星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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9章 ベルンハル② 忠義は赤く燃える

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「今すぐ試合を始めるそうです!」

 バタバタとけたたましい音を立ててながら、ラドルフが戻ってくる。騎士の控えまでは、走ったとしてもこうは早くつかないはずだ。
 何か思い至ったのか。
 イーサンが、恐る恐るラドルフに尋ねる。
「……ラドルフ、お前ちゃんとドラニア卿にお伝えしたのか?」
「時間がもったいなかったからさ。」

 ラドルフはにかりと白い歯を見せて笑った。

「早く始めてくださーい!って階段降りたところで怒鳴ってきたよ。」

 悪びれなく横着を誇る若い騎士に、皆が面食らう。そしてラドルフはトドメとばかりに、胸を張った。

「当然階段は使わないで、手摺りを飛び降りました!失礼な騎士団長から妃殿下をお守りしないといけませんからね!あー、あの人、すれ違った時、すっごい顔してましたよ?」

「誰がやりこめたんですか?」とラドルフは首を傾げる。武勇伝を期待してか、クリクリとした丸い目が、キラキラと輝いていた。
 場の空気を掻き混ぜる底抜けの明るさに、アリムはブッと吹き出した。
 ラシードも一寸遅れて、クックっと肩を震わせる。

「当然アリムに決まっているだろう。」
「わぁ!私も見たかったです!妃殿下、失礼なやつは、その拳でガツンッとやっちゃいましょうね!俺も加勢しますから!」

 ラドルフは憤懣やる方ないといった様子で、ブンブンと拳を繰り出す。

「ラドルフ……。」

 興奮しているラドルフを宥めようと、イーサンは彼の腕を引いた。
 しかし今度こそラシードは、大きな口を開けて笑い始めた。

「いい。好きにさせろ!全く、ラドルフの言う通りだ!」

 ラシードはゲラゲラと笑いながら手を大きく叩く。滅多に見られない王の爆笑に、騎士2人は顔を見合わせた。
 アリムも我慢せずに大きく笑う。

「今度はやってみるよ。」
「ぜひ!」
「入場だ。はじまるようだな。」

 ベルンハルの騎士達が、ズラリと演舞場に整列した。先頭にはキシュワールとノイ。ノイはいつか見た臙脂の親衛隊服を身につけている。一方のキシュワールは、イーサン達と同じ黒の騎士団の制服を着用していた。

「キースの騎士団服は久しぶりだな。」

 アリムはキシュワールの着こなしに、ほぉっと魅入る。
 他の騎士と同じ制服のはずだが、キシュワールが着ると、ずば抜けた気品がある。
 立ち姿の美しさからして、群を抜いていた。
 細い顎が僅かに上向いている様は、気高いキシュワールらしくて、誇らしげですらある。

 ーーやっぱり……キシュワールのいる場所は……。

「星王、蒼き月にご挨拶申し上げます!」

 一同の大声に、会場の空気が震えた。一同の瞳は、まっすぐにラシードを見つめている。
 ラシードは億劫そうに腕を上げて「楽しみにしている」と答えた。

「一戦目はノイだな。」

 ラシードは肘掛けにもたれながら、演舞場を指差した。
 演舞場の中央にはこれから試合をする騎士が残っている。ノイは以前と同じように、念入りに体を伸ばし、攣らないように準備中だ。
 アリムはノイの向かいにいる騎士を見て、目を丸くした。

「あの人は……。」
「職務怠慢の愚か者だな。」

 オハラがアリムの護衛を命じた騎士だった。ラシードが口元を歪める。

「何故あそこに立っているのか、本当に不思議だ。」

 本来ならば、今はアリムの側に立っていなければならないのに。
 アリムはキシュワールとノイが模擬戦を申し出た理由に気がつき、サァッと青ざめた。

「え、ちょっと……まさか……!」

 ラシードはアリムの動揺に答える気はないらしい。
 ただアリムの肩を抱き、自分の半身に寄り掛からせる。

「構え!」

 審判が高らかに試合の始めを宣言した。
 騎士2人は剣の柄に触れ、踏み込みの姿勢を取ったーー

「始め!」

 その言葉を契機に、2人は剣を抜く。
 しかしそのスピードは、明らかに差があった。
 ベルンハル側が剣を構えた頃には、ノイが体一つ分、足を踏み込んでいた。
 ビュッ!と空気を切る鋭い音が聞こえた気がする。
 それと同時に、ノイの剣が、ベルンハルの騎士の腹を狙っていた。

「っ!!」

 思わずアリムは顔を手で覆い、悲鳴をあげかける。ガンッと鎧を叩く鈍い音が、鼓膜を震わせた。

「模擬戦用の剣だ。本当に切れたりはしない。」

 ラシードはにんまりと笑いながら、アリムに説明する。

「だが、衝撃はすごいだろうな。」

 撃たれた騎士は、苦悶の表情を浮かべ、ノイから距離を取る。

「ノイの居合の速さは、いつ見ても感心するな。」
「騎士団の中でも随一でございます。」

 イーサンがニコニコと頷く。
 ノイは距離を置こうとするベルンハルの騎士を執拗に追いかけ、ブンブンと彼の急所を狙って剣を振った。
 当然相手も応戦し、ノイの防具に剣を打ち込むが、ノイは怯まずにその剣を打ち返す。

「あっ!」

 ノイの剣筋を読んだラドルフが悲鳴をあげた。
 ラドルフの読みを証明するように、切先はベルンハル側の頰を掠め、焦った騎士が僅かな声を上げる。

「また卑怯なとこ狙う!」

 何度も煮湯を飲まされているラドルフが、プンスカと文句を漏らす。

「でもほら、今回は頭突きしないよ。」

 アリムがフフッとラドルフを揶揄うと、ラドルフは「そこは認めます。」と頷く。
 ベルンハル側の騎士達が「卑怯だ!」と口々に騒ぎ立てているが、王城側は慣れたものだ。
 ラシードも含み笑いを浮かべながら、ゆったりとアリムの肩を撫でる。

「あいつはただ勝てば良いんだ。」
「俺もその騎士道に賛成かなぁ。あっ!いけっノイ!あー。惜しいって!」

 アリムが声を張り上げると、チラリとノイが目を上げた。
 それはほんの一瞬だった。
 だが確かにノイは、ニヤリと笑った。
 ギラリと消え残る光の尾を引きながら、ライトグリーンの瞳は、目の前の獲物を好戦的に捉える。

「……っ!」

 ゾワっと体中が総毛立った。
 どうしてか恐怖と共に、官能すら感じる。
 アリムは跳ね上がった心臓に戸惑いながら、苦笑いを漏らした。

「はは……。悪い顔してるな……。」
「どうした?」

 隣で顔を赤らめたアリムに、ラシードは訝しげに問いかける。

「目が合ってびっくりしただけだよ。」

 アリムはそれがどういうことなのかわからず、正直に答えるしかなかった……。




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