星を戴く王と後宮の商人

ソウヤミナセ

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21章 誰の為の断罪


「妃殿下。」

 イーサンが駆け寄ってくる。

「エタン…… 。」

 アリムはフッと顔を上げて、小さく微笑んだ。

「この場は我々の騎士団が取り仕切ることになります。皆を解散させてもよろしいでしょうか?」
「え……あぁ……。」

 つまり、この場で1番地位の高いアリムの許可が必要ということだろうか。
 アリムはくるりと辺りを見渡す。

「ちょっと待って。」

 そうだ。
 今日は仕事をしにきたのだ。
 当初の目的を忘れるところだった。

「……残念な事になりました。」

 アリムは招待客の前に歩み出る。
 人々の目が一切にアリムに集まった。

 不安、侮蔑、戸惑い。
 様々な感情が会場に渦巻いている。
 アリムは一人一人の顔を見つめて、静かに息を吐いた。

 ーーなんでだろ……。イートンの村でのラシードを思い出す……。

「この場を乱したこと、申し訳ありませんでした。」

 ざわり……。
 一同がざわめく。
 アリムは扇を懐にしまい、目を伏せた。

「……実は……今日お越しでいらっしゃる女性たちに、贈り物を用意していたのですが……。」
「贈り物ですか?」

 最前列にいた男が、声を上げた。
 見下ろすと、男は挑むように口元を歪めている。
 イーサンが隣で「抗議文を送ってきたうちの一人です」と囁いた。

「はい。クラリス嬢のようなショールを贈ろうと思っていました。ですが……少し……。」
「妃殿下は、何か勘違いをしていらっしゃるようですね。」

 男がアリムの言葉を遮った。騎士達の空気が張り詰める。

「妃殿下が女性に贈り物をすると仰るのなら、それは我々が納めた税金なのですっ!」

 何故、今この状況でこんなことを言えるのか……。
 アリムははぁ……とため息をついた。

「もちろんです。私だって、税を納めてきた立場ですから。」

 その言葉に貴族は顔を強張らせた。

「では……。」
「マコガレン侯爵から、レースとハージーをいただいたんです。それで皆さんにショールを差し上げようと思っていたのですが……。」

 マコガレン侯爵。
 その言葉にまた皆が動揺を見せた。
 ユージン=マコガレンの評判を知らぬ貴族など、いるわけがない。

「でも、ショールにはケチがついてしまいましたね。そうだな……。何がいいかな……。」
「まぁ、なんて素敵なの!私はショールが良いですわ。」

 1人の婦人が声を上げた。
 ハッと顔を上げると、先程アリムと話をした女性が嬉しそうに手を挙げている。

「クラリス嬢の事は残念でしたが、あのショールは本当に素敵でしたわ。妃殿下がデザインされたのでしょう?なら、あれが欲しいですわ。」
「賛成です。でも……あのピンクはちょっと若すぎるわね……。」

 女性陣はたおやかに笑みを交わし合う。
 アリムは途端に場の空気を和ませてくれた女性達の笑みに、肩の力を抜いた。

「手紙を、お送りください。皆様のお好みに合う色とレースでお作りします。」
「まぁっ!世界に一つのショールですわね!嬉しいわ。」

 そうして場はお開きとなった。
 アリムは貴族達を先に帰すことにした。
 王宮に帰るまで、少し頭を整理しなければならなかった。
 庭園の端にぼんやりと腰掛け、風にあたる。

 クラリスにショールを用意したのは、意趣返しのつもりだった。こんなに大事にするつもりはなかったのだ。
 ユージンとの関係を公にして、女性陣にショールを贈っておしまい。
 悪評に釘を刺し、ついでに良い噂を広めてしまおうとしただけなのに……。

 ルイゼ、マクガナル、ラドルフ。
 傷つけられた人々を目の前にして、そのままにするなんて出来なかった。

「復讐を……したことになるのかな……。」

 扇をパチン、パチンと開け閉めしながら、背中を丸める。

「叔父さん……。俺がやるべきことじゃなかったってわかってるよ……。でも、俺じゃなきゃ出来なかったんだ。」

 叔父はいつだって正しかった。少なくてもアリムにとっては。
 だが、今日はじめて叔父の教えに背いてしまった。

「……人には守られなければいけない一線もあるだろ……。」

 スッと横からグラスを握った手が伸びてきた。
 驚いて顔を上げると、気難しいそうに口を引き結んだノイが立っている。

「あ、拗ねてたノイだ……。」
「拗ねてねぇよ。」

 ノイはハァッとため息をつき、アリムの横に腰掛けた。

 ーー珍しい……。

 アリムはグラスを受け取る。中身は先程ノイに勧めて断られたワインだった。
 一口口をつけると、ひんやりと冷たい。
 ノイは胸章を弄りながら、消え入りそうな声で呟く。

「……ありがとうございました。」
「え?」
「ちょっと引っかかってたんで……。ルイゼ嬢の事もラドルフの事も……。」
「ノイ……俺、間違ってなかった?」

 アリムは喉に言葉を詰まらせながら、なんとか問いかける。
 ノイならば、正しい言葉をくれると思ったのだ。
 するとノイは片眉を上げて、フッと笑った。

「さあな。でも俺はあんたの事なら何も否定しねぇよ。」

 そして笑みを深めると、王宮の方角を指し示す。

「バーリだってそうだ。」

 アリムはその言葉に体の力が抜けてしまう。
 愛が根拠ではない、その言葉が心から嬉しかった。

「そっかぁ……。」

 思わず声が震えてしまった。
 誤魔化すようにワインを飲み干し、扇で顔を隠す。
 その肩を、ノイがポンポンと叩いてくれた。

「ノイ、やっぱり一緒にワイン飲もう。一杯だけだから……。」
「だから、俺は飲まねぇって。」
「何でだよ!」

 ジロリと睨みつければ、ノイは先程のように嫌そうな顔をして目を逸らす。
 すると少し離れたところから、イーサンがやってくる。
 その手にはグラスが2つ握られている。
 中身はスパークリングウォーターだろうか。気泡が浮いた飲み物だ。

「炭酸水?」
「はい。ノイはワインが嫌いなんですよ。」
「え?」

 ノイはイーサンからグラスを受け取ると、ブスッとしながら肘をつく。

「世界で1番嫌いっす。」
「えぇ!?」

 アリムははじめて知ったとこに声をひっくり返した。
 今思えば、ノイの好き嫌いなど、チョコレートのこと以外知らない。アリムはその事実に更に驚いた。

「ノイーッ!ごめんねぇー!」

 アリムは思わずノイに手を伸ばす。
 しかしノイはサッと体を逸らせて、アリムの腕から逃れてしまう。

「やめろっ!抱きつくなっ!」

 何故かノイは気まずそうに耳を赤くして「んなことで拗ねてたわけじゃねぇよっ。」と聞いてもいない事を口走る。

 ヤイヤイと言い合いを始めた騎士たちの様子を尻目に。
 アリムはフッと肩の力を抜いた。
 ワイングラスの底に残る、僅かなワイン。
 ワイン好きなラシードは、いまどうしているだろうか。

ーー早く……帰りたいな。

 あの温かな体を、強く抱きしめたくて仕方がなかった。

 


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