星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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11章 晩餐の席で妃は微笑む

試合を終えると、すでに日は傾いていた。
侍従と護衛が風呂で汗を流している間、アリムは服を替えるように案内される。

「演舞場は些か埃っぽかったですから。」

アリムはイーサンと旅行鞄を覗きこみ、首を傾げる。

「今日の晩餐って、どんな感じなんですか?」
「バーリはご家族だけの簡単なものを、とおっしゃっていましたが。」
「そっかぁ。何着ようかなぁ。」

アリムは頷きながら、2着のタラーレンを取り出す。1着は無地のブラウンのタラーレン。もう1着は襟に鳥の刺繍が入った黒のタラーレンだった。

「申し訳ございません。服の事は余り詳しくないのですが……。」
「うん。大丈夫。こういう事は僕の専門なので。」

アリムは2着のタラーレンをラックに掛けると、「うん」と小さく頷いた。
家族の晩餐だ。
華美に着飾るのも、地味になるのも避けたい。
特にオハラは服や装飾が好きなので、何か会話のきっかけになる所が欲しい。
黒のタラーレンは襟の刺繍が美しく、間違いなくオハラの好みでもある。

「でも黒かぁ……。」
今回の食事は、できれば和やかな雰囲気で過ごしたかった。

「よし。こっちにしよう。」

アリムはブラウンのタラーレンを手に取った。
そして、足りない華やかさを、オハラから贈られたアレキサンドライトと金のシンプルなバングルで補う事にする。
バングルはオハラからの贈り物の中に入っていたもので、捻りデザインが気に入っていた。

今回は身支度を手伝うメイドは断った。
なのでアリムは手早く着替えを済ませて、髪の毛は櫛を通して整える。

「アリム。」

同じく着替えを済ませたラシードが、扉をノックした。襟付きのシャツに濃紺のパンツという、晩餐に向かうにはあまりにもラフな姿だ。

ーー本当に家族だけの時間なんだな……。

アリムは自然に頬を緩める。
アリムが堅苦しくない程度にジャケットを着れば、ラシードの隣に立つにはちょうどいい塩梅だろう。

「スカーフはどうした?」

ラシードは朝と同じスカーフを誇らしげに結んでいた。明るい色を身につけるだけで、随分と軟派な印象になる。
アリムはフフッと笑うと、自分のスカーフを手に取った。

「これから付けます。でも食事の時は邪魔になりませんか?」
「母上に自慢するんだ。」

子どもっぽい言い方に、アリムはプッと吹き出す。

「喧嘩なさらず、楽しい晩餐にしましょうね。」

アリムはスカーフを首に巻くと、緩く結んだ。
汗と汚れを落としたキシュワールとノイが合流すると、程なくして執事が晩餐の準備が整ったとやって来た。
相変わらず彼はアリムを視線の外に追いやっている。
だがアリムにはどうでもいいことだった。

食堂に到着すると、空腹を刺激する良い匂いが漂ってくる。
何十人と座れそうな長テーブルには、3人分のカトラリーが整然と並べられていた。ズラリと整列した使用人が、深々と頭を下げる。

「アリム!待っていたわよ!」

上座に腰掛けたオハラが、嬉しそうに立ち上がる。アリムの到着を待ちきれないオハラは、可愛い息子の挨拶を待たずに、早速手を取った。

ーーさすが親子……。

ぐいぐいと引っ張られながら、アリムは思わず笑みをこぼす。

「母さん、食事にお招きいただいてありがとうございます。」
「突然交流戦なんて!あなたとの時間が減ってしまったじゃない!」

オハラはジロリと後ろに控えているキシュワールとノイを睨みつける。そうは言ってもおふざけの範囲なので、騎士2人は「申し訳ございません。」と頭を下げるだけでいいようだ。

「それで、どちらが勝ったの?」
「引き分けですよ。」

アリムが答えると、ラシードは2人の椅子を引きながら、皮肉気に口の片方を釣り上げる。

「気持ちの上では我らの勝利です。」
「何を子供みたいな事言ってるのよ。」

オハラはフンっと顎を上げると、引かれた椅子に腰掛けた。
ラシードも席につく。
そして行儀悪くテーブルに肘をつき、チラリと辺りを見渡した。

「一度規律を見直してください。騎士団の空気が悪すぎます。」
「そうなの?アリム、何かあった?」
「……いえ。特には。」

アリムは曖昧に首を傾げ、目の前のカトラリーに視線を落とした。
食事のマナーは、講師から「皆様の前で実践なさっても問題ありません。」とお墨付きを貰っている。
いつも通りやれば大丈夫だろう。
オハラは「そう?」と不思議そうにしていた。
執事が「食前酒はいかがなさいますか?」とラシードに問いかける。

「シャンパンでも飲むか?」

アリムは自分の前に置かれたグラスを一瞥し、小さく頷いた。
わからない程度に使い古されたグラス。僅かな傷が所々についていて、微かに白く曇っている。

ーー幼稚だなぁ……。

アリムは内心で肩をすくめた。

「坊ちゃん、お酒は好き?」

使用人を信じきっているオハラが、シャンパンを傾ける。
給仕されたシャンパンは、甘くて芳醇な香りがする。
だがそれをみたラシードが軽く眉を顰めた。

「アリムのものだけ、銘柄が違うようだが。」

ボトルは上手くナフキンでラベルが隠れていたので、何を注がれたのかわからない。
しかしラシードの目には自分達とは違うシャンパンだとわかったようだ。
給仕をした執事が、慇懃に腰を折る。

「アンジェロの15年物です。どの程度嗜まれるかわからなかったので、度数が低く、甘いものをご用意致しました。」

キシュワールはボトルを一瞥すると、不愉快そうに目つきを鋭くした。
どうやら侍従が言ったシャンパンとは別物のようだ。

ラシードがピクリと頰を引き攣らせた。

アリムは咄嗟にラシードとキシュワールを見遣ると首を横に振る。

「ありがとうございます。いただきます。」

アリムはラシードとオハラに笑みを送り、軽く会釈する。
オハラはにこりとアリムに笑みを返した。

「貴方とお酒を飲めるなんてね。」
「そうですね。でも、明日も早いので少し控えさせていただきます。」
「そう。まだ旅の途中だものね。」
「ならば俺も今日は控えよう。次からは俺にもアリムと同じものをくれ。」
「かしこまりました。」

ラシードはクルクルとシャンパンを揺らし、軽く眉間を揉んだ。

「西天の恵みに感謝致します。エレ・アレジャブル。」
「エレ・アレジャブル。」

食前の祈りを捧げ、グラスを互いに高く持ち上げる。
照明に透けるシャンパンが、キラリと輝いて綺麗だった。

「……っ。」

だが実際に口を付けてみると、舌にこびりつく甘さに面食らう。
砂糖をたっぷりといれたジュースのようだ。

「口に合わなかったかしら?」

アリムは心配そうなオハラに笑いかけると、首を横に振った。

「いえ。」

アリムはいつの間にか肥えていた自分の舌にも、内心で呆れ返る。

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