星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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14章 神学者ハインリヒ

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 ようやく登城を許されたと思えば、とんでもない事になった。

 ハインリヒは眉間を揉みながら、今日何度目かになるため息をついた。

 正門からすぐに通された場所は聖堂。
 そこにはアリムではなく、星教の大長老が待っていた。

 おかしいと思っていたのだ。
 ハインリヒだけを呼び出した、何の用件も書かれていない招集状は、どう考えても緊急事態だ。

 向かいに座っている大長老ロザンナも頭を抱えて黙り込んでいる。

「前例のない事ではあるが……。」

 言葉を失ってしまった2人を前に、ラシードは苦笑いを浮かべた。

「即位の儀をやり直さなければならないと思って、呼んだんだ。」
「バーリはすでにご即位なさっております……。」
「なら、何もしなくても良いのか?」

 昨日、城下町の上空で、星が爆ぜたのは皆の知る所だ。
 火事があり、ラシードが星の力を使ったということは、あっという間に広まった。
 しかし局地的に降った豪雨は、ルーリンには成し得ない御技だ。
 どういうことなのか、王に会って確認をしなければと思っていた矢先の招集だった。

『ルーリンとの縁が切れ、新たにホイザーが守護星となった。』

 相変わらずの笑みで、事もなさげに告げられる。

 ハインリヒもロザンナも衝撃と呆れで何も言えなくなってしまった。

「なぜ、その様に平然としていられるのですか。ルーリンの気に触る事でもされたのではないですか?星神との縁が切れるなど、あってはならない事です。」

 ロザンナは目尻に涙を浮かべながら、ラシードを詰る。

 星神を一心に信じている星教の長老からすれば、星神の怒りを買うことほど恐ろしいものはないのだろう。

「ルーリンは悋気の強い神でございます。彼女に見限られるなんて、よほどの事がなければ……。」
「見限るだって?」

 ラシードは片眉を上げて、ロザンナを睨みつける。

「俺はこの通りピンピンしているがな。落ち度があったのは、ルーリンの方ではないのか?」
「バーリ!」

 ロザンナが悲鳴を上げる。

「聞いた話によれば、元々の縁はホイザーだったらしいぞ。それをルーリンが俺に横恋慕して、強引に縁を結んだそうじゃないか。」
「どなたがそんな事を言ったのですか!」
「ホイザーだよ。」

 ロザンナはその一言で見事に口を噤んだ。
 ハインリヒは細くため息をつき、テーブルに置かれたエメラルドに目をやった。
 ターバンクラウンに縫い付けられていたタリスマンだ。
 あれほど光り輝いていたエメラルドは真っ二つに割れ、暗くくすんでいる。

「……即位の儀のやり直しが必要でしょうな。いえ、即位の儀ではなく……タリスマンの選定と、間違いなくホイザーの守護を受けているのかを確認せねば……。」
「トマス侯爵は話が早くて助かるな。」
「バーリ……。私も衝撃を受けております。何故この様な事に……。」
「さぁな。ただ今回の事でわかったのは、星神にも序列があるということだ。」
「と、いいますと?」

 ラシードは腕につけられた安物のブレスレットを外し、エメラルドの隣に置いた。
 ブレスレットのアクアマリンが、星の様な光を放っている。

「……こちらは?」
「露店で買ったブレスレットだ。」
「このアクアマリンは……。」
「ただの天然石だった。だがこの石に反応して雨が降ったんだ。その時にホイザーがルーリンの事を“幼い子”と呼んだ。」
「幼い子ですか……。」 

 ラシードは皮肉げに頰を吊り上げて、エメラルドを指で弾く。

「“幼い子の我儘を間に受けてしまった。元の縁を戻す”と、言っていた。星神の間にも何らかのコミュニティがあり、その中でも力の序列があるということだろう。ホイザーはルーリンの上位にいる、という事ではないか?」
「ホイザーの声をお聞きになったというのは、本当ですか?」
「そのつもりだ。ルーリンとは一度もなかった事だ。」
 ハインリヒとロザンナは目を丸くする。
 ラシードはルーリンに対して、詳細を言及した事がなかった。

 ーー意思を交わし合う事がなかった……?

 ならば今まで、どうやってルーリンを従わせていたのか。
 安物のアクアマリンが、綺羅星の如く光り輝いている。
 本当の守護星を手にしたというのなら……。

 ハインリヒは駆け抜けた考えに、身震いした。

「そのような事は、聞いた事がありません。」

 ロザンナが目を尖らせる。

「だろうな。前例がないのだから、知りようもないだろう。」

 ロザンナと話す時、ラシードはいつも彼女の揚げ足ばかりとる。
 星神を絶対的に崇拝する聖殿が、時として王を軽んじる発言をするせいだろう。
 大司教として星教の頂点にいながら、王権に矜持を持っている。
 そのアンバランスに不機嫌になる様子は、如何にもアレジャブルの王らしい。

「……ルーリンは、星神としては力不足でしたかな?」

 その問いかけに、ラシードはキョトンっとハインリヒを見た。ロザンナは顔を真っ赤にする。

「トマス侯爵!」
「いや。力は十二分にあった。だが……。」

 ラシードは首を捻り、何と言えばいいか、僅かに考えあぐねる。

「……ホイザーの力は違和感なく馴染むんだ。ルーリンは……力を使う度に気分が悪くなる。合わない力を無理やり引っ張り出す様な違和感があった。」
「相性がわるかったのかもしれませんな。」
「相性……。そうだな。一方的な力だったと思う。ルーリンの愛情に振り回されて、押さえ付ける事しかできなかった。」
「それはバーリの問題であって、ルーリンのせいではありません。過去、ルーリンの加護を受けた王は、上手く力を使って国を繁栄に導いていました。」

 ロザンナは嘲る様に口を挟む。
 ラシードはドロリとロザンナを横目で睨むと、割れたエメラルドを彼女の前に弾いた。
 エメラルドはカランっと音を立てて、更に欠ける。まるで石灰石の様に脆さだ。

「ルーリンの形見だ。そんなにルーリンが好きなら、お前にやろう。」
「何という事を……!」

 また眉を吊り上げたロザンナに、ハインリヒははぁっとため息をついた。
 大きく咳払いをして、彼女の注目を強引に引く。

「ロザンナ、今必要なのは、バーリを非難する事ではないと思わないか?」
「トマス侯爵、その通りだ。俺は君達に責められる為にこの場を設けたのではない。エメラルドはこの通り壊れたし、アクアマリンはギラギラと輝いている。俺の王としての資格がなくなったせいだと思うか?」
「それは……。」
「確認する必要がありますな。あれこれ考えるのは一旦しまいにして、まずは儀式を致しましょう。バーリ、よろしいでしょうか?」
「ああ。そうしてもらおう。」

 ラシードはハインリヒににんまりと笑いかける。
 満足そうな王の顔を見て、ハインリヒは顎の髭を撫でた。
 こうして好意的なのは、トマス家が、神学の徒であるからだろう。
 星神の事象を客観的な視点でみる学問を、気に入っているのだと思う。
 ともすれば王権の正統性に疑問を呈しかねない学問だ。

 ーーなんと奇特なことか。

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