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21章 誰の為の断罪
④
「妃殿下。」
イーサンが駆け寄ってくる。
「エタン…… 。」
アリムはフッと顔を上げて、小さく微笑んだ。
「この場は我々の騎士団が取り仕切ることになります。皆を解散させてもよろしいでしょうか?」
「え……あぁ……。」
つまり、この場で1番地位の高いアリムの許可が必要ということだろうか。
アリムはくるりと辺りを見渡す。
「ちょっと待って。」
そうだ。
今日は仕事をしにきたのだ。
当初の目的を忘れるところだった。
「……残念な事になりました。」
アリムは招待客の前に歩み出る。
人々の目が一切にアリムに集まった。
不安、侮蔑、戸惑い。
様々な感情が会場に渦巻いている。
アリムは一人一人の顔を見つめて、静かに息を吐いた。
ーーなんでだろ……。イートンの村でのラシードを思い出す……。
「この場を乱したこと、申し訳ありませんでした。」
ざわり……。
一同がざわめく。
アリムは扇を懐にしまい、目を伏せた。
「……実は……今日お越しでいらっしゃる女性たちに、贈り物を用意していたのですが……。」
「贈り物ですか?」
最前列にいた男が、声を上げた。
見下ろすと、男は挑むように口元を歪めている。
イーサンが隣で「抗議文を送ってきたうちの一人です」と囁いた。
「はい。クラリス嬢のようなショールを贈ろうと思っていました。ですが……少し……。」
「妃殿下は、何か勘違いをしていらっしゃるようですね。」
男がアリムの言葉を遮った。騎士達の空気が張り詰める。
「妃殿下が女性に贈り物をすると仰るのなら、それは我々が納めた税金なのですっ!」
何故、今この状況でこんなことを言えるのか……。
アリムははぁ……とため息をついた。
「もちろんです。私だって、税を納めてきた立場ですから。」
その言葉に貴族は顔を強張らせた。
「では……。」
「マコガレン侯爵から、レースとハージーをいただいたんです。それで皆さんにショールを差し上げようと思っていたのですが……。」
マコガレン侯爵。
その言葉にまた皆が動揺を見せた。
ユージン=マコガレンの評判を知らぬ貴族など、いるわけがない。
「でも、ショールにはケチがついてしまいましたね。そうだな……。何がいいかな……。」
「まぁ、なんて素敵なの!私はショールが良いですわ。」
1人の婦人が声を上げた。
ハッと顔を上げると、先程アリムと話をした女性が嬉しそうに手を挙げている。
「クラリス嬢の事は残念でしたが、あのショールは本当に素敵でしたわ。妃殿下がデザインされたのでしょう?なら、あれが欲しいですわ。」
「賛成です。でも……あのピンクはちょっと若すぎるわね……。」
女性陣はたおやかに笑みを交わし合う。
アリムは途端に場の空気を和ませてくれた女性達の笑みに、肩の力を抜いた。
「手紙を、お送りください。皆様のお好みに合う色とレースでお作りします。」
「まぁっ!世界に一つのショールですわね!嬉しいわ。」
そうして場はお開きとなった。
アリムは貴族達を先に帰すことにした。
王宮に帰るまで、少し頭を整理しなければならなかった。
庭園の端にぼんやりと腰掛け、風にあたる。
クラリスにショールを用意したのは、意趣返しのつもりだった。こんなに大事にするつもりはなかったのだ。
ユージンとの関係を公にして、女性陣にショールを贈っておしまい。
悪評に釘を刺し、ついでに良い噂を広めてしまおうとしただけなのに……。
ルイゼ、マクガナル、ラドルフ。
傷つけられた人々を目の前にして、そのままにするなんて出来なかった。
「復讐を……したことになるのかな……。」
扇をパチン、パチンと開け閉めしながら、背中を丸める。
「叔父さん……。俺がやるべきことじゃなかったってわかってるよ……。でも、俺じゃなきゃ出来なかったんだ。」
叔父はいつだって正しかった。少なくてもアリムにとっては。
だが、今日はじめて叔父の教えに背いてしまった。
「……人には守られなければいけない一線もあるだろ……。」
スッと横からグラスを握った手が伸びてきた。
驚いて顔を上げると、気難しいそうに口を引き結んだノイが立っている。
「あ、拗ねてたノイだ……。」
「拗ねてねぇよ。」
ノイはハァッとため息をつき、アリムの横に腰掛けた。
ーー珍しい……。
アリムはグラスを受け取る。中身は先程ノイに勧めて断られたワインだった。
一口口をつけると、ひんやりと冷たい。
ノイは胸章を弄りながら、消え入りそうな声で呟く。
「……ありがとうございました。」
「え?」
「ちょっと引っかかってたんで……。ルイゼ嬢の事もラドルフの事も……。」
「ノイ……俺、間違ってなかった?」
アリムは喉に言葉を詰まらせながら、なんとか問いかける。
ノイならば、正しい言葉をくれると思ったのだ。
するとノイは片眉を上げて、フッと笑った。
「さあな。でも俺はあんたの事なら何も否定しねぇよ。」
そして笑みを深めると、王宮の方角を指し示す。
「バーリだってそうだ。」
アリムはその言葉に体の力が抜けてしまう。
愛が根拠ではない、その言葉が心から嬉しかった。
「そっかぁ……。」
思わず声が震えてしまった。
誤魔化すようにワインを飲み干し、扇で顔を隠す。
その肩を、ノイがポンポンと叩いてくれた。
「ノイ、やっぱり一緒にワイン飲もう。一杯だけだから……。」
「だから、俺は飲まねぇって。」
「何でだよ!」
ジロリと睨みつければ、ノイは先程のように嫌そうな顔をして目を逸らす。
すると少し離れたところから、イーサンがやってくる。
その手にはグラスが2つ握られている。
中身はスパークリングウォーターだろうか。気泡が浮いた飲み物だ。
「炭酸水?」
「はい。ノイはワインが嫌いなんですよ。」
「え?」
ノイはイーサンからグラスを受け取ると、ブスッとしながら肘をつく。
「世界で1番嫌いっす。」
「えぇ!?」
アリムははじめて知ったとこに声をひっくり返した。
今思えば、ノイの好き嫌いなど、チョコレートのこと以外知らない。アリムはその事実に更に驚いた。
「ノイーッ!ごめんねぇー!」
アリムは思わずノイに手を伸ばす。
しかしノイはサッと体を逸らせて、アリムの腕から逃れてしまう。
「やめろっ!抱きつくなっ!」
何故かノイは気まずそうに耳を赤くして「んなことで拗ねてたわけじゃねぇよっ。」と聞いてもいない事を口走る。
ヤイヤイと言い合いを始めた騎士たちの様子を尻目に。
アリムはフッと肩の力を抜いた。
ワイングラスの底に残る、僅かなワイン。
ワイン好きなラシードは、いまどうしているだろうか。
ーー早く……帰りたいな。
あの温かな体を、強く抱きしめたくて仕方がなかった。
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