天災魔人は普通を望む

天霧 ロウ

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 セルカの部屋の前につくとザクベルは妙な違和感に気付いた。何がと言われれば答えられないが、だが、本能がおかしいと警鐘を鳴らすのだ。

「ザクベル、ありがとう。私は仕事に戻るよ」

 そういってセルカがザクベルから離れて自室に入ろうとドアノブを掴もうとした。そこでようやく異変の正体に気付いたザクベルはドアノブに触れたセルカをとっさに抱き寄せ、くるっと扉へ背を向けた。
 瞬間、セルカが触れたドアノブは爆風と共に派手な音を立てて砕け散った。自分に障壁を張るのが遅れたせいか、ザクベルの背中や肩は爆風で飛び散った木片による裂傷に加え、皮膚が焼けただれた。しかし、その傷も瞬く間に治り、肉へ食い込いこんで銀色に染まった木片が床へ落ちた。
 ザクベルは額の目で素早くあたりに魔力の残滓がないか探知する。痕跡は見当たらず、感じ取った悪意は幻のように感じない。それでも念には念をと気配を探ってみるものの、やはりなにもない。
 自分の中に宿る魔物の力をもっと扱えていればと苦い気持ちが湧いてくる。今は腕の中にいるセルカが心配だ。ザクベルは額の瞳を閉じ、優しく声をかけた。

「セルカ様、お怪我は?」
「ザクベルのおかげで大丈夫だよ。ザクベルこそ、痛かっただろう?」
「俺なら平気です。痛みには慣れてますし、傷もすぐ治りました」
「だとしても、君が傷ついた事実は変わらないだろう」

 言葉と共にセルカが顔をあげると、震える手がザクベルの背中へ回された。まさかの心配に戸惑いつつも、自分を心配してくれるセルカにまたしても胸が甘く疼く。
 同時にあと一歩気づくのが遅かったら、セルカの半身は失われていた。明らかな悪意を目撃した以上、セルカの傍にいた方が賢明な判断だ。震えるセルカに胸が痛むのを感じながら顔を引きしめて告げた。

「セルカ様、しばらく俺の部屋で寝起きしませんか?」
「え?」

 ザクベルの真剣な表情に反して、セルカはこわばって青ざめていたのが一転して薄紅色に染めた。まさかの反応に唖然とするものの、自分の発言を思い返せばカッと顔が熱くなっていく。
 セルカを心配するあまりに思わず言ってしまったが、聞きようによっては勘違いされてもおかしくない。慌ててザクベルは続けた。

「えっと、変な意味ではなく、さっきのようなことがまた起こるかもしれないので。だから、俺と一緒に寝起きすれば、大丈夫じゃないかなと、思って。その……」

 ザクベルとしては善意で告げた内容だが、しどろもどろ理由を話す様子はどう聞いてもいいわけにしか聞こえないだろう。
 セルカと出会って日が浅いのは百も承知だ。しかし、化け物である自分を恐れず普通の青年として接してくれるセルカが恋愛対象として好きなのだとはっきりわかる。だからこそ、発言は慎重にしていたつもりだった。
 全身薄紫色になって汗を滲ませて戸惑うザクベルをじっと眺めていたセルカはふふっと小さく笑った。

「それなら書斎に繋がっている私の寝室でザクベルも寝起きした方がいいと思うんだけど、どうかな?」
「セ、セルカ様がいいなら……かまいません」
「じゃあ、今晩から一緒に寝起きしようか」

 先ほどまで不安そうにしていたのが一転、セルカはザクベルの胸板に頬を押し当てて上目遣いで微笑む。ついでつつっとザクベルの逞しい胸板を指先でなぞってきた。
 清廉でありながら、妖艶さを感じる仕草はまるで夜の誘いをされたかのように錯覚してしまう。複数ある核と心臓がドギマギと跳ね上がり、口の中にたまった唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
 普段閉じている額の目が勝手に開くほど凝視するザクベルにセルカが促してくる。

「ザクベル、返事は?」
「は、はい。もちろんです」
「じゃあ、荷物をとっておいで」

 先ほどまで見せた妖艶さを嘘のように引っ込めたセルカはニコニコと微笑みながら自室へ入っていった。
 一人になったザクベルはあっけにとられたが、早足で与えられた自室に戻ると荷物を一通りボストンバッグに詰めていった。

「セルカ様は誰に対してもあんな感じなのか?」

 捕まる前からろくに人と接してこなかったザクベルには、セルカの距離感がどうにもつかめない。それでも、セルカへ芽生えた特別な情は管理局に連行されて以来、失っていた熱を取り戻すには十分すぎる引き金だった。
 


 セルカを送り届けた後、一緒に夕食を取った。そして、シャワーを浴びてセルカの寝室におもむく。ベッドと観葉植物と引き出し付きのベッドサイドテーブルの上にランプがあるだけの部屋はセルカのこざっぱりとした部分をよく表していた。
 邪魔にならないようボストンバッグをおいて、ひときわ大きなベッドへ腰をかけて一段落つく。

「セルカ様の匂いがするな」

 セルカが寝起きしている部屋なのだから当たり前だ。しかし部屋にいると、まるでセルカに抱きしめられているような錯覚を覚える。先ほど抱きついてきたセルカの色っぽい姿を思い出す。

「セルカ様もあんな表情するんだな……」

 飄々とした振る舞いで忘れがちだが、改めて清楚さと派手さを両立した容姿は攻撃性がある。もっといろいろなセルカが見たい一方で、自分だけしか知らないセルカを見たい。そんな考えにザクベルは頭を思いっきり横に振った。

「俺は何考えているんだ。俺とセルカ様は雇い主と従業員なだけだろ」

 異能を目につけられた時から自由などない。だが、一度到達した思考はより深みへはまっていく。例えば、セックスの時はどんな風に乱れて、達する時はどんな表情を浮かべるのか。性への関心がグツグツと煮詰まる感覚にため息をついた。

「こんな汚い感情をセルカ様に持つなんて最低だな」

 セルカには優しさと美しい感情だけを向けたいのに、一度芽生えたよこしまな情はとどまる気配がない。そして、それはザクベルの高ぶりを活性させた。
 魔人になってはじめての体調の変化に嫌な予感がして、床に置いていたボストンバッグを手に取った。

「念のため、持ってきたはずなんだけど」

 いれておいたはずの薬が見当たらない。もしかして忘れてしまったかと血の気が引きかけたところで見つかった。

「渡された時は不要だと思ったけど、もらっておいて本当によかった」

 安堵の思いで白い錠剤が入った小瓶を眺める。はじめて飲むため小瓶に張られた説明へ目を通していれば、ノックと共に扉が開いた。

「ザクベル、ちょっといいかい?」
「セルカ様どうしたんですか?」

 入ってきたセルカはガウンをまとい、黄緑色の髪はしっとりと濡れていた。その様子からシャワーを浴び終えたばかりなのだろう。無防備な姿に、複数ある核が鼓動を打ってうるさい。
 近づいてくるセルカからしっとりとしたかぐわしい香りが漂ってくる。セルカが目の前にくると、ザクベルの手の中の小瓶に片眉をあげた。

「それは?」
「えっと、常備薬みたいなものです」
「アルシェからは君は至って健康だと聞いたけど?」
「健康ですよ。健康すぎて色々と厄介というか。はい……」

 ザクベルは思わず言葉を濁した。
 ザクベルの手にある小瓶の錠剤は性欲を抑える薬だ。普通であれば命にかかわるほどの濃度だが、ザクベルの体は元来ザクベルが持つ順応という異能のせいで、劇薬レベルでないと効かない体になっていた。
 天災に等しいザクベルの唯一の欠点は、取り込んだ遺伝子が絶滅種や希少種ばかりで、生存本能ゆえに非常に強い性欲を持て余すはずだった。しかし、心がずっと息絶えていたからなのか、皮肉にも性欲に振り回されていなかった。ゆえに今は無敵な状態が崩れたともいえるだろう。
 無防備なセルカの姿はいつにもまして五感に毒だ。嗅覚はより鋭く、目の前のセルカの色香をしっかりと嗅ぎ取っていた。

「あ、あの。セルカ様。少しの間でいいので、背中を向けてもらえますか?」
「気に障るような事をしてしまったかな?」
「いいえ、そうではありません。その、ちょっと、このままでは俺が色々と困るので」

 ザクベルの雄をこれでもかと刺激するセルカの姿にさらに熱がたまっていく。上半身をかがめると四つの腕を使って、それとなくズボンを押し上げている中心を隠した。
 だが、青い肌が藤色に染まっていく様子に具合が悪くなったと勘違いしたのだろう。セルカが心配そうにしゃがみ込んできた。

「肌の色が薄れているけど、大丈夫かい?」
「あ、はい。なんとか」

 口ではそういうもののより距離が縮まったせいで香るセルカの匂いにザクベルの理性はグラグラだ。
 するりとセルカの手がザクベルの太ももに触れると、ざわりと快感が全身に波打つ。だが、必死に耐えた。手の中にある小瓶を開けて今すぐ錠剤を飲みたいが、限界まで高ぶった熱をセルカの目の前に曝け出す事になる。
 どうするべきかと頭を抱え込みそうになっているとおもむろにセルカが言った。

「君、もしかして勃ってるのか?」

 ザクベルの手をくぐって服越しにザクベルの中心に触れてきた。ザクベルはぎょっとして、慌ててセルカの手から逃げようとするが、ズボン越しにぎゅっと握られて逃げられなかった。

「すごいね。服越しからでもこんなに立派だ」
「せ、セルカ様。あの、これは……」
「こっちもやっぱりすごいのかい?」

 行き場のない四つ腕をわたわたさせていれば、セルカが上目遣いでザクベルを見ながら太ももに頭を預ける。それどころか、先端からあふれ出る滴ではっきり染みができている部分をズボン越しに唇を当てた。

「セルカ様っ! ま、待った! 駄目です!」
「別に恥ずかしがる必要はないだろう? 私も君も男同士じゃないか」
「そ、うですけど! 俺の気持ち的に色々とダメなんです!」

 半ば泣きが入っているザクベルにセルカは嬉しそうに瞳を細めた。ザクベルを見つめたまま細い指先が下着ごとズボンを下ろした。

「な、なっ……!」

 セルカの壮絶な色気に当てられたザクベルは口では拒否しつつも、体は抵抗する気を失せていた。
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