星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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12章 アルリーシャのヨーク

 それから一行はベルンハルの元関所を通過し、イートンの村へと馬車を走らせた。
 ベルンハルはアレジャブル主要都市の最西端で、そこを抜けると手付かずの田舎らしさが色濃い。
 こじんまりとした村の宿で一泊し、もう1日馬車を走らせる。

「疲れていないか?」

 そう聞くラシードにも、わずかに疲労の色が見えている。彼はなるべく楽になるように、シャツの前ボタンを開けて首元をくつろげている。
 しかし西に行けば行くほど寒さは増すので、しっかりとスカーフは肩にかけていた。

「大丈夫。でもやっぱり座りっぱなしはキツイね。」

 アリムは窓の外に目をやり、陽の眩しさに目を細めた。
 今日は天気も良くて風も弱い。馬を走らせるには最高の天気だった。
 一度ラシードに馬に乗せて欲しいと強請った所「急襲の可能性もあるからだめだ」と却下された。

「今日で目的地に着く。宿は近くの村にとったから、お前はそこで待っていなさい。」

 ラシードはそういうと、首を傾げる。

「本当に行かなくていいのか?」

 その問いにアリムは頷いた。

「……うん。イートンの村には行かない。」
「そうか。ライにはお前が宿屋にいることを伝えるよ。来てもらえるように頼んでおこう。」
「ありがとう。」

 アリムは頷きながら、不安げに瞳を揺らした。
 ライはきっと来てくれるだろう。
 だが彼に何と伝えればいいのだろうか。
 本当ならばヨークが来てくれるのが一番だったが、彼とアリムは面識がない事になっている。

 それもこれも、あの時イートンの村の入り口で、アリムが大立ち回りをしたせいだ。
 あの時にヤービルの後継者を名乗っていなければ、素性を隠すためにヨークとの関係を隠す必要はなかったのに。

 だが誰が予想しただろうか。

 アルリーシャの首長の後継者が、まさかアレジャブルの妃になるなどと。
 だから今アリムがヨークと連絡を取ることができないのは、決してアリムのせいではないはずだ。

「何か不安か?」
「うん?」
「そんな顔をしている。」

 宥めるような仕草で肩を抱き寄せられると、自然と不安がほぐれていく。
 アリムは促されるままに肩に頭を乗せると、フゥッと目を閉じた。

「嫌な記憶を思い出すなら、ライに会わなくても構わないんだぞ?」
「そんな事ないよ。ライおじさんにも会いたいし。来てくれるように伝えてくれる?」
「もちろんだ。必ず伝えるよ。」

 アリムはラシードの柔らかな声音にホゥと息を吐き、首筋に頰を擦り寄せた。
 時間があれば甘えたくなり、引き寄せられるように体をくっつける。
 イートンの村に近づくにつれて不安は増してくるが、ラシードに微笑まれるとその不安も解けていく。

「護衛にキシュワールとイーサンを連れて行くが、良いか?」
「もちろん。二人だけで大丈夫なの?」
「ああ。」

 ラシードは軽く頷くと、くるりと人差し指を回した。

「イートンの村で何か起きる訳もないし、起きたとしても悋気の強い守りがいるからな。」

 けろりとした様子に、アリムは目を丸くする。

「呆れた。あれだけ邪険に扱ってるのに、そういう時だけは利用するんだね。」
「……そう言われると、まぁ……そうだが。」
「俺以外には冷たい所あるよねぇ。昔はそんな感じじゃなかったのに。」
「昔は?」

 ラシードはアリムの言葉に声を跳ね上げた。
 アリムはビクッと震え上がり、ハッとラシードを見上げる。

「……会ったことがあったか?」

 ラシードはアリムの反応をじっと見定めるように見つめている。

 ーーしまった……。

「い、言ってるじゃないか!俺も当時西域にいて、ラシードの支援にはとても助けられたって!」

 以前話したことがあったはずだ。当時王太子だったラシードが、侵略の復興を支援していた時、アリムも西域にいたということを。

「……いや、直接会った事はないか?」

 ラシードはジッとアリムを見つめ、更に言い募った。
 何か確信めいた、真っ直ぐな瞳。
 内心でぶるりと震え上がる。

 ーーな、何が言いたいんだよ……?

