやら色々な物をŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”(๑´ㅂ`๑)ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”ŧ‹”うめー!する話。
頭は良くない。
完結しました!ありがとうございますーーーーー!
好きなだけじゃどうにもならないこともある。(譲れないのだからどうにかする)
かんだ
BL
魔法使いが存在する世界。
皇太子の攻めと学生時代から付き合っていた受けは、皇帝からの許しも得て攻めと結婚した。だが、魔法使いとしても次期皇帝としても天才的な攻めに、後継を望む周囲は多い。
好きなだけではどうにもならないと理解している受けは、攻めに後継を作ることを進言するしかなく…。
姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました
天埜鳩愛
BL
魔法学校の卒業を控えたユーディアは、親友で姉の婚約者であるエドゥアルドとの関係がある日を境に疎遠になったことに悩んでいた。
そんな折、我儘な姉から、魔法を使ってそっけないエドゥアルドの心を読み、卒業の舞踏会に自分を誘うように仕向けろと命令される。
はじめは気が進まなかったユーディアだが、エドゥアルドの心を読めばなぜ距離をとられたのか理由がわかると思いなおして……。
優秀だけど不器用な、両片思いの二人と魔法が織りなすモダキュン物語。
「許されざる恋BLアンソロジー 」収録作品。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる