銀貨一枚と引き換えに

天霧 ロウ

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21 エウェン視点1

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「エウェン、いるか?」
「いるよー。ほら、パパがキミの様子を見に来たよ」

 エウェンは魔法で水をやるの止め、振り返った。昼休憩の合間、裏手からでてきたリヴンが宿の裏にある一角へ近づいてくる。
 土の上には瑞々しい琥珀色の芽が伸び、宙に幼児の形を紡いでいる。エウェンの隣へ腰を下ろしたリヴンが琥珀色に輝く芽を見て、頬をこれでもかと緩ませた。

「順調に育ってるな」
「この調子なら今日明日にはでてくるんじゃないかな?」
「そっか、もうすぐ会えるのか。楽しみだな」

 種を産んだにもかかわらず、いまだ親として実感が湧かないエウェンと比べ、リヴンはすでに父親としての実感が湧いているようだ。
 無骨な手が、水をあげたばかりで湿っている芽のまわりをそっと叩いた。そうすれば、宙で紡がれている幼児がかすかに揺れた。



 あれから無事学校を卒業したリヴンとともに、コペグへ戻った。

「父さん、母さん、ケリック。改めて紹介する。俺の恋人で大事な伴侶のエウェンだ」
「えっと、改めまして……リヴくんの恋人で伴侶になったエウェンです」

 いざ自分で口にすると顔が蜂蜜色に染まって、髪が勝手にうねってしまう。深々と頭を下げるエウェンをリヴンの両親はそっと頭を上げさせた。

「家族になるんだから、そんなかしこまらないでいいのよ」
「そうさ。ようこそ、エウェンくん。私たちの家族になってくれてありがとう」
「つーか、今さらだろ。休暇になるたび、一緒に帰省してたし」

 ケリックが吐き捨てるように言う。はじめて会った時と違い、言葉こそ棘があるものの、ぎこちないながらも歓迎の色が声に宿っていた。
 家族愛がよくわからないエウェンには、こそばゆくも改めてリヴンの家の暖かさに核がじわじわと熱くなった。
 リヴンの両親だった二人を、自分の中でそっと父さん、母さんと呼んでみたくなる。紹介されてからリヴンの手に絡んでいた髪をそっと解き、はにかんだ。
 言葉にするのは、正直まだ少し照れくさい。けれど、いまなら言える気がした。

「お義父さん、お義母さん、ケリックくん。僕は元冒険者なので、荒事など僕に任せてください」

 呼んだ瞬間、胸の奥で小さく核が弾ける音がした。
 リヴンの母――母は目尻を下げ、リヴンの父――父は驚いたように瞬きをし、ケリックは「べつに」とでも言いたげに口の端だけをほんの少し上げた。
 リヴンはというと、嬉しさを隠しきれず、拳をぎゅっと握っていた。

「エウェンくんは頼もしいなあ。けど、そういうのはみんなで対処しよう」
「そうね。エウェンくんが元冒険者だからって押しつけるのはよくないわ。でも、心意気は見習わないとね! ね、リヴン、ケリック」

 母が二人に言えば、ケリックは苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向き、リヴンは「そんなの俺が一番わかってる」と口をへの字にして返した。
 挨拶も終わり、ひとまず二人の部屋となった自室へ向かう途中、リヴンがソワソワしながら言ってきた。

「なあ、エウェンの両親ってどこにいるんだ? せっかくだから、落ち着いたら挨拶したいんだ」
「僕の両親かぁ」

 元々鋭い目尻が優しく下がる。そうすれば、黙っていると人を寄せ付けない顔立ちに柔らかさをまとう。
 きっとリヴンは同じ気持ちをエウェンにも感じてほしいと思っているのだろう。こういったさりげない思いやりに何度も助けられた。
 応えたい気持ちはあるものの、植物種は親子でも関係が希薄だ。独り立ちできると知れば、あとは一人で頑張れと住処から去っていくのだ。
 そのため、エウェンも自分の両親とはずっと会っていない。そもそも生きているかすら知らない。

「うーん、どこにいるかわからないや」
「そうなのか」
 
 肩を落とす背中を蔓草の髪でさすった。
 ような温かな家庭からすれば、エウェンの生い立ちは冷たく思えるだろう。けど、それこそ種族による価値観の違いでしかない。
 少なくともエウェンは一人で生きていけるまで面倒を見てくれた両親を薄情とは思わない。彼らはエウェンに生き方をきちんと教えてくれた。違うのは、子が巣を飛び立つのではなく、親が飛び立つだけだ。
 まだ納得しない様子のリヴンの前へ回り込んで、先に自室の扉を開けて笑いかける。

「けど、それでもいいんだよ。だって、僕にはリヴくんに、リヴくんのご両親。それから義弟のケリックくんっていう家族ができたんだから」

 そういってエウェンは頬を象牙色に染め、晴れやかに笑った。
 それから数日、家族になったからにはなにか手伝いたかった。結果、母と一緒に受付の手伝いをすることになった。
 受付対応はすぐに慣れ、一人でも対応できた。だが、対応していくうちに、エウェンは客の中には自分目当てで泊まりに来ているものがいるのにすぐ気づいた。

「なあ、受付さん。休憩時間っていつ頃?」
「名前なんていうの? あ、伝達魔法送りたいから魔力交換しようぜ」

 部屋の鍵を渡す時、さりげなく触れてこようとしたものもいたが当然かわした。
 冒険者であった頃も、この手の手合いは山ほどいた。そのため扱いには慣れていたのもあり、適当に流してさばいていたが、リヴンは違ったようだ。
 休憩時間になって裏手に行けば、腕を組んでむっすりとしたリヴンがいた。

「エウェン、今後一人で受付するの禁止だ」
「えー、リヴくん。大げさじゃない? それとも、そんなに僕が信用ならない?」

 そうでないとわかっていても、宿の役に立ちたいエウェンからすれば核がモヤモヤした。案の定、リヴンは「そうじゃなくて」と茶褐色の短い髪をかきながら呟いた。

「エウェンはうまいことさばいているし、大丈夫なのわかってる。でも、俺がエウェンをそういう目で見られるのが気に入らないというか……嫌なんだよ」
「そんなこといったらリヴくんのお母さんはどうなるわけ?」

 見目が整っていても自分は雄だ。たいして、母は女だ。生物的に後者の方が断然危険だろう。
 腰に手を当てながら、半目で見上げる。リヴンは打って変わって肩をすくめた。

「母さんは歳いってるし、エウェンみたいなすごく美人ってわけじゃねえだろ」
「ちょっと、実の母親にその言い草はないんじゃない?」

 地を這うような低い声と共に母が耳をぎゅっと引っ張った。いたがるリヴンを無視して、母が「でも、そうよね」と呟く。

「私も隣で見てたけど、最近ちょっと身の程をわきまえないお客様が増えたのは確かね」
「僕のせいですみません……。迷惑をかけるつもりじゃなかったんです」

 しんなりと髪が垂れ下がる。すかさず、母が言った。

「エウェンくんのせいじゃないわよ! 蛾が火に近づくのは本能的なものでしょ? それと同じよ。だから、エウェンくんが気にする必要はないの」

 耳から手を離し、母が笑顔でエウェンの両手を包み込むように握った。リヴンもずっと引っ張られていた耳をさすりながら頷いた。

「母さんのいうとおりかもな。もし、受付をする必要がある時は俺と一緒にすればいいんだし」
「けど、僕もなにか役に立ちたいんだ」

 温かく迎え入れてくれた新しい家族に、エウェンはどうしてもなにかしたかった。睫毛を震わせて伏せるエウェンに、リヴンは「あっ」と呟いた。

「だったら、うちの村にあるハーバリストの職員になるのはどうだ? エウェンは元冒険者だし、きっと活かせると思う」
「そうねえ。エウェンくんはどう?」

 母に聞かれ、エウェンは少し考えた後頷いた。

「ものは試しに行ってみます」
「わかったわ。リヴン、今日はもうあがっていいからエウェンくんと一緒にハーバリストへ行ってきなさい」
「わかった。行くぞ、エウェン」

 手が母の手を離させ、手を握ってくる。
 裏手から出た後、村唯一のギルド『ハーバリスト』へ向かった。リヴンが受付でいくつか説明すると、入れ違いにでてきたのは、ハーブ収穫をするたびに鑑定している老人だった。

「おや、キミは毎年ハーブ収穫をしてくれてる魔物さんじゃないか」
「お久しぶりです。あの、実はお願いがあって……」
「まあまあ、そう焦らず。そこのソファで話をしましょう」
 
 ギルドの一角にあるローテーブルを挟んだソファを指差した。
 向かい合うように座れば、エウェンはギルドの手伝いをしたいこと。冒険者だった頃に担った仕事を話せる範囲で話し、自分のできることを一通り話した。
 一通り話し終えれば、老人は鷹揚に頷いた。

「ワシはかまわないが、エウェン殿はいいのかね? あなたのいう実績が本当なら、この村にはもったいない逸材じゃ」
「僕はリヴくんの家族に、彼らが生きるこの村の役に立ちたいんです」

 膝の上にのせた手を握りしめ、隣で付き添ってくれているリヴンの手に髪を絡める。そうすれば、手が優しく髪を握ってくれた。
 老人は目元が隠れるほどのふさふさの眉を揺らしながら、ゆっくり頷いた。

「ふむ、そうか。エウェン殿がそういうのであれば、こちらが断る理由はない。ひとまずエウェン殿には、宿の裏手にある源泉の水質調査を協力してもらおうと思うが、よろしいかな?」
「もちろんです!」

 身を乗り出して、元気よく返事をした。
 形は違うが、また冒険者としての仕事ができる。そう思ったら自分でも驚くほど大きな声が出た。エウェンは姿勢を正すと子供のようにはしゃいでしまった恥ずかしさで髪が落ち着かなく揺れ、肌が象牙色に染まるのを感じた。
 そんなエウェンを老人は「元気なのはいいことじゃ」と笑った。
 ギルドからでると、エウェンはリヴンに微笑んだ。

「リヴくん、付き添ってくれてありがとう」
「おう、このまま帰るか?」
「そうだね。この時間帯なら源泉調査をしていると思うし。せっかくだから、調査ギルドのメンツに挨拶してこようかな」

 セックス依存症の時は、落ちぶれて醜くなった自分を見られたくなくてろくに挨拶も事情も説明せず雲隠れした。
 けれど、今は違う。色々言われるかもしれないが、久しぶりに調査ギルドの面々に会いたいと思えるようになった。
 しかし、リヴンはアランの件があったからか、心配なようだ。眉を思いっきり寄せて呻いているリヴンに、エウェンは素早く頬にキスをして見上げた。

「ほら、リヴくん。行こ?」
「やっぱり不安だから俺も付き添って」
「子供じゃないんだから大丈夫だよ! ほら、歩く歩く!」

 一方的に好きだった頃はわからなかったが、両思いになって蓋を開ければ、リヴンは嫉妬深く独占欲が強い。だが、それらはエウェンにとって、風船のようにあてもなく浮く自分をしっかりつなぎ止めてくれる甘い鎖でしかない。

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