銀貨一枚と引き換えに

天霧 ロウ

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 自室に戻れば、我が物顔でエウェンが寝転んでいた。ベッドへ這うように伸びていた髪がピクッと跳ねる。身じろいだ後、くぐもった声で聞いてきた。

「弟くんとの問題。解決した?」
「おう」
「そっか……」

 エウェンが重そうに体を起こした。リヴンに背を向けたまま、窓へ顔を向けた。

「リヴくんってさ、すごく家族思いだよね」
「ふつーだろ」
「僕からみれば、過保護すぎるよ。なんで家族にそこまで一生懸命になれるか、僕には理解が出来ない」

 髪がゆったり揺れる。毛先には、白や桃色に染まった斑入りの葉と桃色の新芽が増えていた。窓ガラス越しにリヴンの首にあるかみ跡に気づいたエウェンが目を細めた。

「リヴくん、首の傷……治そうか?」
「いや、しばらくはこのままでいい」
「そっか」

 リヴンはためらいがちにエウェンの隣へ腰をかけた。座った場所がが沈み、軋む音がやけに鮮明な音となって耳に届く。
 カーテンのすき間から差し込む夕日がエウェンを照らす。夕日の色をのせた緑色おびた白い肌はまるで同じ人間に見えた。だが、オレンジ色をまとった青緑色をした蔓草の髪が揺れ動けば、途端にその幻想は消えた。

「ねえ、リヴくんからみてお母さんは優しい? お父さんは優しい?」
「優しいぞ」

 父が亡くなった後、再婚するまで女手一つで育ててくれた母。再婚後、我が子のように可愛がってくれる新しい父。どちらも自分を思ってくれている二人をどうして優しくないと言えるだろう。
 対してエウェンは「素敵なご両親だもんね」と呟く。背を向けたままエウェンが淡々と言った。

「前話したよね? 僕たち植物種は生まれ落ちた場所で系統が変わるって」
「おう」
「植物種の僕らにとって、血の繋がりっていうのはないようなものなんだ。だからかな、家族を大事にするっていうのが理解できない。……僕には、そういうのずっとなかったから」

 ようやく体ごと振り返ったエウェンは琥珀色の瞳にリヴンを映した。
 まっすぐな瞳と感情のない顔に、リヴンはエウェンの持つ魔物の一面に背筋が凍った。同時にリヴンにとってあたりまえだと思っていた考えを改めて紐解いてみた。
 
「よその家庭の家族愛は俺もよくわからねぇけどさ。俺だって、両親やケリックをのことを完璧に知っているわけじゃない。けど、俺にとって家族っていうのは、無条件でわがままを言っても許されている存在というか……」

 考えをうまく言葉にできない。もどかしくて頭を乱暴に掻いて呻いた。
 エウェンの頬が緩み、見慣れた魔猫のような飄々としたものになった。

「リヴくんのいいたいことはわかるよ。……ね、リヴくん。僕の昔話を聞いてくれる?」

 昨日とは違って、無理して笑っている様子はない。エウェンが心から話したいと思うなら止める必要もない。リヴンはエウェンの目をしっかり見つめ、頷いた。
 エウェンは「ありがとう」と笑って視線を落とした。思案するようにつま先をゆっくり揺らした。

「あのさ、この間冒険者って言ったけど……僕、こうみえて一級冒険者だったんだよね。で、アランが呼んだ名前――ユアンは仕事の時に使ってる偽名なんだ」
「そう、なのか」

 相づちを打ったものの、衝撃的な告白に頭が追いつかない。けれど、エウェンはそれでいいようだ。淡々と続けた。

「一級冒険者はその実力に伴った依頼がくるんだけど……四年前、調査ギルドに所属してた僕は、とあるギルドの違法魔法薬を製造しているか調査してほしいって依頼を配られてさ。報酬もよかったし、そういう依頼は何度もしてたから受けたんだ。だけど、あと一歩ってところでバレてさ」

 エウェンがつま先を揺らすのをやめ、カーテンのすき間から差し込む細い夕日の光を踏みにじるように床に足をこすりつけた。

「植物種の魔物は薬物が効きにくいんだよ。だから、違法の魔法薬が植物種の僕にどんな効果を発揮するか実験されたんだ」

 落としていた視線をあげたエウェンに怒りはなく無表情だった。改めて見るエウェンのもう一つの顔とまとう空気は呼吸をためらうほど圧を感じる。
 エウェンが報告書を読み上げるように淡々と続けた。

「薬の力で意識はもうろうするし、体は動かないしでさ。それをいいことに、一日中僕の中に彼らは精液を吐き出し続けた」

 手を握りしめれば、白い手の甲に魔力神経が浮き上がり、黄金色の血が滲んだ。

「理性が戻りそうになると、さらに高濃度な薬を打たれてさ。快楽で馬鹿になって、僕という存在がグチャグチャになった。けど、そこはさすがの僕だから、少しずつ体内で解毒して、違法ギルドをぶっ潰して依頼を遂行したけど……」

 うつむいたエウェンは蔓草の髪をかきむしるように頭を掻いた後、絞り出すように呻いた。

「あの時教え込まれた快感が忘れられなくてセックス依存症になっちゃうし、解毒してたとはいえ魔法薬の影響で、能力や魔力をうまく制御できなくなって仕事はおろか、日常生活すら危うくなってさ。本当、最悪だった」

