星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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第三部 序章 執務室の窓から

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「この手紙の山はなんだ。」
「全て招待状でございます。」

 宮節日を終えてからというもの。
 貴族達からの手紙の猛攻が止まない。

 ーーしばらく無視をすればおさまるかと思っていたが……。

 ラシードは机をトントンと叩きながら、束になった封筒を指でなぞる。
 12を数えたところでキシュワールが口を開いた。

「23です。」
「……。」

 ラシードは封筒を放り投げる。

「却下だ。まだ早い。」
「……避けては通れません。」
「だからお前にあの子を任せたんだろう。」

 後ろめたいことでもあるのか、キシュワールが目元を痙攣させる。

「……妃殿下は成人男性です。あの子などとお呼びになるのは……。」

 妃の従者は、あからさまに話をすり替えようとしている。
 ラシードは肘をついて、指で頰を叩いた。

「可愛いんだ。仕方ないだろう。」
「……可愛いというにはとうが立ちすぎておりますが……。」
「どういう意味だ?」
「……いい大人だと申し上げております。」

 キシュワールは相変わらずの能面で、遠くを見ている。
 あの愛らしさを理解できないのは嘆かわしいが、その分安心できる。

「……ベルンハルでは、懸命に対処なさっていたと思いますが。」

 キシュワールが顎をさするのは、考え事をする時の癖だ。
 以前見せていた冷えた態度は、いつのまにか見えなくなっていた。

「そう思うか?」
「はい。」
「お前達が、前に出てくれたから、俺の出番は全くなかったな。」
「……出過ぎた真似を致しました。」

 ラシードはフッと笑みを漏らす。

「いや。……その辺りもあの子の人徳だな。」
「……いつまでも後宮に閉じこもってばかりはいられません。……寧ろ積極的に外にお出になるべきです。」
「ほお。随分と評価が変わったんだな。」

 軽く揶揄うと、キシュワールが口を閉ざす。
 これでもう何も言わなくなるだろう。


 フッと誰かに呼ばれたような気がした。
 おもむろに立ち上がり、窓を開ける。

 秋の涼しい風と共に、楽しげな話し声が流れ込んでくる。

「アリム!」

 不思議なことだ。
 アリムが執務室の近くを通る時、ラシードは必ず窓を開ける。
 今のように呼ばれた気がしたり、何となく風を入れたくなったり。

 窓の下からアリムは顔を上げて、驚いたように目を丸くした。
 ラピスラズリの瞳が、陽の光を弾く。

「あははっ!やっぱり今日も窓を開けたね!」

 はじめの頃は、外で声を交わし合う事に抵抗があったのか。
 畏った様子で、会話も短かった。
 だが今は慣れてきて、いつも通りの伸びやかな声と話し方になっている。

 ーーあぁ、可愛い。
 
「俺に会いにきたのか?」
「違うよー。織部に行くんだ。あれ?キシュワール、そこにいる?」
「ああ。いるよ。」

 夫ではない男の姿を探すなんて。

 ジロリとキシュワールを睨みつけてから、またアリムに笑いかける。
 キシュワールが目を細めて、ため息をついていた。

「妃殿下にお声がけしてもよろしいでしょうか。」
「……。」
「キシュワール!ちょっと顔見せてー!」
「はい、こちらに。」

 キシュワールはラシードの返事を待たずに、窓から顔を覗かせる。

「御前を見下ろす形になり、申し訳ございません。」
「変なこと気にしないでよ!これからノイと織部に行ってくるからね。終わった課題、机の上に置いといたよ!」
「かしこまりました。後ほど拝見致します。」

 アリムはひらりと手を振って、ラシードに笑いかける。

「ごめん、急ぐからもう行くよ。」
「アリム、帰りに寄れないか?茶でも飲もう。」

 ラシードがこう言えば、皆、誘いではなく、王命だと思うはずだ。
 寧ろこの後の予定を白紙にして、すぐに場を設けられてもおかしくはない。

 だがアリムは首をひねって、ノイを振り返る。
 ノイが2、3何かを囁いた。

「ごめん!忙しいな。」
「……。」

 断られた記憶など、ないに等しい。
 ラシードは何と返せばいいかわからず、笑ったままの表情で固まった。 
 隣でノイが頭を抱えている。

「夜なら、お時間を作れそうですが。」

 キシュワールが助け舟を出した。

「ラシード、ごめんね!夕ご飯、一緒にどうかな?」
「あぁ、もちろんだ。」

 アリムの誘いを断るわけがない。
 すっかり立場が逆になっている。

「食べたいものがあるなら、料理長に伝えるよ。何かないか?」
「もう準備始めてるだろうから、いいよ!料理長のご飯、何でも美味しいし。あー……でももしできるなら、リンゴのコンポートは食べたいなぁ。」
「言葉をそのまま伝えるよ。」

 アリムは照れくさそうに微笑む。

「コンポートの事だけ。あとは秘密。」

 ふわりと風が、アリムの頭を撫でるように過ぎ去っていく。
 頰を掠める絹のような髪の毛。
 それをかき上げる指は、しなやかなようで実は歪な隆起がある。
 最近はペンを握り、幼い頃は馬の手綱を握っていたせいだろう。

「それじゃあ、後でね!楽しみにしてるよ。」
「ああ。気をつけて行っておいで。ノイ、頼むぞ。」

 今日のタラーレンは、アリムによく似合う山吹色の長衣だ。
 その裾がひるがえる様子は、美しい蝶のようである。

「あぁ……。可愛い。」

 ごほんっと後ろから咳払い。
 振り返ると、キシュワールが額に手を当てている。

 ラシードは肩をすくめると、窓を閉めた。

「さて。料理長の所に行くかな。」
「……私が参ります。バーリは執務にお戻りください。」

 キシュワールがチラリと窓の外に目を向ける。
 珍しく和らいでいる、薄い目元。

「……やはり、社交界にお出に……。」
「まだ早い。却下だ。」

 また話が振り出しに戻った。
 結局互いにため息をつきあう羽目になったのだった。


***


10/1より再開いたします!

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