星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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閑話 シーツは誰が洗うのか

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 使用人棟の前を通る事はほとんどない。
 だがその日はなんとなく足が伸び、その辺りまで散歩をしていた。

 パタパタとシーツや洗濯物が、気持ちの良い青空にたなびいている。
 アリムは、すうっと洗剤のいい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

「早く帰りますよ……。」

 ノイが嫌そうに渋い声をあげる。

「わかったよー。」

 シーツの裏から、洗濯係の使用人が楽しそうに話している声が聞こえる
 何となく見覚えのある、絹のシーツ。
 アリムは何の気無しにそのシーツを見つめた。

「天気がいいから、すぐに乾くわねー。」
「最近は特に仲睦まじくていらっしゃるか……ら……。」

 ひょこりと顔を出した使用人と、目が合った。
 この場にいるはずのないアリムの登場。
 使用人は石のように固まってしまう。

「あ……っ!」
「お疲れ様です。」

 アリムが声をかけると、彼女達はトマトのように顔を真っ赤にした。
 後ろでノイが「あー……もう……。」と頭を抱えている。

「え?なんで?」
「……俺だってこんな匂わせ、ゴメンだぜ……。」

 ノイが勝手に手を振り「もう行っていいぞ。」と使用人に声をかけた。
 いつもなら決してそんな事はしないのに、だ。

 アリムは首を傾げながら、風にそよぐシーツを見つめた。

 ***

 そんな昼の出来事。
 周りの反応の意味を理解したのは、今し方だ。

「え……?そういうこと……?」
「どうした……?」

 湿った熱い体が覆い被さってくる。
 熱の余韻を宿したまま、エメラルドの瞳が甘く微笑む。
 キスを一つ落とされると、ピクリと肩が震えた。

「あのさ……。」
「ん?」
「シーツのことなんだけど……。」

 ラシードはキョトンっと目を丸くして、シーツを見た。
 ぐちゃぐちゃになった、絹のシーツ。
 間違いなく、昼間見たものと同じだ。

 ラシードは「ああ。」と頷き、アリムの背中を抱きしめた。

「シーツは後で剥がすから、もう少しゆっくりしていよう。」
「違う違う!シーツの洗濯の事だよ!」

 アリムはペチペチとラシードの腕を叩く。

「洗濯?」
「このシーツ、洗濯に出してるの?」
「当然じゃないか。」

 ラシードは何を言っているんだ、というように首を傾げる。
 当然の反応だ。
 だが問題はそこではない。
 アリムはカァッと頰を染めた。

「こ……このシーツを洗濯に出してるの!?」
「……?」

 羞恥が脳天を突き抜ける。
 アリムはあまりの衝撃に枕に突っ伏した。

「なんだ?どうした?」
「無理無理無理……っ。」
「アリム?」

 アリムはラシードの腕の中から逃げ出すと、強引にシーツを引っ張った。
 しかし当然足腰は立たない。
 ヘナヘナとその場に座り込んでしまう。

「お願い……。こういうシーツは俺が洗うから……。洗濯にださないで……。」
「は?」
「お願いだから……。」
「何を言っているんだ?」

 ラシードはアリムの脇を掬い上げ、ベッドに引っ張り上げる。

「こんなシーツ、人に見られてたなんて……。恥ずかしくて死ぬ!」
「使用人の事か?」
「そうだよ!」

 ラシードはまたアリムの背中に腕を回す。
 どうあっても体をくっつけていたいらしい。

「使用人はそれが仕事なんだ。気遣う必要はない。」

 チュッチュッと軽い音を立てて、つむじをくすぐられる。ただでさえ汗をかいているのだ。アリムはグイッとラシードの顎を押す。

「いててっ。」
「俺がいやなんだよ!」
「だからって、お前が洗うなど……。そうだ。洗わず燃やすか?」
「バカなのー!?」
「流石に冗談だよ。」

 アリムはタチの悪い冗談に、悲鳴を上げる。

「とりあえず、お前は何も気にしなくていい。……それとも、誰かが何か言ったのか?」
「え?」
「今日、散歩に出たんだろう?」
「……何で知ってるの……?」

 ジロリと睨みつければ、ラシードはにこりと黙り込む。
 薄々気がついていたが、ノイが逐一報告をしているようだ。

「誰も何も言ってないよ。今更気がついただけ。」

 アリムはプイッとそっぽを向く。
 そしてラシードの腹をくすぐった。

「ハハッ!どうした?あ……っ!」

 ラシードが腹を捩り、声を転がす。
 手が力がふわりと抜けた。
 アリムはその隙に、また腕の中から逃げ出す。

「こらっ!」

 今度はしっかり立つことができた。
 アリムはシーツの端をしっかり握ると、力任せに引っ張る。

 もちろん、絹が裂けないように、細心の注意を払って。

 ラシードはコロリと寝台の上を転がった。

「こら、待て!」
「シルクはぬるま湯。シルクはぬるま湯……。」

 洗い方を思い出しながら、シーツを抱えて走り出す。
 目指す先は風呂場だ。

 ーーうっ腰痛い……っ!

 腰が抜けそうになった時、後ろからラシードがアリムを抱き込んだ。

「待てと言ってるだろ!」
「待たないってばー!」
「いいや、お前は待つんだ!」

 ラシードはアリムの膝を掬うと、そのまま抱き上げてしまう。

「あーもう!酷いっ!俺、平均より身長高いんだよ?傷つくから抱き上げないでよ!」

 アリムはバタバタと足を動かす。
 しかしラシードは「よいしょ」と言いながら、近くのソファに腰掛けた。
 もちろんアリムは膝の上だ。

 せめてもの抵抗を込めて、アリムはシーツをギュッと抱え込む。

「う……。冷たい……。」
「取らないから、床におきなさい。」

 アリムはおとなしくシーツを床に落とす。
 その途端、寒さに体が震えた。

「……俺とこういう関係なのが、そんなに恥ずかしいのか?」

 ラシードはアリムの肩にガウンを掛ける。
 キュッと紐を結ばれると、ようやく体が温まった。

「俺たちの仲が睦まじいのは、皆喜ばしいことなんだぞ?」
「発想が王様なんだよ……。それにみんなが喜ぶのは、俺とじゃ……。」

 アリムはそこまで言い掛けて、口を噤む。
 危うくマルグリットと、リアナの名前を出すところだった。
 ラシードの目が据わりかけている。

「と、とにかく……。」

 アリムは白々しく咳払いをする。

「俺はこういうの、永遠に慣れないの。お願いだよ、汚れを落とすだけだから。ね?」
「……ダメだ。」
「なんでわかってくれないんだよー!」
「お前と触れ合う時間が減ってしまうじゃないか。」

 首筋に落とされた呟き。
 腹あたりに回された手に、ギュッと力が籠る。
 アリムは目を丸くして、後ろを振り返った。

「……だから、ダメだ。」

 ラシードは耳の先を赤くして、プイッとアリムの視線から逃げる。
 しかしアリムの腰を抱いている手は、決して離れていかない。

「……知らないかもしれないが……。俺にこんな風に振る舞えるのは、世界中を探してもお前1人なんだぞ……?」
「言われてみれば……。」
「だろう?だから俺はお前といる時間が、1番自由だし、満ち足りるんだ……。なのにお前は、俺からその時間を奪ってしまうのか?」

 甘いバリトンが、アリムの耳元で拗ねた言葉を紡ぐ。
 アリムはキュッと胸が締め付けられる。

「ラシード……。」
「な?だからゆっくり眠ろう。俺を幸せにしておくれ。」

 ラシードは頬を擦り寄せる。
 汗をかいた後でも、ラシードは憎たらしいくらいにいい香りだ。
 アリムが顔を傾けて目を閉じれば、優しい唇が落ちてくる。
 そうだ。
 何故この考えに至らなかったのだろう。

「うん……。わかったよ……。」
「そうか、わかってくれたか。」
「うん。そうだよね……。」

 アリムはラシードの舌先を舐めたり、吸ったりを繰り返す。
 2人の口の中の温度が混ざり合った頃。
 ようやく2人は唇を離した。
 ラシードの濡れた唇が、甘い笑みを浮かべる。

「アリ……。」
「明日の朝、お風呂入る時に一緒に洗おうね。2人でやれば早いだろうし。」
「は?」
「あー、良かった。解決策が見つかって。」

 アリムはにこりと笑って、ラシードの鼻先をつんっと突いた。
 ラシードは開いた口が塞がらないらしい。
 ポカンっとアリムを見つめている。

 そんな可愛らしいラシードの唇を、もう一度啄む。
 そしてアリムはそっと耳元で囁いた。


「そうと決まれば、ベッドに戻ろっか?」







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