 アリムの心臓がバクバクと跳ね上がる。

「俺は昔……。」
「わっ!!」

 ラシードの言葉が終わるより早く、アリムの口から悲鳴が漏れ出た。
 ガタンッと大きく馬車が揺れる。

「うっ!」

 ガタガタッと激しい音を立てて、馬車が何度が上下する。
 ラシードは咄嗟にアリムを抱き寄せ、頭を庇った。

「歯を食いしばれ……。」

 くぐもった声で注意を促され、アリムは慌てて奥歯を噛み締める。
 ようやく馬車が静けさを取り戻すと、御者台の窓が開いて、ノイが顔を覗かせた。

「大丈夫ですか?」
「どうしたんだ。」

 ノイの軽い調子から、急襲ではないと察したのか。
 ラシードが、肩の力を抜く。
 ノイは肩をすくめると、チラリと前方に視線をやった。

「雨上がりらしくて、道がかなり悪いです。しばらくこんな道が続きます。」
「御者は誰だ。」
「イーサンでございます。」

 イーサンが声だけで返事をする。

「道が悪いので、ラドルフに御者を替えようと思います。よろしいでしょうか。」
「そうしてくれ。」
「一度馬車を止めます。」

 ラシードは頷くと、アリムに「怪我はないか?」と確認する。
 アリムは頷くと、窓の外に目をやった。
 恐らく局地的な雨だったのだろう。
 夜の寒さで泥が凍り、日の光で溶けた地面はぬかるんでいる。
 冬を前にしたこの地方では、よくある事だった。こうなると馬に乗るのも一苦労だ。

「御者はエタンじゃダメなの?」
「馬車の操作は、ラドルフが一番上手い。スピードを間違えて脱輪しては大変だからな。」
「へえ。」

 アリムは意外な特技に目を丸くする。
 すぐに馬車は停車して、御者が交代した。窓から顔を覗かせたラドルフが「安全運転に努めます!」と明るく笑う。
 ラシードはプッと吹き出して「任せよう。」と大仰に頷く。
 王の前でも常に明るいラドルフに、アリムもフフッと笑みを漏らした。

 馬車がゆっくりと走り始める。
 先程よりも馬のスピードは落ちたが、体が跳ね上がる程の衝撃はなくなった。
 それでも話をしていると舌を噛むかもしれないので、二人はそれっきり口を閉ざす。

 時折戯れに髪を引っ張られたり、指を絡め取られたり。
 悪戯に襟元から指が入り込もうとした時には、流石にギュッと手の甲をつねり上げる。

「っ!」

 アリムはジロリとラシードを睨みつけて、背を向けた。

 ーー話が曖昧になって良かった……。

 アリムはホッとしながら、窓の外を見る。
 ラシードはあの時の子供が、アリムだと気付いているのだろうか。

 ーーどこまでラシードに話していいのだろうか。

 ヨークは徹底してアリムを隠そうとした。だがアリルスタンの事がバレた今、あの時の子供が自分だと知られても不思議ではない。

 あの時吹いた突風は、自然のものじゃなかった。ーー

 脳裏に焼きつくアルリーシャの声。

『ヤービル様!アルリーシャの独立を!』
『王国の無体に屈するわけにはいきません!独立を!』
『我々の王に!ヤービル様!』

 あの時叔父は、間違いなくアリムを見つめていた。
 自分の先が長くない事、そしてアリルスタンが星神である事を知っていたのだろうか。
 あの時ヤービルは、アリムが王位を簒奪する事を望んでいたのだろうか。

『私憤に駆られて、復讐をしてはならない。』

 アリムはブルブルと首を振った。

 叔父はそんな事を望んではいない。反乱の旗頭にさせないために、アリムを王都へと送り出し、アルリーシャの名前まで捨てさせたのだ。
 だからアリムが、アルリーシャの地に足を踏み入れる事は二度とない。
 それにもう10年が経ったのだ。
 僅かに頭をもたげていた反逆の芽も、すでに枯れている事だろう。
 アリムは自分にそう言い聞かせる。

 ーー何も起きやしない……。

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