星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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4章 噂は一人歩きして通り魔のように道連れを探す①

「なんて事だ!お前は絵本から飛び出してきた精霊なのか?」

 トマス家のパーティに向かう前。
 出掛けの挨拶を、と思って執務室を訪ねれば、開口一番がこれだった。

「えぇ……?何それ……。」

 アリムは大きく腕を広げた夫を目の前にして、ジリッと後退りする。

「大袈裟すぎる……。」
「大袈裟なものか!よく見せてくれ。ほら、回って。」
「えぇ……?」

 ぎこちなく回ってみせると、ミルクティー色のタラーレンがひらりと舞う。
 イーサンの優しげな雰囲気をイメージしたものだ。
 流石にラシードには内緒だが。

 ラシードのエメラルド色の瞳が、飴玉のように蕩けた。

「お前は何を着ても似合うな。おいで。抱きしめさせてくれ。」
「ダメだよ。髪の毛、綺麗にしてもらったんだから。」
「そこには触らないから。」

 ラシードはあろう事かアリムの前に跪いた。
 王が突然膝をついた事に、アリムは目を丸くする。キシュワールがこの場にいたら、とんでもない事になっていただろう。

「ちょ……っ。」
「こうすれば、頭には触らなくて済むだろう?」

 ラシードはアリムの背中に手を回して、胸に頬を押し当てた。
 思いがけずラシードのつむじを見下ろす形になってしまう。

「もう……。」

 またターバンクラウンを嫌がって外してしまったのだろう。
 髪の毛にはターバンの跡がついている。
 アリムはチョイっと髪の毛を摘み上げた。

「……似合ってる?」
「それはもう。誰の目にも触れさせたくないくらいな。」
「欲目がすごい気もするけど……。」

 ダークブラウンの髪の毛が、光を弾いて輝いている。
 その頭をそっと抱きしめれば、優しい腕が応えてくれる。
 アリムはふぅっとため息をついた。

「……大丈夫だよ。お前なら。」
「そうかな……。」
「何人かの太鼓判もあるよ。」
「え……?」

 ラシードは立ち上がると、苦笑いを浮かべた。

「実は、ベルンハル公爵とキースの後押しがあったんだ。お前にそろそろ社交をさせろとな。」
「……キシュワールが?」
「ああ。」

 アリムは先日の神学の授業を思い出す。
 アリムが恥をかかないよう、キシュワールは丁寧に時間をかけて指導をしてくれた。
 キシュワールの授業はアリムの中によく馴染む。

「……なら、頑張る。」
「そうか。」
「ラシードも大丈夫だって思ってるんだよね?」

 アリムは上目遣いでラシードを見上げた。

「もちろん。」

 ラシードはそっとアリムの頬に唇を落とす。
 髪の毛に触れないように、そっとだ。

「もし万が一の事があったら、俺を真似してごらん。」
「ラシードを?」
「ふふ。見せた事あるかな?」

 ラシードはごほんっと咳払いした。

「そこの者。」

 今まで柔らかく笑っていたラシードの目つきが、突然凍てつく。
 絶対零度の冷たい声。
 アリムは急に低くなった声音に、ぶるりと震え上がる。

「俺がお前の浅はかな考えに気がつかないと思っているのか?」
「え、え~?俺、なんか悪いことした?」

 あまりの迫力に、思わず竦み上がってしまう。
 こんなラシードは見た事がなかった。
 ラシードはキョトンっと目を丸くする。

「いや、お前にじゃなくて……。」
「あ……。そっか。こうすれば良いって話だよね。ははっ、びっくりした!」

 アリムはホッと胸を撫で下ろす。

 コンコンっと誰かがノックをした。

「そろそろお時間です。」
「わかりました!」

 今日はオハラの護衛が従事することになっている。なので、キシュワールとノイは留守番だ。
 ラシードは一瞬だけ目を細めた。

「……行っておいで。帰ったらすぐに俺の所に来るんだよ。」
「はは。過保護。でもわかったよ。」

 アリムは背伸びをして目を閉じた。
 すぐに応えてくれる、優しい夫の唇。

 それだけで、今日一日頑張れる気がするのだ。


 ***

 トマス邸へ向かう馬車の中。
 アリムは忙しなく窓の外を見たり、手元を見たりを繰り返した。
 向かいに座っているオハラが、呆れた様に笑っている。

「アリム、そろそろ落ち着いてちょうだい。」
「落ち着いてます。」
「そう?」

 そう言いながらも、アリムは腰を僅かに浮かせて、窓の外を見遣る。
 オハラは更に呆れて、眉を上げた。

「そんなにキョロキョロしていたら、目が落っこちるわよ。」
「子供扱いしないでください……。」

 アリムは唇を尖らせて、座席に深く腰掛けた。
 今日は少し風が冷たい。
 アリムは窓にもたれて座るオハラに、ブランケットを差し出した。
 オハラが柔らかく微笑む。

「トマス家の対策は何をして来たの?」
「キシュワールから神学について少し学びました。」
「そう。難しかったのではなくて?」

 キシュワールは一冊の本を用意してくれた。
 トマス家当主、イーサンの祖父が書いた本。
 優しい語り口で子供にもわかりやすい内容は、どこかイーサンを彷彿とさせた。

「ご当主の本を読みました。」
「そうなのね。ハインリヒは穏やかな人よ。あなたが本を読んだと聞いたら、喜んで迎えてくれると思うわ。」

 馬車が停まり、扉が開く。
 アリムは先に降りると、オハラの為に手を差し伸べた。
 オハラは嬉しそうに微笑むと、アリムの手を取る。

 ここからが戦場だ。
 初めてのパーティ。
 何が起きるかわからない。
 アリムはグッと腹に力を込める。

「怖い顔しないで。笑ってちょうだい。」

 オハラが呆れたように笑う。
 アリムは苦笑いを返したが、それでもじわっと手のひらに汗が滲んだ。

『帰ったら、すぐに俺のところに来るんだよ。』

 優しくキスをしてくれた、夫の顔が頭をよぎる。
 ふわりと風がアリムの髪の毛を巻き上げると、ラシードの残り香が香った気がした。

「はい、母さん。」

 アリムはようやく肩の力を抜き、頰を緩めた。


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