天災魔人は普通を望む

天霧 ロウ

文字の大きさ
7 / 13

7

しおりを挟む
「ザクベル、ここにいたんだね」

 野菜の収穫をしていたザクベルは近づいてくるセルカの気配に振り返った。
 ベージュの繋ぎに麦わら帽をかぶったセルカがいた。日差しを防いでも暑いのか、白い額にはうっすらと汗が浮かび、髪がくっついている。手には蓋付きの紙カップがあった。

「どうしました?」
「今日は特に暑いから私特製の飲み物を持ってきたんだ」

 一般の人間ならそうかもしれないが、ザクベルの体は異能の影響でどんな環境下でもすぐに順応する。そのためセルカの暑いという意味がピンとこなかった。それでもせっかくセルカが持ってきた飲み物だ。カップを受け取ると、セルカに微笑んだ。

「セルカ様、ありがとうございます」
「どういたしまして。早く飲んでごらん」

 急かすセルカに促されるまま一口飲めば、バランスのとれた酸味と甘みの後、爽やかな香りが鼻を抜ける。

「結構スースーしますね。でも、さっぱりしてておいしいです」
「炎天下で作業しているザクベルのために作ったんだよ。おっと、これも渡さないとね」

 セルカは腰に下げていた麦わら帽を外すと、ザクベルの頭へかぶせた。きょとんとするザクベルにセルカは目を細めた。

「これから日差しが強くなっていくからこれをかぶるといいよ」

 同じ麦わら帽子の端を持ち上げていたずらが成功した子供のように笑った。よく見れば麦わら帽子の影がセルカの目元へ落ち、いつもより暗い萌黄色の瞳の中に小さな金色の光の粒が散っている。

「セルカ様の目、キラキラして綺麗ですね」

 思わず呟けば、セルカの白い顔が一気に紅潮した。先ほどよりも汗を滲ませ、顎を伝う汗を拭いながら目を伏せた。眉を下げつつもチラッとザクベルを見てくる。

「そんなにはっきり見えた?」
「はい、麦わら帽子の影のおかげではっきり見えます」

 恥ずかしがる理由がわからないザクベルは素直に答えた。たいしてセルカは唇を小さく尖らせ「そんなにか」と悔しそうに言った。セルカの瞳に散る金の粒子は先ほどより落ちついたが明確にわかる。
 深呼吸をしたセルカは背伸びをするとザクベルの顎に唇を当ててきた。いきなりの行為に思考が停止しかける。なんとか踏ん張って、先ほどセルカの唇が当たった顎に手を当てながらセルカを見た。

「せ、セルカ様、なにして」
「うーん、これじゃまだダメか。ザクベル、ちょっと屈んでくれるかな」
「こうですか?」

 冷静なセルカに困惑しつつ、セルカの視線へあわせるよう身をかがめた。そうすれば、セルカの腕が首に回り、唇が重なった。火照ったセルカの唇はしっとりと柔らかく、口の中に潜り込んできた舌は思わずセルカと一つになった感触を思い出す。
 
「セルカ様、まっ」

 セルカの肩を掴んで顔を離そうとするが、それ以上の力でセルカの腕がぐっとザクベルの首を引き寄せる。冷めたい唇や舌にセルカの熱が浸透してくる心地よさに眩暈を覚える。
 ぴったりと密着した際、セルカの麦わら帽子が落ちそうになった。それを視界の隅で捉えると空いている手で掴む。角度を変えて何度もキスを繰り返されれば、困惑よりも心地よさが上回ってきた。
 今はそういう時間ではないとわかっていながら、ぎこちなくセルカにキスを返す。セルカがうっとりと目を細め、キスの合間に小さく笑った。

「ザクベルは興奮すると、いろんな色が出るんだね」
「いろんな色?」
「多くの魔物は感情が高ぶると魔力反応が目に出るんだ。反応や色は魔物によって違うけど、ザクベルは私と同じで、粒子が散るみたいだね」

 ちゅっと舌先を吸われて唇が離れる。首に回っていた手がほどかれ、代わりにザクベルの頬を撫でた。

「セックスの時は余裕がないから見られなかったけど、こんなに綺麗なのを見逃していたなんてもったいなかったな。あ、色が濃くなった」

 羞恥や興奮が高ぶったのだろう。セルカの指摘が正しければ、瞳の状態でザクベルの心情がバレるという意味だ。慌てて目をぎゅっと閉じて姿勢を正すと、セルカが不満そうに声を上げた。

「目を閉じるのは禁止! ほら、私に見せて!」
「ダメです」
「ザクベルだって、私の目をまじまじ見てたじゃないか」

 ぺちぺちとセルカの手が優しく頬を叩く。そんな仕草すら胸が甘く疼き、思いっきり抱きしめて肩に顔を埋めたくなるが、ぐっとこらえた。
 目を閉じたままザクベルは手にしていた麦わら帽子をセルカにかぶせると姿勢を正した。

「俺は仕事に戻ります。セルカ様も仕事に戻ってください」
「じゃあ、キスをしてくれたら戻るよ」

 目を開けなければわからないだろうと言わんばかりに勝ち誇ったような笑みを浮かべるセルカを感覚で一瞥した後、スッと身をかがめて触れるだけのキスをした。
 まさかのスマートなキスに呆然としたセルカへ目を閉じたまま返した。

「キスしましたからセルカ様を書斎までお連れしますね」
「え、え? 待った、今のなし!」
「ダメです。俺は約束通りキスしました」

 慌てるセルカを抱き寄せるとセルカの執務室へと空間移動する。
 一瞬の歪みとついで全身で感じるセルカの香りにセルカの執務室へ無事着いたようだ。腕の中で不満そうにしているセルカの耳元へ囁いた。

「夜になったら好きなだけ見ていいので、それまで仕事頑張ってください」

 我ながら恥ずかしいセリフだ。けれど、こうでも言わないとセルカは仕事に取りかからないだろう。案の定、セルカはパッと目を輝かせると、色香を滲ませて微笑んだ。

「そうだね、今日はしっかり見られる体位でやろうか」
「……はい。じゃあ、俺は戻ります」

 フッと先ほどの場所へ空間移動する。一人になったザクベルは手に握っていたカップを一気に飲み干した。カラになった紙カップをゴミ箱の中へ転送する。
 ようやく目蓋を持ち上げると、ぐっと体を伸ばして小さく息を吐いた。

「夜、頑張るか」

 ここに来てから不健全気味だが、その歪さが今は心地がいい。それは相手がセルカだからだろう。中央にいた時は夜になると憂鬱だったが、今は夜が怖くない。反面、どんどん成長していくセルカへの恋慕にどう対処すべきか考えあぐねていた。
 これが一般人なら思いを告げて両思いになれるだろうが、ザクベルは違う。自我はあれど、意思決定権はザクベルにはない。特定の誰かを愛するなど論外だ。

「ずっと今が続けばいいのにな」

 天災同等の魔人ではなく、従業員としてセルカといられたらどれほど幸せだろう。時間を巻き戻すなど朝飯前だが、世界の法則を壊す強大な魔法は必ず歪みを生む。その影響が自分にだけならかまわないが、歪みは無辜の人々へ影響する。
 であれば、苦しくとも現状を粛々と受け入れるのみだ。

「大丈夫、この期間が終わっても、今の幸せが生きる糧になると思えばいい」

 希望を見いだすなと自分に言い聞かせて、野菜の収穫作業を再開した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

抑制剤の効かない薬師オメガは森に隠れる。最強騎士団長に見つかり、聖なるフェロモンで理性を溶かされ、国を捨てた逃避行の果てに番となる

水凪しおん
BL
「この香りを嗅いだ瞬間、俺の本能は二つに引き裂かれた」 人里離れた森で暮らす薬師のエリアルは、抑制剤が効かない特異体質のオメガ。彼から放たれるフェロモンは万病を癒やす聖なる力を持つが、同時に理性を失わせる劇薬でもあった。 ある日、流行り病の特効薬を求めて森を訪れた最強の騎士団長・ジークフリートに見つかってしまう。エリアルの香りに強烈に反応しながらも、鋼の理性で耐え抜くジークフリート。 「俺が、貴方の剣となり盾となる」 国を救うための道具として狙われるエリアルを守るため、最強の騎士は地位も名誉も投げ捨て、国を敵に回す逃避行へと旅立つ。 シリアスから始まり、最後は辺境での幸せなスローライフへ。一途な騎士と健気な薬師の、運命のBLファンタジー。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

転移先で辺境伯の跡継ぎとなる予定の第四王子様に愛される

Hazuki
BL
五歳で父親が無くなり、七歳の時新しい父親が出来た。 中1の雨の日熱を出した。 義父は大工なので雨の日はほぼ休み、パートに行く母の代わりに俺の看病をしてくれた。 それだけなら良かったのだが、義父は俺を犯した、何日も。 晴れた日にやっと解放された俺は散歩に出掛けた。 連日の性交で身体は疲れていたようで道を渡っているときにふらつき、車に轢かれて、、、。 目覚めたら豪華な部屋!? 異世界転移して森に倒れていた俺を助けてくれた次期辺境伯の第四王子に愛される、そんな話、にする予定。 ⚠️最初から義父に犯されます。 嫌な方はお戻りくださいませ。 久しぶりに書きました。 続きはぼちぼち書いていきます。 不定期更新で、すみません。

好きなだけじゃどうにもならないこともある。(譲れないのだからどうにかする)

かんだ
BL
魔法使いが存在する世界。 皇太子の攻めと学生時代から付き合っていた受けは、皇帝からの許しも得て攻めと結婚した。だが、魔法使いとしても次期皇帝としても天才的な攻めに、後継を望む周囲は多い。 好きなだけではどうにもならないと理解している受けは、攻めに後継を作ることを進言するしかなく…。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~

季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」  その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。  ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。  ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。  明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。  だから、今だけは、泣いてもいいかな。

【8話完結】俺は推しじゃない!ただの冒険者だ!

キノア9g
BL
ごく普通の中堅冒険者・イーサン。 今日もほどほどのクエストを探しにギルドを訪れたところ、見慣れない美形の冒険者・アシュレイと出くわす。 最初は「珍しい奴がいるな」程度だった。 だが次の瞬間── 「あなたは僕の推しです!」 そう叫びながら抱きついてきたかと思えば、つきまとう、語りかける、迫ってくる。 挙句、自宅の前で待ち伏せまで!?  「金なんかねぇぞ!」 「大丈夫です! 僕が、稼ぎますから!」 平穏な日常をこよなく愛するイーサンと、 “推しの幸せ”のためなら迷惑も距離感も超えていく超ポジティブ転生者・アシュレイ。 愛とは、追うものか、追われるものか。 差し出される支援、注がれる好意、止まらぬ猛アプローチ。 ふたりの距離が縮まる日はくるのか!? 強くて貢ぎ癖のあるイケメン転生者 × 弱めで普通な中堅冒険者。 異世界で始まる、ドタバタ&ちょっぴり胸キュンなBLコメディ、ここに開幕! 全8話

処理中です...