死配人ー惨贈の狂ー親切なおすそ分けー

不幸中の幸い

文字の大きさ
6 / 6
Termination

贈与完了通知 静かな朝、また誰かが越してくる

しおりを挟む
朝の陽差しが、薄曇りの空を越えて差し込んでいた。

〇〇マンションの前に、一台の軽トラックが止まっている。
荷台には段ボールと布団。後部座席から、若い女が降りてくる。

「ここか……501号室」

手には、管理会社から渡された鍵と、説明書類。
新しく張り替えられたドアプレートには、まだ誰の名前も記されていない。

部屋に入ると、無臭だった。

内見の時と何ひとつ変わらない、清潔な2DK。
だが、どこか妙な沈黙が漂っていた。

「……なんか、空気が薄い?」

女は笑ってそう呟くと、リビングの窓を開けた。
すると、その背後で冷蔵庫がわずかに“カタリ”と揺れた。

気づかず、女はカーテンを束ねる。
外は晴れているのに、光が妙に鈍い。

リビングの隅、白い小皿が伏せて置かれていた。

(こんなのあったっけ?)

裏返すと、皿の裏には油染みの跡と、ひとつの名札。

《川島光莉》

名前の上には赤線が引かれ、代わりにこう書かれていた。

《提供済》

「……なにこれ」

背筋に、ざわりと嫌な汗が浮く。
そのとき、インターホンが鳴った。

ピンポーン。

画面には、笑顔の女性が映っていた。
エプロン姿の、どこか作り物めいた主婦。

「こんにちは~。お隣の者です。おすそ分け、持ってきましたぁ♪」


モニター越しの声が、異様に高い。
画質が荒れて、口元だけがにやけたように歪んでいる。

女はしばらく固まっていたが、恐る恐るドアを開けた。

そこには、笑顔の女と――その後ろに並ぶ住人たち。


全員が、満面の笑顔を顔に貼りつかせていた。

「ようこそ。ここでは、みんなが贈るんです」

誰かが、そう言った。

「最初は戸惑うかもしれませんが、大丈夫。すぐ慣れます」

「贈るって……なにを……?」

答えはなかった。
その代わり、白い袋が足元に置かれた。

女が震える手で袋を開けると、中には一枚のメモ。

《まずは、食べることから始めましょう》
その下に、こう添えられていた。

《共助会 贈与部》

――

501号室の天井。照明の隙間に、小さなレンズが取り付けられていた。
カメラの赤いランプが、じっと女の動きを追っていた。

そのレンズの奥。

贈与部事務局の画面には、こう表示されていた。

《新規登録:贈与候補 No.1283》
《状態:準備中》

そしてその横に、灰色で表示された履歴。

《前任者:川島光莉》《提供:完了》《記録:消去済》

画面が一瞬、バグったようにノイズを吐き、
“Chisato.C”という名が、一瞬だけ滲んだ。
それは、すぐに塗り潰され、記録の底へと沈んでいった。

すぐに消える。

新しい朝が始まる。
この部屋で、またひとつ――何かが“作られる”。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

実体験したオカルト話する

鳳月 眠人
ホラー
夏なのでちょっとしたオカルト話。 どれも、脚色なしの実話です。 ※期間限定再公開

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/26:『はつゆめ』の章を追加。2026/1/2の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/25:『がんじつのおおあめ』の章を追加。2026/1/1の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

【完結】ホラー短編集「隣の怪異」

シマセイ
ホラー
それは、あなたの『隣』にも潜んでいるのかもしれない。 日常風景が歪む瞬間、すぐそばに現れる異様な気配。 襖の隙間、スマートフォンの画面、アパートの天井裏、曰く付きの達磨…。 身近な場所を舞台にした怪異譚が、これから続々と語られていきます。 じわりと心を侵食する恐怖の記録、短編集『隣の怪異』。 今宵もまた、新たな怪異の扉が開かれる──。

(ほぼ)5分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ5分で読める怖い話。 フィクションから実話まで。

怪談実話 その2

紫苑
ホラー
本当にあった怖い話です…

静かに壊れていく日常

井浦
ホラー
──違和感から始まる十二の恐怖── いつも通りの朝。 いつも通りの夜。 けれど、ほんの少しだけ、何かがおかしい。 鳴るはずのないインターホン。 いつもと違う帰り道。 知らない誰かの声。 そんな「違和感」に気づいたとき、もう“元の日常”には戻れない。 現実と幻想の境界が曖昧になる、全十二話の短編集。 一話完結で読める、静かな恐怖をあなたへ。 ※表紙は生成AIで作成しております。

処理中です...