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3章 ラシードの提案
③
アリムは曖昧に頷くと、ラシードの僅かに乱れた前髪を整える。
不器用な指先で、髪を引っ張らないように優しく繊細に髪の毛を弄る。
ラシードは心地良さそうに目を伏せ、されるがままになっていた。
「トマス家は、神学の学者が多い。王立の大学で教鞭を振るっている者や、神殿に勤めている者も多いな。」
「司祭様が多いの?」
「いや。神事を学問として研究しているんだ。
俺たち司祭は、星神をあるがままに受け入れなければならないが、トマス家は神事の意味や起源を模索する。
星王がするには障りがある学問だが、研究を聞くのはなかなか面白いぞ。」
「へぇ。そういうお話も聞けるかな?」
「どうかな。キースと少し勉強していくといい。
素地のない者に、語りたがる学者はあまりいないだろう。」
つまり、無知ではトマス家の者と語らう事はできない、という事だろう。確かに何も知識がないままに、教えを乞うのは失礼というものだ。
そこでラシードが考え込むように口を引き結んだ。
「どうしたの?」
「アリルスタンの話は、なるべくしない方がいいだろうな。」
「うん。しないよ?」
アリムは軽く頷く。
アリルスタンの事を、ラシード以外に口外するつもりはない。
そもそもアリルスタンは、幼い頃から側にいて、気まぐれに風を吹き散らしていくだけの厄介者だ。
「風の星神は長らくアレジャブルに現れていない。だから伝説に近いような存在なんだ。資料もあまりないしな。」
「へぇ。俺もアリルスタンの事はよく知らないよ。……時々俺の前に現れる事はあるけど。」
「……現れる?」
「うん。髪の長い男の姿で。そういえば、今までは気配だけだったけど、ここに来てから姿が見えるようになったな。聖堂があるからかな?」
風が吹き荒れると、時折現れる長髪の男。
影になり顔はわからないが、深く響く声は恐らく男性のものだった。
ラシードは息を飲み、目を見開いた。
「どうしたの?」
「はは……。そうか。お前はアリルスタンの姿を見たことがあるのか。」
ラシードの強張った笑いに、アリムは首を傾げる。
「ラシードもあるだろ?」
「いや、一度もない。」
「……え?」
ラシードは頬の強張りをほぐすように、顔を擦る。そして呆れたように眉を顰めてアリムを見つめた。
「格の違いだろう。」
「格の……?」
「風の星神は、恐らく六柱の中で特に力が強いのかもしれないな。それなら天文塔でルーリンを下したのも納得できる。今もアリルスタンを恐れて出てこられないのか……それとも未だに回復できないのか……。」
そこまで言うと、ラシードは大きく吹き出した。
「あれだけ手綱を操るのに苦労していたのに……こうも簡単におとなしくなるとは……!」
クックっと肩で笑いながら、ラシードはアリムの頭に顎を乗せた。
笑いが止まらないのか、頭が揺れる。
コツコツと当たる顎に「痛い痛いっ」とアリムは文句を言う。
「何、どういうこと?」
「お前が俺の伴侶でいる限り、怖い舅がルーリンを抑えてくれるということだ。」
「舅って、アリルスタンの事?」
「そうだ。」
ラシードは今度こそ声をあげて笑う。
「そろそろタリスマンを外しても良いだろう。」
ラシードはそう言うと、アリムの耳に光るエメラルドの耳飾りに触れた。
東家でルーリンの雷に焼かれた時、避雷針としてラシードから借りていたものだ。
アリムは複雑そうに眉を寄せると、ラシードを見つめる。
「どうした?」
「返さないとダメ?」
「神事で使う法具の一つだから、返して貰えるとありがたいのだが。どうした?」
「……そうなんだ。」
そう言われてしまっては、返すしかない。
アリムは緩慢な仕草で耳たぶからエメラルドの耳飾りを外す。
ーー貰ったつもりだった……。
ラシードの掌にイヤリングを押し込み、シュンっと肩を落とす。
「気に入っていたのか?」
アリムは首を傾げると、ポツリと本音を溢した。
「そうだよ。エメラルドとサファイアのピアスが並んでいるのが好きだったんだ。だから母さんから貰った、ピジョンブラッドのピアスだってつけた事がないのに。」
アリムはどのような服を着ていても、耳飾りだけはいつも同じだった。
「……。」
ラシードの温かな手が、アリムの耳に触れた。
宥めるように、耳朶を掬いあげる。
甘いくすぐったさに、アリムは「んっ」と身を捩った。
「大切なものを取り上げてしまうところだった。すぐにエメラルドのピアスを贈るよ。」
ラシードの言葉に、アリムがおずおずと顔を上げる。
「いいよ。ピアスならたくさん持ってるし。」
「いや、ダメだ。俺がエメラルドを身につけて貰いたいんだ。」
ラシードは微かに目元を赤く染め、アリムの額に唇を落とした。
一度返したイヤリングが、また耳元に戻ってくる。
「これはその時に交換としよう。少し待っていてくれ。」
アリムは片耳に戻ってきた重みに、ホッとする。
その安堵した表情に、ラシードは柔らかく微笑みかけたのだった。
不器用な指先で、髪を引っ張らないように優しく繊細に髪の毛を弄る。
ラシードは心地良さそうに目を伏せ、されるがままになっていた。
「トマス家は、神学の学者が多い。王立の大学で教鞭を振るっている者や、神殿に勤めている者も多いな。」
「司祭様が多いの?」
「いや。神事を学問として研究しているんだ。
俺たち司祭は、星神をあるがままに受け入れなければならないが、トマス家は神事の意味や起源を模索する。
星王がするには障りがある学問だが、研究を聞くのはなかなか面白いぞ。」
「へぇ。そういうお話も聞けるかな?」
「どうかな。キースと少し勉強していくといい。
素地のない者に、語りたがる学者はあまりいないだろう。」
つまり、無知ではトマス家の者と語らう事はできない、という事だろう。確かに何も知識がないままに、教えを乞うのは失礼というものだ。
そこでラシードが考え込むように口を引き結んだ。
「どうしたの?」
「アリルスタンの話は、なるべくしない方がいいだろうな。」
「うん。しないよ?」
アリムは軽く頷く。
アリルスタンの事を、ラシード以外に口外するつもりはない。
そもそもアリルスタンは、幼い頃から側にいて、気まぐれに風を吹き散らしていくだけの厄介者だ。
「風の星神は長らくアレジャブルに現れていない。だから伝説に近いような存在なんだ。資料もあまりないしな。」
「へぇ。俺もアリルスタンの事はよく知らないよ。……時々俺の前に現れる事はあるけど。」
「……現れる?」
「うん。髪の長い男の姿で。そういえば、今までは気配だけだったけど、ここに来てから姿が見えるようになったな。聖堂があるからかな?」
風が吹き荒れると、時折現れる長髪の男。
影になり顔はわからないが、深く響く声は恐らく男性のものだった。
ラシードは息を飲み、目を見開いた。
「どうしたの?」
「はは……。そうか。お前はアリルスタンの姿を見たことがあるのか。」
ラシードの強張った笑いに、アリムは首を傾げる。
「ラシードもあるだろ?」
「いや、一度もない。」
「……え?」
ラシードは頬の強張りをほぐすように、顔を擦る。そして呆れたように眉を顰めてアリムを見つめた。
「格の違いだろう。」
「格の……?」
「風の星神は、恐らく六柱の中で特に力が強いのかもしれないな。それなら天文塔でルーリンを下したのも納得できる。今もアリルスタンを恐れて出てこられないのか……それとも未だに回復できないのか……。」
そこまで言うと、ラシードは大きく吹き出した。
「あれだけ手綱を操るのに苦労していたのに……こうも簡単におとなしくなるとは……!」
クックっと肩で笑いながら、ラシードはアリムの頭に顎を乗せた。
笑いが止まらないのか、頭が揺れる。
コツコツと当たる顎に「痛い痛いっ」とアリムは文句を言う。
「何、どういうこと?」
「お前が俺の伴侶でいる限り、怖い舅がルーリンを抑えてくれるということだ。」
「舅って、アリルスタンの事?」
「そうだ。」
ラシードは今度こそ声をあげて笑う。
「そろそろタリスマンを外しても良いだろう。」
ラシードはそう言うと、アリムの耳に光るエメラルドの耳飾りに触れた。
東家でルーリンの雷に焼かれた時、避雷針としてラシードから借りていたものだ。
アリムは複雑そうに眉を寄せると、ラシードを見つめる。
「どうした?」
「返さないとダメ?」
「神事で使う法具の一つだから、返して貰えるとありがたいのだが。どうした?」
「……そうなんだ。」
そう言われてしまっては、返すしかない。
アリムは緩慢な仕草で耳たぶからエメラルドの耳飾りを外す。
ーー貰ったつもりだった……。
ラシードの掌にイヤリングを押し込み、シュンっと肩を落とす。
「気に入っていたのか?」
アリムは首を傾げると、ポツリと本音を溢した。
「そうだよ。エメラルドとサファイアのピアスが並んでいるのが好きだったんだ。だから母さんから貰った、ピジョンブラッドのピアスだってつけた事がないのに。」
アリムはどのような服を着ていても、耳飾りだけはいつも同じだった。
「……。」
ラシードの温かな手が、アリムの耳に触れた。
宥めるように、耳朶を掬いあげる。
甘いくすぐったさに、アリムは「んっ」と身を捩った。
「大切なものを取り上げてしまうところだった。すぐにエメラルドのピアスを贈るよ。」
ラシードの言葉に、アリムがおずおずと顔を上げる。
「いいよ。ピアスならたくさん持ってるし。」
「いや、ダメだ。俺がエメラルドを身につけて貰いたいんだ。」
ラシードは微かに目元を赤く染め、アリムの額に唇を落とした。
一度返したイヤリングが、また耳元に戻ってくる。
「これはその時に交換としよう。少し待っていてくれ。」
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その安堵した表情に、ラシードは柔らかく微笑みかけたのだった。
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