 リヴンはなにもいえなかった。
 冒険者稼業がどれだけ大変かは一般人のリヴンにはわからない。それこそ、遠い国のおとぎ話のような現実味のない話だ。
 エウェンは両手で顔を覆うと、細い息を数度吐いた。

「以来、僕はいろんな奴とセックスするようになった。そうしないと、正常でいられないから。だから、僕は……まともな自分に戻れるきっかけのセックスがますます好きになった。……なのにね、あるとき変な子がいたんだ。それが、リヴくん」

 そういって顔から手を離したエウェンはリヴンを見ると、濡れた琥珀色の瞳が眩しそうに細められた。

「所属していた調査ギルトのギルド長がさ、僕の状態をみかねて第三王都にある医療機関へ紹介状をだしてくれてね。治療することになったんだ。その一環として、コペグで療養してた時、どうしても我慢できなくて……セックスしてくれそうな相手を探して廊下を歩いてたら、リヴくんと出会ったんだよ」

 そういわれてリヴンはそんなことあったか? と思って記憶を探る。
 当時のリヴンにとって、ありふれた日常のひとときだったのだろう。はっきり思い出せない。だが、言われてみれば、ずいぶん具合が悪そうな魔物に声をかけた気がする。魔物の客自体とても珍しいからというのもあった。 

「ふらついている僕に肩を貸してくれて……部屋に戻る間、本当にとりとめもない話をしてさ。締めくくりに『よくなるといいな』って言われて……。僕のことを何も知らないなのに、バカ正直に心配してるっていうのが顔いっぱいに出て本当変な人だって思った」

 姿勢を正したエウェンは再び視線を床に落とし、両手を組んだ。

「でも、それ以来リヴくんを忘れられなくて。独りよがりだってわかってても、どうしても会いたくて。伝手を頼りにリヴくんと同じ学校に入ったんだ」

 そこまで話したエウェンは勢いよく顔を上げ、小さく手を振りながら慌てて続けた。

「つまり、グッドルとセックスしていたのは、治療と同時に治験も兼ねてたから報酬としてお金をもらってただけだから! あいつが好きだからセックスしてたわけじゃないからね!」
「そのわりには結構ノリノリだったような」

 見たわけではないが、少なくともお互い楽しんでいるように聞こえた。同時に、当時はなんとも思っていなかった状況に内蔵をかき回されたような不快さが喉までせり上がってくる。
 口の中に感じる苦味で思いっきり眉を寄せていると、エウェンが手を握りしめ、髪を大きく揺らしながら叫んだ。

「相手を選べるなら、僕だって好きな人――リヴくんとエッチしながら治したかったよ! でも、あの時はリヴくんと全然親しくなかったし、リヴくんまだ未成年じゃん!」
「けど、襲ってきただろ」
「いくら抱かれたって、僕は雄だ! やっとの思いで、好きな人の隣にいられる環境で欲情するなって方が無理だろ! だから、心底どうでもいいあいつとやってたんだってば!」

 わずかに乱れた語気共に、唇を引き結んで、涙目で見つめてきた。
 むき出しの好意とわずかにのぞいた冒険者時代の口調と思わしき話し方に、胸の奥が甘く痺れる。
 前までは苦しかった痺れも、今やリヴンにとって心地よいものだった。
 指先が緑になるくらいエウェンは手を強く握りしめた。だが、ハッとしたエウェンはざわついていた髪を力なく下げた。

「怒鳴ってごめん。それと急にこんな話しちゃって。でも、どうしても、リヴくんに僕を――僕の過去を知ってほしかったんだ」
「エウェン……」

 気づけば、すっかり日が落ちた部屋は暗い。ベッドのサイドランプに魔力を流して灯すと、ベッドの周辺を柔らかな黄金色が照らした。二人の影が細く伸び、光の届かない場所で一つのように重なる。
 リヴンは言葉を飲み込むと、ゆっくり息を吐いてエウェンを見つめた。

「俺はお前が過去を話してくれて嬉しい。俺にとって情報だけど、お前にとって勇気が必要な告白だっただろ」

 昨日、エウェンが無理矢理笑って平気に装う振る舞って語ろうとした姿を思い出して指先が冷えていく。だが、今回は違う。エウェンがリヴンに開かしたいと心から思って、語ってくれた。
 迷わずエウェンの手を包むように握ると、思いっきり笑った。

「俺を信用してくれてありがとう」

 かすかにのぞかいた口調の乱れも、それだけリヴンに気を許している証しだ。リヴンにはどっちが本当のエウェンかはわからない。けれど、もはやそんなことどうでもいい。
 大事なのは、エウェンが戸惑い怯えながらも、リヴンに弱さをさらけ出してくれた。その一点だけだ。
 エウェンはぽかんとリヴンを見つめた後、琥珀色の瞳があっという間に濡れていく。今にも目からあふれ出そうな涙にリヴンは慌てた。

「なんで泣くんだよっ!」

 慌ててエウェンを抱き寄せるとぽんぽんと頭を優しく叩き、背中を擦ってやる。すると、ますますエウェンが泣きそうになる。
 リヴンの腕の中で、エウェンの腕がすがるように背中に回った。

「リヴくん、好き……っ」

 繰り返される告白に心臓が激し鼓動を打つ。全身がゆだり、呼吸が苦しい。なのに、頭も体も浮遊感に包まれて心地がよい。
 自分の気持ちに気づいてから、不安定な今の関係が嫌だった。エウェンが本当は自分をどう思っているのか知るのが怖かった。けど、それらは杞憂だった。
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